14.独りで生きた価値ある魅力

 ズンドコの渓谷から再び外に出て、オレとメルメルは予言者の里までやってきていた。

 やってきていたというか、街に戻る以上、通過しなくちゃならんので、否応なしに行くしかなかったのだが。


「メルメル。オレはさっさと街に戻るつもりでいるが、お前としてはこの里で何かしらやっておきたいことはあるのか」

「……よ、予言は当たったって……伝えたい……」

「……言っちゃ悪いが、それを伝えてもお前はここの連中から認められないと思うぞ」

「…………」


 メルメルも、その事は自覚していただろう。オレの言葉に反論はせず、押し黙ってうつむいた。


「どう、したら……あたし、認められるのかな」

「お前は誰に認められたいんだよ。このいけすかない里の連中にか?」

「……あたしには、この里しか居場所がないから、里のみんなに仲間だって認められたかった」

「……ふーん。お前の気持ちはオレには分からんが、オレの昔話を聞かせてやろうか」

「え?」


 うつむいていたメルメルがオレの顔に意外そうな顔で向き合う形となった。

 実際、オレ自身も意外な言葉だと思っていた。オレは自分の事を語るのが好きじゃない。話していて面白いものではないし、当時の事を考えるだけで反吐が出るくらいだ。

 しかしメルメルには、どこか同調する部分がある事をオレは感じていた。

 そのためだろうか。認められたいと願う少女の気持ちに対してできる事は、経験談を語るくらいだった。


「オレは三歳まで両親と暮らしていた。父親が居て、母親が居た。だが、ある日両親は離婚した。理由は後で聞くことになったが、父親は愛人を作ってそいつと一緒になるためにオレと母親を捨てたらしい。それでオレは母親に引き取られ、母と二人暮らしをすることになった。その一年後、オレが四つの頃、母親が自殺した」

 つらつらと他人事のように話すオレの言葉に、メルメルは衝撃を受けたらしく言葉を失ったように口を開いたまま、オレをただ見つめ続けていた。


「母親が死ぬまでの一年間、母はオレを生まなければ良かったと、毎日のように言っていた。こんなはずじゃなかったんだと。オレが生まれたせいでオレの母親の人生は狂ったんだそうだ」

 オレは、無味無臭、無色透明の声色で、できる限り感情を露にしないように過去の話を続ける。

 そして、メルメルの相槌も挟まないように、機械のように一定のリズムで言葉を紡ぐ。

 オレの過去の事で、他人からの感想の言葉など、あまり聞きたくないという心理が働いていたのだと思う。

 要するに、『酷い』とか『可哀そう』とか思われたくないのだ。オレは自分を惨めな人間だとは思っていないからだ。


「母親の死後、オレは親戚をたらいまわしにされた結果、叔父の家に引き取られた。親族は誰もかれも、オレを厄介者だと言って引き取りたくなかったらしい。子どもを育てるのは養育費としてかなりの額が必要だ。それに、その時叔父の口からきいたんだが、どうもオレは父親と母親の間に望まれずしてできてしまった子供だったらしい。なんせ、父親が十八、母親は十六の頃にできたのがオレだからな」

 まだ就職も決まっていない時期、発情期の猿のようにヤりまくった両親は、見事に身籠った。

 だが、その事実に恐怖した二人はどうにか赤子が出来た事を誤魔化せないかと四苦八苦したらしい。堕胎するにしても、金がない。人にも相談できないと。そして結局はバレてその頃には腹の中のオレは産み落とすしかないような状況だった。


「……何より、オレは出生届すら出されてなかったんだ」

 両親はよほどオレが生まれたことが嫌だったんだろう。出生届を出す事を拒み、隠し、そして今日に至るまでオレは『生まれていない事になっている』のだ。

 出生届がないという事は、戸籍がない。戸籍がないため、名前もない。

 ――そう。オレは名前がないのだ。だから、『アンチ』。オレは自分をアンチ、と名付けた。オレを認める唯一の人間はオレだけだからだ。


「戸籍の無い子供を引き取るという状況が親族を狼狽えさせ、困らせた。それでオレはどうせいない人間なんだから、いないものとして扱ってもいいとされ、叔父の家にて寄生虫のように過ごした」

