8.ラブコメ乙 これはオツじゃなくてウンタラカンタラ
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね。何かあったらいつでも頼っていいから」
オレはこの街に別れを告げるため、イリアと酒場の主人に礼を述べてから背を向けた。
結局オレは、この領土に広まりだしている呪いを解決するため、冒険にでることになったのである。
その事を知っている領主と酒場の主人が、オレに選別で色々と旅の道具を渡してくれた。オレは背中に大きなリュックサックを装備して、街を離れたわけだ。
もちろん、オレ一人ではない。
その隣には、おどおどしたメルメルが緊張した顔で着いてくる。
正直なところ、オレの一番の心配は旅をすることよりも、この予言者娘との二人旅という事実だった。
「……ほんとに付いてくるのか?」
「い、いく……。そうしないと、認めてもらえないし……」
メルメルはメルメルでしなくてはならない責務のようなものがあるらしい。予言者としての一族の決まりごとのようなものだろうか。
固い顔で片時も緊張を緩めないその態度に、このままではいずれ疲弊するだろうと思えた。
オレだって正直、旅慣れなんてしてない。旅と言っても、新幹線で旅行とかそういうなら経験はある。しかしながら、徒歩で、野宿の可能性もあるようなサバイバル的な旅は生まれて初めてだった。
しかも、年頃の小娘と一緒に――。これなら、まだ一人旅のほうが精神面で良かったのではなかろうか。
「まぁ、お前がおらんと、どっちにいけば何があるかというのも、オレは分かってないからな……、ナビは必須か……」
「ま、まかせろっ……。あ、あたしにはすべてが見えているのだっ……ふ、ふふっ」
ぎゅう、と握っている大きな杖に力を込めて、カタカタと小刻みな痙攣をしているように笑うメルメル。
「杖、持ってるが……。お前、魔法とか使えるのか? ってか、魔法はあるんだよな……?」
確か、ここに来る前にモコは世界観の説明で、オーソドックスな魔法や冒険のファンタジーと言っていた。
だとしたら、魔法という未知の分野には期待感がわく。
「つ、つかえる……。だから、襲ってきても、ム、無駄だぞ……っ」
「襲うか駄阿呆。そんで、お告げの内容としては具体的にどういうもんだったっけ?」
お告げによる予言、まぁ要するにモコの攻略チャート説明みたいなもんだが。それをメルメルは聞いているはずだ。それにしたがってAWSを進め、無事に異世界転移物語を攻略していく予定だ。
「空気を奪う呪いが蔓延している山には、もちろん空気がもうない。だから、その呪いを受け付けない魔法の鎧があるから、それを見付けに行く……」
「魔法の鎧か、伝説の武具が出る辺り、まさにライトファンタジーだな……」
魔法とはまた随分便利で使いやすい設定ですこと……。これだから異世界ファンタジー物ってのは薄っぺらく見えてしまうんだ。とりあえず、ファンタジーだから矛盾があっても許してよという免罪符にも利用できる。
……とはいえ、一応カミサマが作った世界なんだから、矛盾もクソも、オレの常識の範囲が完全に当てにならない可能性はある。
ひょっとしたら、宇宙には空気があるのが世界の常識かもしれないし、星の中心部にはマントルなぞなく、地底世界が広がっている可能性もあるのだ……。
なんでもありというチート存在がいる以上、オレのアンチもなんだか、チッポケな抵抗に過ぎない気もしてきた。まるでお釈迦様の掌で飛び回る孫悟空……。
いやいや、オレのオレであるアイデンティティーを否定してはならない。我アンチ、ゆえに我有り。
「それでその魔法の鎧のありかもお告げで分かってるんだろ」
「う、うむ。す、すごいだろ」
「……凄いから、どこにあるかはよ答えろ」
オレが呆れ気味にメルメルをほめてやると、メルメルは固めていた表情を柔らかく、にんまりとさせて目をキラキラさせる。
――チョッロ――。
チョロすぎる……。まさにラノベのヒロイン枠……。ちょっと褒めると、すぐ靡くのが主人公モテモテ物語の特徴だ。
「こっ、ここから、西に行くと、ズンドコの谷という深い峡谷につく……。その谷の奥深くに、鎧はあると、お告げは言っていた……」
ズンドコの谷って、名前がいい加減になってきてるぞ、モコ。
「谷底か……安全に下りる事が出来るもんかね……」
「い、いちおう、あたし……行った事ある……。下りれる、よ……?」
「そうか、行った事があるのか。そりゃ安心だ。でも、なんでそんなとこに行ったんだ」
「ズンドコの谷は、あたしたち予言の里の修行場だから……。小さいころ、そこで修行した」
今も十分小さいのだが……それはいつ頃の話なのだ。というか、メルメルの年齢はいくつなんだろう。こいつと、そういう関係になるとしたら、それなりの年齢でなければと思うのだが、見た目的には正直、モコと同じくらいの印象なので、中学生か、よく見ても高校生って印象なのだが……。
とはいえ、一応女性に年齢を聞くのはご法度というデリカシーは持ち合わせている。
