19.iiiiiアンチ!!!!!

 瞼を開くと、そこは見慣れたオレの部屋だった。

 テーブルの上にはまだできあがったばかりのカップやきそばがあり、異世界で数日過ごしたにも関わらず、オレは転移する前の時間にきちんと戻されていた。

 時間も空間も無関係ということだろうか。さすがカミサマ、恐れ入る。


 とりあえず、オレはそのカップやきそばを喰う事にした。

 妙にその味が懐かしく感じられて、ガツガツと食ってしまった。たぶん、完食まで五分とかかってないだろう。

 そのままゴクゴクとコップに注いだ冷茶を飲み干して、オレはやっと一息ついた気分だった。


「はー」

「おつかれさまでした!」


 元気な少女の声が響いた。対面に坐する姿で現れたのはモコだった。その表情は実に満足そうで、嬉しさがにじみ出ている。


「アンチさんのおかげでとっても面白いAWSができました! またユーチューブで放送しますね!」

「……あ、そ。勝手にやってくれ。正直お前のユーチューバーぢからがどの程度のもんか知らんが、あれで人気がでるもんなのか?」

 正直、いまいちこの神々のユーチューブというのがピンとこない。ゲーム実況プレイみたいなのをイメージすればいいんだろうか。

 オレはいかんせん、あの手の文化に関心が低いため、リアルなユーチューバーがどれくらい面白いのか分からないので、秤になるようなものが浮かばない。


「えへへ、それは有名チューバーの方々と比べたら、まだまだ私なんてチョコザイ娘ですけど、それでも私のAWSで楽しんでくれた人、面白いねって言ってくれた人が少なからずいるんです」

「ほぉ」

「そしたら、なんか、私……ぷわぁー! ってなっちゃって! 私が誰かを愉しませることができたんだなぁって、嬉しくて! 楽しくて!」

「……やりがいがあった、ってことか」

「はい!」


 そこで満面の笑みを浮かべるモコは、小さな子供みたいに純粋な感情を噴き出して喜びを見せつけた。

 ……なるほどな、とオレもそのモコの表情に少しだけほころんだ。


「誰かに、自分を感じてもらえた。誰かを、自分の力で動かせた。……お前も、結局求めたものはオレと同じなんだな」

「そうかもしれません。だから、私はアンチさんが認められない世界で頑張り続ける姿を見て、異世界を案内しました」

「認められるという世界を体験させたわけか」

「はい。あの世界で、アンチさんは生きても良かったのに、やはりこの世界に還る事を選択しましたね」

「色々あるんだよ。人間には。居心地がよかろうが、そこが自分で勝ち取った場所でないなら、立ってる気がしないんだ。親の七光りで居場所を作ってもらっても、どこか中身が満たされねーみたいな、そんな感覚だろ」

 芸能界の二世タレントなんか見て、そんな風に思っている。きっとあいつらよりも実力のある人間がわんさかいるだろうに、業界はコネでつながり、組織を腐らせていっているのが分かる。

 この考えも、親に捨てられたオレのひがみと言われればそれまでだろうが。とにかく、オレは、自分でその場を勝ち取らないと、満足できないし、いつまでも自分を自分で許せないのだ。


