15.百味アイシクル

「はぁはぁ……、ちきしょー……おい、休憩にしようぜ」

 オレは傍にあった岩に腰を下ろして棒のようになった足を投げ出す。

「でも、全然進めてない……。もう食料がないから、今日中には街に着かないと……死ぬ」

 メルメルが神妙な顔をしてそう言う。

「それ、予言か? 一日何も喰わなくても死にはしないだろ」


 メルメルは歩くことを推すが、オレのケツはもう持ち上がらない。小一時間は休憩してから歩かないと、この宇宙服姿での遠足は厳しいものがある。

 実際メルメル自身も疲れが表情に見えているので、休息は必要だろう。

 幸い、ここはまだ道として作られている街道だ。そうそう暴漢に襲われることもないだろう。


 メルメルは腰に下げていた水筒を開け、口をつけたが、どうもその中身ももうないらしい。

 ……さっきは何も喰わなくても、と言ったが水もないまま歩き続けるのは厳しい。……やはり出来れば今日中に街に到着したいところだ。


「……ん? いや、待てよ……」

 オレは気が付いたのだった。ここはもう街道の一部だ。だったら、ここを通る荷馬車くらいあってもいいじゃないか?

 事実、オレがこの世界に最初に転移した時、こんな感じの場所で息が出来なくなった御者を見付けたのだから。


「よし、メルメル。ここで休みつつ、馬車が通ったらそいつに乗せてもらおう」

「うん。もごもご」


 メルメルがオレに同意を示したのだが、何やら口に含んでほっぺたを膨らませていた。

 ついさっき、もう食べ物は何もないと説明したばかりなのに、何か持っていたのだろうか。食物の分配は旅の上で重要な事だ。もしメルメルが非常食を隠し持っていたのだとしたら、それはオレも食べる権利がある。あると思う。


「おい、メルメル。何食ってんだ。もう何もないんじゃなかったのか」

 オレが空きっ腹からくるストレスを隠していたというのに、この野郎。オレはメルメルの膨らんだ小さな頬を恨めしそうに両手で押し付けてやる。


「うー」

 オレの両手でぎゅうっと押さえられて、メルメルの可憐な顔がひょっとこみたいになってしまう。ざまぁみろと思いながらも、いったん手を離し、メルメルの弁明を聞いてやる。


「水、なかったから」


 と、メルメルは言い、杖を取り出して、「ほりゃ」と小さく気合を入れて、掌にコロリと一口サイズの氷を出したのだ。

 それを見て、ああ忘れていた! と、オレも合点がいった。メルメルの魔法を利用すれば、水の危機だけは避ける事が出来るのだ。氷ではあるが、口に含めば溶けて水分になるだろう。


「でかしたぞ、メルメル。オレにも出してくれ、氷」

「え、す、すごい? かな?」

「そりゃそうだ。これで水の問題はなくなるわけだからな! ほれ、早くしろ」

「ふ、ふふふははは! 我が偉大なる……」

 オレが小気味よく褒めると、メルメルは疲れていた表情をみるみる明るくさせて、しまいにはドヤ顔で大仰な事を言いだしたので、オレはすかさず、また両手でメルメルをひょっとこにしてやった。


「はよ、出せ」

「うー」


 こくこくと頷くと、メルメルは杖をオレの手のほうに向けて準備する。オレはいつ氷が転がり落ちてもいいように、掌を広げて向けた。


「何味がいい?」

「……え、味付いてるの?」

「うん、いちごとか、りんごとか……できる」

 ……なにそれ、微妙な器用さ。


「じゃあ、いちご味で」

「とぉー!」


 ころり。

 オレの掌に、一口サイズの氷が転がり落ちてきた。

 見た目はただの氷のカケラなのだが、味が付いているとは予想もしなかった。


 若干怪しみながらも、オレはそれを口に放り込む。すると、ひんやりした冷気がオレのくたびれた体をシャキっとさせてくれるようだった。そして、その氷が舌の上で溶け始めると、じんわりと甘みが広がりだして来た。まるで、飴玉のようだった。


