13.醜いアヒルは白鳥の夢を見るか

 モコのありがたいお告げの通り、氷の壁に反射した光を追って数時間、歩きに歩いた結果、オレとメルメルはついにその光のゴールを発見したのだった。

 深い渓谷の奥に潜む様に横たわっていたのは、異世界ファンタジーには似つかわしくない、人工的な機械の塊だった。

 流線形のシルエットに、メタリックな素材。そして、破損している部分から零れているのは何かの配線だった……。


「な、なんだ、これ……」

 オレは流石にちょっとばかり驚いた。想像していたようなものではなかったからだ。

 魔法の鎧があると予言されたその場所は、オレの中で神聖な祠とか、はたまた闇の深い洞窟の奥とか、そういう処にあるのかと勝手に想像していた。

 しかし、今目の前にあるものは……。


「まるで、宇宙船……」


 SFに出てくるスペースシップが、渓谷の奥に墜落するような形で隠れていたのだ。

 墜落したと言うのは、その船体の損傷がかなりひどいものだったから。翼は折れていたし、側面には大きく穴が空いていて、そこから中に侵入もできそうだった。


 損傷の度合いと、苔むしているところから、随分前にここに墜ちたのだろうと思われる。

 オレは周囲の状態をざっと探って、船体内部に入るにはドテッパラに空いている穴から入るしかなさそうだと考えた。


「あ、アンチ……これ、なにか分かるの?」

 不安げな表情でメルメルが聞いてきた。オレもはっきりとは回答できないが、おおよその見当で返す。

「……分かるというか、想像だが……たぶん船だな」

「船? じゃあここは海だったの?」

「いや……そうじゃなくて……。まぁいい。オレも未知の分野だから分からん。とりあえず中に入るぞ。オレの想像通りなら、『魔法の鎧』の正体はおそらく……」


 この世界の人間に、星の海の話をしたところでどこまで理解できるのか不明だ。オレは宇宙に関する話題は避け、すっかり苔の生えてしまった宇宙船の内部に入り込む。

 この宇宙船の大きさはそこまで大きくない。せいぜい人は四人くらいが乗る程度の小型なものだ。

 突如出現したファンタジー世界の朽ちた宇宙船――。


 ――呪いは空気を奪うという。その呪いに対抗する魔法の鎧とはすなわち……。


「あった」


 オレは船体の後部の辺りに備え付けられている宇宙服を見付けた。おそらく、これが空気を奪う呪いに対抗するための鎧……であっているだろう。

 昔映像で見た月面着陸映像で、宇宙飛行士が着ていたようなベタベタの宇宙服がそこにあり、オレは矢張りと一人頷いた。


「これ……鎧、なの? なんだか変なカタチ」

「たぶん、これで合ってると思う。……損傷もなさそうだし……随分前の物のようだけど、機能するんだろうか……」

「着て見て」

 メルメルが大きな瞳をキラキラさせていた。自分の夢見の賜物がこうして目の前で成就するのであるから、気持ちは盛り上がっていたことだろう。

 しかし、オレも宇宙服を着るとは思っていなかったので、ちょっとばかり尻込みする。


「……オレが?」

「だって、アンチが救世主だし」


 そう言われたらそうなんだろうが、宇宙服の着方なんぞ良く分からない。とりあえず、ハンガーにかかっている宇宙服を眺め、どんな具合なのか確認する。まるで金魚鉢のようなメットに、着ぐるみのような造りをしている服。

 多重構造になっていて、内側はジッパー。外側から更にマジックテープで固定するような感じだった。そして背中の部分にはリュックサックだかランドセルだかのバックパックが取り付けてある。ここがそこそこ重量を持っていて、着込むだけでずしりとしそうだった。

 オレは少しばかり戸惑いながらも宇宙服を着込む。宇宙服の腰付近から頭を突っ込むようにして、着ぐるみの要領で体を中に入れていく。着ていたパーカーの上からではぶかぶかして着づらかったので、パーカーは脱ぎ捨て、シャツの状態で着込んだ。

 宇宙服を着こむと、ちょっと体の動きに違和感を感じつつも、サイズ自体はちょうどよさそうで、問題がない。その後、メットをかぶると、メットは首の部分とカッチリ合わさって完全に密閉されるつくりになっている。

