最終話『決着、その末に』


 やはりというか、残り1分を切った辺りでトラップがあった。ある意味でも発狂譜面と言うべきか?


 ターゲットの数も見て分かるような位に増えており、素人プレイヤーではすぐに腕が疲れてしまうだろう。ある意味でも体力譜面と言えるような展開かもしれない。


「おいおい、あれをクリアできるのか?」


「無理ゲーだろ?」


「リズムゲームは大抵の高難易度で、発狂があると言う」


「シューティングゲームだったら、これは積むだろうな――相当なシューター以外は」


 モニターで観戦しているギャラリーも、2分が経過した辺りで状況が変化した事には驚いている。彼らはモニターに映し出されている光景に対し、呆気にとられているに違いない。


 別のギャラリーは、この光景を見て自分もARゲーマーになりたいと思う人物も、いるだろう。それ程のスタイリッシュなプレイを――アルストロメリア達は行っているのだ。


「信じられない。これが――ARゲームなのか?」


「VRゲームよりも面白いのでは?」


「VRとARでは比べようがない。同じ物差しで語るのは炎上サイト等の思う壺だ」


「そう言った話題は週刊誌に取り上げられ、それこそ芸能人の不倫問題等で炎上するような状態になる」


「確かに――それこそ、コンテンツの異常な消費を加速させると言うか――」


 更に別の男性は、VRゲームよりも面白いのではないか、と語り始める。それこそ――ネット炎上勢力が使いそうな常套手段であり、下手をすればスキャンダルを金のなる木と勘違いしているマスコミと同レベルだろう。


 その状況で偽アルテミシアは、予想外の攻撃を仕掛けてきた。まさかの第3の攻撃である。その攻撃方法には、驚きの声が――。


「あんな攻撃、ウィキにもなかったぞ」


「どういう事だ?」


「むしろ、別のボスが使用する技を使っているのかも」


「別のボス? それこそあり得ない」


「もしかすると、別のARゲームの技を盗用しているのかも?」


「似たようなジャンルでは、ソースコードの盗用はネット上でも言われていることだな――」


 ギャラリーの方はざわつき始める。中にはその様子をスマホで撮影しようと言う人間も出てきていた。ネットカフェや自宅、谷塚駅や草加駅のモニターで視聴しているギャラリーも驚いていたので一目瞭然だ。


 実際、あのステージまで到達したプレイヤーも少ない、全ステージクリアのプレイヤーも指折り数えるほど――という状況では、驚くのも無理はないが。


「あの技は明らかに――」


 第3の攻撃をチェックした霧島は、自分があのフィールドに残れなかった事に対し、右手の拳を作って強く握りしめる。


 自分ならば、あの攻撃に対するパターンが何となく分かるだろう。そして、アドバイスも出来るかもしれない――そう思っていた。


 ファンタジートランスはあの時まで未プレイだが、それでもエアプレイ勢力のように知識を自慢するような事も、彼女は行わない。


 その上で、あのプレイを披露してネット上で話題となったのだ。ある意味でも全面クリアは出来なかったが、実力者と言える。


「次こそは――必ず!」


 霧島は強い決意を胸にバトルの行方を見守る事にした。しばらくして、霧島の周囲から離れていたギャラリーも危険性はないという事もあって、じょじょに集まりつつある。



 第3の攻撃は偽アルテミシアが指を鳴らす事で、何もない空間からビームダガーを呼び出し、それを相手に向かって飛ばす。


 この攻撃方法に関して、何処かで見覚えがあると考えているシナリオブレイカーだったが、思いだそうとしても残り時間的には間に合わない。


 逆にパターン攻略対策で運営が実装したと割り切り、譜面に集中した方が早いと判断するプレイヤーだっている。


「あの攻撃方法――まさか?」


 アルストロメリアは、あの攻撃方法に若干の覚えがあった。別人によるネット炎上案件、そこに出てくる人物が使用していた能力である。


 しかし、偽アルテミシアがネット炎上の一件を知った上でデータに取り入れたのか、と言われると疑問に残るだろう。


 それに加えて、あの一件はARゲームとは無関係のはず。マスコミはVRゲームもARゲームもゲーム犯罪が起こりうると思っているようだが?


