12.グッドエンドもトゥルーエンドも望まない

 メルメルの家具から使えるものだけ回収したオレ達は、そこでテントを張り、一夜を過ごすことになった。

 テントには結界が張ってあり、邪なる敵意を持ったものを近づけないので安全ではあるが、気温までは防いでくれなかった。

 今やこの渓谷はメルメルの放ったチート魔法のせいで極寒の世界になっていたので、オレとメルメルは震えながらテントのなかで小さくなっていた。


「さ、さむっ……。こんな中で寝て、凍死しないのか」

 よくあるシーンの一つに、雪山にて遭難し、『眠るな、死ぬぞ』みたいなのがあるのを思い返して、オレはぞっとしていた。

 また、そういうシーンの続きとして、なぜか裸で暖を取るというエロシーンにつながることも想像していた。

 ……まさに、今現在、狭いテントの中で凍えそうになっているオレ達は暖を取る必要があるのだが……。裸になって抱き合うなんぞできるはずもない。

 と、いうかそもそも裸で人肌で温めるというのはガセだろう。……しかし、別に裸になることは置いておいても、密着しあうのは暖を取るうえで必要なことでもあった。


「め、メルメル。こ、こっちにこい」

「…………う、うん」


 オレは狭いテントでメルメルを手繰り寄せた。てっきり、また悲鳴を上げて逃げるかと思ったが、メルメルは素直にこちらに寄り添ってきた。

 それだけ寒さのほうが上回っていたのかもしれない。少しばかり警戒するようにではあったが、メルメルはオレの胸に頭をうずめるようにして寄り添ってきた。


「…………」

 妙に素直にくっついてきたメルメルに、オレが逆に狼狽える。誘ったのはオレなんだが、そこでメルメルが嫌がる事を想定した。そのワンクッションがあることで、オレは仕方なくやるんだぞという免罪符を心の中に設置するはずだったのに、メルメルは少し恥じらうようにしてからそっと身体を密着させる。

 ……この状況が、オレの内側をドキリとさせてしまう。

 オレは自分の中の高鳴りをメルメルに気づかれないように、平静を装いながらメルメルを抱いた。


「……あったかい……」

「……まぁ、少しはな」


 そこで少しだけ沈黙が訪れた。メルメルを抱き込む様にすると、不思議なほどに彼女の身体は熱をもっていた。彼女の言葉から察するに、オレの体温も彼女にとってそうだったのだろうか。

 ――どう会話を続けていいか分からない。というか、会話を続ける必要なぞ無いではないか。さっさと眠りに落ちてしまえばいいんだ。この状態ならきっと凍死はしないだろう。

 オレはそのまま眠ろうと、瞳をきつめに閉じる。

 だが、まったくもって眠れるような余裕はやってこなかった。


 ……もうこの際だから、はっきりしてしまおう。オレはこのメルメルに、人並みの感情を抱く様になってしまったのだ。

 AWSという神々のお遊びの中で登場するキャラクター。言わば二次元の存在のように考えるようにしていたオレは、どこかこの世界の住人に対して俯瞰で見るような対応をしていた。

