10.埃クズの誇り
歩き続けて昼下がり。
オレとメルメルは、ついにメルメルの故郷である予言者の里までやってきた。
予言者の里は、こんじまりとした集落といった様子で、小さな家がいくつか立ち並ぶ、街とは言えないところだったが、それでも人の生活の空気を臭わせている場所は、ひたすら荒野を歩いてきたオレからすれば立派な里だと感じられた。
メルメルも故郷に帰ってきて、一安心しているだろうと思ったのが、彼女の顔は不思議と落ち込んでいるように見えた。
「メルメル、今日はここで休んで、明日改めてズンドコの谷にいくぞ」
「……うん……」
「……? お前の里だろ。寝泊りできる場所はあるんだろ」
「……あたしの家があるから……そこなら……」
メルメルはまた声が小さくなっていた。自己主張を最小限に留めようとする気配を感じる。なぜ自分の故郷にありながら、こうも沈んでいるのだ。このタイプの人間は引きこもり型だろうから、てっきり自宅に戻ってきて安心すると思っていたのに。
ともかく、そのメルメルの家に連れて行ってもらおう。旅の疲れを癒したいし、今夜こそ、余裕をもって眠りたいところだ。
オレはメルメルに続いて、里を歩く。店のようなものはない。なんというか、ド田舎という印象がする。途中、里の人間と思しきヤツを見かけたが、こちらに声をかけることもなく、じろりと嫌な視線を向けてきて何やらブツブツと言っているだけだった。
予言者というのは、根暗なヤツしかいないのか?
オレはメルメル同様に、コミュニケーションが下手糞そうな里の人間に、そんな印象を持った。
「ここ……」
メルメルが足を止め、小屋の前で顔を上げた。どうも、このちっぽけな小屋がメルメルの家のようだ。……正直、さびれている。あまりにも生活感を感じない放棄された家という印象だった。
貧乏なんだろうなと思いながら、オレは口には出さずにメルメルが戸を開くを見ていた。
玄関の戸を開け、メルメルが先に中に入ったのち、メルメルはその玄関の入口で不意に立ち止まった。
「どした」
オレがメルメルの背後から中の様子を窺うと、これまた生活感どころか、がらんどうの一部屋だった。ほんとにここで暮らしていたのかと聞きたくなるほどに、なんの家具もおいてない。
「……」
メルメルは、その室内を愕然とした表情で眺めて、立ちすくんでいるようだった。
流石になんだか様子がオカシイと思ったオレは、メルメルに声をかけようとしたのだが……。
「なに、アンタ。戻って来たの?」
背後からの声にオレとメルメルは振り返った。
そこには細身の女性が陰険そうな表情を向けて腕組みして立っていた。おそらくこの里の人間だろうと推測できたが、どうにも険悪な感じを受け、オレは怪訝な顔を向ける。
「誰だお前」
メルメルが暗い顔でうつむき、何も言わないので、オレからその女にアプローチをかける。
神経質そうな顔立ちの女は、表情に皴を作って、オレをじろっと下から上に舐めまわすように観察した。
「フゥーン……あんたが予言の黒髪の男か。冴えないわね」
「知ってるよ、るせーな」
自分がパッとしない奴などと、人から言われずとも自覚している。とは言え、初対面の女にこうまで言われる筋合いもない。
「お前は誰だッて聞いてンだけど」
「ハッ、あんたこそ煩いのよ。ねぇー、メルメル。見たら分かるわよねえ、もうアンタの居場所はここにはないのォ。早々に出ていきなさいな」
「……っ……」
メルメルは、声も出せずにその場で委縮していた。
オレはそれを見て、家の様子と、女の言葉から思い至った。
「……おい。ここはメルメルの家なんだろが」
「えー? 知らなーい。誰の家だって?」
「メルメル。ここがお前の家なんだろ。なんで家具がない? お前ここで生活してたんだろ」
「…………っ」
メルメルは答えなかった。ただ杖をにぎり、地面を見つめ続けていた。
女はニタニタと、そのメルメルの様子を見て、ほくそ笑んでいた。オレは途端にムナソクの悪さに吐き気をもよおしそうになった。
……おそらく、こういうことだ。
メルメルは、ここで暮らしていたが、今回の予言のことで里から街までやってきた間に、この女に家を勝手に片づけられていたのだろう。