(まずいな――これは使うべきではなかったか)


 偽アルテミシアは、この攻撃を使った事に対して失敗したと考える。いくら攻撃力が高く、他のプレイヤーを圧倒出来る力でも――時と場所を考えなければ、その行動は自滅を呼びかねない。


 あの時、負けフラグに言及された事が偽アルテミシアにとっては、焦りを生んだのだろう。早期決着を急ぐあまりに、致命的なミスをしたと言っても過言ではない。


「――そう言う事か」


 その状況で、シナリオブレイカーはようやく接点が繋がったと――攻撃方法を見て確信する。しかし、仮に攻撃方法が同じだったとして――その方法で回避できるのかは疑問だが。


 考えていてもはじまらない。シナリオブレイカーは、大博打を打つ感覚で――シールドビットを自分の目の前に展開した。


 シールドが展開される前に、偽アルテミシアはシナリオブレイカーにビームダガーを放つが――。


「パターンが分かれば、脅威等ではない!」


 その読みは見事に的中し、目の前に飛んできたビームダガーからはビームの様な物が放たれた。ビームに関してはシールドによって無効化されている。


 そして、シナリオブレイカーは目の前の偽アルテミシアの正体を確信、シナリオブレイカーの回避方法を見て、ビスマルクも第3の攻撃に対応出来た。


 他のプレイヤーも追随するのだが、アルストロメリアだけはシナリオブレイカーの一連の行動をチェックしておらず――。


「あの攻撃は――!?」


 アルストロメリアの目の前、そこには真空刃が放たれていた。まさか、第3の攻撃ではなく――こちらが来るとは予想外のパターンである。他のマッチングメンバーも、このタイミングで真空刃が来るとは予想もしておらず、意表を突かれたと言う表情で目の前の光景を見ていた。



 しかし、アルストロメリアは攻撃を回避しようと考えていた時には――既に回避していたのである。


 彼女の反応速度は、他のメンバーよりもプレイ経験等を踏まえても早い部類ではないのに――だ。


「一体、何が起きた?」


「どう考えても常人の速度じゃない」


「ガジェットの特殊能力か?」


 ギャラリーの方も、驚いているのだが――それ以上に驚いたのは、運営側のスタッフに違いない。


 カトレアが試作型ガジェットを投入していたからと言っても、プロアスリート並の反応はあり得ないからだ。それ程の動きをすれば、ARガジェットでもリミッターがかかるゲームも存在する。


「カトレアさん、あの能力は――」


 モニターでバトルの様子を見ていたスタッフは指摘するのだが、カトレアは言葉を失っていた。


 自分がやってきた事、それが実はバランスブレイカーを生み出すきっかけだったのではないか――と。


「あれだけの反応速度があれば、世界大会でも金メダルは取れますよ!」


「まさか、プロゲーマーではなくプロスポーツマンを育成する為に――あのガジェットを?」


「これは間違いなく、他のARゲームよりもヒットにつなげられるヒントに――」


 周囲からは色々な声がするのだが、スタッフの声はカトレアには聞こえていないだろう。


 周囲の声をシャットアウトしているのではなく、この光景は想定外の展開だったからである。 



 ラスト30秒、そこで見せたアルストロメリアの動きは――周囲のギャラリーが歓声を上げるほどの印象を与えた。蒼い残像を展開する程の速度で動く彼女は、まさに流星のようだと周囲は語る。


