第14話『ラストステージ』


 アルストロメリア達のいるフィールドだけが第3ステージではない。当然だが、他のフィールドも存在する。


 しかし、突破したと言う速報も流れていないので――現段階では全3ステージクリアをしたプレイヤーはいない。


 ボスに関しては、通常ボスと隠しボスと言う位置づけの存在がジャンルによって存在するが――この場合は通常ボスだろう。


 曲の長さは3分とリズムゲームでは長い部類の曲である。俗に言うロングサイズ辺りが該当するのだろうか? 他のゲームだと音楽は気にする事はないので、3分が長いのか短いのかはプレイしているジャンルによる。


「あなたは明らかに負けフラグを立てたのよ! それも、とっておきの!」


 アルストロメリアの一言――それを偽アルテミシアは把握していない。しかし、その一言でひるむ事もなかった。程度の低い煽りで反応してはネット炎上しても当然である。


 本来であれば、このような発言でひるまない方が当然なのだ。本来のアルテミシアはアバターであり、作られた存在なのだから。


『負けフラグとは――』


 発言の意味を理解していないのは、意外な事にガングートである。モブプレイヤーでも分かったのに――。


『分からなければ、そのままの方がいいわよ!』


 イントロ部分を把握し、演奏を始めていたビスマルクがアドバイスをする。


「フラグに言及すれば、逆に負けフラグになる事もあるし――」


 アルストロメリアは説明を放棄、演奏に集中しているようだ。丸投げと言う意味合いではなく、ガングートのフラグ成立を回避する狙いだろう。


 負けフラグに関しては気にしない人間もいるだろうが、今回ばかりは状況が状況だけに頼るしかない。


 向こうの正体が仮に――だった場合は、フラグを成立させない事が目的かもしれないからだ。


「とにかく、この楽曲を完走する事――それを優先させないと」


 アルストロメリアの目は真剣そのものである。しかし、その目を他のプレイヤーは見る事が出来ない。ARバイザーの影響で素顔が見えないのも原因だが――彼女の場合はメカクレなのも原因だろう。



