第12話『アンノウンの存在』


 楽曲に関しては案の定というか――あの曲だった。そして、周囲のプレイヤーもイントロが流れた段階で察したらしい。


 ファンタジーと言う世界観をベースとした、このゲームでは明らかに場違いと思う様なミリタリーチックな楽曲である。


「これならば――」


 アルストロメリアは瞬時にしてARガジェットを操作し、ビームサーベルにも似たような武器を展開して――手にした。


 目の前に出現しているターゲットへ的確に命中させていくのだが――その動作はまるで楽曲を演奏しているような物だったのである。


 これには周囲のプレイヤーも唖然としていた。中継映像で見ているギャラリーも同じようなリアクションをしている。


【ボスその物ではなく、何故に周囲のエリアにターゲットが?】


【近距離と遠距離では難易度が変わると言う話だが――本当なのか?】


【近距離武装の場合、あのサイズのボスキャラに攻撃を当てるのは至難の技だろう? そう言う事だ】


【どういう事だ?】


【まさか、戦車がボスだったとして直接乗りこんで攻撃をしかけるか? そこまでのリアリティをファンタジートランスは求めていない】


【ターゲットボスもCGで出来ている以上、乗りこんだりしたらどうなるのか――想像出来るだろう】


【CGってことは――】


【そう言う事だ。怪我をするだけでは済まないだろう。アレがARゲームによっては使用されているフレームタイプであれば話は別だが】


【フレームタイプは、それこそレンタルがメインだろうな。ファンタジートランスでは使用不可と言われている】


【しかし、重装甲ガジェットやアーマーと言うプレイヤーは数人いた。あれはどう説明するつもりだ?】


 ネット上のコメントでは、アルストロメリアがボスに接近して演奏する気がない事に対し――色々と言われている。


 その一方で、彼女が接近戦用ガジェットに切り替えて演奏をしている事に関しては、評価をしている声が多い。


【しかし、個人的には近距離オンリーであれば近距離で、遠距離スナイパーであれば遠距離を貫いてほしい所だが】


【それでも慣れるまでは、どちらか片方に特化するのは難しいだろう。左側の太鼓でプレイするのと右側の太鼓でプレイするのでは、譜面の見え方が違うのと同じだ】


【それだ。何故、ファンタジートランスだけでなくARトランスシリーズはリズムゲーム要素を取り入れたのか?】


【最初からARトランスシリーズはリズムゲームだ。FPSやTPSをプレイしたいのであれば、それこそ他の機種をプレイするべきだ】


 プロゲーマーから見ると、アルストロメリアの近距離への切り替えは辛い評価をしているようだ。


 しかし、それぞれの意見は個人差がある。それらを全て鵜呑みにしたら、それこそプレイヤーは混乱しかねない。


 アルストロメリアのプレイは、他のプレイヤーに対して何かメッセージを――それぞれのプレイヤーに残していく。



 それを踏まえて、アルストロメリアのプレイは――ある意味でも周囲が驚くような物だったのである。


 あれが本当に初心者の動きなのか? 仮にシリーズ経験者だったとしても、システム周りは基本以外を入れ替える傾向のあるARトランスシリーズでは――信じがたい光景だろう。


「あの動きは――」


「動画サイトのプロゲーマーのプレイ動画を見ただけで、完コピなんて出来るのか?」


「あれはプレイ動画のレベルとは違う。どう考えても――独自のものだ」


 センターモニターで見ているギャラリーもアルストロメリアの動きには、言葉を失っている。


 後に強豪プレイヤーに研究され、彼女の行動パターンさえも通じなくなる可能性もあるかもしれない。


【あのARアーマーを装着して、200円でプレイ出来るのが20分か30分。活動限界時間もそれ位で言われているのに――】


【しかし、延長プレイをするプレイヤーは限界を知らないと言う事だろうな】


【それこそ、ある種のメタ空間じゃないのか? 戦隊物で言う異空間が――彼らにとってはARゲームフィールドになる】


【アルストロメリア――。彼女の正体は何者なのか?】


 ネット上でも、彼女の正体を探ろうとする人間もいるのだが――まとめサイトや夢小説でも触れられている。


 何故、そこまでのフェイクニュースが拡散しているのかと言うと、そうまでしてARゲームを潰そうと言う芸能事務所AとJの炎上マーケティングなのだ。


 しかし、何処までが事実なのかは分からない。アフィリエイトの利益目当てで芸能事務所の仕業と書けば――と言う説もあれば、別の芸能事務所の陰謀説もある。


 それだけ今回のファンタジートランスを炎上させようと言う案件は――日本のコンテンツ流通に潜む闇を暴くには、充分だと言う事か?



