6.終w焉wのw予w言w者wwwww

 翌日、異世界転移二日目――。

 オレは酒場の主人に言われて、イリアと共に街に買い出しに出ていた。

 オレとしても好都合で、この街の様子を確認しておきつつ、世界の状況などを知るいい機会になりそうだった。


「ねえ、アンチってさこれまで何やって来たの?」

「……どういう意味だ?」

「なんか、雰囲気が独特だからさ、ただの旅人ってカンジしないんだ」


 イリアはメインストリートを歩きながら朗らかな態度でそう言った。

 オレはイリアの感覚はもっともだと頭の中で頷く。この街にたどり着いた時も、その服装から町人は奇妙な視線を飛ばしてきていたし、オレ自身、浮いているなと感じているからだ。


「何をやって来たか、と言われても、何もできていないと答えるしかないな」

「ふーん。やっぱりあんた、面白い。物言いがなんだか知性的」

 イリアは角を曲がり、近くの肉屋に入った。オレはそれに続いてイリアの買い物を手伝う。というか荷物持ちをしただけではあるが。

 イリアに続いて次々と食料品店を回り、食材を買い集めていくが、その数は非常に多かった。

 飲食店の食材というのはこうも必要なのか――。

 考えてみれば、現代だって市場とかからトラックで運んでくるくらいだし、それを人力で店舗分の買い物を持ち運ぶとなれば、かなりの重労働だろう。


「いつも、イリアだけでこれだけ運んでるのか」

 オレは両手に下げた様々な袋の重みに汗を浮かべて、若干ふらつきつつ、店に戻る最中、同様に多くの袋をぶら下げて先導するイリアに声をかけた。


「いつもは何回か往復して買い物しているんだけど、今日は男手があるから、一度に買い物終わらせちゃった」

「そ、そうか」

「はは、だらしないねー。フラフラしてるよ」

「わ、悪かったな」

 確かにこの異世界ファンタジーの男たちに比べりゃ、現代人のオレはもやしっ子のようなものだろう。

 正直、タフさはイリアのほうが上のようにも思えるくらいだった。


「見た目から、肉体労働は苦手そうって思ってたけど、やっぱり苦手なんだ」

 イリアは意地悪そうにそう言ってにたりと笑う。

 オレはムググと呻くばかりで言い返すことはできなかった。実際のところ、現代人がそのまんま異世界ファンタジー世界にきてもそう易々活躍できるわけがないのだ。

 これが異世界転移の現実だよ視聴者ども――。


「でもさ、アンチはきっと頭いいよね」

「は?」

「なんだか、知らない事色々知ってそうだもん。学者さんだったんじゃないの?」

「……学者、ね……まぁ、確かに教育は受けたし、学生としての経験はある」

「やっぱり。じゃあいいところのお坊ちゃんなの?」

「いいや。最低の――子供だよ」


 オレは苦々しげに声を出したが、それは荷物が重かったせいだ。そういう風に思えるように演技した。

 イリアはそれ以上は深く突っ込まないでいてくれた。酒場のウェイトレスは伊達ではないのか、世間話の押し引きを分かっているらしい。

 オレの声から、これはふみこんじゃダメなんだと、察したようだった。


 ともかく、オレとイリアはどうにか買い物を済ませ、酒場に戻ろうとメインストリートを歩いていた時である。

 不意に男の声で呼び止められたのである。


「そこの者、止まれッ」

「……?」


 オレは何事かと周囲を見回した。

 背後には豪華絢爛な服とマントを着込んだ優男がこちらを見ていた。男は両隣に軽装鎧を装備している護衛と思しき大柄な戦士だか騎士だかを引き連れていた。


「あ? オレのことか?」

「ウィリアムさま!」

 隣のイリアが驚いたような声で男の名を呼んだ。どうも雰囲気からして、目上の人間の様だ。


「むう、報告通り……見たこともない衣服に身を包む黒髪の男……」

 オレを怪しむような眼で見て観察するウィリアムと呼ばれた男は顔に皴を作り、信じられないものでもみたような態度を示す。


