7.子作りを約束された件について

 ――伝承より語られしこの地の英雄譚に、このようなものがある。

 かつてこの地には突如、記憶を失ってしまうという呪いが蔓延していた。

 何の前触れもなく発生するその現象は、人々から多種多様な記憶を盗み、忘却させてしまうという恐ろしいものだった。

 そんなある日、『呼吸の仕方を忘れてしまう』という呪いが発生した時、人々は恐れおののき、命の危険にさらされたのである。

 成すすべもなく人々は、その生きるために最も必要とされる、生命活動の忘却に苦しんでいたまさにその時、ひとりの男が現れた。

 その男は奇妙な衣服を身にまとい、漆黒の髪をしていたという。

 男は苦しむ人びとに呼吸の仕方を伝え直し、呪いは無事、解呪されたのである――。


 ……という事になっているらしい。

 領主から聞かされたこの地に伝えられている物語を聞いて、オレは少々感心をした。


 ――モコの奴。失敗を伏線にして、活かしやがったのか――。

 初心者だからこそできる柔軟な発想……というかあいつ、本当に楽しんで作っているんだな……。


「で、その伝説の勇者サマがオレだと? 今現在も何か問題に直面しており、それを解決するのに、オレの助けが必要……こんな具合か?」

「話が早くて助かります。実は、現在我がライトブリンガー領でその伝承の勇者と共に、呪いのほうも復活しておりまして」

「また呼吸ができないヤツがいるのかよ」

 あれほど、安直な知能低下の設定は辞めろとクギを刺しておいたはずだが……?


「いえ、呼吸を忘れる呪い、ではなく……。空気そのものを奪い取ってしまうという呪いなのです」

「空気を奪う?」

「はい。ここより北東の山間に邪神を祀った祭壇があります。その祭壇から呪いが発生し、辺りの空気を奪い去っているようなのです。この呪いが我が領内で広まってしまうと、人は住めなくなります。どうか、この呪いを解いてくださらんか」