 着ている時に気が付いたが、首筋の付近にボタンがあり、そこをカチンと押せば、メットと服を固定したのち、ランドセルからシュウシュウと酸素が送られているようだった。


「間違いない。これが魔法の鎧だ」

「……す、すごい……。ほんと、だったんだ……」


 メルメルは自分で予言したというのに、それでもこうして実物を見るまでは信じられなかったのか、驚きながらも嬉しそうに宇宙服姿のオレをまじまじと見ていた。

 とりあえず、これで準備はできたという事だろう。

 あとはこの宇宙服を使って、空気のなくなった山に行き、その原因の呪いの正体を突き止めればいいだけだ。


「じゃ、もどるか」

「もう? この船のこと、調べないの?」

「……調べると言っても……」


 正直、なぜこのファンタジー世界に宇宙船が墜落しているのか興味はあったが、別段労力を割いてその理由を突き止めようとは思わない。オレの目的はあくまで呪いを解くことであり、ここで余計な情報を知ったことで新たに発生するイベントに取り掛からなくてはならない可能性を考えると、寄り道クエストを消化するより、最速クリアで終わらせてしまいたいというのが心情だった。


「……まぁ、正直ここまで歩きっぱなしだったから、ここで休息がてら物色するくらいはしてもいいが……余計なものに触って問題を起こしたくはない」

 オレの言葉に、メルメルもこくりと頷いた。


「そういや、お前以前に、この谷で修業をしたとか言ってたが、この宇宙船の事はまったく知らなかったのか?」

「うん、ここは長老さまが立ち入りを禁止しているところだから、普通は入らない。里の人も、ほとんどこの場所のことは知らないと思う……」

「ほー……」


 オレとメルメルは、宇宙船内を色々と観察したりしながら、雑談をする。苔と埃にまみれた船体の壁をなぞり、そこに書いてある文字を目で追いながらぼんやりとしていた。

 オレはメルメルの話に、ちょっとばかり引っかかるところがあって、思案をしていたのだ。

 ――なんで、長老はここらを立ち入り禁止にしたのだろうか、と。立ち入り禁止にする理由は、すなわち、そこに立ち入ることで問題が発生する可能性があるからだ。

 ……この辺りに踏み入ることで、発生するかもしれない問題。……今となってはその理由も分かる。この宇宙船を、長老はみつけていたんじゃないだろうか、と。

 得体のしれないこの鉄塊をみた長老は、里の人間には近寄らせないほうがいいだろうと考えたのだ。さわらぬ神に祟りなしということだろう。


「ん」

 オレはふと、破損の酷い宇宙船を観察していて、奇妙な感覚に周囲を見回した。

 ……なんだ、なんかおかしいと思う部分がある。

 周囲には碌に作動しない機器の数々。SFにありがちな小難しいパネルとコンソール……。操縦桿……。

 そして、宇宙服を着こんでいるオレの腕が視界にちらりと移りこむ……。


「!!」


 オレは違和感の正体が分かった。そして、この宇宙船の秘密に俄然興味が沸いたのだ。

 オレはメルメルを呼び、自分の腕を指さして、訊いた。


「メルメル。これ、読めるか」

「え……分からない……。文字、みたいだけど……」


 オレの右手の甲はいま、宇宙服の手袋に包まれている。その宇宙服には刺繍のように文字が入っていた。『BOEING』と。


「ボーイング……。地球の、アメリカの航空宇宙機器開発製造会社の名前だ。この文字は英語だよ」

「ぼーいんぐ? 英語……、アメリカ?」


 違和感が違和感になっていなかったので自然に受け入れてしまっていたのがオレの『違和感』だった。

 宇宙船の機器に色々と書き込まれている文字は、英語だったのだ。この世界にはこの世界の文字や言葉がある。地球のそれじゃないはずだ。この宇宙船は、地球から飛び立ったものが、この世界に墜落してしまったものじゃないのかとオレは想像した。


「……なるほど……。これが物語のカタルシスになるわけか、モコ……」

 このAWSはモコが作り出した異世界転移物語だ。物語である以上、起承転結があり、物語が進むにつれて判明する驚愕の事実、みたいなのがあるわけだ。

 それが、おそらくこれなんだろう。どういういきさつで地球の宇宙船がこの世界に堕ちたのかオレには分かっていないが、自分の世界の文明が異世界にあることで、色々と空想が生み出されるわけだ。

 たとえばそう、こんな空想だ――。


「メルメル。お前、孤児だったんだってな」

「……うん」

「長老が赤ん坊の頃、拾って世話してくれたって?」

「そうだ……」

「……お前、両親がどうなったのか、長老に聞いたことはあるのか」

「あるよ、でも長老も知らないって」


 ……オレの空想は、こうだ。

 メルメルは、この宇宙船の中で長老に拾われたのではないか――。

 ある日、谷に墜ちた流星を追って長老は、この谷の奥までやって来た。そこで、この宇宙船を見付け、おどろいた。もしかすると、予言として、長老も何かを見ていたのかもしれないが、そこで長老は一人の赤子を発見したわけだ。

 それが……メルメルだとしたら……? ひょっとしたら、メルメルはこの世界の住人ではないのかもしれない。寧ろ、オレと同じ星の、地球人の可能性すらあるのだ。……最も、オレの時代で宇宙船なんて作られたって話は聞いたことがないから、遠い未来の地球人かもしれないが。


