第4話『スタートライン』その2
既に時間は午前11時30分、アルストロメリアは待つのにも飽きてしまった――訳ではなく、何か別の事を考えていた。
『次のニュースです。芸能事務所による――』
センターモニターではニュース番組が流れていたが、その内容は周囲もスルーしているようで――関心度の低さが物語る。
次の瞬間には、ARゲームのプレイ動画に変更された事から――芸能事務所の話題は、ここではタブーと言う事かもしれない。
「予想外の人物がプレイしているな――」
「噂の人物、霧島か」
「彼女は相当な実力者と聞く。何故、メジャータイトルではなく新作を選ぶ?」
「メジャータイトルの場合は空いた椅子の争奪戦――それの問題じゃないのか」
「つまり、空席が多いほどプロゲーマーに狙われる?」
「その可能性は高いだろな」
男性プロゲーマー同士の会話を盗みぎぎする訳ではないが、アルストロメリアには若干聞こえていた。
霧島(きりしま)と言えば、ARゲームではネームドプレイヤーと言ってもいいだろう。アルストロメリアでも知っている有名人でもある。
「彼女はファントランスには興味すら湧かない――そう言っていたような気がする」
「確かにそうだろう。彼女の実力であれば、他のFPSやウォーゲーム系のアクションで注目されるだろうな」
「何故、彼女はファントランスに?」
「ゲームそのものをプレイせずに批判するのは――エアプレイと同じだからな。それをプロゲーマーがやるのは、禁止行為に該当するだろう」
「確かにライバルゲームを炎上させる目的で批判するのは禁止されているが、エアプレイも批判されるのか?」
「エアプレイはむしろ――って、こちらもARゲームフィールドではタブーか」
プロゲーマ以外でも何かに言及しようと言う人物がいたようだが――彼は何も言及する事無く姿を消す。
おそらくは、ARゲームのコミュニティで話す事はタブーと言う事で避けられている。その可能性は高いだろうか?
アルストロメリアは、遠くから霧島のプレイ動画を見ていた。彼女のプレイには無駄と言う物がありそうな――と思ったが、何かが違うようにも見える。
演奏に合わせて手際よく動く姿は、他のプレイヤーの参考にもなるかもしれないだろう。しかし、アルストロメリアには何かが引っ掛かる。
「彼女のプレイは魅せプレイの類と言うには――何かが違うかもしれないけど」
冷静に分析し、霧島のプレイには何か欠けているのではないか、とも考える。
しかし、自分はファンタジートランスをプレイし始めようとしていきなりのエラーだったので――参考になるかと言われると微妙かもしれない。
動画を見ているうちに、時間は午前11時40分である。タブレットの時計アプリを見て、時間がかかり過ぎているのでは、とも思い始めていた。
その状況で、ようやくタブレット端末にショートメッセージが入る。
【メンテナンスが完了しましたので、受け取りに――】
メッセージの内容は所定の場所まで来てほしいという主旨の内容である。ガジェットのメンテが終わったという事らしいが――。
駆け足で向かおうとも考えるが、エリア内では走る事はNGとされていたので――止む得ずに歩く事が義務となる。
その一方で、特定エリアに限っては走る事も許されるが、一般客も通るようなエリア以外の話だ。
「メンテナンスが終わったって言うけど――」
タブレット端末を手に持ちながら歩く訳にもいかない。ながらスマホの様な行動はNGと立て看板でも明記されている。
発見されると即逮捕ではないが、ペナルティがあるのは避けられない。おそらく、ながらスマホ等で悲劇が起きないように、と言う事だろう。
しかし、そこまで過剰に禁止事項があったのではARゲームをプレイする気にはならないのではないか。アルストロメリアは、過去にも似たような疑問を持っていた。
「ここかな?」
タブレット端末で誘導された先にあったのは、先ほどのエリアとは全く違う様なアンテナショップだった。
入口の上にある看板には『ARゲーム総合センター』と書かれている。おそらく、ここが一種のヘルプセンターの類なのだろう。
ここであっているのか――と疑問に思うアルストロメリアだったが、次の瞬間には自動ドアが開く。自分が目の前に立ったわけではなく、向こう側の人物が――と言う事だろうか?
「アルストロメリアさん――ですね」
「はい、そうですが?」
「ショートメールの件に関してですね」
「ええ、そうですけど――」
目の前に現れたのは女性スタッフだった。衣装は露出度が高いようなコスチュームではなく、作業服と言う感じである。
しかし、見た目は作業服でも――その中身はARゲーム用のインナースーツであり、耐久度は一般的な作業服よりも上だ。
彼女が姿を見せた事で、アルストロメリアも唐突過ぎて驚いたが、彼女の誘導に従うように別エリアへと案内される。
別エリアに到着したのは、午前11時55分――もうすぐお昼と言う時間でもあった。通されたエリアは、SF作品でよく見るような研究所ではなく――。
「まるで、ゲームの開発現場かな――」
アルストロメリアも、この光景には言葉を失いかける。スタッフが色々と慌ただしく動いていたり、パソコンの前でデータの打ち込み――。
その光景はゲームの開発現場だ。ここに来たのは場違いなのか、そう思い始めた所で、タイミング良くカトレアがアルストロメリアの前に姿を見せた。
「ゲームの開発現場と言うのは否定しない。ARゲームも、ゲームであるのは間違いないからな」
その一言は――その通りと言えるかもしれない。これがゲームではないと言ったら、ファンタジートランスはリアルスポーツなのだろうか?
実際、イースポーツと言われている分野でもコンピューターゲームに対する認識は、様々であり――議論が尽きない。
「そう言えば、ガジェットのメンテナンスが終わったって――」
「バージョンアップも完了している。後は、君が必要事項にデータを入力して終了する」
「必要事項って?」
「プレイヤーネームと使用ガジェットか。プレイヤーネームは前作のデータから帰る事も出来るが――」
その後、カトレアからは様々な説明を受ける事になるのだが――アルストロメリアはガジェットとしてのARガジェットは確認している。
「所で、あのアーマーはどうなったの?」
そして、肝心のARアーマーはどうなったのか――アルストロメリアの問題は、そこにある。
「必要データの引き継ぎは完了している。しかし、一つ問題が発生して――」
カトレアの表情は深刻と言う訳ではないが、悪いニュースでもあるのだろうか?
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