「だれ?」

 オレは隣のイリアに訊ねると、イリアは若干慌てた様子で、小声で説明してくれた。


「ウィリアム・ライトブリンガーさま。領主のご子息だよ」

「はあ。こいつこそが『お坊ちゃん』ってワケか。でもそんなヤツがなんでオレに声をかける?」

 とは言え、ある程度予想はできていた。不審な男が街中を歩いていると誰かから通報でもされたのではないだろうか。

 オレの今の姿は現代的なフード付きパーカーに、ジーンズという出で立ちだ。

 この中世ファンタジーの世界観にはあまりにもそぐわない恰好だとは自覚していた。


「男よ。名を名乗れ」

「あー……。アンチ」

「アンチ……。奇妙な名だ。どこから来たッ」

「ニッポン」

「どこだそれは」

「どこと言われても、オレはここがどこかも分かっていないからな……」


 オレの返答に、ウィリアムは両脇に控えていた男たちに「おい」と指令した。

 すると、軽装鎧を着込んだ男二人が、こちらにずい、と迫ってきて威圧してくる。

 今のオレはチート系主人公ではないので、歯向かったって勝ち目は全くない。暴力沙汰は勘弁願いたいので、大人しい態度を見せておく。


「こちらについてこい。お前には聞きたいことがある」

「ついて行くのは構わんが、今買い物の帰りなんだ。この荷物を届けてからでもいいか?」

「ちょ、ちょっとアンチ! こっちのことはいいから……」

「これだけの荷物、イリアだけで運ぶのは大変だろうが」


 イリアが不安げな顔をするのだが、オレとしては身勝手な領主の息子の命令より、一宿一飯の世話になった店の手伝いのほうが優先順位は上である。

 ウィリアムはオレの態度に、ピクリと眉根を持ち上げたが、「フン」と鼻を鳴らして「よかろう」と頷いた。

 思ったよりも傲慢ではないらしい。

 両脇の戦士風の男に荷物を持たせ、食材運びを手伝わせると、さっさと済ませろと云い、酒場へと歩ませる。


 結局、オレ達は成すがままに酒場までさっさか歩かされ、店に着くなり、ウィリアムがオレを逃さぬと言わんばかりに鋭い目で捕らえた。


「すまん、できれば店をもう少し手伝いたかったが……」

 オレは連行される前、挨拶だけしようと、イリアと主人に頭を下げた。

 主人は強張った顔をして、イリアは心配そうな顔を向けるばかりだった。


「いいから、行ってこい」

 主人がそう言うと、オレは頷いてウィリアムに視線を投げた。

 そしてオレは、ざわつく酒場の表から領主の館に連行されるのであった――。


 ――連行されながらオレは、それらしくなってきたじゃないか――と考えていた。

 これは一応、AWSというモコの作った物語なのだ。だとしたら、何らかのイベントが発生し、物語を転がしていくことになるのだろうと考えていたが、異世界転生したオレを領主が捕らえるという導線は、まぁ定番とも言えた。

 おそらく、ここからなんらかのメインストーリーが展開していくのではないだろうか。

 不安な点があるとすれば、あのモコの初作品であるAWSということだ。

 何やらとんでもないことにならなければいいが、そういう場合はオレのほうで、ベタベタの展開に修正していくようにすればいい。


 やがて辿り着いた領主の屋敷は立派なもので、青を基調にした、高貴な印象を受ける建物となっていた。とんがった屋根がいくつもあり、庭園は広く、見ればメイドが控えていたりもする。

 オレはその屋敷の奥まで通され、ホテルのロビーのような広間で立ち止まらされた。

 目の前には二階へと延びる階段が両脇に伸び、バルコニーのような二階から、オレのいるロビーを見下ろせるような形になっている。

 そのバルコニーに一人の男と、数名のメイド。そして奇妙な恰好の女が現れた。真っ赤なローブを着込み、その顔には深々とフードをかぶっているため顔立ちは確認できないが、その身体の線を見る限り女だとは判別できる。


