11.気が付いたボーイ・ミーツ・ガール

 メルメルはこの予言者の里の生まれではなかった――。

 彼女はどうやら、幼いころにこの里に捨てられた孤児であったそうだ。そのため、この里に生みの親どころか家族と呼べる者はおらず、天涯孤独に生きてきた。

 里の一員として赤子の頃は長老に世話になりながら暮らしてきていたそうだが、その長老も数年前に亡くなり、メルメルはついに独りで生活することになった。

 メルメルは里の人間ではないというレッテルがはがれる事はなく、その後里の人間からつまはじきにされ、蔑まれ続けたらしく、予言者としての修行も満足にできないまま周囲からはデキソコナイと呼ばれていたそうだ。

 そんなデキソコナイに、ある日夢見のお告げが行われた。そして、彼女は終焉の予言とされる最重要の役割を担う事となったのだが、それに対して周囲の人間はいい顔をしなかったようだ。

 メルメルが予言を領主に伝えに行くことも、あわよくばのたれ死ねとすら思われていたらしく、案の定、彼女が里から旅立ったその日に彼女の家は片づけられたのだ。


 そんなメルメル本人は、里から旅立つ折に、こんな自分でも認めてもらえるチャンスが来たと思っていたらしい。

 メルメルは小さな体に精一杯の勇気を携え領主の屋敷に予言の報告に向かったのだ。

 これできちんと予言者としての任を全うできれば、里のみんなに認めてもらえると、健気にもそう考えていたのだ。

 ……しかしながら、その想いはこうして里帰りをしたその瞬間に打ち砕かれた。


 救世主たるオレ、アンチを連れてきた彼女に突き付けられた現実は、自分の居場所を抹消させられていたという事実だった。


 ――なるほど、悲劇のヒロイン。そういう設定かと、オレは俯瞰視点で物事を捕らえるように、冷静に分析した。

 確かに、そういった悲劇から救う事で、ヒーロー度合いが上がる英雄譚も多々ある。つまり、メルメルはオレの英雄譚の演出付けのために不幸な星の下に生まれたというわけだ。


 ――実に気に入らない設定だ。

 現実ならば、誰もが大なり小なり不幸は抱えて過ごしている。その不幸が幸せのためのエッセンスにできる人間はごくわずかだ。

 たいていの人間は、その不幸に潰されて歪み、苦しむばかりなのだ。


 不幸から逃れたいなら、異世界に逃げ込まず、自分のリアルと向き合って叩き潰していくのが、責任感であり、生まれた誇りだろう。

 メルメルに関しては別に異世界に逃げ込んだという枠には当てはまらないが、憐れな人を救うための英雄のダシにされている状況に同情した。

 そして、同時に、オレはメルメルに自分を重ねてしまいそうになる。


 自分は自分だ。同じ人間はいないし、境遇が似ていても、オレとは違う。自分を他人に重ねる愚かさを知っているオレは、メルメルの涙に歯がゆさを覚えていた。


「とりあえず……」

 オレは身体を起こし、ケツに付いた埃を払い落としてメルメルに視線を投げた。

 メルメルはオレのほうを見つめ返して、ぐしぐしと涙を袖で拭き、口をきゅっと結ぶ。無理やりに気丈そうな表情を作り、なんでもないように繕いなおす。


「谷底に行くぞ」

「い、今から? つ、疲れてるんでしょ。明日にするって、言ってた……」

「あの里にいるほうがムナクソ悪くて吐くわ」

「……」


 仮にもメルメルの故郷に対して、きつい言葉ではあるが、オレは一々空気を読んで発言なぞしない。思った通りに動くだけだ。

 だから、オレはオレのやりたいようにするため、谷底行きを急行する。


「あいつら、お前の家具を谷底に投げ捨てたっつってたろうが。……どの辺に投げ捨てたと思う」

「え……」

「……お前の荷物の中に使えるアイテムがあるかもしれんだろ」

「さ、捜してくれるの……?」

「この手のイベントは、こなす事で便利アイテムがゲットできるからだよ」


 メルメルがまだ赤い目元を大きく開いた。オレは、そんな純粋そうな反応が見ていられずに顔を背けてそれっぽい言い訳で回答した。