 ……ふむ。なかなか定番を押さえつつも、冒険心をくすぐるイベントじゃないか。

 過去の失敗を糧にし、利用しているのも悪くない。


「オレに何ができるか分からんが……伝承ではオレが救うと言われているんだろ。なら、やってみるよ」

「なんと、頼もしい言葉。なにとぞ、よろしくお願いします」

「……とは言え、空気がないとなると、オレだって近づきようがないと思うが……。何か策はないもんか」

「それに関してはこちらの、終焉の予言者にお聞きください」


 オレは、領主の横でなぜだか小刻みに震えている赤いローブの少女を見て、言葉の続きを待った。

 が、オレがじっと彼女を見ていると、終焉の予言者サンは更にその身体のバイヴレーションをガタガタ言わせて、フードを目深にかぶりなおしたのだった。


「……ぅし……ょうて……」


 何かモゴモゴいうが、声が小さすぎて聞き取れない。


「あ?」

 オレが聞き返すと、終焉の予言者は「ぴぃっ」と一つ跳ね上がり、更にうつむいて、いよいよ顔がフードに隠れきってしまった。


「……コミュ症?」

 オレは対応に参って、予言者の言葉をどうにか引き出そうと考えてみたのだが、取り付く島もない。

「おい。お前がしっかりせんと、街は救われんのだぞ」


 何やら小声で必死にモゴモゴ言うので、仕方なく、オレはその終焉の予言者の傍まで行き、椅子の上でカタカタ震えてうつむく少女を担ぎ上げた。

 想像以上に軽く、ひょいと持ち上げられたので、オレも少しばかり驚いたが、持ち上げられた予言者少女のほうが錯乱状態になるほどに暴走した。


「ひいっ! 妊娠しちゃうううっ」

「するかァァァァッ!?」

 何がどうしてその発言に至ったか不明だが、琥珀色の髪を振り乱して、甲高く悲鳴を上げた少女に、オレも思わず怒鳴る様に突っ込んでしまった。


「だ、だめっ、あたしっ、男の人に触られてたら、おかしくなっちゃうのっ」

「……何その設定……」


 抱きかかえて分かったがこの少女、かなり小柄だ。身長は、百五十もないだろう。体重も四十キロあるのか不思議なくらいに軽かった。

 とりあえず、男に触られるのが問題らしいので、オレはそのままぼとん、と椅子に少女を落とした。


「へぅう……、こ、こわあ……こわいよお……!」

「頭痛がしそうだ……」


 察するに、この予言者、男性恐怖症なのではなかろうか。それでさっきから何やら奇妙な態度で落ち着かなかったのだろう。

 どうしたもんかと呆れるオレに、領主も投げやりな様子で、肩をすくめる。


「……とりあえず、頼みますね」

「えぇ……?」


 領主が完全に投げっぱなしにして、オレに手をひらひら振った。

 オレは青い顔をして、椅子の上でカタカタいう少女を見て溜息をつくばかりであった。


 その後、オレは領主の家を後にして、大きな荷物を担ぎ、とりあえず酒場まで戻ろうとしていた。


「ひいい……赤ちゃんできちゃう、うまれちゃうう……」

 『荷物』が泣きべそで言う。

「人聞きの悪い事をいうな。誤解されるだろうが」

 オレは領主の椅子に座りこんだままの予言者をロープでくくって、椅子ごと、背中に背負えるようにして、えっちらおっちら歩いていた。

「おい。この距離感なら声も聞こえるから、ちゃんと説明しろ。これからどうしたらいいんだよ」

 このままじゃ話にならんので、オレは半ば強引に展開を進めようと少女への気遣いは皆無に、問いただした。

「の、呪いを解くんだぁ……。よ、予言は当たってるんだぁ……。あたし、妊娠しちゃうんだぁぁ……」

「だから、妊娠から離れろっつーの……。空気を奪う呪いの解決法を話せ、駄阿呆」


 ダメなアホで駄阿呆。なかなかに語呂がいいじゃないか。

 とりあえず、一度落ち着かせないと、こいつからまともに話を聞くこともできないので、オレは酒場に戻り、イリアにでも通訳をさせようと考えていた。

 女同士なら、まだマシな会話もできるだろう。まったく、この予言者、よくもまぁあの領主の元に、今回の件を話に行けたものである。


 オレがなんとかかんとか、額に汗を浮かべて、イスと少女を酒場まで持って帰ってくると、イリアがすぐにオレに駆け寄って来た。


「アンチ! 大丈夫だったのっ?」

「ああ、まぁ……ちょっとした頼まれごとをされただけだ」

「そ、そうだったんだ……てっきりなんかヤバイ事になってるのかと思ったよ……」

「……やばいことにはなっているんだがなー……」


 オレはギギギ、と首を回して、後ろに置いた椅子にロープでくくられている予言者娘を見る。

 イリアも何事かと目を丸くして、絶句したのだった。


 酒場の二階にてオレとイリア、そして予言者の少女の三名は、とりあえず冷たいドリンクを飲みながらに落ち着いていた。


「ええと、終焉の予言者さま……? お名前はなんていうのかなー?」

 イリアが子供をあやすように言うと、予言者娘は、大仰に立ち上がり、ローブをばさりと言わせて尊大(笑)なポーズを決める。


「あ、あたしはっ、偉大な予言者、メルメルっ……! あたしの予言はホンモノなのだっ……」

 小さな体をめいいっぱい広げ、大きく見せようとする姿は、小動物の威嚇のようで滑稽だった。


「メルメルちゃんっていうのね。ほんとに予言者なの?」

「ホント……っ。ちゃんと、あ、当たる……。お告げが、聞こえて……、ホントに、なるっ……」


 お告げ。という事は、何者かと交信して、未来を知るということか。


「オレを連れてきたウィリアムの口ぶりからすると、お前の差し金で領主は動いたようだが、お前が領主に予言を進言したのか?」

「そ、そうだ。す、スゴイだろっ……ふ、ふふふ」

「……よくもまぁ、お前の言う事を真に受けたもんだな……」

「あの領主のこれまでの事を色々と言い当ててみたからな……」

 メルメルと名乗った予言者少女は、得意げな顔をして見せるが、どこか強張っていて、本来は弱気な性格をしている娘なのだとすぐに分かってしまう。


「じゃあ、お前はホントの予言者ってことで話を進めさせてもらうが……」

「ひっ――」

 オレが改めて話を進めようと、メルメルの顔に視線を合わせると、またもメルメルは身を強張らせて、ズザザっと、部屋の隅で丸くなった。


「……お、犯さないで……」

「犯すかぁぁぁあッ――!?」

「あ、アンチ……あんたまさか……」

「いやいや、誤解だ。さっきの今で、どうしたら、そんな状況になるよ……。コイツが勝手に妊娠するとか騒いでるだけだ」

「でも、よ、予言で……あたしのこと……妊娠させるって……」


 ――なんだその予言は……。

 そのお告げをしたバカはどこのどいつだ――――。

 あー……。そうだ、そういうバカなお告げをするべきカミサマをオレは知っていた……。


「おい、メルメル。お前の予言というのは、お告げを聞くんだそうだな?」

「そ、そうだっ……」

「そのお告げをしたのはカミサマか?」

「た、たぶんそうだ」

「白い髪の、全裸の、女の子みたいな?」

「そ、そうだ。あれ……、知ってるの……?」


 オレは、頭を抱えた。なるほど、これはAWSだ。確か以前、カミサマは世界の人間に干渉してある程度好きに操作できてしまうというような事を言っていたような気がする。

 モコの場合、このメルメルに『お告げの予言』という形で接触し、物語を進めるべく利用したのだろうが……。

 呪いを解きに行く話までは納得できるが、なぜオレがこの予言者もどきの小娘を妊娠させることになっているのだ。


「あ、あたしは、夢見の予言を代々継いできた予言者の娘で……夢の中でカミサマと交信するんだ。それでこないだ、あたし初めてカミサマが夢に現れたんだ」

「それで?」

「街を襲う呪いがあるから、それをアンチと一緒に解決してみせろって言われて……。あたし、一族の中でデキソコナイって言われてきたから、嬉しくって……が、頑張らないとって……領主さまの家にお知らせに行った……」