そんな横暴が許せるはずがない。
家を、暮らしていた場所を潰されるのが、どれほどキツいものなのかを、オレは人一倍知っているからだ。
「どこにやった」
「はぁ?」
「メルメルの生活用具全部、どこにやったんだよ」
「その家にあったゴミなら、谷底に投げ捨てられたわよ」
「てめえッ!!」
流石にオレはキレた。相手が女だろうが関係ない。一気に飛び掛かって、胸倉を捕まえた。
「きゃあッ!! 暴漢よ! だれか、だれか来てッ!!」
「ざっけんなこの……!」
「なにしてやがる!!」
女の声にすぐに里の人間が集まりだした。どうも、オレ達が里にやって来た時から、遠巻きに様子を見ていたらしく、ゾロゾロと顔を出してくる。
「こいつが、メルメルの家を勝手に荒らしたんだよッ!!」
「メルメルぅー? あいつに家なんかあったかー?」
やってきた男がヘラヘラと笑っていった。それに合わせて、他の里の住人もニタニタ笑ってメルメルに陰険な視線をぶつけるのだ。
――なんだ。どういうことだ。
オレがその時、すぐに頭に浮かんだ言葉は、『村八分』というヤツだった。
メルメルは、もしやこの里で迫害を受けているんじゃないのか……?
まさか、メルメルの家を荒らした人間は、里の人間全員……?
「メルメル……!」
オレがメルメルに何か言ってやれと声をかけようとしたのだが、メルメルはもうその場にいられなくなったのか、脱兎のごとく逃げ出した。
「メルメルッ! 待てッ!!」
オレはつかんでいた女を投げ捨て、慌ててメルメルを追いかけた。
「けっ、ザマーないわねえ!」
女が醜い顔で唾を吐く。オレは、それに振り返り、ギリギリと奥歯をかみしめた。
何か言ってやりたいところだったが、今はメルメルを追うほうが先決だった。
「てめえら……ッ、許されると思うなよッ……」
オレはそんな捨て台詞を吐くくらいしかできなかった。
――なんだ、なんなんだこの状況は――。
これはライトなファンタジー物語じゃないのか? ただただ気持ちいいシーンばかりのくだらない自慰行為を見せつけるような異世界転生モノじゃないのか!?
こんなハードな展開、ニーズは求めるか? 否。あいつらは、ただただエンタメが欲しいだけだ。ストレスを与えるような場面は不要なのだ。
これは修正させる必要があるッ――!!
オレは怒りを腹の中でグツグツと煮えたぎらせながら、AWSとしてやるべきではないストーリー設定をブチ壊してやると決意した。
こんなクソったれな状況、許すべきじゃないんだ――。アンチするべきなのだ――。
オレは汗を垂らしながら、メルメルを追った。メルメルは、どんどん里から離れ、やがて、谷の入口までやってきていた。
ここが話に聞いたズンドコの谷だろう。
メルメルはそこで一旦、脚を止めたので、オレはとりあえず、その手を捕まえる。
「め、メルメルッ……。ちょ、ちょっと、待てッ……はぁはぁっ……」
「さわるなあっ!!」
メルメルは、これまで聞いたことがないような声で叫ぶと、オレの手をふりほどこうと、我武者羅に手を振り乱した。
だが、オレはその手を離すわけにはいかず、落ち着けるために、逆に力でメルメルを抑え込んだ。
メルメルの細っこい腕じゃ、オレの腕でも十分に抑え込めてしまう。――そこで、改めてオレはメルメルの非力さと儚さを感じ取ってしまった。
「おい……、落ち着けッ。……ちょっと、落ち着け……、オレもッ……、ぜぇぜぇ……ぶっちゃけ、キツい……」
重い荷物を担いだままに、全力疾走は流石に堪えた。
恰好悪い事だが、オレは全身で呼吸をして、汗を垂らすばかりであった。
その無様なオレの様子を見て、メルメルも逆に気を落ち着けたようだった。癇癪を起すような状態から、不意に脱力したように、だらりとオレに捕まれた腕を投げ出した。
「……め、メルメル……。ま、魔法……出せ……。こ、氷……。ヒヤヒヤの……」
「えっ……」
「きっちぃーんだよ。冷えた氷で……、冷まさせたい……」
オレはその場でどしんとケツから落ちて、だらしなく崩れてしまう。
