第20話 人でなし――――っ!
翌日、俺たちはダンジョンの入り口まで来て唖然としていた。
「これ、魔王城って感じなんだが……」
「……そうね。私もそう思ってるわ」
魔王城とでも言われそうな出で立ちをしているダンジョンは、二ーファすら一歩後ろに下がってしまう恐ろしさを醸し出している。
「ダンジョンって下に行くもんだと思っていたんだが……」
「たまにあるみたいよ……こういうダンジョンは……私も見るのは初めてなんですけどね……」
「これって本当にダンジョンなのか? 近所の魔王さんのご自宅とかじゃないのか?」
「私もそう思いたいけど多分違うでしょうね」
さっきまで晴れていたのに禍々しいダンジョンを前にすると周りが暗くなった様な気がする。あ、今、中から悲鳴が聞こえたんだけど。
俺と二ーファのやる気は完全に削がれていた。
前の日からダンジョンに行きたがっていたキュカはルンルンと先行する。
「さあ、行くぞ!」
「ちょっと待て」
「あひっ!」
考えなしに先にダンジョンに特攻しようとするキュカの足を引っ掛けて進行を阻む。
ベタに顔から落ちたので少し涙目になっているが、どこか嬉しそうな顔をしてるので気にしないでおく。
「ご主人、せっかく気を引き締めたのに出鼻をくじくのは私でもちょっとしか興奮しないぞ」
「いやいや、よく見てみろって。こんな禍々しいダンジョンに俺たちみたいな初心者パーティーが挑むものなのか?」
というか、興奮すること自体おかしいんだよな……。
「私はダンジョン初心者だから、ダンジョンの事なんてよくわからないぞ」
「お前に頼ろうとした俺が馬鹿だったよ」
ため息混じりに言うと、二ーファも諦めた様に言う。
「ねえねえ、早く帰りましょ? 明日あたりには多分攻略されてるはずだから、そこで譲ってもらうなり、買うなりすればいいと思うのよね」
「報酬なんてどうでもいい! ダンジョンを攻略する以外に私に報酬なんてないんだ!」
「と言ってもなあ……入る前から無理臭いぞ」
もはやダンジョンを攻略するためならキュカは仲間すら殺しそうな勢いだ。変態はここまで進化したのか。
俺と二ーファが諦めムードをダダ漏らしにしてると、
「だったらもういい! 二人とも行かないのなら私一人で行くからな!」
「おう、頑張れよ」
「応援してるわよ」
俺と二ーファでズケズケと入ろうとするキュカを見送ろうとすると、キュカはこちらをちらちらと振り返っている。
「あの……本当に一人で行っちゃうからな? もしかしたら仲間が死ぬかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だ。根拠は無いが大丈夫だ」
「わ、私たち仲間だよな……? 一応奴隷から始まった身とはいえ仲間なんだよな?」
キュカは軽く涙目で聞いてくる。ドMなくせにかなり寂しがり屋さんだな。ビビってるなら初めから言うなよな……
「もちろん仲間だぞ。だけどこのダンジョンは俺らにはキツいと思うけどな……」
「カズトの言う通りよ。さっさと宿に戻ってカズトのピエロっぷりを見ましょ?」
俺のピエロっぷりは見せた事は無いが、二ーファと同意見なので俺も頷いておく。
「な、仲間なら助け合ったりとかするもんじゃ……」
「このダンジョンじゃむしろ死に合うって言い方が、正しい気がするんですけど」
「こ……この……人でなし————っ!」
キュカは癇癪を起こした子供のように、走ってダンジョンに入って行ってしまった。
俺と二ーファの間にしばらく風の音が小さく響き、俺は言った。
「……戻るか」
「……そうね」
二人でそう言うと俺たちは宿に足を向けた。
▽
二人でしばらく優雅にコップをズズズと鳴らしていると、ボロボロになったキュカがフラフラと戻ってきた。意外と早かったな。
見ると至る所が傷だらけだが、さほど酷い怪我は無いようなので安心だ。
「くっ……! 私が頑張ってダンジョンを攻略しているのに二人は優雅にお茶をしてるなんて、二人とも最低すぎる……!」