 そして、投げ捨てられとしたらと推測を立て、メルメルは谷底の案内を開始し始めた。

 オレはそのメルメルに続く形で、ついにズンドコの谷に下りていくのだった。


 時刻としてはすっかり夕暮れ差し迫る頃、オレとメルメルはズンドコの谷に下りたち、暗く狭い谷底を足音を響かせながら歩いていた。

 谷底であるため、仕方ないがどうにも辺りが暗くて嫌な雰囲気が漂っていた。

 そろそろテントに入って休むべきかと思われたが、メルメルが自分の荷物を早く見つけたそうにしているのを見ると、もう少し頑張るかと考え直してしまう。

 ともあれ、疲労感を誤魔化したくて、メルメルに何気ない会話を振ることにした。


「そういや、お前……今朝がた何か夢を見たんじゃないのか。カミサマの事を寝言で言ってたぞ」


 メルメルがエロエロになっていた時の話だ。あの時の事を思いだすと、いまだに彼女の身体の感触が指先に蘇ってくるので、ちょっとばかり両手にぎゅっと力を込めた。


「……あ。そうだ。お告げ、あった」

「どんなだ」


 どうせモコの事だから碌なもんじゃないだろうと思ったが、あいつは現在演出家みたいなもんだから、役者のオレとしては監督の意見には耳を傾けておく必要はある。

 メルメルはそこで前に立って歩いていた足を止め、ばっと、ローブを翻すような勢いで仰々しく振り向く。

 そして杖を天に掲げつつ、身体を大の字に広げる。


「ふーっふっふっふっ! 我が終焉の予言者の、夢見のお告げを聞くのであるぞー!」

「……」


 メルメルは、水を得た魚のように、へっこぽさがにじみ出ているドヤ顔でポーズを決める。変に声色を変えて厳かにしようとしているのだろうが、……まぁメルメルの素の声が可愛いもんなので、背伸びをしたくてしょうがない年頃の娘っ子にしか見えない。


「偉大なる神様は、こうおっしゃられた。『明日はほとんど曇りだよ』と!」

「天気予報じゃねえかッ」

「あと、夕飯はマーボー豆腐がいいって……」

「願望になってるぞ」

「……あと、気持ちいい事すると、いい事があるって……」

「……それは却下だ」


 どんだけそっちに話を持っていきたいんだ。オレは呆れつつ、この谷にやってきたそもそもの動機を言及する。


「そうじゃなくて、この谷に例の呪いを弾く魔法の鎧があるんだろ。この谷のどのあたりにあるのかとか言ってなかったのかよ」

「う、うん……ご、ごめ……」

「お前が謝ることじゃないだろが。言うな」

「お。……おう」

「いいか。他はいくらでも否定していいが、自分自身だけは絶対に否定するな。オレについてくるならそれだけは徹底しろ」

「わ、わかった……。あ、アンチ……」


 メルメルはちょっとばかり強張った顔をしていたが、素直に頷いてそれから少しだけ、はにかんだ。

 そんな顔が年相応で、オレは不覚にも少し萌えた。


「……なんか白けた。おい、今日はここらで一休み……」

 オレはもうここでテントを張ろうと提案しかけたのだが――。


 メルメルの後方。ごろりと一つ岩が転がっているのだが、その岩陰に何やらゴテゴテと積みあがっている陰が見えた。


「おい、メルメル。あれ、お前の家の家具じゃないか?」


 オレが指をさし、メルメルに教えると、メルメルは振り返り、それを確認するなり駆け出した。

 オレはもう棒のようになっている足に鞭うって、メルメルを追うと、その岩陰の傍に散らばっていたのは、様々な家具の残骸と生活用品の数々だった。

 高い崖上からここに投げ捨てられたため、家具は岩にぶち当たり、見事に損壊していた。他にも陶器の破片やら、衣類やら、正直ゴミとしか呼べないようなものが散乱している。


「……メルメル」

 オレはその惨状にせめて慰めの言葉でもかけてやろうとしたが、メルメルは散らばるそれらの中から小さなボロボロの木の枝らしきものを見付けた後、オレに振り返り、初めて見せる笑顔をまぶしく輝かせていた。