「これから、アンチさんはどうするんですか? この世界で……」

「そんな心配そうな顔をすんなよ、カミサマが。オレがこの世界でもがいても碌な結果にならねえって言われてるみたいだろが」

「……すみません」


 図星と言ったところだろうか。オレはきっとこの世界でどんだけ足掻いても、きっと人並みの幸せなんぞ手に入れる事ができないんだろう。



「でもな、メルメルと約束もした。それがオレのプライドと心をどれだけ気高くさせているか、分かるだろ」

「はい。活力を感じます。何かを生み出す、エネルギーです」

「お前が、AWSをやりたいってオレにせっついて来た時みてーなエネルギーだよ」

「えへへ」


 恥ずかしそうに笑うモコだった。オレも、モコやメルメルを見て、エネルギーを貰った。オレも何かしたいと、行動し、生み出したいと考えただけの話だ。


「……ま、やるさ。今は、そうしたいんだ」

「じゃあ……もう、アンチさんはAWSをしてくれませんよね……」

「オレはこの世界で、生きてるんだぜ」


 暫くはAWSなんてお遊びには付き合えない。自分の事をしっかりと固めてからじゃなければ、オレは自分の誇りが自分を許そうとしないだろう。

 それまではメルメルにも逢えない。

 だが、いつか必ずオレはもう一度彼女の元にいく。どんな形であっても――。


「では、私のAWSへの協力もここまで、ですね」

 寂しそうな顔をしたモコは本当に残念そうだった。だがオレはそんなモコに頷く。もうAWSはこれまでだ。

「ユーチューブで人気が出たとしても、オレはもう付き合わんぞ」

「残念です」

「オレのこたぁもういいから、さっさとカミサマユーチューブに公開してこいよ。うまくいくと良いな」


 オレの口から出た前向きな応援の言葉は、モコをもう一度、ぱっと笑顔を浮かばせるだけの力があったらしい。

 モコは大きくお辞儀して、「ありがとうございました!」とこれまた大きく感謝の意を述べた。カミサマから感謝された人間のクズなど、そうはいないだろう。オレは「オツカレ」と軽く掌を振って、別れを述べる。

 モコは光の粒子となって散り、そこにはなんの痕跡も残さず、消え去っていた。

 この奇妙な異世界物語は、これにて終幕となったわけだ。まったく、実にオレの嫌いな異世界モノらしい終わり方じゃないか。

 皮肉っぽくそう脳内でつぶやくのだが、なぜか心の中は気持ちよかった。明日のオレは、今日のオレとは違うのだと信じられるのが、きっとオレをこの理不尽な世の中で、輝かせる事だろう。


 ――それから数年後、オレは必死に勉強と技術を身に着け、宇宙開発の分野でその地位を獲得した――。

 オレは渡米し、アメリカのボーイングで勤務することになった。

 そこでオレはとある宇宙船開発を行う事になるのだ。その宇宙船で、いつかあの世界にたどり着く。あの世界で見た宇宙船の製作者はこのオレ自身だったというパラドックスにニタリと笑む――。

 確かあの宇宙服の刻印は2525年。まだまだ未来の話だが、その種をオレが巻いたのだと名を刻むのだって面白そうじゃないか。なまじ宇宙服を着て登山したわけじゃない。あの異世界での経験が、この世界に生きる人間で唯一2525製宇宙服を着たという実績を持たせている。この経験は大きな糧になるはずだ――。


 ………………。

 …………。

 ……。


 ――という夢を描きつつ、オレは目を覚ました。温かい布団の中で心地よい夢を見ていたわけだ。まるでハッピーエンドのようなそんな〆を飾るかの如し夢を。


 まぁ、そんなご都合主義な未来が待っているわけがない。夢は夢、リアルはリアル。オレの世界は空虚な現実を携え、毎日を運んでくるわけだ。

 それでも、潰されるものか……。

 オレは、必ず、生きるのだ――。


 決意を込めた拳を握り、まだまどろみが体を支配している中、気合を入れようと、身体を起こしかけ――。


 むにゅっ……!


「……あ?」


 体に感じた柔らかいその肉の感触。そして体温――。

 オレは重い瞼を三白眼にして、その身に覚えのある感触に左側を確認した。

 そこにはやはり、オレの隣で横になり、安らかな寝息を立てる全裸の少女――モコがいた。


 ――つい先日別れたばかりだ。異世界転移を体験してからなので、オレの体感時間とモコのそれが一致するとは思えなかったが――。こちらからすると、モコと別れたのはつい先日のことだけに、あれだけしっかり別れを告げたのに、どのツラ下げて横で寝てるんだと思わざるを得ない。

 文句の一つでも言ってまた、氷で起こしてやろうかと画策するなか――。


 オレは流石にぎょっとした。


 オレの左隣で全裸でモコが寝ていたからじゃない。オレの左手がモコの柔肌を撫でまわしていたせいでもない。


 オレの右隣にも、もう一人――全裸の少女が横たわっていたのだ。


「めっ――、メルメルッ!?」


 それは見間違うはずもない、琥珀色の髪をした少女、メルメルだった。気持ちよさそうに寝息を立てているメルメルが、オレの横で一糸まとわぬ姿で白い肌を呼吸に合わせて上下させている。