「……なるほど、『醜いアヒルの子』か……」

 アヒルの群れの中、醜いひなが生まれた。その雛はアヒルたちからいじめられ、群れから追い出されるのだ。

 生きる事に疲れたひなは、死に場所を求めるように白鳥の湖に行き、その水面に映った成長した己の姿を見て、初めて自分がアヒルではなく、白鳥だったと気が付く――。


 ……もしそれが本当にそうなら、メルメルにとっての白鳥の湖は、地球になるのだろうか。はたまた、このオレ自身が白鳥なのかもしれない。

 オレはそんな自分の空想がもう丸っきり外れているとは考えられなくなってしまった。

 しかし、メルメルが白鳥となるか、アヒルとなるかはオレが決める事ではない。メルメル自身の問題なのだ。オレは彼女に不要に踏み入る事を止めるべきだと思った。


「まぁいいか」

「な、なにがいいの。アンチだけ分かってないで説明しろ?」

 メルメルが腑に落ちないらしく、オレを睨むようにして覗き込んできたが、オレは誤魔化して言う。


「呪いを解いて、お前に見せてやるよ。シンデレラストーリーってのをさ」

「言ってる意味がぜんっぜん、わからなーい!」

 オレの目的は変わらない。メルメルがこの世界で暮らしていけるようにしてやるだけだ。それ以上の事はオレではなく、メルメルが自分でどうするのかを考えて動けばいい。

 もう、ベタベタの異世界転移ストーリーに乗っかっていくのは十分だろう。ここまでそれっぽく物語を進めてやれば、体裁は保てる。

 異世界転移で大成功する人生の虚しさ、無意味さというのを知らしめてやろう。

 魔法の鎧を着込んだオレは、その中でいよいよ『アンチ』として活動するため、にたりと笑みを吊り上げた。


 自分の世界と向き合って、くそったれな現実を見て、足掻くことの苦しさと、醜さ……、そしてその理不尽さの中で手に入れる誇りを見せつけてやる。


 オレが初めてAWSした時に見せた娘の頑張りは、報われなかったが立派だった。足掻き、もがき、動いた。重要なのは、――そう。

 。結果ではない。人が生まれた意味などない。死ぬ理由もない。価値は過程の中にのみある。

 誇りをなくせば人は世界に不要な生き物でしかない。人はこの世で生きる何者よりも最底辺なのだから。


 醜いアヒルは、なぜ白鳥なのにアヒルの中で生まれたのかはどうでもいい。美しい白鳥だと気が付いた事もどうでもいい。

 醜いアヒルは、蔑まれながらも自力で白鳥の元にたどり着いたという事が、何よりも美しいのだ。

 

 このオレ、アンチはそう思う。


 ……決まった。

 見事なラノベ主人公の一人語りがばっちり決まった。

 オレはしっかり異世界転生モノの主人公をやれていると胸を張る。


「アンチ? そろそろ行かないの?」

 メルメルが動かないオレを促したが、オレはその場で微動だにしなかった。


「……」

「アンチ?」

「……この宇宙服、重すぎる……」


 総重量は百キロを超えているのではないだろうか。これを着て移動するのは正直ムリな話だと思えた。

 ちょっと船内を歩いただけでもう、オレは限界だったのだ。

 何かないのか、これを着たまま自由に動くような手段は……。


「あ、アンチ……これ、つかってみて」

「あ?」

 メルメルがローブの襟の中から何か淡く発光する首飾りを取り出した。厳密に言うと、首飾りが青く発光しているのではなく、首飾りにつけられた宝石のようなものが輝いていた。


「軽くなると、思う……。あたしの、本当の親が残した形見なの」

「……いいのか」

「貸すだけ、だから」


 オレはそれを受け取ると、不思議な感覚に包まれた。

 その宝玉が自分の重みを軽減してくれるようだった。


「なんだ、これ」

「魔法の石だって聞かされた。生まれた時にあたしが持ってたらしいけど、あたしは良く知らない。でも、それを持ってると、体重が半分くらいに軽くなるの」


 オレは、領主の館でメルメルと初めて会った時、彼女の身体を持ち上げて妙に軽い事に驚いたことを思い出していた。

 あれはメルメル自身が極端に軽いのじゃなく、この石の力もあったということだろうか。そういえば、メルメルはオレがひいひい言いながら歩いた距離も、なんなく歩いていた。あれは身体が羽のように軽いからこそ、疲労感もあまり感じなかったのかと、色々なことに合点がいった。

 オレはその宝石をもって歩き始めると、自分の身体が自由にコントロールできるのを確認し、そして確信した。


 やはり、メルメルはこの宇宙船でやってきた人間で間違いないだろう、と。

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