「アンチ……」

 メルメルが何かを言おうとしたが、オレはそれを掌を前に出して遮った。今は何の言葉も聞きたくなかったからだ。ただ、オレの過去の話を聞いていればいいと伝えるようにオレはメルメルを黙らせる。


 学校に行くことはできなかったが、意外に世の中適当なところも多いようで、無戸籍でもある程度はどうにかなる。アルバイトもできたし、ケータイだって取得できた。もっとも、色々と誤魔化すための嘘やねつ造を必要としたが、今は自分の部屋も借りる事が出来ていた。

 ついに手に入れた一人暮らしの生活で、オレは自分の暮らす世界に反旗を翻すように必死に食らいついた。オレはこの世界で生きているんだぞ、と、空しく叫び、痕跡を残すようにあらゆるものに傷をつけていった。

 だから、オレは自分の世界で認められたい。異世界転移が気に入らない。ぬるま湯のような楽々ファンタジー世界でチヤホヤされたがっている奴らは、しっかりとこの世界で自分の居場所を持っているのに、現実に目を背け、異世界に恋い焦がれる。

 ――嫉妬。妬みの心からオレはそんな考え方をするようになっていた。

 異世界に逃げ込めるならどれほど楽か――。


 ――今こうして異世界に来て実に思う。

 ここで認められたって、オレが本当に欲しかったものは得られないと。

 両親が共にいた三歳までの間、必死に愛情を求め親に対して迷惑をかけぬように我慢をつづけた。父に捨てられてからは、日に日に精神を病んでいく母親に必要とされたくて様々な事を手伝った。

 母親が死に、親族の家に引き取られた後も、オレを認めてもらいたくて足掻いた。周りの同年代の子供が学校に行くのを遠くで覗き見しながら、オレは世間から隠されるように育てられた。


「オレはどこに行っても認められなかった。オレを認めたのは、この世界の酒場の主人とイリア、あとは、お前だけだ」


 オレは乾いた声で薄く笑う。

 醜いアヒルは、自分の家族に認められないまま、白鳥の世界で生きていくことになった。だが、オレは異世界じゃなく、自分の世界で認められたいタイプだ。つまり醜いアヒルのままがいいと思っている。

 メルメルはどうだろう。

 彼女もこの里で認められたいと願い続けるのならば――、メルメルもアヒルのままを望んでいるのだろうか。

 はたまた、自分を認めぬ世界とは別れを告げ、自分を認める世界に転移するべきなのか?


「あたし……」


 メルメルは、オレの語りを受け止めて、考え込むようにしていた。

 この里に認められるという事は容易いことではない。どこまで行っても、メルメルはこの里の中で異端者でしかないからだ。そういう人物を受け入れる状況が組み立てられるとしたら、それはなんだろう――。