 こういう感想に言及するのはARゲームに知識がない人物に限られ、経験者は違う部分に言及していた。


 彼女のスキルは確かに前作をプレイ済みでも、付け焼刃で身に付けられるような物ではない。それを踏まえると――。


「やはり、そう言う事か」


「彼女は前作経験者、あるいはシリーズ常連だったと言う事だ。そうでなければ、あそこまで柔軟に対応はできない」


「まさか、このマッチングで経験者が複数人いるとは」


「経験者って?」


「ビスマルクは全面クリア経験者と言う話だ。それに、他のプレイヤーも――」


 中継を様々な場所で見ているプロゲーマーは、アルストロメリアの動きを見て即座に経験者である可能性を指摘していた。


 だからこそ、あの動きには納得出来たと語る。ただの視聴者やにわかプレイヤーが突っ込めるかと言うと、無理な相談だが。


「しかし、どのタイミングで気付いたのか――アルストロメリアがファンタジートランスのプレイヤーだった事実を」


「こっちだって、どのプレイヤーが前作もプレイしていたのかを把握するのに苦労はする」


「ライバル登録の有無か」


「それもあるだろうな」


 何とかアルストロメリアが経験者と把握したプレイヤー勢は、ため息を漏らす。それ程にあのバトルが――予想外の展開になったことを物語る。


 フィールドのバグと思われるテクスチャーは元に戻ったが、偽アルテミシアを含めたアーマーのバグは解消されていない。


 プレイ開始から1分が経過した辺りで、他のギャラリーが気づかないレベルで細かなバグが発生していたのである。


 これらがデータの処理落ちとみるユーザーもいるだろう。その証拠が本物のアルテミシアが放った必殺技に発生していたバグだ。


「後は、ここを何とか対応できれば――」


 アルストロメリアは右手にロングソード、左手にライトセイバーと言う二刀流に変更して最後の発狂譜面に挑む。


 ホーミング機能のある武器を使用しても問題はないが、あの数ではとても対応しきれない。


 目の前に見えるのは――100に近い数のターゲットだ。あれを近距離武器で挑むのは、無謀だとウィキにも書いてある。


 しかし、今更になって攻略記事を頼るなんて事は出来ないだろう。その記事を彼女はチェックしていないのだから。


 例え処理落ちだろうと、バグが発生していようとアルストロメリアには関係ない。それを言い訳にしてゲームオーバーになったとは言えないからだ。


「えっ!?」


「一体、何が起こって――」


「これがARゲームプレイヤーの本気なのか?」


【信じられない】


【人間の限界を超え過ぎだろ】


【冗談ではない】


「これが、ARゲームの恐ろしさか――」


「もはや、何が起きても驚かないぞ」


 周囲もコメントに出来ないようなコメントを流すユーザーもいるし、コメントを打つ手も止まっているユーザーもいた。それ程に、目の前の光景は――衝撃だらけだったと言ってもいい。



 その動きは機敏とか俊足という領域で片付けられない。そう言ったカッコいい単語で飾っても、表現するのは不可能に近いだろう。


 ジャパニーズニンジャのようであった――と他のギャラリーがコメントを打つが、それが正しいとも思えない。


 彼女の速度は、まさに特撮を見ているような印象を受けたとも語ったギャラリーもいる。しかし、本当に正しいのか?


 アルストロメリアの動きに関しては、見る者を虜にしたのは間違いない。リアクションは様々であり、感想も十人十色だ。


 その感想が正しいか間違っているのか――それは個人の感想による物なので、必ず正しいとも間違っているとも限らない。


 通販番組における『個人差があります』や『個人の感想です』に例えられるニュアンス――そう考えているまとめサイトもいる位に、対応が割れた。 アルストロメリアは何をプレイヤーに見て欲しいと思ったのか?


 超絶プレイなのか、発狂譜面を攻略していく姿なのか、それともプレイその物か――。


 どちらにしても、彼女のプレイ光景は今後のファンタジートランスだけでなく、コンテンツのあり方を問いかけているのかもしれない。



 曲もラスト10秒に達した辺りで、遂に決着となった。偽アルテミシアに止めを刺したのは、アルストロメリアではなく――。


「これ以上、マッチポンプにつきあう義理もない――これで、お前達の推しアイドルの芸能事務所も終わりよ」


 偽アルテミシアを撃破したのは、何と本物のアルテミシアである。アルストロメリアがターゲットの連続撃破をしているタイミングで――残りゲージ的に止めを刺したのが、アルテミシアと言う事らしい。