 そう言った陰謀などがあると言う事をフィールド内でプレイしているプレイヤーは知らない。外部との通信が可能なケースは、ヘルプデスクや非常事態に限られるからだ。


 運営側としては一連のネット炎上に関して――公表すべきと言う声もある。しかし、カトレアは黙秘するべきと断言した。


「ネット炎上の案件は、事実関係を調査せずに突発的な行動を起こせば――それこそ芸能事務所の思う壺になるでしょう」


 カトレアは運営スタッフにも公式発表を延期するように進言するが、周囲のスタッフが聞く耳を持っているかと言うと、それはないだろう。


「しかし、ファンタジートランスは君の個人所有物ではない。それはARゲームと言う媒体で発表する段階で気付いていたはずだが――」


 カトレアの見ているモニターとは別の場所にいた若い男性スタッフの一人は、カトレアの方を睨みつけるような視線を向けている。


 発言は穏やかに聞こえるが、ある種の警告にも思えた。他のスタッフも同意見と言う訳ではないようだが、反論意見が出ない。


「恫喝ですか――そういう手段に出るのであれば、こちらもあるべきARゲームに戻す為――」


 カトレアがタブレット端末を操作し、そこから呼び出した映像――それは、ある意味でもスキャンダルと言えなくない物である。


「こういう手段に出る事も考えていますが――よろしいので?」


 カトレアが見せた映像、それはあるARゲームプレイヤーと男性スタッフが何かを話しているような映像だった。


 映像だけなので内容は分からないが、カトレアがタッチ操作をする事で一部の画像が拡大される。そこに映し出されていたのは――。


「馬鹿な!? それこそあり得ない! 私は――あの芸能事務所のアイドルとは無関係だ」


 男性スタッフは、映像に映っている人物を見て動揺し始めていた。つまり、この画像には彼が映し出されているのは確実。しかし、もう片方のプレイヤーに関しては口を割る事はなく、そのまま別のスタッフが通報したガーディアンに身柄を引き渡される。


 画像に関してはまとめサイトがソースの為、細工がされていたのは明らかだが――これで自分の邪魔となるスタッフは消えた。


「画像自体は合成画像だとしても――場所までは加工できない。サイト側も特定芸能事務所対策で一部を残して炎上させようとしたようだが、それが裏目に出たようだな」


 カトレアは、この画像が何処で撮られた物かの検討が付いている。だからこそ、あえて本物の画像ではなく――まとめサイトの画像を使ったのだ。


 こういう揺さぶりは自身も嫌う様なやり方だが、現状ではARゲーム運営側の発表を止めるのが先なので――止む得ない手段だったと言える。


「今回の件は真犯人を見つけるまで、公表を避ける方向でお願いしたい。異論は――ないですね?」


 カトレアの口調が変化した。今までの冷静な口調ではなく、何か脅しとは違った威圧――それを感じるような言葉だった。


 これを言霊と例えるのもおかしな話だが、彼女が賢者のローブを装備している事もあって、そう受け取られてもおかしくはない。


 周囲のスタッフはカトレアの意見に従う。一部で反論をしようと言う人物もいたようだが、今のカトレアでは、先ほどの人物の二の舞になるのは御免だ――と言わんばかりに反論を控えた。


「おそらく、真犯人は――全てを把握した上で何かをしてくるでしょうが」


 カトレアの見つめる先、そのモニターにはアルストロメリアが映し出されている。もしかすると、カトレアがアルストロメリアに接触したのは――。

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