18.バイバイ・メルメル
呪いの山から凱旋したオレの手には一つの奇妙な箱が握られていた。
その箱……と呼んでもいいのか分からない立方体のものは、山に存在している邪神の像に祀られていた真っ暗な正立方体であり、掌に乗るくらいのものだった。
イメージしやすいもので例えるなら、全面真っ黒のルービックキューブだ。
これが呪いの正体だったということになるらしく、モコはオレにこのブラックボックスを手渡したのだ。ブラックボックス、と評したのには理由がある。
この立方体の正体は、どうやらあの宇宙船と同じ文明の装置らしいからだ。これがなんのための装置なのかはオレは知る必要がなかったのでモコには詳しく聞かなかった。
ただ、この黒い物体が呪いの正体だったという事実があればそれでよかったからだ。
山のふもとまで下りてきたオレに、メルメルとウィリアムが駆け寄ってくる。
どうやら、雰囲気で山の呪いが解けたことも感じ取っていたらしく、オレは二人から賛辞をうけたわけだ。
「ウィリアム。これが呪いの正体らしい」
「な、なんだこれはっ。触れても大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ、たぶん。きっと。メイビー」
オレの手からビクビクと箱を受け取りそれからおっかなびっくりそれを観察する。
「み、見たこともないようなモノだ。……確かに呪いの正体とも言えるだろう……」
「はぁ、もうクタクタだよ。早く帰ろうぜ」
「アンチ、怪我してない?」
オレが疲れ切った顔をしたので、メルメルが心配そうにのぞき込んできた。
「してない。危うくドラゴンとやりあうことになりかけたが」
「ど、ドラゴンだとっ!?」
ウィリアムが驚愕の声を上げ、メルメルも表情が強張った。やはりドラゴンというのは、かなり上位のクリーチャーという事だろう。
二人を安心させるため、オレは適当に誤魔化して、山を後にするのだった。
――街に戻ったオレは領主の館で事の顛末を、……まぁそれっぽく作り上げながら語り、呪いが解けたことを伝えた。
流石にモコとメタ勝負で決着をつけたとは言い難いので、邪神の像に祀られたこのアイテムを浄化して呪いは消え去ったとだけ言っておいた。
「ううむ、このような物体が……空気を奪っていたとは。なんとも恐ろしいことだ。これはどこかに封印するべきかもしれんな」
「それなら提案があるんスけど」
「ん、なんだね?」
領主はオレの言葉に耳を傾ける。
オレはちらりとメルメルを見て、領主に視線を向ける。
「その呪いの箱は、呪いをきちんと把握できる人物の傍で保管されたほうが安全だと思う。だから、オレは終焉の予言者のメルメルに防人をしてもらうのが適切かと」
メルメルがその言葉に驚いた顔をしてオレを見つめてくるが、オレはそれを無視して続ける。
「もう呪いが発生することはないと思うが、万が一呪いが発生した場合、すぐに察知できる予言者の手元にあるほうが危機管理の面でも効率がいいだろ」
「それは名案ですな。予言者どの、よろしいか」
メルメルは突如自分に大役を回されて一瞬うろたえた。
しかし、彼女の予言者の顔が、こう言わしめるしかなかった。
「ふ、ふはは! よ、よかろうなのだ! その呪われし遺物は私が管理、し、しよう!」
強張ったドヤ顔をつくり、メルメルは赤いローブを大仰に振り、その役割に就くことを承認した。
「ふむ、それではこの度の働きに見合う褒賞を与えたいと思います」
領主は問題が片付いた事に満足そうな笑みを浮かべ、オレとメルメルに褒美として、土地と家をくれた。
今後もこの地で人々のためにその力を振るってほしいという言葉と共に。
オレたちは、
夜遅くまでオレとメルメルのための宴会が続き、どんちゃん騒ぎになれないオレとメルメルは苦笑いを互いに浮かべつつ、次々と繰り出される料理を片付けることに集中するのだった。
やっと解放されたオレとメルメルは与えられた家に帰宅することになった。街の片隅にあるそれなりに大きな屋敷だった。ここに二人で住むのはなんだか広すぎるようにも思えた。