「イースポーツ化も時代の流れかもしれないけど、あなた達の様な考えをしている勢力がいる限りは――」


 彼女の放った捨て台詞を聞く事無く、偽アルテミシアはそのままCG演出とともに消滅した。


《ステージオールクリア》


 今のマッチングで同じフィールドにいたプレイヤーのARバイザーに表示されたメッセージ、それはファンタジートランスを全面クリアした事を意味する。


 そして、最後のドアも開かれた。その先に何が待っているのかは誰も知らないだろう。アルストロメリアは一足先に、その扉へと走り出していた――。


【遂に全面クリアが出たのか!】


【おめでとう!】


【おめでとう!】


【これはすごい!】


【全面クリアなんて初めて見る】


【扉自体がトラップと言う事はないのか?】


【それはないだろうな。これでクリア――のはずだ】


【このマッチングを見た後では、他のプレイヤーのバトルに満足できなくなりそうだな】


【そうなっていくと、今後は有名実況者や歌い手等がプレイした動画とかでない限りは――】


 中継のコメントでは全ステージクリアを達成したプレイヤーを祝福するコメントがあった。その一方で、このマッチングが二度と見られないのではないか――という声もある。


 それ程に祭りが終わった事に対して、寂しさを感じる観客がいたのも事実だろう。しかし、始まりがあれば必ず終わりが来る。ゲームオーバーが存在しないゲームもあるのかもしれないが、ARゲームに対する問題が山積みの中では、ゲームオーバーがある事で現実に戻す役割もあるのだろう。



 ゲームが終了し、シナリオブレイカーことアイオワはARバイザーを解除する事無く、ファンタジートランスのフィールドを後にした。


 他のプレイヤーの中にはインナースーツはそのままに素顔をさらしているプレイヤーもいるが、施設内であればバイザーを脱ぐ必要性はない。


 さすがに施設外に出た場合、フルフェイスと勘違いされそうな形状もあって――脱がなくてはいけないのだが。


「ゲームには始まりがあって、必ず終わりがくる。シリーズものでも、いつかは完結する――」


 アイオワは色々とこみあげてくる思いはあるのだが、まずは別のARゲームフィールドへと移動をし始める。そして、ファンタジートランスのフィールドを振り向く事無く――足早に姿を消した。


 この様子を見ていたガングートとビスマルクも、特に何も語る事無く別のフィールドへと向かう。



 一方で、ログアウト後のアルストロメリアは待機ルームの方でベンチに座っていた。


 あまりにも現実離れしたゲームをプレイした事からなのか――疲れが一気に出たような形でもある。息を整えるのに1分かかっているのが、その証拠だろう。もしかすると、色々と考える事があったかもしれないが。


「どうやら、貴女も――そちら側のプレイヤーになったのですか」


 ベンチに座っているアルストロメリアの前に姿を見せたのは――賢者のローブを着ている人物だった。


 アルストロメリアはカトレアと一瞬思ったのだが、髪の色も雰囲気も若干異なっている。しかし、誰なのかは即座に分からない。


「あなたは、一体――」


 何とか息を整えたアルストロメリアも、一目でカトレアとは違うと気付く。そして、名前を尋ねるが――彼女が名前を語る事無い。


「私はARゲームに関して、色々と考えを持っている人間――そう思っていただければ結構です」


「考え? ARゲームは楽しい物とか、そう言った単純なものではなくて?」


「そうです。ARゲームは、みんなで楽しむ新たなゲームと言う時代は――終わりを告げています」


「どういう時代が来るの?」


「そうですね――日本のコンテンツ流通に重要なメッセージを伝える為の舞台装置でしょうか」


「舞台装置?」


「オケアノスの一部施設も、しばらくすればリニューアル期間として閉鎖されるでしょう。パチンコ店の新台入れ替えと同じ感覚で」


「例えが別分野すぎて、さっぱり見えてこないけど」


「――そうですね、ゲーセンで新台を入れ替えると言えば分かりますか?」


 2人のやり取りは続く。アルストロメリアは疲れている関係もあって、あまり怒鳴ったりは出来ない。一方で、賢者のローブの人物も彼女の体調を踏まえて――あまり大声で話そうとはしないようだ。


「それなら分かるけど――何が起こるの?」


 アルストロメリアの一言に対し、彼女はこう言った。


「新たなゲームが現れ、それが再び今回のネット炎上と同じ事を引き起こす――」


「それって、特撮シリーズもので恒例の――」


 アルストロメリアが特撮シリーズと言った所で、賢者のローブの人物は何かに気付き始めた。


「特撮シリーズですか――。そう言えば、近い内にロケテが行われるとか――」


 そして、賢者のローブの人物は別の場所に貼られていたポスターを見つめる。このポスターは電子式タイプではなく、紙のポスターだ。盗難防止と言う意味で特殊なカバーで防水した物だが――。