 つまり、オレはどういうわけか、朝起きると全裸の少女ふたりのサンドイッチ状態となっていたのだ。なんというエロ釣り。


「おい、お前ら起きろ!」


 このめちゃくちゃな状況に説明が欲しくて、オレは布団をはねのけて、二人を無理やり起こすために怒声を張り上げた。


「う、うーん」

「ふぁー……、あっ、アンチさん! おはようございます!」


 まだ寝ぼけ気味のメルメルに、目を覚ましてオレに飛びついてくるモコ。

 なんだか、モコのほうはまた面白そうな顔をして、白い歯をみせるほどの笑顔をしていた。


「どういうことだ、モコ! もうAWSは終わっただろっ! いやそれよりも……」

「ん、んー……、あ、アンチ……」


 メルメルも目を覚ました。そしてオレの顔を寝ぼけた顔で確認すると、すぐにぱっと目が覚めたようで、モコ同様に抱き着いて来た。


「アンチっ!!」

「う、うお……ダイレクトに……」

 モコはともかく、メルメルの抱き着きには、流石のオレもドキリとした。可愛い彼女の生の身体が密着してくるのだから仕方ない話だと思ってほしい。

 だが、そんなオレの事などお構いなしに、メルメルはやっと会えたと言わんばかりに感情を溢れさせてオレにきつくしがみついて、涙まで零していた。


「アンチ、アンチ! ほんとに逢えたっ……」

「な、なんでお前がコッチに……! モ、モコ! お前の差し金かッ!?」

「アンチさん! あのAWS、すごかったんですよ!! ありがとうございますっ!」


 二人の小娘どもがぎゅうぎゅう身体に抱き着いて、それぞれ思い思いに心を吐き出すかの如く口から言葉が溢れている様子だった。

 モコははしゃぐ子供ように抱き着いてはキャッキャと笑うし、メルメルは引き裂かれていた織姫と彦星が一年に一度出会う時のように感激に涙を零して、熱く抱擁してくるのだ。


「も、こ、せつめい、しろぉ……!」

 オレはぎゅうぎゅう締め付けられるなか、どうにか状況を確認するため、はしゃぐモコを抑え込むようにして訊ねなおす。


「すごいんです! 私のユーチューブ、ファンがいっぱい増えたんです! これまでの百倍ですよっ!! 感想の言葉も、たくさんきて! ここは変だ、とかのツッコミもあったけど、素敵だったってコメントがいっぱい来てっ……!」

「そりゃよかったが、聞きてえのはソッチじゃねーんだよッ! こっちだ、コッチ!」

 こっち、といいながら、右側のメルメルの身体をぐい、と左のモコに押し付けるように抱く。


「アンチっ! いつまで待っててもアンチが来ないからっ……! あたし、夢見でカミサマと出会ってっ……!」

「は? だって、まだあれから全然日にちは経ってねぇだろッ?」

「それで私、たくさん応援の言葉を貰ったので、自信がついてきたんです! だから、またAWSをしようと思ったんですよぉっ♪」


 もう無茶苦茶で、もみくちゃだった。

 二人の美少女全裸サンドイッチはどうにもエロすぎるので細かく描写できず、申し訳ないが、オレはモコとメルメルの間で二人の言い分を同時に聞かされて、益々頭がどうにかなりそうだった。


