17.メタ・ラストバトル

 ある人は言った。なぜ、あなたは登山をするのですか? それはそこに山があるから、と。


 ……いや、いやいや。ディスる気はないが、意味が分からん!

 山を登って何がいいのか? ……と、思ってしまう。そういう精神状態であった。

 普通の登山ですら、オレはあまりやりたいとは思わないのだが、現在オレは宇宙服を着こんでの登山なのだから。


「キッツ……。フツーに、キッツ……」

 オレは金魚鉢のヘルメットの中で汗をかいてしまう。できることなら、この宇宙服を脱ぎ捨てて、汗を拭きたいところだが、そうもいかない。

 なにせ今、オレの周りは空気がないのだから。


 呪いの山を攻略開始したオレはげんなりした顔でまだ続くだろう登山道に溜息をついてしまった。

 かっこよくラストダンジョンを攻略なんぞできそうもない。


 ――オレは現在呪いの山をひたすら登るという試練に立ち向かっていた。

 まぁ元からそういう物語だったので、分かってはいたがこれはキツい。オレは山のふもとまでついてきたメルメルと領主の息子のウィリアムに見送られ、空気を奪う呪いの解呪のために勇ましく立ち向かったわけだが、もう音を上げそうになっていた。

 空気はなくとも、重力は普通にある。総重量百キロを超える宇宙服を着て登山するなど、昔の少年漫画の修行シーンでもやらないんじゃないだろうか。

 メルメルが貸してくれた形見の首飾りの魔力で、重力を減らしているが、それでも完全に身軽になったわけじゃない。せいぜい普段の体重レベルになっているだけだ。


「……しかし……どういうわけだ、これは」

 空気がないのは宇宙服のヘルメットにまるでFPSゲームのようなインターフェースが表示されることで分かったが、周囲の光景は至って普通の緑豊かな山の風景だったのだ。

 生い茂る草花、青々とした木々。流れる小川にさえずる小鳥。野兎や昆虫もいるし、本当に空気がないとは思えない。


「せつめいしよう!」


 不意にナレーションがはじまった。声で分かったがナレーションはモコだった。


「本当に空気がなくなっちゃうと、そこで生きてる動物さんたちが可哀そうだから、空気がないごっことなってるのだ!」


 オレはその言葉で、速攻で宇宙服を脱ぎ捨てた。


「あー! アンチさん、だめ! アンチさんは、そういう設定で冒険してほしいのにー!」

「ナレーションやるのか、素で話すのか統一しろ」

 オレはどこからともなく反響してくるモコの声につっこんだ。

 どうもモコが集団催眠かなにかの術で、物語に関わる主要人物に、呪いの山では空気が無くなっていると思い込ませているようだった。

 オレさえも騙すため、態々宇宙服に細工までして、周りに空気がないように演出してみせていたのだろう。


 すぅー、とオレは大きく息を吸い込み、吐き出した。

 十分呼吸できる。宇宙服なんぞ、最初から要らないということか。

 オレはモコの作った物語の都合上、設定に従わされていたゲームキャラみたいなものだったのだろう。

 その枷も外れてしまえば、もうそのゲームのデバッグコマンドをしった開発者側と大差ない。


「お前は、この山でオレになにをさせかったんだよ……」

「えー、それはもちろん、ドラゴンと戦ったり、絶体絶命のピンチから覚醒して、逆転したり……英雄らしい活躍のイベントを……!」

「いらんいらん。オレの活躍うんぬんはどうでもいいんだよ。メルメルの予言が当たって、認められたらそれでいいの」

 オレの目的からすれば、もうこのAWSで王道の物語を展開してやる必要性もない。

 オレがやりたいことは、単純にメルメルの予言のおかげで世に平穏がもたらされたのだという証明があればいいわけだ。


 ……というか、まてよ。

 確かこの空気うんぬんの呪いは、元々、人々に広がった『モノを忘れてしまうという呪い』が発端だったとか。

 オレが救った荷馬車の御者の話をボツにしなかったための後付け設定だろうが、よくよく考えてみれば、その『呪い』はモコが仕掛けたものだ。