 メルメルは幸せを単純に求めるのならば、この里を捨て、別の生き方をするほうが、幸せに近づくと思う。

 しかし、それはゴールだけを見て、考えたものの捉え方だ。

 オレはプロセスが大事だと思っている。

 どういう選択をしても、それを選び、実行し、もがいたことが価値なのだと思う。

 だから、オレはメルメルにこうしろ、とはアドバイスをしない。


「あたし、認められたい。誰でもいいから、あたしのことを、必要なんだって思ってもらいたい」

「誰でも、か。なら、この里にこだわる必要はないな?」

「…………うん。うん。あたし、里を捨てる」


 オレはその答えに、拳を作ってメルメルに向けた。

 メルメルはその拳を見て、きょとんとしていた。


「仲間の挨拶」

 ぐっと、オレはメルメルに拳を向けたまま、ぶっきらぼうに言ってやる。

 すると、メルメルも拳を作ってこちらに向けた。小さかったが、力強い意思を感じる拳だ。


 その拳同士がこつん、とぶつかり合った。


 オレが親族の家から出た時、オレもこう考えた。

 この親族たちに認められる必要などない。この世界に、オレがいるという事を知らしめたいだけだと。オレの世界は、血筋が結ぶ空間だけじゃないと考えたのだ。


 メルメルも、この里に認められる事に必死になる必要はないのだ。

 世界は広い。世の中は多様だ。

 自分を否定しなければ、どこに立っていようとも、オレの足跡はオレのものなのだ。

 オレとメルメルは歩みだした。


 オレ達が里を過ぎ去ろうと、横切っている最中、里の人間がまた陰湿な顔を向けて立ちはだかった。

 宇宙服姿のオレを見て、ギョッとしている。オレの様相が度肝を抜いたこともあるだろうが、やはりメルメルの魔法の鎧の予言が的中した事が歯がゆかったのだろう。

 これまでデキソコナイとあざけり、仲間外れにした者が仲間の誰よりも的確な予言で、世界の呪いに対して行動しはじめたのだから。


「なんかようか」

 オレはつっけんどんな態度で立ちふさがる里の人間に言ってやる。


「お前になぞ、呪いを解けるものか!」

「それが魔法の鎧のはずがない!」


 次々と罵声が浴びせられる。里の人間の言葉から、彼らの内側が透けて見えるようだった。


「だったら、この場で誰か予言してみせてくれ。オレが呪いを解くのに失敗して、おっちんじまうような予言だ」

「なんだとっ――」

「オレは、お前らを徹底的にアンチしてやる。お前らのメルメルに対するアンチなんざ、生っちょろいんだよ」

 オレは宇宙服の、金魚鉢みたいなメットの内側からでもきっかりと届くように声を張り上げ、宣言した。


 そして、メルメルの背中をぽんと押し出す。

 メルメルも、その時、勇気を見せつけるように、宣言をする。


「あたしの予言はっ……! 当たったんだっ!!」


 終焉の予言者の言葉は、その時初めて、威厳を見せつけ、空に高く響いた――。

 人は独りでは生きられない? ふざけるな。

 オレも、メルメルもこれまでずっと独りで生きてきた。

 立派に生きてきたのだ。

 生きていけないなど、軽々しく言われてたまるか。


 反逆の一歩は、オレとメルメルを強くする。

 そうさせたのは、これまでの孤独からだ。価値とは、すなわち、過程であり、始まりでも終わりでもない。

 メルメルの孤独は、無駄ではなかったのだと、里につけた足跡は物語っていた。


 結局、予言者の里の人間は、誰一人として、オレ達の失敗を予言しなかった。

 予言をした結果、外したのでは面目が立たないからだろう。

 オレとメルメルは、勝利したのだ。一つの予言を見せつける事によって。


 オレ達はそのまま街へと向かって歩きだした。

 ここから街までまた一日以上かけて歩かなくてはならない。予言者の里で補給できなかったため、オレ達の道具は底をつきかけていた。

 何事もなければ街まではなんとかもたせられるだろうが、果たしてうまくいくかどうか微妙なところだ。

 オレ達は宇宙服を獲得した分、歩みが遅くなっていたのだ。

 行きは楽々な様子だったメルメルも、例の首飾りの効果をオレに渡しているため、普通に疲労している様子だった。

 休憩を挟みながら歩くがオレもなれない宇宙服姿での運動に息切れする。


 そして、目的の距離の半分も進めない状態で、夜がやってきていた。

 オレとメルメルは早々にテントを張って、くたくたの身体を中で休めていたのだが――。


「出てきなッ」


 不意に響いた野太い声にオレ達は何事かとテントから慌てて様子を確認した。

 すると、オレたちのテントを囲うように、威圧感のある男たちが、それぞれ武器を片手に陰湿な顔をしていた。

 その顔にすぐにピンとくる。


「お前ら……なんのつもりだ」

 まるで山賊のような連中は、予言者の里の男たちだった。


「魔法の鎧を置いていきな」

「ははぁ、実力行使か。とことんクズだな、おたくら」

「な、なんで……。魔法の鎧はアンチが持ち帰らないと、呪いは解けないんだぞっ」

 メルメルもまさか同郷の者たちがここまでの行動を起こすとは信じられずに、声を上げた。