それに、オレは本気で恋愛をするつもりはないし、こいつの実年齢を聞いたせいで余計にリアルに考えてしまいそうだから、逆に考えるのをやめた。
「つーことは、お前の故郷の近くなのか。そのズンドコは」
「そ、そう……」
「ほー……?」
なぜだか顔を落とし、声がまた小さく聞き取り辛いものになったので、オレはメルメルにそれ以上会話することを一旦切り、歩みを進める事に集中した。
せっかく調子に乗って、不慣れなドヤ顔をして声も聞き取れるくらいにはなっていたというのに、また出会った時のような態度に戻られては敵わない。あまり、深入りしすぎず、かといって無視しすぎず、という関係性で進めなくてはならん。コミュ症のヤツというのは、どうにも相手をするのが面倒だ……。
とは言え……、ただただ、街から伸びる道を西に向かって進み続けるばかりでは、精神も肉体も音を上げてしまう。オレはせっかく異世界に来たのだから、せめて風景とかを愉しもうと、ハイキングのような気持ちに切り替え、辺りを眺めつつ旅をしていく。
時折、動物やら植物を見付けたら、あれはなんだとメルメルに聞いてやる。それで会話は、とりあえず十分だった。
面白い会話をしなくちゃならないとか、相手の機嫌を損ねないように、と考える必要がない、『あれはなに?』『これはなに?』と聞いては、答えを吐き出させるだけの会話。これが今のオレたちには丁度良かった。
まるでオレは幼稚園児が、親に逐一訊くみたいに、気になった事をそのまま、メルメルに訊ねては回答を貰っていった。
メルメルも、自分の知識で相手が頷くというのが、まんざら悪くなかったようで、オレの質問に、相変わらず不慣れなドヤ顔をしつつも、『あれはバクハツダケだ』とか答えていた。それを繰り返していくと、少しばかりはその固い表情も和らいで、後半のほうは、『仕方ない奴だなー』とか言いながら、嬉しそうに解説をしていた。
しばらく歩いたが、街道はもう道らしい道とは言えないものになっていたし、辺りは荒野といった様子に切り替わっていた。
「……日が暮れ始めたな……」
「そろそろ野営の準備しないと……、完全に暗くなってからだと、危ない……」
「クッソ、なんで馬車を使わなかったんだオレたちは……」
丸一日歩きっぱなしで、オレはもう足がぱんぱんだった。情けないが、現代人のオレがこんなファンタジー世界で旅をするなど、肉体的に厳しい。文明レベルが違いすぎて、乗り物がないという事がここまでしんどいとは思わなかった。
逆に、メルメルは小柄でほそっこい体つきをしていながらも、やはりこの世界の住人ということだろうか、オレほどには疲弊していないように見えた。
正直、こいつに弱音を吐くところを見せたくないというプライドだけで、オレはここまで歩き続けたが、ここに来て、ついに愚痴が出た。馬車代をケチってしまったのは、この旅の見通しが不透明だったからだ。軍資金としていくらかは貰ったが、オレはこの世界の物価も満足に理解していなかったと、異世界に来て二日目という事実に頭を抱えた。
「明日には、あたしの里につくよ」
「ああ、そう……。とりあえず野営の準備な……。小型のテントがあるから、それを張るか」
オレは担いでいたリュックに畳んである簡易テントを取り出して、人ひとりが入れるくらいの小さな寝床を作り上げる。現代のテントのようなしっかりしたものじゃなく、ホントに簡素な布と骨組みの即席テントだ。
あとは……火を起こす……と考えて、オレは火の起こし方など知らない事に青ざめた。
現代ではマッチなりライターなり、火種があるが、この世界では火種というと、縄文人みたくキリキリ摩擦熱で火を起こすしかないのだろうか――。
いやいや、いくら何でもこれはAWSだ。ライトで楽々な冒険ファンタジーなんだろ。中にはサバイバル技術を持ったヤツが転移して、異世界で活躍みたいのもあるが、オレは普通のぱっとしない男だ。特殊な技術や知識は持ち合わせていない。
きっと、何かしら手立てが……。
「あ、そうだよ。魔法があるだろ」
そうだ。ファンタジーだ。こういう時こそ、ファンタジー設定だ。魔法で火を起こして焚き火にすればいいんだろう。メルメルが仲間に加わったのはそういう利便性もあってだろう。
「おいメルメル。魔法だ。火をだせ」
「えっ」
「火だよ……ファイアーボールとか、フレイムなんちゃらーとかそういう魔法、ないのか」
そういえばすっかり抜け落ちていたが、敵対するような生物や存在はいるんだろうか。
夜になって襲撃してくるような野獣や、モンスター。もしくは盗賊とか。この手の世界にはそういうのが居てもおかしくないと思うが、オレはぶっちゃけ、戦闘スキルなんぞない。
いざ襲われたら、メルメルに頼っていいのだろうか? 魔法は使えるようだが、正直この小娘にまかせっきりというのは、プライドが許さない。
一応、領主からの選別として護衛用のナイフくらいは持たせてもらったが、刃物で殺し合いなんて正直ムリだ。そういう世界で生きていない。なんだ、そう考えると、オレはかなりヘッポコ主人公だぞ。これでいいのか、異世界転生モノ。
