オケアノスオブイースポーツエリア

桜崎あかり

第1話『オケアノス』

 西暦2020年1月5日、この日は晴天であり――雲ひとつないと言ってもいい空だった。

埼玉県草加市の一部地域を中心とした拡張エリア、その名称は『オケアノス』。谷塚駅、草加駅のどちらからも行く事が出来るが――驚くのはその光景だろうか?

 オケアノスのエリア内に該当する歩行者天国や一部のショップ店内では、様々なコスプレイヤーが目立っていた。

コスプレに着替える事が出来る着替えルームも完備、更にはオケアノス内ではコスプレ自由と言った事もあり、プレオープンした2018年頃には観光客だけでも百万人は訪れた記録が残っている。

 一般客に交じってコスプレイヤーがいる光景は、夏と冬の2度に行われる大規模同人誌イベントに匹敵するだろう。

それでも一般のアニメやゲームに興味がないような人間も、ここでは喧嘩等のトラブルを起こさずにいるのは――オケアノス独自の特徴になってしまっている。

下手に騒動を起こせば、ネットで大炎上する――そう言った噂が広まった事で、ここでは騒動を起こさないと言うのもあった。

「ここだっけ――ロケテ会場」

 視線を左右に移動しつつロケテ会場を探しているのは、長身のメカクレ――更にはSF物のインナースーツを着ている女性。

谷塚駅からは徒歩で案内版の指示に従う形でオケアノスにやって来たのだが、彼女の目的はロケテストのようだ。

「ここじゃなくて、もう少し先のエリアか――」

 しかし、肝心のロケテを行っているのは別の場所と分かったのは、オケアノスの入口辺りに建っているビルの電光掲示板だった。

この電光掲示板は少し特殊で、防水加工の施された四角形型のピラーの形状をしている物。どうやら、ピラーのモニターに当たる部分で告知が出ている仕組みらしい。

加えて、この電光掲示板は太陽光パネルを標準装備しており、夜になると電灯の役割もあるという便利な代物だ。

「せっかくだから、会場の位置をデータに転送しますか――」

 彼女は腕に装着したタブレット端末にも似たようなガジェットで通信を行い、ピラーに表示されたロケテストの会場地図をダウンロードした。

このガジェットはそこらのタブレット端末やスマートフォン、下手をすればゲーミングノートパソコンも裸足で逃げ出しかねない性能を持っている。

【アルストロメリア】

 ガジェットにはプレイヤーネームらしきものが表示され、その表示後にダウンロード完了のメッセージが表示された。

どうやら、彼女の名前はアルストロメリアと言うようだ。ただし、これはハンドルネームである可能性もある為――本名かどうかは分からない。



 オケアノス内にある店舗は、拡張エリアになる前の店舗も強制退去や取り壊しを行わず――そのまま残されている店舗の姿も存在していた。

その一方で、新規に建てられた施設と言うのが、ARゲーム関連の施設やアンテナショップ、開発メーカーのビルといった具合である。

拡張現実の技術を使用したARゲームは、アプリ等でブームにはなったのだが、それを上手く観光に生かそうとすると様々な障害が発生していた。

 アンテナショップには客足が途切れない事もある一方で、それ以外の店舗は地元住民以外が通う事はない。

これは店舗の事情もあるのだろうが――あまりこうした店舗の存在に気づかないだけと言う可能性もある。この辺りは色々と事情があるのだろう。

 オケアノスの中でも巨大なビルでも、30階と言う様な物は存在しない。その3分の1以下の7階建てが限界のように見えた。

これは、オケアノスの取材を行っていた海外の記者も驚いていたという話である。

「何故、このビルは10階も満たないのですか? 都内であれば高層ビルは複数あるのに――」

 英語圏と思われる若い男性記者は、ビルの一つを指差して隣にいた別のスタッフに尋ねる。

このスタッフは翻訳担当と言う訳ではなく、オケアノスの取材担当――広報と言うポジションらしい。

記者の発言は英語である。それを通訳なしで、どうやって――と別の記者も興味深く見ている。その中で、この男性はインカムからの声を拾っているようにも見えた。

「このエリアは防災対策区域に指定されております。震度7を超える地震にも耐えられるように、意図的に高さを制限しているのです」

 この発言を聞き、日本語が分かる別の記者が驚いているように見えた。そして、質問をした男性記者も――他の記者の表情を見て、何かを悟る。

「この他にも、洪水対策の為に下水道完備、台風対策や様々な自然災害に対応できるように――このエリアでの新規工事には制限がかかっているのです」

 数人の記者は広報にマイクを向ける事がない。しかし、これらの発言はタブレット端末を通じてテキストデータとして送信されている。

マイクをいくつも向けられた場合、周囲から芸能人を追いかけるマスコミか――という御認識を指せない為の配慮らしい。