 それでもどうにか二人の話を統合して飲み込んだ結果。


 どうやら、オレがあの世界から去り、こちらではほとんど時間は経っていなかったが、異世界のほうでは数週間と過ぎ去っていたらしい。

 メルメルはそんな中、オレとどうしてもまた逢いたくてしかたなかったらしく、ある日、夢の中でモコと出会ったようだった。


 モコはモコで、この度のAWSがかなり好評だったらしくこれまで以上のファンレターを貰ったとのことで、また新作AWSをやりたくなって仕方なかったらしい。

 だが、オレがもうAWSをしないと断言したことを考え、誰をメインに据えてAWSをさせようかと思案したところ、標的になったのはメルメルだったそうだ。

 メルメルからすれば、オレのこのリアルこそ異世界になるため、これも立派なAWS。


 メルメルは予言者として、モコを夢に見て、あの呪いのブラックボックスを封印するように命じられたそうで、またあのズンドコの谷の奥の宇宙船まで赴いたらしい。

 そこにあのブラックボックスを封印しようとした時、宇宙船の機能がブラックボックスと共鳴して、一部動き出したのだとか。

 それで、メルメルは宇宙船のワープ装置により、この世界のこの時間に転移させられたのだ。


 ――モコのAWSのために――。


 どうやら、夢見の予言の中に、オレと出逢いたいなら封印をしろとも言われたらしく、メルメルはその日に速攻で谷の奥まで向かったらしかった。


「……事情は分かったが……なんで裸なんだよ」

「えっ……」


 オレの言葉で感激のあまり、若干我を失いかけていたメルメルがはっと自分の身体を改めて確認し、一気に真っ赤になって硬直した。

 自分が全裸とは思っていなかったのだろう。


「どうも、ワープ装置は人の身体だけを転移させる効果があったようで衣服などを転移できなかったみたいです」

 と、モコがラノベ特有のなぜかラッキースケベに陥る設定をそれっぽい話で語る。

 ……ようはそっち系の話をしたほうがウケがいいからだろ、とオレは思ったが突っ込む前に、メルメルがヒクヒク震えだして、恥部を隠して今度は別の意味で泣きそうになっていた。


「ひ、ひ……。な、なんで、はだか……」

 手近な布団でばっと身体を隠したメルメルだったが、もう今更だった。ばっちり、メルメルのエロエロはオレの脳裏に焼き付き、瞳を閉じればまざまざと蘇ってくる。


「……こっちの世界にまでやってきて……AWSって何をやらかす気なんだよ……」

 オレは色々と想像しないように、話題を作って逸らそうとする。その言葉にモコがビシリ、と裸で恥ずかしがっているメルメルを指さし、言うのだった。


「今度はメルメルちゃんが主人公のスピンオフです! アンチさんが脇役です!」

「は、はあ?」

「メルメルちゃんは、自分の世界で自分の出生の秘密に気が付いたんです! なんとメルメルちゃんは、アンチさんの世界の未来からやってきたのです!」

「ああ、やっぱりそうだったのか」


 オレはそうだろうなあと想像していたが、きっぱりと公式から設定を断言され、成程と頷いた。


「しかし、同時にとんでもない事態が発覚しました! なんと、アンチさんの世界の2525年に生まれたメルメルちゃんでしたがアンチさんの世界は2100年に滅亡してしまうのです!」


「な、なんだってーッ!?」


 ……と、思わず言ってしまったが、別に2100年とかオレ、死んでるし滅亡しててもいいかとどこか冷めた自分がいた。

 しかし、2100年で滅んでしまうとなると、2525年に生まれるはずだったメルメルはどうなる……?


「そう! メルメルちゃんが生まれてこない可能性があるのです! それを阻止するため、メルメルちゃんは異世界転移を行い、滅亡を防ぐため今、この地にやってきたのです!!」


 ばばーん! と地声でSEを演出するモコに、ヒクヒク震えているメルメル。

 まるでここで盛大なオープニング映像が流れているかのようなモコの地声BGMが続くなか、オレはあきれ顔で天を仰いだ。


 今度は非日常系でやるのか――。

 人がせっかく日常で生き抜くありがたみを描こうとしているのにッ――。


 ――なんかすげえムカっぱらが立ってきた。

 アンチだ――。


 アンチしてやる。

 人が懸命に理不尽な世で生きるヒューマンドラマと人間賛歌を見せつけようというのに、ご都合主義の塊であるとされる非日常モノをやるだとぉッ――。

 あんなものは、嘘っぱちのリアリティを欠いたガキんちょ向け物語だッ――!


「さあ、物語のはじまりですっ!!」


 モコの高らかとした号令が響いた――。

 それはこのオレ、アンチの新たなアンチ・物語の狼煙でもあるのだ。


 まだまだオレは、この全裸女神の作るセカイの理不尽に振り回されていくことになるのだろう――。今度は愛する彼女と共に――。



 終幕。

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iiiii ANTI !!!!! 花井有人 @ALTO

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