「……それはまぁ、頷く。……で、なんでオレがお前を孕ませることになってるんだ?」

「カミサマが、アンチはヒーローで、ヒロインがあたしなので、ヒーローは大冒険の最中、ヒロインと恋に落ちて、子作りするって……」


「もどせ――」


 ふっと、意識が飛んだかと思ったら、オレはまたもやあっという間に自分の家に戻っていた。

 そして目の前には、ニヤニヤしているモコがいた。


「ふふふー、アンチさん。どうですか! やっぱりAWSには、可愛いヒロインがいてこそ――」

 ゴスン!

 オレは、問答無用で、モコの頭頂部にチョップをかましてやった。


「いたいー! な、なんですかっ」

「あのなァ……。……いや、確かに間違ってない。お前は間違ってない。そうだ……。異世界転移モノは、たいてい中盤でヒロインとの蜜時があるもんだ。あるんだが、それをヒロイン側にまるっと教えてしまうバカがいるか」

 誰だって、『お前この先、こいつと子作りすることになるからよろしく』と言われて、「ハーイ」と気持ちよく返事するワケがない。ましてやあのキョドキョドしている娘からすれば、それは死刑宣告みたいなもんだろう。

 オレだって、『こいつと結ばれることになるから、そのつもりで』と言われて、その娘とまともに会話できるかと言われたらちょっと考える。


「でも、やっぱり人間だから……、オスとメスの営みは必須ですし……」

 オレはそこにもう一撃、チョップをぶち込んだ。これは半分テレ隠しが入っていたことをここにだけ記しておく。


「あ、アンチさんってもしかして、女の子キライなんですか? 男の人のほうが良かったです? だったら、さっきのウィリアムをですね……」

「やめろォ! 想像しちまうだろがッ! オレはノーマルだが、恋愛はロジックじゃねえんだよ!」

「うう、むつかしいです……。でも、恋愛要素もいれないと……ていうか、入れたいです」

「えぇ……。マジで……」


 いや、これは盲点だった。確かに昨今のラノベはエロシーンも含まれていないと売れないのか、そういうシーンが含まれていることも多々ある。エロじゃないにしても、純愛モノで人気を出している作品だってあるし、そういう濡れ場があることは良く考えれば有って然るべきだ。

 とは言え、主演がオレとなると、ぶっちゃけ恥ずかしい。

 自分の恋愛シーンを見世物にするとなると、どうしてもむず痒い。……そこばかりはアンチがどうとかではなく、オレ個人の問題だ。


 ……とは言え、モコの言う通り、恋愛要素は必要であると、分析家のオレもそう言っている。

 だったら、恋愛要素も含めて、アンチすればいいんじゃないか。

 そうだ。例えば、このぱっとしない主人公に、なぜかベタボレしてしまう美少女ヒロイン。都合よく、チョロめに設定されたあり得ない人物像。薄っぺらな人生観。そう、そうだ。アンチだ。アンチしろ。そうしたら、この問題だって異世界転移モノを廃れさせるポイントにできるかもしれないじゃないか。


「よし、分かった。オレも男だ。ヤってやる」

「ほんとですか! やっぱりアンチさんを選んでよかったですっ!」


 モコは素直に万歳して悦ぶ。

 オレの真意など知りもせずに、愚かなヤツだ。

 そうだ。オレは鬼畜になる。あのメルメルとかいう女を弄び、辱め、欲望のはけ口にして、妊娠させボロ雑巾のように捨てて見せる。そうしたら、どうだ。絶対に評価されない異世界転生モノの出来上がりじゃないか。

 異世界に転移した主人公、英雄となるはずが、ただの強姦魔に――。

 おおう、考えるだけでクソだ。


 ……クソすぎる……。


 オレはその計画に心底ムナクソが悪くなった。この案はオレにはできないと、脳みその奥の、心臓の底の、脊髄の芯の、そういう部分から、吐き気がこみ上げてきそうだった。

 こればかりは、


「……ち、ほんと、道化も道化だな……」


 オレは結局、モコの描いた恋愛台本にどこまで沿えるかか分からないが、とりあえず、ベタベタな恋愛展開を進めてやろうと思いなおした。

 ラブコメだ。ハーレムだ。無条件にモテモテだ。いいじゃないか、とりあえずそれで。

 そーいうベタベタなのを実行していき、クソであると、否定するのが今回の物語プランなのだから。


 ――とは言え――。

 再度、酒場の二階に戻って来たオレは目の前の小さく震えているメルメルを眺めて思った。

 こいつと恋愛なんぞできるのか、と……。

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