 つまり、呪いの正体はぶっちゃけモコの『AWS設定』がそれなのではなかろうか。


「……モコ。どうなんだ、AWSは面白いものになっているのか」

「は、はい。あとは素晴らしいエンディングへのクライマックスを乗り越えれば、私の描いたAWSは大団円となり、完成です」

「そうか。なら、そのクライマックス、とっととクリアしちまうか」


 一応、呪いの根源は邪神を祀った祠にあるという設定だったはずだ。

 この山のどこかにそれはあり、オレがそこにたどり着くことで呪いを解くことができるんだろう。

 そのために、色々とモコはオレにこの山でドラゴン退治をさせたり、ピンチになったりとさせたかったようだが、オレはそれに対して興味がさっぱりわかなかった。


「モコ、この呪いの正体ってのは、つまり、お前の用意したAWS設定そのものだろう。お前が組み立てた物語の整合性をつけるために人々の内側に刷り込ませたんだな、『呪い』を」

「そんなこと言ったら、元も子もないですよー。メタ発言ですー!」

「何をいまさら。AWS開始時点から、オレはメタの塊だったじゃねえか。だったら、このメタギャグストーリーのラストらしく、メタで勝負しようぜ」


 オレの提案に、モコが興味を持ったのか、これまで声しか聞こえていなかったが、目の前に姿を現した。


「メタで勝負ってどういうことですか! おもしろそうです!!」

 これはごっこ遊びなのだ。オレはそう考えた時、ごっこ遊び……すなわちロール・プレイング・ゲームにおける勝負を思い描いた。

 ここでいうロール・プレイング・ゲームというのは、TVゲームのRPGじゃなく、テーブルトーク・RPGのほうだ。

 テーブルトークRPGというのは、ゲームマスターとプレイヤーがそれぞれに、用意された舞台の中で物語を自在に生み出して遊ぶゲームで、いわばこれもごっこ遊びに該当する。

 この場合、ゲームマスターはモコであり、プレイヤーはこのオレ、アンチだ。


 ゲームマスターの作ったシナリオに対し、プレイヤーは試行錯誤して問題をクリアしていく。その方法はまさに自在で選択肢を選ばせて進めるコンピューターゲームではできない、発想の自由さを愉しむことが出来るわけだ。

 だからオレは提案した。呪いを解くために、用意されたボスモンスターとの対決ではなく、他の打開策を。


「モコ、オレはここまでお前の用意したAWSをプレイして、一つ思うところがあった」

「な、なんでしょう!」

「せっかく剣と魔法のファンタジー異世界を用意したのに、宇宙船と、宇宙服。しかもそれはアメリカのボーイング製と来た。これが意味するものはなんだと考えた」

 単純に、英雄戦記を語らせたいのなら、ハナっからオレに伝説の剣を用意させてドラゴン退治に行けというほうが王道だ。

 だが、モコはそうせず、なぜかオレの世界の技術を臭わせる文明に接触させた。


「この伏線からオレはお前の敷いたストーリーラインを推理した。当てたら、オレの勝ち。負けたらお前の用意したドラゴン退治でもなんでも乗ってやる」

「私のAWSの計画を、当てるというのですか! おもしろいですっ、やっぱりアンチさんを選んで正解でした! その勝負受けましょう!」


 オレはモコが提案に乗った事で、頷いて、一度話を整理するため、今回の物語の大筋を語る。


 異世界に転移してきたオレは、呪いを解くためにクエストをこなす冒険者のように動き出す。モコは最初、オレに対してハンドアウトを用意した、と言っていた。それも、オレに対する大筋の台本があったからだろう。

 まず、モコが用意したのは呼吸の仕方を忘れてしまった男に接触させ、呼吸の仕方を思い出させることで、オレを持ち上げるという稚拙なものだった。

 それをオレが無しにしろと言ったことで、モコはそれなりにシナリオを組み立てなおす必要が出来たわけだ。

 即興で考えたシナリオは、失敗した『呼吸の仕方を忘れる』という設定をどうにか再利用できないかという、自作のシナリオに対する愛着から生まれた、空気がなくなる呪いを解くという物語だ。

