第4話『スタートライン』
西暦2020年4月1日、午前11時頃――遂に彼女は決意してファンタジートランスへと挑む事になった。
彼女の場合は別のARゲームに集中していて、こちらの情報を仕入れていなかったのも致命的だが、そう言った人物は彼女のみとは限らない。
(遂に――この時は来た)
彼女は既にARインナースーツを着用しているが、カラーリングはグレーをベースにした物である。
「私を――この状況に追い込ませた事、後悔させてあげる!」
彼女の名はアルストロメリア――ARゲーム専用の待機ルームでは、既にSFモチーフなパワードスーツを着用していた。
彼女のパワードスーツは、かなり使いこまれている感じであり――それこそ歴戦の強者を思わせるだろう。
ただし、そう思わせるデザインにしている可能性もある為、それが彼女の実力と直結するかは不明だ。
「メイン武装は、別ゲームでのデータにはなるが――右腕に固定されたビーム刃のロングソード、両肩のシールドを展開するビット、シールドに収納されたレールキャノンと言う具合か」
アルストロメリアを遠目から見ていらライバルプレイヤーは、彼女のデータを別ゲーム経由で確認していた。
ファンタジートランスでは別ゲーム経由のガジェットの持ち込みは禁止されている。
しかし、チートや不正ツールの類がインストールされていない場合に限って使用は認められているようでもあった。
「本当に――未プレイなのか? あのゲームを――」
データを見ていたプレイヤーは、アルストロメリアの参戦ARゲームタイトルを見て――何か疑問に思う部分があった。その疑問は、数分後に現実となる。しかも、良くない形として。
5分後、アルストロメリアは既にファンタジートランスのログインを始めようとしていた。
スタートラインはスタッフの指示に従って、移動した場所――エントランスにある3番ゲートを通った先でもある。
そして、本来であればARバイザーにもログイン確認メッセージが表示されるはずなのに――。
「えっ?」
一瞬、目の前が真っ暗になった。その後にはゲームフィールドではなく、拡張現実空間が展開される前の空間が見えている。
本来であれば舞台裏の類はARバイザーを装備していれば、災害時の避難に代表される非常事態以外では見えないはずだからだ。
それが見えているという事は――ARガジェットにチートや不正ツールの類があったという可能性も否定できない。
『すみませんが――こちらの指示に従って、所定エリアへ来ていただけませんか?』
スタッフの女性と思わしき声がARバイザーに響き渡り――次に表示された矢印に従う形で特殊なシャッターがある場所へと移動する。
その距離は、わずか50メートル弱――本来であれば、こういう舞台裏と言うのは見えない方がプレイヤーの為なのだが。
別所へ誘導されたアルストロメリアはパワードスーツを解除し、ARメットも脱いだ状態で待機用のいすに座っていた。
イラつくような仕草は一切見せていないが、このようなトラブルが急に発生したのには自分も含めてスタッフも驚いているに違いない。
「原因が特定できました。簡単な事を言えば、アップデートミスに該当します」
賢者のローブ姿と言う周囲のスタッフとは大きく違う外見をした女性――カトレアの姿を見たアルストロメリアは言葉を失った。
カトレアの外見もそうだが、それ以上にアップデートと言う単語が出てきたことである。自分には心当たりがない。
チートガジェットやツールの類を使用していれば、アップデートの段階でチェックが入ってガジェットが凍結されるのは他のARゲームでも見てきた光景だ。
しかし、それと同じ事が自分のガジェットで起こるのは――正直考えたくもなかった。
「アップデートって? ファンタジートランスの?」
「その通りです。このゲームは、元々がサバイバルトランスの続編――と言うよりもARリズムゲームトランスシリーズの一つと言うべきでしょうか?」
「もしかして――前作のデータが残っていたから?」
「そうなりますね。アーケードのリズムゲームと違って、筺体で直接アップデートできるようなジャンルではないので。他のARゲームでは可能な機種もありますが」
「それじゃあ、データ引き継ぎで前作のデータが消える可能性も?」
「それはないです。あくまでも――ファンタジートランスとして使うデータだけの引き継ぎなので」
カトレアの方は順を追って身振り手振りで丁寧に説明し、アルストロメリアもそれに対して相槌を打つ。
彼女の今の精神状態だと――ちゃんと理解しているかどうかは疑わしいが。
「とにかく、公式サイトでも説明不足があったのは事実です。不備があったお詫びの意味を込めて、最初のプレイに関しては無料にしておきますので――」
本来であれば1プレイ200円かかるのだが、お詫びと言う意味でも無料と言う事になった。
ただし、チュートリアルは無料なので――その後のステージプレイを含めて一度だけ無料と言う事の様である。
「後は――ARガジェットの方はチートの類ではないので問題はありません。しかし、先ほどのシステムエラーで損傷しているデータもあるようなので――こちらで修復を行います」
データの修復と聞いて、我に返ったアルストロメリアはかなり動揺をしていた。せっかくのスコアデータなども消えていないのか――と。
結論を言うと、スコアデータは問題がなかったようである。ただし、一部の削除曲は反映されないようだ。
「データ修復まで少し時間がかかりますので、それまでの間は他のプレイヤーのプレイを見るなり、ご自由に行動してもかまいません。作業が終われば、バイザー経由でお知らせしますので」
それだけを伝えて、カトレアの方は作業を始める為に別の場所へと向かった。それまでの間は他のARゲームをプレイしようにもガジェットは預けているので――プレイは出来ない。
アルストロメリアはガジェットの修復が終わるまでの間、ARフィールドの外で待機をする事にした。センターモニターも近場にあったので、そこで様子を見る事も出来る。
彼女としても早くプレイはしたいが、慌てるようなタイミングでもないので――まずは落ち着く事にした。
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