 だが、メルメルの事情を聞かされてから、こいつもこの世界で必死に生きている人間なんだとオレは思うようになってしまった。

 その理由は、メルメルの境遇がオレと似ていたためだろうか。


 生まれながらに親からは見捨てられ、オレを育てる事が面倒だという親戚。

 早く自立をしなくては生きていけない状況だった。だから、オレはくそったれなリアルに認められるように歯を食いしばって生活していたのだ。


「アンチ……?」


 胸のなかで小さな声がした。

 メルメルは顔をあげず、オレの胸に顔を埋めたままに名を呼んだ。


「……なんだ」

「……あ、あたし……も、……いよ……」

「あ? なんだと」


 メルメルがまた前みたいに霞むような小さな声になったので、オレは聞き取れず聞き返す。

 すると、メルメルは更にオレに顔を押し付けるようにして、きゅっと丸くなった。


「……いい、よ……」

「? なにがいいって?」

「……しても……いいよ……。……にんしん……」


 一瞬にして呼吸の仕方を忘れてしまったオレは、例のモコのぶっとんだ設定もあながち嘘じゃないかと思えた。

 メルメルの言葉に、オレは呼吸を止めて、そしてむせかえった。


「んぶぇ、ゲホッ、ォホッゴホッ! ……何言ってんだ、駄阿呆ッ……!」

「……アンチ……、悪い人じゃない……し……カミサマも、……言ってたし」

「流されるなッ! オレはな、そーいうチョロアマヒロインをこれまで何人もアンチしてきたんだよッ! 簡単に股を開く女なぞ、逆にうさん臭いわ!」

「……か、簡単じゃない……。こ、こわいもん……」


 あー、もうこれだよ。なんでこうも男に簡単にホレるかね。男の願望叶えまくりの生っちょろい物語作りかよ……。


「冷静になれ。お前は、これまで人に優しくされたことが少ないから免疫がないんだ。オレにちょっと心を許しただけであって、それは恋愛感情や愛情じゃないんだ。落ち着け」

「で、でも……アンチなら……いいかも……って思う……」

 オレはメルメルに諭すように言うわけだが、メルメルは割りと真面目そうに言う。本当に、オレに抱かれてもいいと考えてだろうか……。しかし、彼女の身体は緊張して震えているのが手に伝わってくる。オレは溜息をひとつ吐き出して、もう一度落ち着かせるように伝えた。


「怖いんだろ。やめとけ」

「…………ご、ごめん……。あたしのことばっかりだった……。アンチが、嫌だよね。あたしとなんか……」


 このメルメルはこれまでまともに人の愛情を受けて育ってきていない。だから、他人から親身になって対応されたことでコロっと気持ちが転がってしまっただけだ。

 つまり、男を見る目がないんだ。

 正直に言って、オレの事を好きだと言う女が居れば、それはオレを利用するための方便かはたまた文化の違う異星人みたいなもんだろう。


 ……まぁ文化が違うのは該当するかもしれんが、正直オレよりいい男なら、この世界にいくらでもいるはずだ。


「お前がイヤなんじゃねえよ」

 オレは、もうそれ以上言葉として口から何も出せなかった。何を口に出してもなんだか上っ面と言うか、薄っぺらいというか、何も伝わらないだろうと思えたからだ。


「あと、言っただろ。自分を否定するな……」

「うん……」

「いいからさ……早く寝ろ。お前の夢見で、カミサマとっ捕まえて、魔法の鎧の在処でも聞き出してくれ」


 こくり、とオレの腕の中で、うずめた頭が動いた。

 メルメルの思いがけない発言のおかげか、オレもメルメルも体温が上昇したようだ。

 少しばかり汗ばむくらいには――。


 翌朝。

 朝日が氷の壁に乱反射してキラキラと網膜を照らした事でオレは朝が来たことに気が付いた。

 そして、またメルメルがエロエロになっていないかハッと体を起こしたが、テントの中にメルメルはいなかった。

 オレはテントから這い出すと、そこには待ち構えていたように仁王立ちするメルメルが、ドヤ顔をして見下ろしていた。


「ふーはははー! 偉大な予言が降臨した! 心して聞くのだー!」

「……ああ、はい」

「光をたどるのだ、さすれば道は開かれるであろー!」

「……それっぽいが具体性がないので、イミフだぞ」


 光、と言われても、現在朝日に照らされた渓谷の氷がキラキラと至る所で煌めいている。『光をたどる』にしても、どこも光だらけで辿るもクソもない。


「えっ……分かんないの、アンチ……」

「は? 分からんが……」

「え、えと……それじゃあ、分からない時ようの予言です」


 ……え、なにそのイージーモード用みたいなの。


「こっちに立ってください」

 メルメルがとことこと歩いていき、いつの間にやら地面に〇印が描かれているところを杖でつついた。

 オレはそこに歩いていき、言われた通りに立つ。


「そこで、ナイフを抜いてー」

「抜いた」

「朝日にかざしてー」

「こうか」


 すると、ナイフの刃渡りに照りこんだ朝日がきらりと輝く。その光線が氷の壁に当たってはレーザービームのように次々と反射を繰り返し、光の道筋を生み出した。


「おっ、なんだ。ファンタジーっぽいじゃん。これをたどればいいんだな。なぜ最初から具体的に言わなかったんだ」

「……予言者っぽくしゃべらなきゃと思って……。カミサマは『バミっといたから、朝日を反射させてねー』って言ったけど、そのまんまじゃカッコ悪いと思った」

「……悪かったな、カッコ良くできなくて」

 一応解説しておくと、バミるというのは舞台用語で、役者がその位置で演技をするという目印みたいなヤツだ。ともあれ、これで行くべき方角は分かった。光をたどり、進めばいずれ予言の魔法の鎧を手にすることもできるだろう。