実感が湧かなかったためか、これがオレの家なのかとどこか他人事のように思っていた。それはメルメルも同じで、目の前に建つそこそこ歴史を感じさせる屋敷にぽっかりと口を開けていた。
以前は誰かが所有していた家と土地らしいが、持ち主がいなくなったため、領主が管理していたのだとか。
取り壊せばいいのに、とオレは思ったが、なにやら色々と伝統のある家らしく、それなりの功績を持った人物に譲渡したいと常々考えていたそうだ。
オレは家の中に入り、とりあえず、休める寝室を捜す。
メルメルはそのオレの後ろにちょこちょこついてくる。
「今日から、ここがお前の家なんだぞ。良かったな、家具もそろってる」
里の家を片付けられていたメルメルには、十分な報酬だっただろう。これで住処と名誉を手にすることができた。職だって、酒場で雇ってもらえるだろうし、メルメルには今後まっとうな生活が保障されるだろう。
「アンチ、これ、どうしよう」
メルメルは大事そうに持っていた黒い箱をオレに手に余るという様子で差し出して来た。
呪いの元凶だったと言われたものを保管しろと言われればそれはメルメルには大きな圧力になるだろう。だが、逆に言えばこの道具がメルメルの予言者の証拠にもなっている。
「神棚にでも飾っとけば?」
「きちんと祀り立てて、呪われないようにするってこと?」
メルメルはそういうが、オレは別にそんなにきちんとした考えで言ったわけじゃない。せいぜい家宝にでもしておけという程度のもんだった。
「……でも、これ呪いを生み出したモノだから、こんな街中で封印してたら、危険じゃないかな」
メルメルからすればそういう見解になるかもしれない。オレはモコの設定したAWSの呪いだったことが分かっているので、それ自体に問題があるとは考えていないが、一応、呪いのアイテムだったという扱いはしてやらないと、怪しまれるかもしれない。
オレは少し思案して、妙案を思いついた。
「なら、それは人が来ない処に隠せばいいだろ。例えば、あの宇宙船の中とか」
あそこなら人は寄り付かないし、よしんば見つかってもこの世界の人間にあの宇宙船の事が理解できるとは思えない。
メルメルも、それがいいかもしれないと同意して、暮らしが落ち着いたら、ズンドコの谷の奥に隠しに行こうと決定した。すぐに行こうと言わなかったのは、あのメルメルの里を通過しなくちゃならないからだ。
まだ、あの里にヒョコヒョコと顔出せるような状況じゃない。ほとぼりが冷めた後、ウィリアムにでも護衛を付けてもらって悠々と馬車で向かえばいいのだ。
「この宇宙服も、飾っとくか。それっぽく」
一応魔法の鎧ってことで、このたびの冒険譚で、伝説化してしまったわけだ。それなりに価値もあるだろう。
ざっと家を見て回ったオレたちは、いくつかの寝室があることにほっとした。まさかここまで来て、同じベッドで寝るとかそういう流れにはならないと安心したわけだ。
「じゃ、オレこの部屋つかうから」
「う、うん」
「おやすみ」
「…………」
オレがもうヘトヘトの身体を休めたいから、今日は早く休もうと思い、メルメルに挨拶をしたが、メルメルは何か言いたそうにしてオレをじっと見つめていた。
「……なんだ?」
「アンチ……帰っちゃうの?」
「え……」
「役目が終わったら、帰るって……自分の世界に……言ってたから」
メルメルの声はか細く静かな屋敷に響くようだった。
オレは、このAWSを終えたら、早々に自分の世界に帰るだけだ。実際、これで一連のイベントは終わりだし、確かにオレはもう戻っていい頃合いだろう。
「そうだな。オレは……帰るよ」
「ここで……一緒に暮らさないの?」
メルメルのその声は、訊ねるようではあったが、むしろ願望の色合いのほうが強かった。この世界で、この家で一緒に暮らしたい、という願いだ。
オレとて、メルメルに対して、並々ならぬ感情を抱いている。容易く、終わったからハイサヨナラ、と別れるような心境じゃない。