「あった! 無事だった! おじいちゃんの杖!」

「あ? ……ああ、そう」

「アンチ! ありがとうっ」

「……知るか。なにそれ」

 オレは褒められることになれていないため、どう返していいか困惑してそんな言葉しか出てこなかった。


「おじいちゃんが使ってた杖……。形見になっちゃったけど……、すごく大事にしてた」

「ああ、そう。オレには木の枝のくらいにしか見えないけど」


 メルメルが持っている杖のほうが立派なようにも見えた。その形見の杖は、見た目としては指揮棒のようなコンパクトなサイズの、まさに枝のような杖だったからだ。

 オレがもしそれを見付けていたら、焚き木にしていた可能性を否めない。

 おそらくメルメルのおじいさん、つまり里の長老が使っていた杖だから、それなりに凄いものなのだろう。

 その細い枝のような杖を大事そうに胸に抱き、メルメルは他の家具には目もくれず、暫し形見を愛でていた。


「まぁ、大事なものなら見つかってよかったな。他に使えそうなものはないのか」

 オレは辺りを物色して散らばる家具を整理していた。

 とは言え、大抵のものは破損していて利用できるものはない。せいぜい無事だったのは、タンスの中のメルメルの服や下着くらいだった。


「メルメル。パンツがあるぞ」

「ひっ――。だめぇええっ!!」


 オレが壊れた箪笥から、汚れていない下着を見付けたのでメルメルに教えてやったというのに、メルメルは真っ赤な顔をしてオレに向け、長老の杖を振りかざした。

 その瞬間――。


 バキィィィィッンンンッッ!!


「……ッ! ……ッッ……!?」


 メルメルの魔法が発動していた。

 これまでのメルメルの魔法なら、小さな氷がコロコロと出てくる程度の製氷機でしかなかったのだが……。

 オレはひやりとして、その場から暫し動けなかった。

 背後に凄まじい冷気を感じていた。空気中の水分を全て氷漬けにしたのだろうか。そこはもう極寒の世界になっていた。

 オレの背後には、永久氷壁とも言える氷の壁がそびえていたのである。それは渓谷の壁であった崖だったと、気持ちが落ち着いてやっと分かった。

 つまり、メルメルは、この渓谷を、たった一発の魔法で氷に閉ざしたのだ。


「……な、ななな……何したんだ、お前……」

「ま、魔法……だ」

「ケタ外れに威力が上がってるじゃねえかッ!!」

「……お、おじいちゃんの杖の力かも……」


 オレはぞっとした。そして身震いした。

 杖が違うだけでこうも威力に差がでるものなのか。そして、普通にサムい。気温がぐぐんと落ちて行っているのが分かる。


「おい、魔法を解除しろ……寒すぎる……」

「…………?」


 メルメルは「はて」と首をかしげるだけで、氷の世界となった渓谷になす術をもたぬようであった。

 ……力を制御できない人間に、チートアイテムはあまりに危険だと、オレは青ざめた。

 そのまま、メルメルの手から木の枝のようなチート杖を没収した。


「あー」

「これはオレが預かる……。きちんと魔法を制御できるまで使うな」

「お、おじいちゃんと同じこと言う……」


 ああ、うん。なぜメルメルが家に形見の杖を置いてきたのか理由がはっきりした。

 メルメルのおじいさんも、メルメルが一人前になるまではこの杖を使わせることで危ない目にあうだろうと懸念していたのだろう。

 その遺言のために、メルメルは自前の杖を用意して旅に出たのだろうが、こうも差がでるとは思わなかった……。


「つ、杖はいいからっ……」

「あ?」

「返して……」

「あぁ? 何が」

「ぱ、ぱんつ……」


 オレはすっかりと忘れていた左に握りしめていた布切れを見て、メルメルに手渡した。

 すっかりデリカシーというものを忘れかけていた。でもそれには理由があるんだ。

 メルメルの事をちょっとばかり、可愛いと思いだしてしまっている自分がいる事に気が付いていたから、オレはコイツの事を女として見ないようにと考えていた。

 だから、デリカシーとかそういうのも投げすてて考えていたのだと、弁明させてくれ。


 ――そして、そういう弁明が、すでにオレがこいつのことを、女の子として見ているのだという証拠に他ならないと、ぱんつをかくそうと恥じらうメルメルを見て思うのだった……。

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