「これって――?」


 アルストロメリアは一目では何のロケテなのかは分からない。彼女には特撮作品の知識はないようだ。


「パワードフォース――?」


 賢者のローブの人物は何かに気付き、そのまま何処かへと足早に向かって行った。

アルストロメリアは、彼女の名前を聞きそびれてしまったとも言える。


「一体、彼女は何を伝えようと――」


 パワードフォースのポスターを見ても、アルストロメリアには感じる物がない。特撮ヒーローのデザインは最近の作品をベースにしているようだが、これがゲーム作品なのか? もしかすると、パワードフォースを原作にしたARゲームなのかもしれない。


 版権作品をARゲームにする動きがあるのは、以前からあった。しかし、表に出たのは今回が初だろう。パワードフォースのロケテストは何回か行われていると公式サイトにもあったが、本当にこれがブレイクするのかはロケテの反応次第だ。


「今は、こっちよりもファンタジートランスを極めて見ようかな」


 この後、アルストロメリアはパワードフォースのロケテストにも足を運んだようだが、プレイしたと言う話はネット上では流れていなかったと言う。


 ファンタジートランスで活躍したトップランカーは、やはり他のゲームへ進出はせずにとどまっているケースが多くあった。


 しかし、プロゲーマーやARゲームの流行に敏感なプレイヤーはパワードフォースに流れていき、後にサービス開始まで秒読み状態――。


 今後のARゲームのイースポーツ化は、ファンタジートランスでは議論以前に環境が整っていなかったが、他のジャンルでは議論が進んでいくだろう。


 プレイヤーのモラルやフェイクニュース等に騙されない事――そう言った事は他のサイト等でも言及されているが、ARゲームでも必要な心構えだった事は実証された。


 カトレアが訴えようとしていたのは、ネット炎上がどうやって起こるのか? イースポーツ化するとしてどのような炎上ケースが起きるのか、それを避難訓練のような感覚で行おうとしていたのかもしれない。


 そして、一連の事件はオケアノス事件としてネット炎上を起こさない為のケースとして――。

 


 それから、パワードフォースのロケテストは一カ月程度行われ、そこで得られた情報の分析が続いている。


 それらをベースにして新たなARゲームを生み出すのに新システムを導入する必要性があったのは、言うまでもないだろう。


 特撮番組であるパワードフォース、それを完コピは無理にしても――世界観を再現する事は可能かもしれない。


「これらのデータ、どうするつもりですか?」


 パソコンの前で男性スタッフが、色々と言いたい事はありつつも手を動かしている。


 データに関しては他のARゲームよりも少ない方なのだが、上層部にはチェックが付けられているデータのみを提出するように指示されていた。


「こっちが分かる訳がない。とにかく、データの集計が完了次第に――」


「とにかく、送るデータ量はロケテストの集計では少ない方だ。すぐに終わらせるぞ」


 別のスタッフがスタッフに色々と指示を出すのだが、優秀なスタッフが引き抜かれたゲーム会社では――。


 それでもバイトを雇って何とかしているが、ロケテストのデータを整理するのも一苦労だった。


 データ整理を行っているスタッフは数十人ほどだが、部屋の広さが縦長で20メートルあるかないか――と言うスペースである。


 スペース的に駅のホームと言う例えが正しいのかどうか分からないが、ここは改装準備中となっているオケアノスのメインエリア跡地――。


 あるいは、準備中のエリアをレンタルしている場所と言うべきかもしれない。本来であれば、ここは予備サーバールームとして使用する予定のようだ。


「この私でよければ、力になろう――」


 片方の若干遠い入口から姿を見せたのは、ビジネススーツ姿のカトレアである。賢者のローブを着ていないので、誰なのか分からないスタッフが多かったが。


「あなたがどうして? ファンタジートランスの方は?」


「あちらは他のスタッフに譲って来た。私では荷が重かった訳ではないが、一連の責任を取った形とも言える」


 彼女の言う責任とは、ネット炎上は回避されたが――試作型ガジェットを運用した事にあった。


 致命的レベルではなかったが、一歩でも間違えると危険極まりないガジェットを運用した事は、あってはならないことである。


 下手をすれば人命も――と言う事で、辞職では済まなかっただろう。それ程にカトレアの独断は運営にもダメージを与えたのだ。


 炎上に関与した偽アルテミシアを逮捕、資金源だったまとめサイトの摘発、オケアノスのセキュリティホールを発見した事――ある程度の功績破認められたが、それでも責任問題は別だった。