「あまっ。マジで味付きだ。いちごだ、コレ」

 メルメルはまたひとつ自分の分の氷を魔法で自作して、ぽい、と口に入れる。

 モゴモゴとさせながら、氷を溶かしつつ、その味を楽しんでいたのだと、今なら分かる。


「モゴモゴ」

「モゴゴ」


 オレ達は二人で氷を舐め転がして、その場で休憩に入る。会話はない。口の中には氷の塊があるから。

 ちょっとした憩いのひと時は、思いがけぬ娯楽になった。

 メルメルは実に多様な味つけを再現できた。

 果物はもちろん、コーヒー、ミルク、チーズ。コーンスープに、ポタージュ、コンソメスープ味までできたし、ベーコンとかパンも再現できるらしい。やろうと思えば、鼻水味とかダンゴムシ味とかできるという。


 ――ダンゴムシ味って、こいつダンゴムシ食ったことあるのか。

 ちょっと引いた。


「こ、氷からベーコンの味がするのは常識が覆りそうになる……」

「す、すごいだろ。ふふふっ」


 ……まぁ確かに凄い。凄いんだが、なんでこいつはこういう変なところにスキルを振っているのだ。もっと他にあるのではないか。


 しかしながら、メルメルのこの特技は商売になる。たかが氷、されど氷。

 世にはかき氷なるスイーツもあるのだ。オレの世界のかき氷もイチゴやメロンの味があるが、実はあれは色が違うだけで味付けは全く同じただのシロップだ。

 それから考えると、メルメルの魔法のほうが圧倒的に凄いと思う。


 ドヤ顔で嬉しそうにしているこいつを見ると、水を差すのも悪い気がして、オレはとりあえず、凄い凄いと適当な返事をしておいた。

 それでもメルメルは、オレの言葉でおやつに飛びつく犬のように露骨に喜びの表情を浮かべるのだ。

 まったく、チョロいヒロインだ。……こっちまでチョロくなりそうだ。


 オレ達はころころと杖から飛び出す多種多様な味付け氷をほおばりながら、青空を眺めて休むのだった。

 朗らかな気分になりそうな昼の空。雲がまばらに泳いでいて、風もここちがいい。


「ああ、落ち着く……」

 オレとメルメルはだらりと体を横たえ、空を眺めてコロコロと口の中で氷を弄んでいた。――が。


「きさまらぁぁ~~っ!!」

 そんな雅な時間を無粋な怒声が割り言ってブチ壊した。

 どこのどいつだ、せっかくのひと時を――。


 まさか、また予言者の里の刺客かとも思った。オレは声のした方に顔を向ける。メルメルもそれに倣って声の方に顔を向けた。

 さながら、巣穴から出てきたプレーリードッグのようだったかもしれない。


 声の主は遠くから馬に乗って駆け寄ってくる若い男だった。その顔には見覚えがある。

 たしか、領主の息子のウィリアム、だったはずだ。

 ウィリアムの背後には馬車がゆっくりとこちらに向かってやってきていた。


「よう、久しぶり」

 オレは見知った顔に軽い挨拶をしてみせたが、相手は怒気を隠すことなく声を荒げた。

「『よう』じゃない! なかなか戻ってこないと思ってここまで来てみれば、何をのんびりしているんだッ!!」

 真っ赤になってつばを飛ばしながら、ウィリアムはオレに指をつきつける。


「いやそうは言っても……、これでも急いで戻ってたんだぞ」

「どう見ても、ノンビリしていたぞッ!」


 ――間の悪い話だ。今は休憩中だったんだから、のんびりしてただけなのに。

 オレはギスギスしているウィリアムをなだめようと話題を変えるため、着ている宇宙服を見せびらかして、無事に任務はやり遂げたぞとアピールしてやった。


「まったく! 魔法の鎧をとったのならわき目もふらずに戻ってこないかッ! こうしている間にも呪いは広がっているかもしれんのだぞ……!」

「分かったよ。――で、お迎えに来てくれたんだよな。あの後ろの馬車を見ると」

「その通りだッ。途中でのたれ死んでいないかと心配していたのだぞッ!」


 意外にも心配をしてくれていたようだ。このウィリアムという男は、そこまで悪い人間でもないのかもしれない。ピリピリとしているのは、自分の領土の問題をきちんと深刻に問題視しているせいでもあるだろう。ただのぼんぼんというわけでもなさそうだ。