「ったく、要らん世話を焼かんでいいぞ」

 オレはメルメルにそう告げて、テントを片付け始めた。携帯用の保存食を朝飯にして、いよいよオレ達は目的のアイテム、魔法の鎧を目指し歩き出したのだった。

 オレはさっさとこの冷え切った渓谷から抜け出したかったので、若干急ぎ足でイベントを終わらせてやろうと進んでいた。

 それに早く終わらせたいのは、このAWSそのものでもある。

 あんまり長くこの世界に付き合って、メルメルに感情移入すると、色々と面倒なことになりそうだと思ったからだ。オレの少しばかり予言者の少女に傾いた気持ちを整えるように、メルメルとは一線を引く様に構えて今後に挑もうと思いなおす。

 ……だが。


「あ、アンチは……どこから来たの?」

 とか。


「アンチ、小さいころはどんなだったの?」

 ……とか。


「アンチの好きな食べ物はなに?」

 とか、訊いてくるようになった。

 ……オレに対して、懐き始めているのだと分かってしまった。まるで犬っころのように尻尾を振ってオレの話題を聞きたそうに顔を向けてくるのだ。

 おそらくメルメルはこれまで孤独に過ごして来たであろう。だからこうして仲間が出来た事が嬉しいのだろう。

 ……このままじゃ情が移る……。オレはそう思いながらも、メルメルを完全に突っぱねるような態度には出る事が出来なかった。


 ――仲間が欲しい――。

 それは分かる。オレだってかつてはそうだった。だが今は、その仲間が絶望を与える事も知っている。

 仲間と言えど、オレが本当に助けてほしい時には誰も助けてくれないのだ。

 それが世の中だ。

 なまじ人に期待を抱いた分、絶望は膨れ上がる。ならば最初から人には期待をするべきではないのだ。どうせこいつとも、この世界の物語を終えたら別れるだけの関係なのだから。

 濃密な関係を築いたって無駄なのだ。会者定離という儚さと無情を思い知るばかり。


 だから、オレは『人は独りでは生きられない』という言葉が大嫌いなんだ。

 人は群れても生きられない、とオレのような人間は思うのだ。そもそも存在を許されないオレのような人間は。


 オレが生返事でメルメルの質問を流し、あまりメルメルに懐かれないようにしようとしているのだが、メルメルはそれでもオレとの会話を楽し気にしていた。

 いや、たぶん違う。

 メルメルはわざと悪いほうに考えないようにしているのではないだろうか。

 今は前向きにいたいと願うあまり、最悪の状況になるという不幸を考えないようにしているのだ。だから、メルメルは儚い人の関係にしがみついているだけなんだろう。


 そして、そんな彼女を見てオレは思った。

 こいつをこの世界に認めさせることがオレの役割ではないか、と。

 つまはじきにされ続けたメルメルの居場所を作ることで、オレに依存せずともこの世の中で立派に生きていけるはずだ。そうしたら、オレと別れても彼女は生きていけるだろう。幸せに。それこそオレよりもいい男との子も授かるだろう。

 オレはこの世界に残るつもりなどさらさらない。

 必ず自分の世界で、生きて死ぬ。これはただのお遊びで、寄り道でしかないのだ。


 決めたぞ。オレのアンチ冒険記の目標。


 それは、この異世界を襲う危機なんぞ二の次として、ただ、この憐れな小娘の居場所作りのためだけに、動いて見せよう。


「アンチ!」


 そう言ってオレを見つめる琥珀色の髪の少女に、オレは笑みを返してやった。

 メルメルは、そんなオレを見て、ちょっと赤くなるのだった――。

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