 そして、メルメルと出会い、ヒロインとの邂逅を得て進むシナリオ。


「お前は、空気がなくなる、という設定を組み、オレにそれを解かせようとしていた。だが、お前はそれとは別に、オレをこれまで見ていて、分かっていたことがあったはずだ」

「な、なんでしょう?」

「それは、オレがこのAWSをめちゃくちゃにしてやろうと考えているという事だ」


 モコはオレの語りに、大きな瞳を更に丸めてキラリとさせた。面白い! と考えている時の顔だと、オレはもう分かっていた。


「だから、お前は考えたんだ。ただ、普通に異世界ファンタジー英雄譚をやっても、オレは最後にそのレールから外れようとするだろうと」

「そ、それで?」

「だから、お前は変化球を投じた。そしてオレからのアドバイスを考慮したんだ」

「アドバイスを考慮……?」

「オレがポイントカードで、人心を集めた時の話さ。オレが知っていて、この世界の人間が知らない事があれば、オレがこの世界で活躍できる物語ができあがる、と思い至ったはずだ」


 モコはそこで黙った。どうも図星らしい。だが、悔しそうな顔をするよりも、モコはやっぱり心底面白そうに、オレを見つめ続け、むしろ言葉の続きを早く聞かせてと言わんばかりだ。


「で、お前はその時考えた。オレが知っていて、この世界の人間が知らないものをクライマックスに添えてやろうと。それでオレが大活躍するような物語にしようと考えたのさ。そして空気がないという設定を携えたストーリーが、領主の家で語られることになる」

「……そ、そうですねっ」

「だから、お前はオレの世界の文明を登場させた。宇宙船と宇宙服。……最も、オレの知っているものよりもかなり文明が進んでいたSFモノではあったが」

 オレの着ていた宇宙服にはボーイングの印と共に、記号めいた2525という数字が入っていることに気が付いた。これは完全に想像だが、たぶんこの宇宙服は2525年に作られたんじゃないだろうか。


「アンチさんの世界の文明を使い、アンチさんが活躍しやすくした。そして、宇宙服でこの山に蔓延する呪いを解き、大団円となる……。そういう計画だったと言うのですねっ」

 モコはオレの前で全裸の身体をピョコピョコ跳ねさせては、プラチナの髪をフワフワさせてはしゃぐ。オレのその推理を面白がっているようだ。

 オレはそのモコの態度で、いよいよ確信した――。


 ――違うな、と。


「そうじゃない。オレは思ったんだ。それにしては、宇宙船は度が過ぎる、とな。あれは、ぶっちゃけ、オレの世界の知識以上だから」

「っ……!」


 モコは、オレのその言葉に、はしゃぎ飛び回っていたのを、止めた。そして、静かにオレに向き直る。その表情は真顔というにふさわしい、彼女の素の顔だった。


「お前は、オレを活躍させるための伏線を、別に作っていた」

「な、なにを言うんですかっ。宇宙船で宇宙服を見付け、それで十分なはずですよ」

「そうかな? それにしちゃ奇妙な点がある」


 オレはそう言って、少しだけ間を作って見せた。モコの反応を様子見して、彼女が言葉の続きを待ち構えるのを確認する。


「何が奇妙なんです?」

「メルメルさ」

「彼女は、アンチさんという人物に合わせたヒロインです。何もおかしくありません」

「いいや、そうだとしても、メルメルには不必要とも思える設定がある」

「一体なんのことでしょうか」

「……『魔法』だよ」


 オレの断言に、モコはきゅっと唇を結んだ。今度こそこいつの、本当の内側を捕らえたのだとオレは内心手ごたえを感じていた。

 さっきまで汗だくだったオレの身体にいつしか余裕が生まれている。口調も軽快に走り出しそうだ。


「メルメルちゃんの魔法は、面白いでしょう。甘い氷が出てくるのは、茶目っ気です。かき氷で活躍させる事が私の目論見だったというんでしょうか」

「いいや、それも違う。オレが言ってるのはメルメルの長老の杖から発射されたなんでも凍らせちまう、超魔法のことだよ」

「う……!」


 オレは、当初、ラッキースケベで発動するメルメルの超魔法はモコが仕組んだAWSのアクセント的お遊び要素だろうと思えた。

 しかし、オレには一連の流れで、このAWSでオレに何をさせようとモコが考えているのか、一つの推理が浮かんだのだ。それは山の呪いを解くことではない、というのがオレの出した答えだ。