だが、それでもオレは……いや、だからこそオレは、自分の世界に帰りたいのだ。
「オレは自分の世界に戻る。お前と一緒に過ごしたい、暮らしたい、お前を幸せにしたいと願えば願うほど……このままこの世界に居座るわけにはいかないんだ」
「な、なんでっ……?」
「……お前を見て思った。オレもお前みたいに頑張りたいってさ」
この世界で、英雄として暮らしていけば、約束された生活がオレを幸せに導いてくれるかもしれない。はたまた更なる大冒険が続く波乱の幕開けかもしれない。
だが、どちらにしても今のオレ自身が逞しく成長したわけじゃない。やはり、異世界の設定にあぐらをかいているだけの、異世界転生モノになっちまうだけだ。
オレはそれが、やっぱりイヤだった。
「お前は、この自分の世界できちんと努力して、こうして認められた。オレはそれがうらやましいんだよ」
「あ、あたしは、独りじゃなにもできなかったよ。アンチが居てくれたからだよっ」
「いいや。お前が予言者としてオレの前に姿を現したことは、オレには無関係だ。お前が、勇気を出して、街までやってきた結果なんだ。お前は誇れる事をしたんだよ」
メルメルのように、オレも自分の世界で努力し、誰かに認められたい。社会に加わりたい。それが浮き彫りになった。オレはメルメルに憧れているんだと思う。そして、自分の世界で事を成さなければメルメルの隣で生きる事はプライドが許さないのだ。
「メルメル。オレがいつか、自分の満足する男になれたら、お前の前にもう一度やってきてもいいか?」
「そ、そんなの……いつのことになるの? だって、アンチはもう十分、立派だよ!」
「その言葉は嬉しいけど、オレがすなおに受け止められるには、まだ重いんだよ」
オレは生まれて初めて他人にこうも赤裸々に自分をさらけ出している。それができる相手がいるということが、本当に幸せだと実感もできた。
だから、自分を高めるためにも、オレは自分の社会で生まれたという責務にキチンと向き合いたいのだ。
この世界がまやかしとは思っていない。異世界だって素敵な社会だ。
そこで生まれる物語はどれをとっても十人十色。
同じような異世界モノに見えて、どれも全く違う色をしている。オレの世界は暗黒だと思っていたが、世界の色は自分が変わることで変化していくと、オレは教えられたように思う。
「メルメル、すまん。オレは、オレのために、自分の世界で……生きなきゃならない」
「……また、逢えるの?」
「全裸の女神をボコってでも、お前の元に戻ってくる」
相手があのモコだ。オレはあいつの作ったこの物語を、上を行って勝利したのだから、そのくらいの権限はあってもいいだろう。
オレはメルメルに深く頷き、小さな体を抱き寄せた。
「もう、自分を否定しねえよ。オレは。オレが絶対だと言ったら絶対だ」
「……アンチ。信じてる」
信じられているという自分が、己をどれほど誇り高くさせてくれるのか、身をもって知った。
他者の期待が、こうも心地よく、誇らしいものに切り替わっていくとは思いもよらなかった。
人との摩擦がエネルギーになると、オレは思っていた。だがそれはネガティブなアンチとして、他者を否定することでしか生み出せなかった。
しかし、今は違う……。確かな、エネルギーを感じられる。『期待』なんて、不明瞭でなんの保障もないのに、なぜこうも熱い力が奥から溢れてくるのだろう。
――期待に応えたい。
戻った世界はきっとオレを無視するだろう。また空虚な自分から朝を迎える日々が始まる。
だが、そんなオレを突き動かすエネルギーは、
オレたちは、二人抱き締めあいながら、夢の中でふわふわと舞うような気持ちでその夜を超えてゆく。
翌朝、目が覚めると、メルメルの隣にはもう、オレの姿はないだろう。
オレは、ただただ、メルメルに感謝を述べながら、己の世界に帰っていくのであった――。
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