9.エロ要素は必須なので

 どうにかこうにか火を起こし、オレとメルメルはそこで簡単な夕食を終える事が出来た。

 オレはこのまま火の番をしつつ、交代で休み夜を明かすのだろうと想像していたのだが――。


「は? 結界?」

「そう、テントの中のほうが安全……」


 メルメルの説明に、オレは少しばかり間抜けな声を上げてしまった。

 夕食を終え、これからどうするかをメルメルと相談しなくてはとオレが夜の番のことを問いただしたのだが、メルメルが言うには、テントに結界が張ってあり、この中で休んでいれば、絶対に襲われる心配がないのだとか。(――やはり、襲ってくるような存在はいるらしい)

 だから、テントから出て外で火の番をしているほうがむしろ危険で、テントの中で夜を過ごすほうが安全なのだと説明した。

 オレはなんとなく、こういうのは、誰かが起きていて夜の見張りみたいなのをして、交代々々こうたいごうたいで休むもんだと思い込んでいたのでファンタジーの設定にぽかんと口を開けていた。


「じゃあ、テントに入っておくか……」

 ……とは言え……。そのテントの小ささと言ったら……。

 一人用のテントであるため、大人一人が入ればもうスペースはほとんどなくなる。オレとメルメル、二人で入ることができないほど狭くはないのだが、窮屈な空間になるのは間違いないし――窮屈というより、ほぼ間違いなく、密着状態にならなければ、テントに二人は収まらないだろうサイズなのだ。


 それはメルメルも分かっているらしく、テントに入るのを躊躇っているのだ。

 ただでさえ、オレに妊娠させられると思い込んでいるのに、そりゃないだろって話だ。

 ……この状況に、オレは悪意というか……都合のいい設定と考えずにはいられなかった。


 つまり、こういうことだ。

 昨今のラノベは、全年齢モノでありながらも過激な表現を交えないと売れないのか、お色気シーンが有害図書ばりに挿入されているものもある。

 それで、ラブコメやら、ハーレムモノの設定の場合、なぜだか主人公は美少女らとラッキースケベなり、いやらしいハプニングが発生して、変態な目にあうわけだ。お風呂で鉢合わせしたり、転んだ拍子に下着をズリ降ろしたり……。

 その場合、大抵状況がそうさせるわけで、主人公がお猿さんのようにパコパコやりたがって女の子に圧し掛かっていくのではなく、なぜだか、エロになりえる状況になってしまう、みたいなヤツだ。

 つまり、主人公には責任が発生しない状況で、ただただ美味しい目に会いました、みたいな都合のいい状況設定を見て、お盛んな若い読者は喜ぶわけである。


 ――この場合、美少女のメルメルと、狭いテントで寝なくてはならないという状況が、『そういうエロい妄想』を叶えてくれるシーンを生み出してくれるわけだ。


「今頃、ほくそ笑んでるのか、モコのヤツ……」

 冗談じゃないぞ。オレは理性のある、知性的なアンチであり、状況に流されて下半身を熱くさせるような中学生男子じゃねえんだよ。


「おい、メルメル。寝るぞ。入れ」

「ひっ……」

「入らねえほうが危ないんだろ。とりあえず、入れ」


 真っ青になり固まるメルメルを半ば強引にテントの中に押し込み、オレはそれ続いてテントの入口をくぐる。

 四つん這いで中に二人入ると、案の定せまっ苦しい空間で、小柄なメルメルと一緒でも、ちょっと体をひねっただけで、どこかしらが互いの身体に触れてしまう様なそんな距離感しか保てそうにない。


「や、やだ、やだ、こ、こわ……」

 カタカタ震え、杖をきつく握るメルメルだったが、オレはそのまま、メルメルに背を向ける形で横になった。


「お休み」

「ふ、ふぇ……」


 オレはもうそのままきつく瞼を閉じ、何も考えないように、感じないように、それに努めた。

 背中から、腰にかけて、メルメルの身体から伝わる熱が感じられているが、それも忘れようと、自分の中の疲労感から睡魔を引き出そうと必死になった。

 誰が、思い通りになってやるかと、オレは鋼の意思でメルメルとのエロイベントをスルーしてやるつもりだった。

 お約束を押さえた上で、物語を否定してやるとは言ったが、それで女を抱くかと言われれば答えはノーだ。お約束だろうが、こうも露骨に設定されると性欲よりも苛立ちが、ムラムラよりもムカムカがやってくるのだ。