「なんでもすぐさま氷付かせる魔法。空気がないとオレにも思い込ませる設定。……あと、さっき言ったドラゴン、かな」

「ドラゴン? それが?」

「まだ見てないが……この山にいるのか? ドラゴン」

「は、はい。いますよ! とってもつよい、かっこいいドラゴンです」

「どういう強さなの? つか、オレじゃ勝てないだろ、ドラゴン」

 そう、オレに勝てるわけないんだ。たかだかメルメルの里の集団に襲われても何もできないオレにドラゴン退治なんぞできようはずがない。なのに、なぜ、こいつはドラゴンを設定したのか?


「ドラゴンと言えば巨体で、火炎を噴き出し、冒険者と戦うラスボスに最も適した……」

「ビンゴ」

「へっ……?」


 モコはオレの予想的中と言わしめたものが何だったのか理解できずに、素っ頓狂な声を上げた。


「お前、オレにこの世界でどうやって活躍させるつもりだったのか――、それをこれから当ててやる」

「な、なんですってぇー!」

 慌てつつも驚くモコは、甲高く声を上げてまるでミステリー物の犯人のように狼狽え始めた。

 真実はいつもひとつ、とか言ってやろうかと思ったが、まぁそれはいい。


「お前は、オレからシナリオに対して指摘と助言を受けた後、考えたはずだ。どうすればオレをAWSで活躍させることができるか。オレが知っていて、異世界の人間が知らず、賞賛されるもの――。探したんだよ、お前は、

「!! ――――ッ」


 モコは身を固まらせ、露骨に反応した。オレはそれを見て、ゆっくりと語りを続ける。気分はさながら名探偵だった。


「オレがこの世界に転移する直前、オレは食事前だった。ラーメンタイマーでな、インスタント焼きそばを食うところだったんだ」

「ううっ!!」

「お前は、オレの部屋で、インスタント焼きそばを見付けたんだ! そして、これだとシナリオに組み込んだッ!!」

「な、なんでそう思うんですか!」

「フリーズドライ製法」

 ズバリ、という表現がこれほど的確といえる場面はないだろう。オレはよどみなく、モコに言ってのけた。

 かやく、をみたモコは、これが使えるのではないかとシナリオに組み込んだのだ。

 フリーズドライ食品は熱湯をかけるだけで美味しい食材になる。この世界でそれを実現できればそれは魔法のように優れた技術として、旅のお供になり、一大カルチャーを生み出すだろう。


「フリーズドライってのは、つまり、凍らせたモノを真空中で昇化させたものだ。必要なのは『凍り付いた食材』と、『真空』。そして真空中で氷が液体にならず気体になる『熱』。つまり、食材を凍らせるメルメル。空気を奪う呪い。ドラゴンの火炎。全部条件に当てはまる」

「……っ、で、でも……」

 オレのその推理に、モコは度肝をぬかれたように言葉がでなかった。否定だけはしないとと言うようにとってつけたような『でも』の言葉に被せるように、オレはつづけた。


「でも、お前はそこで更に計画を変える事にしたんだ。それは、オレが昨晩心を入れ替えたからだろ。AWSをぶっ壊そうなんて考えず、メルメルのため、単純に英雄になろうとしたから、お前はドラゴンをラスボスに設定しなおした」

「…………ど、どうしてそこまで分かるんですか」

「そりゃ、お前……分かるよ」


 オレは観念したようなモコに、一呼吸置いてから、静かに、低く回答した。


「異世界モノが好きなんだろ」

 不思議とオレは柔らかく笑顔を作れていた。それこそ、呪いが解けたような気分だった。


「だから、オレに合わせて面白い物語を作ろうとあれこれ変更に変更を加えたんだ。ほんとはこの山の空気、マジで真空にするつもりだったんじゃないのか」

「…………まいりました」


 こうして、オレとモコのメタ勝負は、決着となった。

 モコとオレのAWSクライマックスは、こんな形で幕引きとなったわけだ――。

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