 オケアノス計画自体、実は草加市を聖地巡礼化する目的も含まれていた。しかし、コンテンツ市場の強化を図る事が独り歩きしているのかもしれないだろう。


「オケアノス計画自体は長期プロジェクト――ここで終わらせるような計画ではない」


 運営本部に入って来たのは、ガーディアン部隊と思わしき重装備兵を数人連れた幹部だった。


 彼もARメットやインナースーツで正体を隠しているらしく、姿を見られては都合が悪い可能性は高い。


 しかし、ボイスチェンジャーは使用していないので、声まで偽装する必要性はないという判断したらしいが――。


「だからと言って、我々の『フィールド』にまで無断進出するのは――容認できませんが」


 ガーディアンの登場にカトレアの表情も変化し、先ほどまでモニターを見ていた視線も――幹部のいる方へと向けた。


 賢者のローブと言うカトレアの外見を確認した幹部も、なるほど――とは思った。しかし、それに関して言及する発言はしない。


「無断か――。どちらにしても、オケアノス及びARゲームのノウハウは共通財産ではないのか?」


 幹部の一言を聞き、他のスタッフ側も反論しようと考えている。しかし、それを止めるのはカトレアだ。


 本来であれば、こうした発言を止めるのは運営上層部のはずだが――この場にはいない。既に別勢力との関与を疑われ、拘束されているからだ。


「共通財産と言う話は、プレイヤー、メーカー、クリエイターの利害が一致し、それこそ――」


「我々としては結果が欲しいのだ。芸能事務所AとJは過去の黒歴史として語られるようなコンテンツを――」


「それこそ、マッチポンプやネット炎上合戦を呼び込む考えであり、同調する訳には行きません」


「マッチポンプは芸能事務所AとJが最初に仕掛けたのだ! 我々は――違う」


「何を持って違うと言うのですか? やっている事が似ていれば――」


「似てなどいない。あちらの超有名アイドル商法は、特定の投資家ファンが大量に金を投資していくような物。それとは全く違う!」


 幹部の発言は明らかにネット炎上勢力やまとめサイトの考え方に近い。これでは、正常なコンテンツ流通は望めないだろう。


 それでも、ネット炎上が永遠に起こらないシステムを生み出すと言うのは不可能に近いのでは――と考える事もあった。


 しかし、カトレアは最後まであきらめない。コンテンツ流通を正常化出来る可能性がある限りは――。


「特定勢力の過剰介入は、オケアノス計画の望む形ではありません。ここはお帰り願います」


 カトレアは幹部の発言にひるむことなく、その場を立ち去るように警告。その手にはARガジェットは握られておらず、脅迫ではないと言うアピールのように見えた。


 ガーディアンの一人はARガジェットをカトレアに向けようとするが、それを止めたのは男性幹部である。


「ここで水掛け論をしても別の勢力を遊ばせておくだけ――。いいだろう、今回は引き上げるとする」


 捨て台詞を残し、男性幹部とガーディアンは運営本部から出て行った。これには一安心と言うべき流れだろう。しかし、別の勢力は残っている。偽アルテミシアの背後にいる存在だ。



 楽曲に関しては、ジャンル記載がない。しかし、アニソンやJ-POPの類でもないのは事実だ。


 楽曲詳細を把握してプレイしているのは、ビスマルクとシナリオブレイカーことアイオワだけである。


(あの2人だけ動きが良い?)


 アルストロメリアは、自分よりも反応速度が高い2人を見て――自分も動きを合わせようとする。


 それもそのはずだ。彼女達はファンタジートランスの常連プレイヤーなのである。今更気づいても遅いだろうが――。


 モブプレイヤーたちもビスマルクとシナリオブレイカーの動きが常人と違う事に気付き始めた。


 相手にするプレイヤーを間違えたのかもしれないと後悔する一方で、彼女たちに任せれば何とかしてくれるとも考えている。


 それに加えて、このマッチングにはプロゲーマーであるアルテミシアの存在も大きい。


 彼らは最低でも3人の邪魔にならない程度に立ちまわれば、ステージクリアは余裕とも考える。しかし、その考えが慢心である事も百も承知だ。似た考えをしているのは、アルストロメリアも一緒だったから。


「テンポは今までの楽曲と似ているけど――そう言う事かな」


 アルストロメリアは今までプレイしてきた楽曲の蓄積された脳内データを利用し、ギリギリのラインで立ちまわっている。


 ARガジェットの性能で何とかなっている可能性も高いが、今はそこまで考えている余裕はないだろう。


 下手に集中力を途切れさせた場合、演奏失敗になる可能性もあったからだ。何としても、3人に追いつける範囲で動く事が求められるのである。今までにないような緊張感が、アルストロメリアを襲う。



 楽曲が流れると同時に偽アルテミシアも動き出した。こちらは問答無用に攻撃を仕掛けてくる。アクションゲームの要素もあるので、敵の攻撃に当たるとダメージを受けるだろう。何とかして、それも回避しなければ――クリアは難しい。


 しかし、偽アルテミシアの攻撃は想像以上の物だった。今まで戦ったボスとは比べ物にならないレベルである。ゲーム初心者が勝てるような相手ではないのは当然であり、実際のリズムゲームでも上級者向け楽曲を初見でクリア出来るなんて事は奇跡に近いだろう。


 それ位の強難易度を誇るのが、アルストロメリアが相手にしている偽アルテミシアなのだ。


「何故だ――何故、勝てない?」


 開始早々にゲージが0になって退場したのはモブプレイヤーの一人だ。この状況を見た周囲のプレイヤーが集中しているのに対し、彼は1位になって目立とうと功を焦ったのである。


「邪魔者がいなくなったのは大きいか――」


 別のモブプレイヤーは、ライバルが減った事に対して自分が有利なったと勘違いする。しかし、そうした発言が負けフラグなのは間違いない。この発言の10秒後、このプレイヤーも途中の猛攻に敗北する事となった。