「お前の予言が的中するわけには、いかねえんだよ」

 男たちから殺気が迸っていた。正直、こればかりはどうしようもできない。オレは武闘派ではないのだ。


「分かった。鎧はやるよ、勘弁してくれ」

「アンチ!」

「聞き分けがいいじゃねえか。……ついでに、痛い目も見てもらおうか」

 男たちはギラリとエモノを光らせた。どうも本気のようで、最初からオレの命などどうでもいいという感じだった。


「や、やめて、みんな……」

 メルメルはかつての隣人に懇願するが、その隣人たちはもう理性ある人のツラをしていない。血走った野獣のようだった。


「メルメル。お前も、ちょっと調子にのっちまったな。こっちでたっぷりとお仕置きしてやるよ、ふへへ」

「お前、見てくれだけはイケてるからなァ」


 下卑た声が暗く響いた。

 メルメルは青ざめる。

 ――まったく、これがライトファンタジーかよ。それとも、ダークファンタジー路線でいくのかどっちなんだ。まったく。


「メルメル。これ」

「……え?」


 オレは道具袋にしまっていた木の枝のようなステッキをメルメルに手渡した。

 長老が遺した形見の杖だ。


「思いっきりやっていいぞ」

「……う、うん!」


 メルメルが棒切れのような杖を男たちに構えると、男たちはなんだそりゃと嗤う。

「それ以上近づいたら、魔法で凍らせるぞっ」

 メルメルが精いっぱい威圧するように声をあげるが、慣れていないせいで小動物が腹を空かせて泣いているような感じになってしまう。

 もちろん、男たちもそれで怖気る事なぞまったくない。


「お前の魔法ってあの氷をポロポロ出すアレかぁ? やれるもんならやってみろ、ギャハッ」

「こ、この、バカにして! どうなっても知らないぞっ、と、とぁああーっ!!」


 ころろん。


「え」


 驚いたのはオレだった。

 あの杖から出てきたのは、製氷機のような氷のひとかけらだけだったからだ。

 あの渓谷を氷漬けにしたパワーはどうしたんだッ!?


「ひゃははは! ざまぁねえッ!!」

 周囲の男たちは大爆笑に包まれた。メルメルはまた顔が青ざめていく……。「とお、とお!」と杖を振るたび、ころころ氷が飛び出てくるのがなんとも滑稽だった。


「まじ、かよ! メルメル、あの時の超パワーはどうしたんだッ!! あれをやれっ! なんでもいいからあれを出せっ」

 流石にオレはみっともなくメルメルに縋り付いて慌てふためく。


「だ、だって、あの時は……分けわからなくて……」


 我武者羅にやったから、ということか。理屈で魔法を使ったわけじゃないんだ。今は男たちに向け、意識の範疇で魔法を繰り出そうとしているから、ダメなのだ。

 あの時のように、我を忘れるような状態で、爆発的な感情を魔法として発射させるしかない。


 ――あの時――確か、メルメルのパンツをオレが見付けた。

 それだけの事だったんだが、メルメルは真っ赤になって反射的に動いた。


 反射――。


 ――!!

 そうだ、これは腐ってもモコの作ったAWSだ。

 あいつ、とことんそっちで話を動かそうとするきらいがある。


「メルメル、よく聞け」


 オレはそっとメルメルの背後に回り、耳元で囁くように言った。

 メルメルは突然何かと、オレの声に耳をそばだてる。


「お前のアソコ、寝てるときに触った」


「いっ――」


 空気が――凍る――。比喩表現とかじゃなく。

 メルメルの杖から迸った魔力が、空気中の水分を凍らせて、空間が音をピキピキと立てた刹那――。


「いやあああああっ!!」


 バッキイイイイインッ!!


 絶対零度の世界がメルメルの周囲に広がり、テントを取り囲んでいた男たちはあっという間に氷漬けになっていた。

 オレは宇宙服のおかげで冷気に対して身体を守ることができたので、被害はなかったが、あっという間にできあがった多数の雪だるまはその場で固まったままもう動かなくなっていた。


「よ、よしよくやったぞ、メルメル」


 思った通りだ。モコの作ったAWSは、どうもラッキースケベとかそういうので場を濁そうとする傾向が見え隠れしている。

 メルメルの超魔法は、杖の効果もさながら、そのトリガーとしてメルメルの乙女心を辱める必要があるらしい。


 ――酷い設定だ。


「ひい、アンチ……、やっぱり妊娠させてたんだ……」


 メルメルは泣きべそをかきながら、股間を両手で抑えて真っ赤な顔でヒンヒン言っている。


「あのな、言っとくがお前が押し付けて来たんだぞ」

「あ゛がぢゃん゛でぎぢゃ゛っ゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛~……!」

「できるか!! 指でちょっとなぞっただけだッ!!」


 弁明しながらも、思い返すと、その指先にメルメルのエロエロをなぞった時の感触が蘇ってきて、オレも赤い顔をしてしまうのだった。

 オレは泣きわめくメルメルを説得するのにその夜の時間を費やすことになるのだった――。

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