「そのものか?」

「はい父上。まさかと思いましたが……真でした」

 父上……ということは、想像通りコイツが領主か。この辺りを仕切ってる大将ってところだろうか。


「お主、名は何と申す」

「……アンチ」

「アンチよ、お主に聞きたいことがある。かつて、呼吸が出来ない者を救ったという記憶はないか?」

「……え?」


 オレはその言葉に目を丸くした。確かにそれは一度この世界にやって来た時、呆れながらに対処した、嘆かわしい事件である。

 あれはてっきり無かったことになっていると思っていたが、どういうわけかこの領主はその事を知っているようだ。


「答えろッ」

 ウィリアムがきょとんとしているオレに喚くが、オレとしてもどう答えていいか逡巡してしまった。

「確かに……そういう事があったのは記憶してる……」

「なんと……」

 オレの言葉に領主が逆に驚いたように隣の真っ赤なローブの女に顔を向けた。

 ローブの女はこくり、と頷くとバルコニーから階段を下ってくる。領主もそれに続く様にこちらのほうにやってきた。そしてオレの正面に立つと、なんと頭を垂れ、謝罪したのだ。


「すみませぬ。此度は無礼にもひっ捕らえるような真似をしてしまった。ウィリアム、お前も謝罪しなさい」

「ぬっ、ぬぅっ」


 領主の言葉に、ウィリアムが気に入らないという声を上げつつ、ちらりとこちらを見て難しそうな顔だけした。


「オレとしても状況が分かっていないんだが? 説明をしてもらえないか」

「そうですな。では改めて客人としてお迎えしましょう。おい、食事の用意を」

 領主はメイドに指示をして「こちらへ」と腕を広げた。その先には会食の場で使われるような大きなテーブルがある食堂のような場所だった。

 オレはその席に座る様に促され、メイドがてきぱきと温かいお茶をカップに注いで差し出して来た。

 領主はオレの対面に腰かけ、その隣にあの赤いローブの女性も座る。


「実は、今このライトブリンガーの領土は未曽有の危機に陥っているのです」

 ――来た。お約束の異世界で発生中のトラブルだ。これを解決するのが主人公の役割なのだろう。

 モコは初めてのAWSだ。おそらく、突拍子もない設定より、ベタベタの設定で作られた異世界転移モノを展開してくるだろうと思っていたが、やはりよくある英雄譚の第一ページのような話の流れである。


「もしかして、オレがそれを救うとか予言されてる?」

「なっ、なんとご存じなのかッ」


 ――オレは内心溜息をつく。なんとありがちなのか。だがこれでいい。オレはベッタベタのコッテコテ、そういう異世界物語を進め、茶地でお粗末な結末を迎えるためにアンチAWSをやっているのだから。


「この者、終焉の予言者と呼ばれる魔導士より聞かされた話ではあったが……。こうも見事に言い当てられるとは……」

 と、領主は隣の赤ローブの女とオレを見比べて驚愕の色を隠せないである。

 オレも、なるほど、こいつが予言者でキーパーソンなのかとそのフードの奥を覗き見ようと視線を向けた。

 すると、その終焉の予言者(笑)が厳かな態度でフードを脱ぐと、そこには琥珀色の髪がふわりと舞い現れた。

 柔らかそうなその髪と、透き通るようなマリンブルーの瞳。

 想像以上に若々しい印象をした予言者は、白い肌も美しく、美少女と呼ぶに相応しい外見をしていた。


「ど、どうだっ。す、すごいだろっ……」

 開口一番、その白い肌を真っ赤にしながら、フンス、と鼻から息を出し、強張ったどや顔を披露した終焉の予言者様を見て、オレはこう思った。


 あ、こいつ、ハリボテだわ――と。

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