 メルメルのほうはまだ警戒が取れないようで、身体を固くさせて、こちらの様子を窺っている風だった。

 しかしオレがそのまま微動だにしないのを確認してから、自分もその場に小さくなるようにして横になる。

 ……メルメルは、まぁ見た目はかなり可愛い。そういう美少女と、狭いテントで一夜を過ごすという状況は、まさにニーズに応えた状況だろうが、それ以上のサービスをしてやる必要はないだろう。

 そもそも、メルメルは本当に怖がっているのだから。


「…………」


 狭いテントの中で、沈黙が暫く続く。クタクタだったから、すぐ眠れるだろうと思ったのに、これがどうして、まったく眠れなかった。

 意識をよそに向けようとしているのに、どうしても背後の、柔らかい身体の感触と体温に敏感になってしまう。ちょっとオレが身体をゆすっただけで、メルメルはびくんと跳ね上がるような反応をしていたし、メルメルのか細い呼吸の声が、耳をくすぐるようだった。


 畜生、モコの全裸をまじまじと見ても、特に何も思わなかったオレが、なぜこんなに動揺しているのだ。

 相手がカミサマではなく、同じ、ヒトだから、だろうか。

 イヌと一緒に寝てもドキドキしないようなもんだろう。イヌとカミサマを一緒にしてしまうのは罰当たりかもしれんが、モコの場合、十分イヌでつり合いが取れる。


 そのまま、夜明けまでずっと緊張しっぱなしになるかと考えていたが、やがて、後ろから安らいだ寝息と、身体のゆっくりした上下の動きを感じ取った。

 メルメルのほうが、睡魔に負けて眠りこけたようだった。

 なんだかんだ、オレよりもこいつのほうが疲れていたのかもしれない。オレといる間、ずっと緊張していたようなものだからな。

 メルメルが寝てくれたことで、オレも少し気が緩んだ。

 やがて、オレも疲労感がどっとやってきて、瞼をきつく閉ざしていたのを忘れてしまう。いつの間にか、その瞼が水を多く含んだタオルのように重く、じっとりと感じられて、オレはそのまま、意識を手放すのであった――。


 ――翌朝。

 オレはまどろみの中、心地いい体温に包まれ、柔らかい感触を楽しむように、もぞもぞと体を揺らせた。

 まるで、温かい毛布に包まれているような……それでいて、弾力のある低反発枕を抱いているような……。


「ん……」


 オレはこの状況に以前、経験がある。

 いつだったか……? 寝ぼけ気味の頭で、まだ夢と現実境目を愉しんでいたオレは、ぼんやりと回想する――。

 右手をゆっくりと動かすと、柔らかく温かいものを揉み込めた。


 ……そうだこれは……スベスベマン……ジュウガニじゃねえッ!!


 オレはがっと目を見開き覚醒した。

 そう、それはあの日、モコと初めて会った日。あいつが全裸でオレの隣で寝ていた時と同じ感触だった。

 オレは自分の状況に、どばっと汗を拭きだしてしまった。


 寝る前は、確実に、お互い背を向けあい、寝ていたはずなのに……。

 今、メルメルはオレの胸元付近に口元を寄せ、すやすやと心地よさそうに寝息を立てているのだ。そして、オレの右手はメルメルの胸を揉みしだいていた。左手は彼女の太ももになぜだか挟み込まれるようになっていた。というか、股間に添えられているような状態だったのだ。ちょっと指を動かせば、温かい彼女の恥部の感触がぷにぷに感じ取れてしまう。


(ヤバイ、この状況でメルメルが起きたら、本当に子作りの未来を想像させるッ)

 落ち着け、とオレは冷静になろうと努力する。

 眠りこけた結果、互いに寝返りを打ち、向き合う状態になったのだろうか。そして、暖を取ろうと、本能的に互いに抱き合う様な状態に……?


