第3.5話『プロゲーマーライセンス』


 帽子に付けられたピンバッジの『Bis』という特徴的なワンポイント――それは周囲のギャラリーが衝撃を受けるには、充分だったかもしれない。


 だからこそ、あえて名前を名乗った可能性もあるが、真相は本人にしか分からないだろう。


 彼女の名前はビスマルク。プロゲーマー認定をされると、同じ名前のプレイヤーネームが使えなくなるという点が大きい。


 これによってネット炎上狙いの『なりすまし』や夢小説的な部分で広まっている『なりきり』等を防ぐ事が可能と言える。


「ビスマルク以外でのプロゲーマーは――」


 それを遠くで見ていたプロゲーマーの一人は、ある検索ワードと共にプロゲーマー検索を始める。


 ARゲームにおけるプロゲーマーは基本的に自己申告制度と言う訳ではなく、ある一定以上のスキルを持っている事が条件となっていた。


 過去にプロゲーマー認定をARゲームで受けた人間は、一握りである。VRゲームのプロゲーマーが多いという現状もあるのだが――。


 プロゲーマーライセンスは、最近になって色々なゲームでも実績があれば発行が可能になっている。


 仮にライセンスを取ったとしても有名になれるとは限らない。就職では大きく影響する経歴ではなかったのかもしれないが。


 それでも彼らは、プロゲーマーライセンスを求める。就職では役に立たないと思うが、動画投稿サイトやSNSでは大きな意味を持つ。


 ARゲームでもプロゲーマーライセンス自体は存在し、それを持ったプロゲーマーもいる。ビスマルクは、その事例の一人だ。


 そのライセンスがなければプロゲーマーを名乗れない訳ではない。ARゲームでは、作品ごとにプロゲーマーにも匹敵する称号が存在するからだ。


 称号の名前はランカーと言う他のARゲームでは通じず、その作品限定ではあるが――それだけランキング上位に憧れるプレイヤーは多い。


 しかし、ビギナーズラックでランキング上位に入られる訳はないので、プロゲーマーライセンスとどちらが難易度が高いと言われると――議論はされているが、結論は出ていないようだ。


「なるほど――現段階では、彼女がこのゲームのプロゲーマーと言う立ち位置か」


 しかし、検索結果はビスマルク以外の人物が出てこない。これには、少し彼も驚いたのだが、微妙な誤差は想定済みだ。


 ARゲームは過去のデータ等が一切通じないジャンルと言う事も有名である。それを踏まえると――たった一人だけのプロゲーマーと言うのも納得していた。


 稼働したてのゲームと言う事で、プレイ人口はこれから増えるのだろうし――そこからプロゲーマーに近い実力者も出るだろう。


「こちらとしては――別のゲームをプレイして、様子を見ていく事になるだろうな」


 彼は、ファンタジートランスへの参戦は現状で見送り――これからの動向次第という事にする。


 稼働し始めたARゲームでは、ふとしたことでネットが炎上すると言う傾向が今までもあった。それを見極めるつもりだろう。



 それから様々なゲーマーやランカーがファンタジートランスへ参戦していき、やがては動画サイトに様々なプレイ動画がアップされ始める。


 一番の注目を浴びているのはビスマルクの様なプロゲーマーと思われがちだが――ファンタジートランスに限れば、そこまで需要がある訳ではない。


「プレイ動画も再生数が多いが、ARゲームなのに――この傾向は意外だ」


「自分もそう思っている。センターモニターで見ても、驚かされる光景だろう」


 センターモニターで動画ランキングを見ていたギャラリーも、この傾向には驚きを感じるだろうか。


 ARゲームの場合は魅せプレイに代表されるプレイ動画、初心者救済を目的としたテクニック動画が再生数のトップになるケースが多い。


 しかし、ファンタジートランスはリズムゲームとしての側面も持っている。その為か、その楽曲を視聴できる動画が再生数トップを飾っているのだ。


 確かにリズムゲームのメインは音楽なので、このランキングも間違ってはいないのだろう。しかし、ARゲームのプレイヤーからすれば、疑問に思うのは無理もない。


「プロゲーマーライセンス自体も――イースポーツが注目され始めたのも、日本では遅かった位だ」


「それだけ、ゲームに対する風当たりが悪かったのだろう。デスゲーム禁止のアレも含めて――」


「デスゲームは違うな。おそらくは――ネット炎上が問題視されているのだろうな」


「イースポーツが世界を動かすスポーツと認識されて10年は経過する――と言うのも本当がどうか疑わしい」


「まるでラノベだな。世界観的な意味で」


 動画を見ているギャラリーも、この状況には色々な意味でも複雑なのだろう。


 イースポーツが世界を動かすと言われても実感がわかないし、プロゲーマーの称号があれば優遇される訳でもない。


 どちらにしても、様々な考えがぶつかり合っていると言えるのかもしれないし、議論が活発なのはコンテンツ流通的な意味でも望ましいと考える勢力がいる程である。



 3月下旬にはバージョンアップが告知され、様々なプレイヤーが一喜一憂する。そして、これをきっかけにプレイを考えるユーザーもいるだろう。


 初期バージョンでは特定武装で簡単に無双が出来る、チェックを素通りする不正ガジェットが確認されたり、色々とネットでは叩かれていた。


 それだけでまとめサイトはネット炎上させ、アフィリエイト収益を、と言うのは過去にも何度か行われているのだが、結局は繰り返されるのだろうか?


 オケアノスの方も、これに関しては放置できるような問題ではない事を把握しており、他のジャンルでネット炎上を起こそうと言う勢力を駆逐している。


 しかし、炎上勢力を駆逐しても増えるスピードの方が速ければ――再びネット大炎上が起き、それこそリアルウォー待ったなしとか叫ばれるだろう。


「オケアノス側も本気だが、それ以上に炎上勢力が――と言う事か」


 ファンタジートランスのサーバールームである映像を確認していたのは、男性スタッフの一人だろう。


 彼は不審人物が確認された――と運営に報告するのだが、上層部はスルーを決め込むらしい。一体、何が起きているのか?


 その一方で、同じ映像を見ていたカトレアの方は――ある人物が持っているガジェットに注目をしている。


 あのガジェットは、もしかすると――試作型という可能性が高い。一体、上層部は何を隠しているというのだろうか?


「上層部は、ファンタジートランスを――代理戦争のフィールドにでもしようと言うのか?」


 カトレアの着用する賢者を思わせるようなローブは、ARアーマーと言う事でCGなのだが、スーツの方は他の男性スタッフが着用している物とデザインが違う。


 女性用と言う事で基本デザインが違う――訳でもないようだが、市販品とはカラーリングも違っているのが特徴らしい。


「今までにもARゲームを私利私欲に利用しようとした勢力はいたし、そうした問題を想定したと思われるラノベやWEB小説もあった――」


 カトレアは別の映像にも類似ガジェットがある事に驚きを感じていた。そして、近くを見回すとテーブルの上に何かタブレット端末らしきものが置かれている。


 その内容は、カトレア自身も衝撃を受ける内容と言っても過言ではない。何と、秘密裏に封印されていたARガジェットのデザイン案がタブレット端末に入っていたのだ。


「これではっきりとした。イースポーツを利用したウォーゲームなんて――あってはならない」


 デスゲームは禁止が明言されている物の――事故の類に関しては、曖昧な部分が多い。


 これを決めた人物は、何を想定してデスゲーム禁止を決めたのか? 色々と疑わしい部分があった。

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