 最終的にはファンタジートランスのスタッフからは外され、別の部署に送られる事になる。



 6月某日、ファンタジートランスの運営体制が変更され、ゲームバランスの見直しも行われた。イベント会場で登壇した担当者はカトレアではなく、別の背広を着た男性が新しい担当になっている。


「今回は、我々の不手際によりプレイヤーの皆様に不愉快な思いをさせてしまった事を、この場を借りてお詫び申し上げます」


 最初の挨拶は、まさかの謝罪だった。そして、一連の発言後には観客に向かって頭を下げる。


 ここでカメラのフラッシュが多くなるような場面だが、マスコミ向けの会見ではない為にフラッシュは全くない。これに関しては周囲の観客も違和感を持つのだが――。


「本来であればサービス終了も視野に検討をしてきましたが、様々な新作ARゲームがリリースされている中、ファンタジートランスにも多くのファンがいる事を思い知りました」


「一部のスタッフは、今回の問題を受けて入れ替えなくてはいけなくなりました」


「しかし、我々は今回の問題でネット炎上をしたコンテンツは即座にオワコンとなり、黒歴史化すると言うネガティブな考えばかりが先行し、その結果が――あの事件になった、と反省する次第です」


「様々な部分でご迷惑をかけてしまいましたが、これを教訓にしてファンタジートランスの運営を続けていこうと思います――」


 他にも担当の男性からは話があったが、覚えているのはこの辺りである。ゲームの運営初心者だった訳ではないのは事実である一方で、彼らは1回のネット炎上が起きた事ですぐに終了してしまうと考えていた。


 ソシャゲで大炎上した一件、超有名アイドル商法絡み、まとめサイトによるマッチポンプ――そうした事件は、簡単に風化しない。


 これらの事件を起こせば自分達の言う事を聞いてくれる、あるいは思うがままに会社を動かせる、そう思っているカリスマネット炎上者もいるだろう。そうした勢力を恐れてしまえば、新たなゲームを作る事は難しい――そうスタッフは考えて、ファンタジートランスの存続を決めたと言える。



 一連の会見を観客席ではなく、センターモニターから見ていたアルストロメリアは、極度の緊張をしていた。


 自分のやった事がネット炎上勢力に悪用され、こうした謝罪会見になってしまったのではないか――と。


「私は――これから、どうすれば」


 言葉を絞りだそうとしても考えが出てこない。


「ネット炎上におびえていたら、何も始められない。負けフラグ等を恐れて何もしないと決めてしまえば、可能性は失われる」


 そんな中で、ベンチに座っていた一人の女性が声をかけてきた。自分の事を言えるかどうか不明だが、体系が似た者同士。


 髪型がメカクレであるか、そうでないか位なので――あえてスルーをしようとしたが、今の自分ではその勇気もない。


「何を始めれば、何をすればよいのですか?」


 アルストロメリアはベンチに座る彼女に尋ねる。そして、ため息をひとつ――その後に目を合わせてきた。


「そうね――また、頭をからっぽにしてゲームを楽しめば?」


 即答である。しかし、何も考えないでプレイすると言うのは――自分も忘れかけていた物だ。それを、思わぬ形で思いだしたのは――思わぬ収穫と言える。


「ありがとうございます!」


 メカクレの前髪を――と思ったが、その時には既に彼女の姿はない。一体、彼女は何者だったのか? しかし、別のセンターモニターを確認して――その人物の正体に気付いた。


「VRゲーマーの――」


 アルストロメリアは、彼女が現在進行形でネット炎上が続く例の彼女である事に驚く。今も炎上と戦っている人物がいるのに、自分はここで終わってどうするのか――?


「ありがとう――」


 プレイヤーネームを確認し忘れたので、彼女の名前は不明なままだが――それでも構わない。


 コンテンツは、流行り廃りを繰り返す。その時代に幕を閉じる為、もしかすると彼女が動きだすかもしれない。


 そうでない事を祈りつつ、アルストロメリアは再びフィールドへと向かうのであった。

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