 オレとメルメルはウィリアムに急かされながら、馬車に乗り込むことになった。

 そこから先は楽々だった。馬車に揺られること数時間。オレとメルメルは無事に街まで戻ってくることができたのである。

 街に着くころにはもう夕暮れが差し迫っていたので、呪いの山に行くのは明日となり、今日は明日の準備と疲れを癒すため、オレとメルメルはあの酒場に帰って来たのである。


 酒場に帰り着くと、店は繁盛していたのだが、オレの姿を確認したイリアが、注文をほったらかしてこっちに駆け寄って来た。


「アンチ! よく無事でっ」

 イリアのその声で、店の中の客が一斉にこちらを見た。

 そしてぽかんとした顔をしてオレの姿に目を丸くする。やはりこの宇宙服姿、かなり目立つようだ。異様な雰囲気なのは自覚しているが。


「イリア、ただいま。悪いけど、明日すぐに出立するんだ。店は手伝えない……」

 オレが言いかけると、店の主人もカウンターの奥からわざわざ出てきて、「何言ってんだ、いいからそこに座ってろ。メシ食わせてやる!」と言ってくれた。


 そして、店の客たちが一斉にオレたちを取り囲んだ。


「おいおい、お前がウワサの予言の救世主か!?」

「おおー、ほんとに黒髪だ、変わってるなァ~。下の毛も黒いのか? がはは!」

「それが魔法の鎧かっ、すっげえ! こんな鎧は初めて見るぞっ……!」

 と、オレの話題はここ数日でウワサになるほど広まっていたらしく一気に見世物状態というか、まるで芸能人にでもなったような扱いを受けた。もしくは珍獣扱いか。

 これまでリアル世界では無視され続けてきたオレには、戸惑いを覚える程に新鮮な状況だった。


 オレとメルメルはカウンターの席に腰かけて、マスターの出す料理をこれでもかと喰らいながら、やっと気を許せる状態になったことに、肩の力が抜けていくようだった。

 オレもメルメルも、こんな風に大勢の中で食事をすることなど、これまでなかった。だから、ちょっとばかり、周囲の雰囲気に気圧されつつも、イリアがサポートしてくれることで、その場をやり過ごすことができた。


 メルメルも終焉の予言者として、街ではすっかりウワサになっていたらしく、周りの酔っ払いたちから有難がられ、赤い顔をして必死にそれっぽくふるまっているのがちょっと笑えた。さながら、座敷童のようだったからだ。

 ウィリアムはオレ達を街まで送った後、すぐに自分の屋敷に帰ったようだが、明日にはまた呼びに行くと言っていた。

 いよいよ、明日からこのAWSのクライマックスである、呪いを解くクエストに出発するわけだ。

 今のうちにたっぷりと鋭気を養うべきだろう……。


 ふと、メルメルと目があった。

 赤らんだ顔に丸く大きなブルーの瞳がキラキラと輝き、彼女はほころんだ。

 里を捨てたメルメルが、世に認められる最初の一歩を、今実感したのだろう。

 まるでオレのおかげとでも言いそうな表情に、オレはコップの水をかっこむことで誤魔化した。オレはぶっちゃけ何もしてないぞ、と。

 本当に、オレはただ異世界転移でやってきただけで、言われるままの順路を歩いただけに過ぎない。

 真に認められるべきは、オレではないし、今回の本当の英雄は、メルメルだけが該当するだろうと、オレは内心思っていたのだった。


 オレはこの世界でいくら成功しようとも、充実などしない。だがメルメルは違う。自分の居場所をこの世界に認めさせることで、存在意義を確立できるのだ。

 オレはそのダメオシのために、メルメルに声をかけ、例の魔法の氷を作らせた。

 グラスにいっぱいになるまで入った甘いイチゴ味の氷を、今度は主人に断ってアイスピックを借り、粉々に削っていく。するとグラスの中には即席のかき氷が出来上がるのだった。