「大丈夫か? 明日は頑張ろうと思っているから今日は休もうぜ?」
「発言にニートっぽさが染み付いてきたようね。明日あたりにカズトは羽化しそうだわ——痛い痛い!」
ニートの羽化って成長なのか退化なのかよくわからないが、イラッときたのでヘッドロックをしておく。
痛そうに腕をタップするがなんとなく気分でキツめにしつけておこう。
というか今日のキュカは少し様子がおかしいな。いや、いつもおかしいけど今日は普段と違う感じでおかしいんだ。
いつもならこの場面でハアハアしながら「私にも!」とか言いそうなキュカは、今日はかなり大人しめだ。
「なあキュカ」
「ん?」
「なんでそこまでお願いを聞いてほしいんだ?」
あの変態のキュカがここまで行動的になるのには必ず理由があるはずだ。
過去に辛い思いをしたり、苦しい事があったりとか何かしら悲しい理由が——
「いや、恥ずかしいことに、ただ欲望の赴くままに行動してるだけなんだが……」
自慢げに言うキュカに俺は呆れてしまった。
恥ずかしげに恥ずかしい事を言うキュカ。
俺も恥ずかしい妄想をしてしまったので軽く恥ずかしくなる。恥ずかしくて軽く死にたくなっちゃうからね。
「……そうか」
やっぱほっとこう。
そういえば二ーファをヘッドロックしたのを忘れていたな。
泡を吹いて完全に落ちてやがる……
俺は気絶した二ーファを頬をぺちぺち叩いて起こしてやる。
「はっ」
「おお、回復が早いな」
目を覚ました二ーファに一声かけてやる。
「まさか美少女に泡を吹かせて気絶させるなんて、この世界初なんじゃないかしら」
「美少女設定はまだ続いていたんだな……」
「設定じゃなくて事実なんですけどね。まあ教養のないニートはわからないでしょうけどね。あ、暴力はもうやめてね。そういうのはキュカ専門だから」
俺が仕返しをしようと手を伸ばすとキュカの後ろに隠れる二ーファ。
「そういう事だ、ご主人。さあ! 私で存分に発散するがいい!」
「いや、お前はもうボロボロだろうが……」
「くっ! ボロボロになるとご主人に心配してもらえるけど、ご褒美が貰えないなんて、嬉しいような嬉しくないような……!」
身体は丈夫だけど頭の方は弱いらしいな。
と思ってると
「って、ふざけてる場合じゃない!」
「やっと気づいたのかよ」
さりげなくいつも通りの会話で話しを逸らすのは通じなかったか。
「明日は二人ともダンジョンに来てもらうからな! 絶対だぞ! あと今日は温泉に行ってくるからな!」
キュカは怒りながら言い、ドアを強く閉めて温泉に行ってしまった。
噂だとこの街の温泉は傷が早く治るらしくダンジョンの帰りや湯治などに良く使われるらしい。流石なんでも揃ってる街だな。
「はあ〜……めんどくさいな」
俺はため息を吐き虚空に呟く。
「まあたまにはいいじゃない。こういうドタバタした感じも」
「俺は堅実に生きたいんだよ。冒険は楽しくていいんだが——」
「一切活躍もしてないのに?」
余計な口を挟む二ーファにデコピンをしておく。
二ーファは痛そうにおでこを抑えるが無視して続ける。
「まあそうだな。役に立った事は無いけど身体を動かすのは好きなんだよ」
「ニートらしからぬ発言ね」
「職業はニートだけど、生き方はニートじゃないと思うんだけどな……まあ、死ぬかもしれない命のやり取りはあまりしたくないんだよな。転生する前はそろそろ死ぬって分かっていたからすんなり受け入れたけど、いざ死ぬ直前になるとかなり怖いもんなんだよ」
「まあ一回くらい行ってみましょうよ。キュカだって実はナナちゃんの事が心配何じゃないかしら」
「そうだな、一回だけだからな? 一回だけだぞ?」
「そうね、私も一回だけのつもりだから」
そう言って二ーファも自分の部屋に戻っていった。
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