「次は私から質問をさせてください。何故、日本はARゲームで遅れを取る事になったのですか? ゲームという分野では様々な部分で先を行く国なのに――」

 次に質問をしたのは、こちらも英語圏の記者だ。先ほどの男性とは違い、サングラスをかけているが――。

「――我々も、そこまでは把握していないので」

 インカムの方で翻訳された質問内容を聞くのだが、この辺りはさすがに広報でも分からない事があるようだ。

少し困惑をしたような表情をするのだが、発言する時には表情は元の顔に戻っている。

「あえて、こちらの個人的意見と言う事で理解していただけるのであれば――」

 その後、スタッフはオケアノスの総意ではないと断りを入れた上で個人的な意見を述べた。

それを聞いた記者からは『エクセレント』という言葉が聞こえたような気がしたが――このスタッフには聞こえていなかった可能性は高い。



 同日午前11時、オケアノスのエリア内にある大規模ARゲーム施設では――イベント会場で発表会が行われている。

新年と言う事で客足は、通常と比べて2倍~3倍という公式発表もあった。元日は10万人以上の入場者数が告知されているが、それよりは劣るかもしれない。

イベント会場では、300人は収容できるが――入場できなかったギャラリーは、外に設置されたARゲーム用の30インチ位のセンターモニターでイベントを観戦している。

『戦争と言う名のデスゲームが世界的に禁止される事になってから、今年で10年が経過しようとしています。しかし、日本は様々な個所で出遅れているのです――』

 センターモニターに映し出された人物は、男性だった。顔はバイクのメットを思わせるような被り物で見えず、彼が本当に人間なのかと言うのも疑われる。

性別も男性で正しいのか――とギャラリーも疑問に思うのは当然だろう。この人物が被っているのは、広報や一部スタッフも使用しているARメットと呼ばれるアイテムなのだ。

このメットを使う事で、ARゲームをプレイ出来るようになる――と配布された資料にもあるが、どう考えても疑わしい。取材に訪れた記者も、内容を見ただけでは信じられないと言う表情をしている。

身長は180位、仮にアバターだったとしたら別の意味でも衝撃だが――。

『海外ではイースポーツが盛んですが、日本ではこちらでも遅れをとっております。それは各種法律等の整備が遅れている事も原因ですが、認知度合いが低いのも理由でしょう』

 ステージに登壇している人物は、1名だけで――他にスタッフがいる訳ではない。

カメラマンや警備員はいるのだが、それ以外のスタッフが一切いないのも気になっている。

『今や、イースポーツは国際スポーツの祭典よりも知名度が上がっており、出遅れるのは致命傷を意味します』

 ステージの人物は強気の発言を続けるのだが、それを真剣に聞いているのはイベント会場外のモニターを見ているサイドと――取材の記者のみかもしれない。

おそらく、これ自体はメインイベントではないのだろう。実際、会場の入り口にも新作発表会とポスターに書かれていた為だ。

『そして、拡張エリアとなるオケアノスが設立されてから――10年、様々な動きがありました。そして、我々は新たな敵を発見する事も出来ました』

 新たな敵と聞いた一部の記者の手が止まった。もしかして、自分達の事では――と疑心暗鬼になる人物もいる。

しかし、後の発言と照らし合わせると自分達ではない事が判明し、ある意味でも慌てて馬脚を見せれば自分達の立場が危うい所だった――と。

『オケアノスはネット炎上者、更にはそれに関与する犯罪者を摘発する為に様々なシステムを採用し、ネット炎上は確実に起きない――そう思っていた時期もあったのです』

 この発言後、彼はステージ中央にある大型モニターに手をかざし――ある映像を再生させた。どうやら、何かの動画らしい。

動画には様々なコスプレイヤーが映し出されていたが、コスプレイヤーと決めつけるには――動きが全く違う。もしかすると、特撮なのか?

ギャラリーの一部が待っていたと言わんばかりに盛り上がり始め、この光景には今までの話を聞いていた海外の記者も驚きを隠せなかった。

『我々は――こうしたネット炎上を行う者、特定コンテンツを唯一神にしようと考える勢力に対し――宣戦布告を行います。この、ファントランスで!』

 目の前の人物がARバイザーを解除し、素顔を見せたのだが――その顔を見たユーザーからは驚きの声が上がる。

スーツも男性用で姿を見せたので誰もが男性と思っていたのが、正体は黒髪にメガネの女性だった。

「イースポーツがメジャー化し、このオケアノスではイースポーツで命のやりとり以外は決まるでしょう。これはアニメやライトノベルではありません。現実になるのです――」

 ある意味でも狂気の一言と言える。しかし、何故に彼女がここまでネット炎上勢力に敵意を向けるのか?