メルメルはそんなオレに、無言で杖を向け、額にこつこつと当たる様に氷を発射してきた。
コツンコツンとおでこに当たる氷がヒヤリとして気持ちがよかった。転がった氷をつまみ、汗だくの額に押し当てると、少しばかり落ち着いてきた。
「あー、クソ……」
「ご、ごめんなさい……」
オレが悪態をついて、べちゃりと地面に倒れこむのを見て、ビクビクと謝って来た。
「簡単に謝るんじゃねえよ」
「……」
「自分が悪いって、簡単に認めんじゃねえ。オレはな、間違ってねーんだ。だから、間違っている奴を叩き潰すんだよ、アンチでな……」
「あんち……?」
「だから、オレはアンチなんだよ」
「アンチ……」
メルメルは、確認するようにおうむ返しに繰り返した。オレの言っている意味が分かっているのか、いないのか不明だが、オレも別に分かってもらおうとは思っていない。
ただ、ムカつく状況には、ムカつくとハッキリしてやるのが、オレのポリシーなのだ。
「お前、ムカつかねーの」
「むか、つく……」
「あいつら、ぶっ潰してやりてえとか、思わねえかってことだよ」
相変わらず、暗い顔でうつむいたままのメルメルを見上げ、オレはやっと引いてきた汗と共に、呼吸を整える。
「あたし、ずっと……デキソコナイって言われてきたから……。当然だから……」
……そう言えば、こいつが以前、デキソコナイとか、認められないから、とか口走っていたのを思い出した。
なるほど……。
こいつはこいつで、色々と抱え込んで、このオレの旅についてきていたというわけか。
「……当然、ねえ。じゃあ、当然でいいんじゃねえの」
「……っ……うん……あたしは……だめで……」
「コラ、当然だっつってる直後に、なんで否定した。あ?」
オレはメルメルの沈んだ声に、思いやりの言葉も、優しい声色も一切なく、ドスを効かせたチンピラのように、言ってのけた。
「……え、……でも、あたしはデキソコナイだから……だめで……」
「ちげえんだよなぁッ……。ちげえよ、クソザコナメクジ」
「くそざこ……」
オレの心無い言葉に、メルメルは肩を落として、うなだれた。
「あのなあ、自分がクズだって十分分かってんだろうが? だったら、それが当然なんだと認めておけばいいんだよ。お前はな、自分がダメ人間だと認めてるんじゃねえ。諦めてるんだよ」
「……え、え?」
「クズで何が悪いんだよ。そういう社会に生まれて育ってきて、生活してきたんだろうが。そこに誇りを持て」
オレは若干苛立ちを滲ませながら、汚い言葉を続けてしまう。だが、もう自分でも止められない感情が、口を動かしていた。
「自分が認められない世の中が当然なんだよ。理不尽に負けて、グチグチ言ってりゃ楽しくなるか? 面白いかよ、えぇッ?」
「……お、おもしろい、わけない……」
「分かってんじゃねえか。お前、バカか?」
「バカじゃないっ」
「そうだ、否定しろ」
そしたら、オレは、オレになれる。くだらない世の中で、楽しめる――。オレの主張を貫けるんだ。オレの言葉で、何かが動くんだ――。
お世辞にも、オレは主人公とは言えない邪悪な顔をしていたかもしれない。でもそれでいいじゃないか。オレは正義とか秩序とは到底違う処にいるのだから。
オレは『アンチ』なのだから。
「オレが……こんなクソ設定、徹底的にアンチしてやる」
メルメルの大きなブルーの瞳が濡れていた。小さな頬に一筋の星クズみたいな輝きが流れ落ちて行った。
抑え込んでいた感情が噴き出したんだろう。怒っているのか、悲しんでいるのか、悔しいのか、それは当人も分かっていないだろう。
だが、オレはその涙に、『分かっている』と頷きたかった。
その涙の味を、オレはきっと知っていたからだろうか――。
「……ところで、メルメル」
「なんだっ……」
「もう、氷、止めていいよ」
コロコロコロコロ、延々とオレの額に零れ落ちていた氷で、オレはすっかり体温を奪われていたのである。
ちょっとばかり、鼻水が出かかっていたのは、ますます恰好悪くなるので描写しないでもらいたい……。
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