第2話『イースポーツ』


 2月下旬にはバージョンアップが遂に正式告知、3月にはバージョンアップ版が稼働する事が発表された。


 バージョンアップする事自体は1月の発表会で告知されていたが、こちらを知らない人間にとっては2月下旬の告知で初めて知ると言うケースも多い。


【ファンタジートランス、それを略してファントランスと言っていたような――】


【正式サイトを見たが、ファンタジー要素があるかどうかも微妙に見える】


【ARゲームにはよくあることだが――リズムゲーム要素が、とって付けた気配もする】


 ファントランスのタイトルは略称であり、後に正式名称として『ファンタジートランス』と呼ばれる事に。


 公式サイトも仮タイトルから、正式なタイトルロゴに差し替えられているので――そう言う事なのだろう。


 つぶやきサイト上でもファンタジートランスは話題だったが、いくつかはシステムに対する批判等と言ったネット炎上狙いの物ばかりだ。


 何故、このような事ばかりつぶやくのか? わずかな一言が大炎上を招いたのが――過去の事例だと気づかないのか?



 10年前の西暦2010年、世界を震撼させるニュースは唐突に飛び込んできた。


『ありとあらゆるデスゲームに関して、リアルで起こすのを禁止にする』


 実際にニュースで読まれた文章はこれではないのだが、要約すると、このようになる。このテンプレはまとめサイト等でも拡散され、瞬時に日本全土へ広まる事になった。


 このニュースが報道された当時、あまりにも内容が複雑すぎて海外メディアも要約に匙を投げる程の――丸投げ報道も話題となっている。


 その一方で『地球上のありとあらゆる場所での戦争、紛争等を全面禁止』と言う部分だけが切り取られる形で報道され、様々な場所で紛争が起こったという話も――。


 更に付け加えれば『大量破壊兵器の生産禁止』も加わった事で、加速度的にワイドショー等がネット炎上に加担する事になったという話だ。


 この辺りの詳細はまとめサイトがソースの為、信用できるソースではなければ真実を知るべきではない、と言う忠告をするサイトがほとんどのようである。


 だからこそ、あの要約がネット上で拡散し――その後のネット炎上による便乗宣伝や悪目立ちを減らす事に成功したという逸話もあった。


『これ以降は戦争ではなく、命の奪い合いをしないゲームが――世界を変えていく事になるだろう』


 ネット上のあるサイトでは、まるでライトノベルやWEB小説であるような世界の発言が話題となる。


 しかし、この発言はデマの類でもなく――ある意味でも真実になって行った。これに関してはマスコミも沈黙をするしかなかったという話も。



 事件が起こってから5年経過した西暦2015年、イースポーツが日本にも上陸をし始め――その波はARゲームにも来ていたのである。


 しかし、どのようなものか分からないと言う事で、当時はARゲームのイースポーツ化は保留と言う状態になっていたのである。


 イースポーツとは、競技要素の高いコンピューターゲームを使って行われるスポーツの事だ。


 一方で、海外では広まりを見せている中で日本は出遅れている一方だったのである。これには様々な法律の壁もあったのだと言う。


 それに加えて、日本ではソーシャルゲーム等がブームとなっており、イースポーツのジャンルで使われているFPSや格闘ゲームのプレイ人口が増えなかったのも原因だろうか。


 そう言った状況がある中でも、イースポーツに取り組もうと言う企業は存在しており――満場一致の反対と言う訳ではなかった。


 そうした企業がイースポーツに対応したARゲームを発表するものの、プレイ出来るエリアがARゲームフィールドに限定されるので――思うように練習が出来ない。


 地方プレイヤーだと遠征必須な状況が、ARゲームのイースポーツ化が広がらない原因と考えた。


 そうした遠征が必須な環境になってしまう事に対応するかのように、草加市のARゲーム開発エリアがロケテスト用のフィールドを解放するようになって行く。


 その流れが密かに計画を進めていた『オケアノス』計画と連動していき、最終的には草加市のARゲーム拡張エリアとしての整備が始まって行くのである。



 2月に入った辺りから先行稼働と言う扱いで、『ファンタジートランス』が既にサービスを開始している。エリアの入り口には――。


『正式稼働版とは一部仕様の変更が発生する場合があります』


『現在、難易度に関しては調整中の為、ご意見を募集中です』


『今作専用のARガジェットは完売の為、汎用ガジェットでもプレイ可能なように調整しております』


 こうした注意事項が書かれていた。それ以外は他のARゲームと一緒で、1プレイ200円でプレイ可能となっている。


 しかし、ARガジェットやARゲーム用のインナースーツと言った各種装備は、自前で用意する必要性があるようだ。


 その一方でARスーツ以外はレンタルが効くようで、こちらを体験プレイ専用で利用するケースも目立つ。


 注意書きの汎用ガジェットでも使用可能の部分は、これを踏まえている可能性もあるが――ネット上を調べると、転売されているのがよくわかるだろう。


 本来のARガジェットは転売禁止であり、アカウントの複数所持は出来ないはずだ。


 アカウントはARゲーム全てで共通と言うのも、こうした転売事情を踏まえての物だろう。


「先行稼働か――まだ、様子見でもいいかな」


 入口のポスターを見つめていたのは、青をベースとした特殊材質でできたラバースーツを着ているアルストロメリアだった。


 このラバースーツこそが、ARゲームをプレイするの必要なインナースーツである。ダイバースーツ等のように裸から着るような物ではないが――。


 これにバイクのヘルメットを思わせるようなARメットを被ってプレイするのが、ARゲームの基本スタイルだ。


 これは、ある意味で安全対策としての物らしいとネットで言われているが――見ようによっては特殊部隊で使用しているスニーキングスーツと言われるだろう。


「ファンタジートランスもイースポーツに投入される話があるみたいだけど、前作では――」


 アルストロメリアの言う前作とは、サバイバルトランスの事である。サバイバルトランスも同時運営されるが、基本的にはファンタジートランスへシフトするらしい。


 つまり、サバイバルトランスのバージョンアップした作品がファンタジートランスと言う位置づけになる。


「どちらにしても、先行稼働である以上は――様子見がベストかもしれないかも」


 結局、アルストロメリアはプスターを少し見ただけでファンタジートランスをプレイする事無く、サバイバルトランスの設置されているフィールドの方へ向かった。


 彼女としては、近くで50人単位で並んでいる行列の存在も確認できたので、このタイミングでプレイしたとしても、数回程度しか出来ないのでは同じと言う考えかもしれない。

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