この会場に来ていたギャラリーが考えるような事はない。彼らにとって重要なのは、これから流れるファントランスの新作映像だからだ。

「これが皆さんにお伝えしたい物――ファントランスです!」

 右手の指をパチンと鳴らし、一部の照明が消えると――メインモニターには新たなARゲームであるファントランスの映像が流れ始める。

先ほどからも映像は流れていたが、これはダイジェスト編集された物であり――正式発表の映像ではない。ある種のフェイクだろうか?

『ARゲームがイースポーツに進出してから――数年。今、日本は新たなゲームを求めている!』

 まさかの煽りナレーションは、先ほどまでARメットを被っていた人物と同じ声だ。しかし、男性の声なので――ボイスチェンジャーの類か事前収録のどちらかだろう。

映像では、まるでファンタジー世界を思わせるような空間で縦横無尽に動きまわるプレイヤーの姿が確認出来る。

大型モンスターの類は存在しないが、プレイヤー同士のバトルも存在しないようだ。『前作』は対戦要素もあったのだが、上層部の路線変更指示があったのか?

『ファンタジー世界でリズムゲーム要素をプラスした世界を舞台に、想像を絶するバトルが幕を開ける!』

 作品のタイトルは先ほども発表があった通りにファントランスで決定らしいが、映像で見る限り――どう考えてもリズムゲームとは考えられない光景だった。

リズムゲームと言えば、太鼓やギター、ドラムと言った形状の筺体でプレイするような物やタブレット端末でプレイするアプリ系を連想する。

しかし、目の前で展開されていたソレは――どう考えてもリズムゲームと言うには、到底無理があるジャンルだ。詰め込み過ぎやリズムゲーム部分は蛇足とも言われ、ネットで炎上しかねない。

「この映像を見ても分かりづらいという方には、公式ホームページもティザー段階ですがオープンしました。そちらも合わせてご覧ください」

 そして、彼女はムービーの終了と同時に姿を消していた。彼女の名前は名乗っていない。単純にスタッフA辺りでまとめておくべきか?

海外からの記者も、そう言う扱いでイベントレビューを書こうとしたのだが――ティザーサイトのページにはスタッフの名前が書かれていたのである。

先ほど登壇した人物、彼女の名前はカトレアと言うらしい。ただし、これが本名かどうかは明らかではなく――偽名の可能性も否定できないが。



 オケアノスのロケテストエリア、そこでは『ラントランス』というパルクールを題材にしたARゲームのロケテストが行われている。

こちらのギャラリーはそこそこ――取材の記者は皆無だが、大半は防災設備や発表会が行われているエリアに集中しているのだろう。

 ARパルクールは、プレイヤーが所定のコースを走り――マップ上にあるアイテムを回収してゴールへ向かうと言う物だ。

こちらはリズムゲーム要素はなく、パルクール要素に特化したと言うべきか。ランニングやマラソンの体感ゲームはいくつかあるが、VRゲームに集中している。

ラントランスはARゲームなので、リアルに走ると言う事で躊躇しているギャラリーもいるだろう。しかし、ダイエットには――という声も出てきそうだ。

 その一方で、ダイエット目的でARゲームをプレイするべきではないと運営側も警告をしているので、下手に怪我人が出たら炎上すると過剰に考えているのかもしれない。

「現状だと――ラントランスは保留かな。プレイしないと分からないけど」

 ロケテスト会場に到着したアルストロメリアは、ロケテ会場に設置されたセンターモニターで他のプレイヤーの様子を見ている。

しかし、興味があると言うよりは――後回しにするという様な表情をしていた。オケアノスでは様々なARゲームがプレイ出来る事も魅力の一つ。

それを踏まえると――ロケテストの機種よりは現在稼働中の機種をプレイした方が安心と言う事なのかもしれない。

「そう言えば、サバイバルトランスがもうすぐバージョンアップするような話があったような――」

 彼女は腕に装着したARガジェットでゲームの公式サイトへアクセスする。

そこには、次回アップデートの日程も記載されている。どうやら、3月上旬にはバージョンアップが行われるとの事らしい。

「解禁する楽曲もあるけど、重要なのは――レベルかな」

 色々と悩んだ末、ラントランスのロケテ会場を離れて――徒歩で数十メートル程度の距離にあるサバイバルトランスの置かれているARゲームフィールドへ向かう。

手っ取り早い場所はオケアノスでも広さがドーム球場約二個分という草加ARゲームマルチフィールドなのだが、ここからだと徒歩でも10分かかる。

他のARゲームフィールドを見て回れるので、歩く距離が長くても苦にはならない。バス等の交通手段でも行けなくはないのだが、それではお金がかかるという欠点があった。

「ARゲームでもお金はかかるけど、1プレイ200円は微妙に厳しいかな」

 周囲をチェックしつつ、彼女はガジェットで調べた場所へと向かう。場所的には小規模フィールドではないので、順番待ちも少ないだろうか。

色々と考える箇所はあるのだが――まずはゲームがプレイ出来れば、という気持ちの方が優先された。


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