 本物のアルテミシアは、周囲が驚くほどの実力者だった。中継を見ていたプレイヤーも集中してみている程の実力を持っている。


 それがプロゲーマーなのかもしれない。彼女が注目されているのは、プロゲーマーという肩書だけ――ではなかった。


【彼女はARゲームではプロゲーマーと言われるが、それ以外のゲームでは大きく劣る】


【ある意味でもARゲームにおいてはプロ並みの実力を持っているだろう。しかし、それ以外が――】


【しかし、彼女のARゲームにおける実力はかなりのものだ。数ジャンルでは名人クラスか、上位に匹敵する】


【その一方でVRゲーム等は――。どちらにしても、彼女はARゲームでしか出没例がないから同じだが】


【それこそ、ネット炎上を誘発する為の噂では?】


【違うな。VRゲームとARゲーム、両方でチート級の実力者だったら炎上する要素もあるが】


【どういう事だ?】


【それは、彼女のプレイを見れば分かるだろう】


 実況スレでは、アルテミシアの実力に関して語るつぶやきもあった。しかし、彼女はVRゲーム等では一般人と同じレベルらしい事も明らかになっている。


 カトレアもアルテミシアがARゲームだけの目撃例を踏まえて、弱点があるのではないか――と考えていた。


 その予想は見事に的中した事になる。しかし、それを知ったとしてもカトレアにアルテミシアを炎上させようと言う意図はない。


 アルテミシアのプレイスタイルは、カトレアにとっても理想に近いものだ。彼女は、その可能性に賭けてみようと――。


「アルテミシアとアルストロメリア、それにシナリオブレイカーは似た者同士なのか――」


 アルテミシア以外にはシナリオブレイカーとアルストロメリア、この二人が似たような人種なのではないか、そう考えていた。実際、シナリオブレイカーの実力もプロゲーマーであるアルテミシアに近い実力を持っているからだ。



 1分が経過し、この段階で脱落したのはモブ2名だけ――ネームドプレイヤーは脱落していない。


 スコアとしてはシナリオブレイカーがトップだ。しかし、コンボを稼いでいるのはアルストロメリアとアルテミシアである。


【フルコンボならば、スコアが高くてもひっくりかえせる可能性は高いが――】


【?? どういう事だ】


【スコアはターゲットの難易度によって変化するが、フルコンボには関係ないターゲットもある。つまり、シューティングゲームで言うボーナスキャラと同じ扱いだ】


【フルコンボと言うのは、本来のターゲットだけを撃破した際のボーナスを意味している。ターゲットのデータは各自のARバイザーに転送されているだろう?】


【譜面難易度って、そう言う意味か。ノーマル譜面、ハード譜面、エキスパート譜面に例えられるような――】


【ファンタジートランスでその表現をするかは不明だが、大体そんな感じだ。違う譜面のプレイヤーがマッチングする仕様と言うのは、それを意味している】


 実況スレでは、色々な解説やフォローもコメントされる事がある。その一方で炎上を煽るようなコメントも流れる懸念があるだろうが――ファンタジートランスでは対策済みだ。


 該当する不適切コメントは入力したとしても表示されない。例えば特定プレイヤーに対する誹謗中傷や犯罪を連想する発言、更には特定芸能事務所のアイドルを宣伝する行為も禁止されている。


「まだ、半分にも到達していない――何がどうなっているの?」


 アルストロメリアは息が若干荒くなりつつも、何とか整えようとしている。今までが2分にも満たない時間の曲だった事もあって、3分は長丁場に感じるのかもしれない。


 別のリズムゲームであれば、3分と言うロングもあるのだが――そちらのゲームをアルストロメリアは未プレイだった。


「こいつだけは――放置すればネット炎上のレベルでは済まない。だからこそ、ここで倒すべき存在なのよ!」


 アルテミシアは偽アルテミシアの目的に気付きつつある。むしろ、最初から分かった上で自分は狂言回しを演じていた言うべきか?


 アイテム回収も、おそらくは向こうの出方を見る為の――ブラフなのかもしれない。使用する武器はプレイ前に選択する事が可能であり、最大3種類まで持ち込みが可能である。


 アルテミシアが展開したのは、背中のバックパックに装着されたウイング――それが変形したブーメランだ。


「アイドル投資家は――自分達の推しアイドルが唯一神になれば、他のコンテンツを炎上させてオワコンにしても平気な顔をする――」


 体勢を固定させ、バックパックから展開されたエネルギーチューブをブーメランの該当箇所に接続し――エネルギーチャージを始めた。


 この時には完全に動けなくなるので、自分の目の前にターゲットが出てきても対応出来ないだろう。しかし、自動迎撃システム的な武器を展開していれば――その心配はない。該当武器を彼女が所持していれば、の話だが。

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