「なに、これ。氷……?」

 イリアが興味深そうに覗き込んできた。

「食べてみろよ」

「食べるって言われても、ただの氷……」

 と、怪訝な顔をしてスプーンで砕かれた氷を掬い上げて一口パクつくイリア。


「ん! なにこれ、おいし」

「ほう……こいつにリキュールを入れてやれば、女にも受ける酒ができるかもしれんな」

 主人も、かき氷を一口食って、酒場のマスターらしくアイディアが浮かんだらしい。主人のアイディアはいわゆるフラッペに該当する。

 ここで重要なのはこの氷がただの氷じゃなくメルメルの魔法で作られた変幻自在の味を生み出すスイーツアイスであることだ。


「こいつ、面白い魔法が使えるだろ。どうだ、ここで雇ってみたら。人手不足だったんだろ」

「……えっ」

 メルメルがオレの案に驚いた顔をした。

 主人とイリアも、ほぉとメルメルに視線を落とした。まさか救世の予言をした『終焉の予言者』サマが、こんな魔法で小さな酒場に貢献するとは思っていなかったらしい。


「で、でもあたし……、接客……むり……」

「自分をアンチするなって教えただろ。無理なことなぞあるか、お前、接客やったこともないだろ。そういうの、食わず嫌いっていうんだよ」

「接客は、あたしが教えてやるし、当面、この魔法があるなら、キッチンでマスターの手伝いしててもいいんじゃない? どう、マスター」

 イリアもオレの案に賛成のようだ。もともと人手不足を指摘したのはイリアだし、彼女のほうがこの店の流れを把握しているのかもしれない。

 主人は、ううんと無骨な顎を撫でさすりながら、メルメルを見つめていた。メルメル自身の気持ち次第という感じだった。


「あ、あたし……男のひと、苦手で……触られたら……おかしくなっちゃうし……」

 そういやそんな事を言っていたな。オレと二人で旅をしていて、男慣れしていない感じはよくわかっていたが。

「おかしくって?」

「頭が真っ白になって、ま、魔法がぶわーって出るかも……」


 ……ああ、あの周囲を氷付かせたアレか……。


「ふうん、まだまだ男慣れできてないってことか。でも、アンチには随分懐いてるじゃない。だったら、アンチ。この子に男を教えてやって、男性恐怖症を克服させてやりなよ」

 イリアが名案と言わんばかりに提案したが、『男を教える』が卑猥な意味にしか聞き取れなかったオレは、またこのパターンかと頭を抱えた。


「あ、アンチなら……、いいよ」

 どういう意味か分かっているのかいないのか。メルメルは赤い顔をして、オレの顔をおずおずといじらしく上目使いに見上げた。……なんだこの童貞を殺すシチュエーションは。


「……分かったよ。提案したのはオレだしな……。メルメルを男慣れさせればいいんだろ。その代わり、お前もこの店で働く事を前提に頑張れよ」

「う、うん! よろしく頼むぞっ……!」

 ……やれやれ。呪いを解くクライマックスの前に、なんというモラトリアムイベントか。呪いを解いてそれで終わりってわけにはいかないかもしれない。

 モコのほくそ笑んでいる顔が頭に浮かぶ。あいつは今頃さぞ、このAWSを愉しんでいる事だろうよ……。

 ともあれ、明日は大仕事だ。

 オレは身体を休めるために、酒場のどんちゃん騒ぎはなぁなぁにして、二階の部屋に上がるのであった――。

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