 なんということだ。これがAWSの魔力か。異世界転生、ラノベのお約束、エロイベントか。


「んぁ……、かみ、さまぁ……」


 不意にメルメルがしゃべったのでオレはギョッとなって体温が下がる思いだった。血液が凍ったかと思った。だがそれはメルメルの寝言のようで、本人はまだ夢を見ているようだ。


「おつげ……、かみ、さま……」


 そうか、メルメルは予言者だ。確か夢見の予言と言っていた。夢に出てきたカミサマからお告げを聞いて予言をするわけだ。

 ならば、今、夢の中でカミサマと交信しているのだろうか。


 ――カミサマ――?


 オレは、そのカミサマがモコであることを思い出し、ハッとした。


「んんぅ……」


 メルメルは起きないまま、更にオレに絡む様に身体を重ね合わせ、オレの手をきゅっと離さぬように肉体に密着させる。


(ハメられた!)


 これは、モコによるワナなのだ。

 あいつは、どうにかAWSで自分の思い描く面白ストーリーを進めようとしているはずだ。モコは、今メルメルの夢見の予言の媒介に、状況を操作しているのだ。

 寝ぼけたメルメルの身体を夢を使って、オレに密着させようとしているのだ。メルメルが動くと、オレの右手はふにふにした感触の中に確かにあるぷっくりした尖がりを感じ取れたし、左手に関しては、オレの指先を肉のスリットに埋め込むように――。


 ……官能小説か、これは。R18を付けなくてはならなくなる前に、抜け出さなくてはならない。


「おい、メルメル。起きろっ……」

 オレはどうにか身体を引き離そうとするのだが、狭いテントの中で無理やりに絡み合った体が自由さを奪い、モコの夢に踊らされたメルメルが変に扇情的な吐息で、小さな体をこすり付けてくる。


「クソ、なんか夢を覚まさせる手立てがあれば……」

 オレはどうにか手段を捜す。

 その時、目に入ったのは、メルメルの身体の向こうに転がっている彼女の杖だった。

 オレはそれを利用しようと、手を伸ばすためにもがくのだが――。


「……あ……んっ……」

「エロい声出すなよッ……クッソAWSがッ!!」

 無理やりにでも体の自由を取り戻さなければ、オレはこの陳腐な誘惑にお猿さんになってしまう。左手はますます彼女に食い込んでいったが、右手は引きはがす事が出来た。それで、どうにか杖を掴むと、その先をメルメルのローブの中に突っ込む。


「メルメル、魔法だ! 魔法を出せ」

「んぁ……っ、ん……あ……」

 寝ぼけるメルメルに、呼びかける。オレの声が届いているのかは不明だが、寝ている奴を目覚めさせるのは、これがてきめんだと、実績もあった。


「メルメル、魔法をつかえッ――!」

「ふぁあぁー……」


 メルメルが寝ぼけた声を一つ上げると、杖の先がぼんやりと光り……、そして、コロン、と小さな氷の塊が転げ出てきた。


「ひぃあああっ!?」


 メルメルはその氷の冷たさに、なんとか夢から目覚めた。跳ね上がるようにして、オレからも身を引いてくれたので、なんとか彼女の身体から逃れる事ができた。


「ひ、ひゃ、ヒヤッとした……?」

「……オレも、ある意味でヒヤヒヤしたよ……クソ」


 モコのヤツ……、あとで徹底的に氷責めにしてやる……。

 オレの異世界冒険譚の、下らない一ページが、こんな恥ずかしい状況で埋まったことに、やはりAWS《いせかいてんい》はクソだと、アンチの志を強く持つように働きかける。


「……なんか、……からだ、じゅんじゅん、する……」

「なんも言うな……、頼むから……」


 メルメルは、ほんのりと朱に染まった頬で体をもぞもぞとさせる。

 オレは頭痛を押さえるようにこめかみに手をやって、要らぬ精神疲労に脱力するのであった――。

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