……チート能力で楽々に活躍しているのもあれば、チートはないが、主人公がそもそも、なんらかの技術に優れているとかそういう設定が多い。完全に一般ピープルが異世界転移したやつだと、そもそもバトル描写があまりない作風のものだったり、ギャグものだったり……。
と、オレがあれこれ思考している中、メルメルもなぜだかモゴモゴしていた。
ささっと魔法で解決してくれると思ったが、一体何をもたついているのだ。
「……どうした。魔法できないのか?」
「できるっ……。み、みせてやろう!」
メルメルは、オレの言葉にむきになって杖を振りかざすと、琥珀色の柔らかい髪の毛をふわりとさせて、仰々しく掌を広げる。
オレは、ついに魔法が見れるのかと、興味津々にメルメルを見ていた。
「とあぁーっ!」
メルメルが気合を込めると、杖がぼんやりと光った。そして、その杖の先に光が集まり、その光が形となって――。
コロン……。
杖の先から、小さな一口大の氷の塊が、地面に転がった。
「ど、どうだ。魔法、できる……」
「いや……まぁ確かに、何もないところから氷が出てきたのは凄いが」
「ふふふっ……」
「いや、火を起こせといっとるんだ」
「とぁーーっ!」
ころん。ころろ、ころろん。
いくつか杖の先っぽから、氷の塊が、製氷機の如く転がり出てくる。なんだか、ちゃちなマジックショーのようで、オレはそれを三白眼で見ていた。
「火を、ダセと、言っとるんだ」
「……魔法はできる。火を出せるとは言ってない……」
「……」
オレは黙って、もう一度鞄をゴソゴソとやりだした。
ここで、メルメルを責めるような資格は、オレにはないからだ。オレだって何もできないし、まだ製氷機ができるだけ、メルメルのほうが上手だ。結局火は自分で起こすしかないとあきらめて、何か火をつける事の出来る道具がないかともう一度アイテムを探る。
オレが黙って作業に入ったのが、怒らせたか呆れられたかと思ったのかメルメルは、カタカタと小刻みに震えだして、若干涙目になっていた。
「……なぁ」
「ひっ……、な、なんだっ……」
「いやスマン。オレ、火をつける事が出来ないんだ。お前、知ってるんだったら、教えてくれないか」
オレが固くなっているメルメルに、素直に詫び、自分の力不足を説明すると、メルメルは暫しきょとんとして、オレをまじまじと見つめていた。
辺りは夕焼けが落ち始めて、ゆっくりとコバルトの幕が下りるように夜が顔を覗かせている。
黄昏時の荒野で、改めてメルメルの顔を正面から見ると、第一印象も思ったが、可憐ではあった。性格に難はあれど、黙っていれば、柔らかい琥珀色の髪がふわふわしていて、肌も白く、大きなアクアマリンのような瞳は天使のようだ。
「お前……ほんとに何も知らないんだな」
「何も知らないんじゃねえ。知ってることが隔たってるんだ」
異世界の常識という壁に隔てられているオレの知識は、役に立たないこともある。そういうわけだ。
「火打石、貰ってたでしょ……」
「え、火打石……? これか」
オレは漬物石かと思った石を手に取って、メルメルに見せた。
「それ、発火石……だから、こすりあわせると、燐が燃える……。貸して」
「ま、まて、オレにやらせろ。やり方を教えろ」
「……しょ、しょうがないなー」
メルメルがこれまでになく素直な声でそう言った。そして石をもって手持無沙汰にしているオレの傍までやってきて、こんな風にして、と自分の手でジェスチャーをして見せる。
オレはそれにならい、石と石をカチカチ言わせながら、素早くこすり付けると、チリッと火花が散るのを確認できた。
「おっ、なんだ。意外に簡単だぞ」
「燃えるものに火を移らせないと……」
「そ、そのくらいは分かるぜ」
まるでその火打石はマッチのようだった。あとはその火花を着火しやすい乾いた木くずに移し、さらにそれに可燃材として枯葉とか紙切れを……と考えて、圧倒的に燃やすものが少ないことに気が付く。
普通は、火を起こす前に、枯れ枝とかをいくつか集めて焚き火するもんだろう。
せっかく起こした火がまた小さくなってしまう。
「し、しまった……。枝だ。枝を集めるぞ。枯草でもなんでもいいから、水分の少ない燃えるものだ」
「う、うん」
オレとメルメルはそこで顔を上げて、互いの顔がすぐ傍にある事に気が付いた。
すぐ傍に、彼女の小さな鼻先と、柔らかそうな唇。そして彼女の香りを纏う髪――。
「う……」
オレは、その時思った。
――ああ、はいはい。ベタだ、ベタ。これでいいのだ、狙い通りだ――。
しかし、そう思いつつも、オレの顔は熱く、朱に染まっていたのかもしれない。
幸いにも、メルメルがズザザっと素早く後退してくれたおかげで、オレは照れ隠しをする必要がなくなった。
だが皮肉なことに、そのオレの熱を比喩するみたいに、メルメルが魔法で出した氷が溶け始めて、地面に染みを作り出していたのだった――。
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