5.どこかで描かれたような世界を目指して
モコの作ったAWSから速攻で戻ったオレは、改めてAWS……つまり、異世界転生モノのお約束というのを教え込み、それを実行させるために必要な事を伝えた。
「いいか、要するにニーズに応えるってのが、エンタメの基本だ。今回の場合、承認欲求が最も要求されているものだが、その承認も、たかだか呼吸ができてスゴいね! と言われてもバカにされてるくらいにしか思われない」
「は、はい……でも、むつかしいです……。わたし、承認欲求、分かりません……」
モコは困ったような貌をして、可憐な顔立ちを暗く落とす。
「分かってないってことはないだろ。お前の設定は度は過ぎていたが、間違ってはない」
「えっ、そうなんですかっ……?」
オレが問題点を伝えるために紡いだ言葉に、モコは沈めた表情をぱっと持ち上げた。完全にダメではなかったと言われて、嬉しかったのか。……どうにもやりにくい顔をする。
自分が作った初作品を公開し、感想を求めるようなウブな輝きだ――。
オレはそんなモコに厳しい視線を向け、『度は過ぎていた』ともう一度ゆっくりと伝えた。
「だから、呼吸なんかどんな生き物でもやってるような事じゃなくてだな、オレたちの文明レベルでは常識な事を、それがない時代背景の異世界に飛ばして、己の知識、常識が賛美されるようなものにすればいいんだよ」
「うーん、そういわれても……」
「さっきのあの世界の設定としてはどういう世界だったんだ」
「オーソドックスなファンタジー世界です。魔法があって、冒険があって……」
モコが自作の舞台の設定を語ってくれたが、自身も言うように、一般的なライトファンタジーの文化のようだった。
先ほど、馬車が走っていたことからも、おそらく十八世紀程度の文化力だろうか。だとしたら、オレの知識でもそれなりになんとかなる部分がある。
「モコ、さっきの世界でいいから、もう一度オレを転移させろ。呼吸ができないとかふざけたのはナシにしてな」
「えっ、……いいんですか? あの世界、でも……」
おずおずとした態度のモコは、オレを上目遣いに怯えるように訊いてきた。自分の作った世界がダメだったと言われて残念に思っていたのだろう。
初めて作ったのだからそうそう上手くいくわけもない。とはいえ、初作品というのは思い入れもあるだろう。それを丸々捨てて作り直せと言われたらガックリとする。きっとモコは、オレがあの世界にもう一度転移させろと言った言葉が、嬉しかったのだ。
オレは、「おう」と短く返事することしかできない。もうモコの顔を真正面から見ていることが辛かった。
今のオレにはモコのその初々しい喜びが、じんじんするのだ。
「じゃあ、また転移させますっ!!」
「おう」
「アンチさんっ、ありがとうございますっ!!」
「……まだ始まってもないだろが。礼を言うのが早い」
モコは、いつもの天真爛漫な笑顔を取り戻し、くるりと一つ舞った。小ぶりな白桃のようなヒップがまぶしい。
「ではっ! AWS開始です!」
モコの合図で、オレは再度、異国の街道へと転移していた。一息すると、その空気の味が現代の世界ではないと分かるほどに美味しかった。
「とりあえず、オレのままで、変にこの世界の人間の知能指数を落とすようなことをしなくていい」
『はい。……でも、どうするんですか?』
「まぁ、カミサマらしく見てろ」
オレはそう言って、街道に沿って歩みだした。暫く歩けば、そこに町があるだろう。まず、この世界がどういった世界なのかを知るためにも街の文化レベルを確認だ。
進んでいくと、辺りの風景は喉かな田舎という具合に、畑や農畜風景が見えてきた。作業をしている人もいる。
その作業風景から、やはり十八世紀も前半くらいかと推測できる。……とは言え、やはり、ファンタジーっぽい違和感のようなものもあるのだが。
オレはその農作業風景を眺めつつ、更に街道を進み、やがて人通りの多い街の入口までやって来た。
家のつくりを見ても、木造とレンガの建物ばかりで、道行く人々も、髪の色が金髪だったり、ブルーの瞳だったりと異国の様相を強く感じる。
オレが色々と眺めながら歩いていると、周囲の町の人々もこちらを不思議そうに見つめ返してくる……。
今更ながらに思ったが、オレは現代の服装のまま、この地にやってきていたのだ。それは目も引くだろう。明らかにこの世界の人々から浮いている姿だ。
「あ、そういや、金もなにもないんだったな。流石にまずいか」
……前回、御者のおっさんと会話できたことから、言葉は通じるだろうが、何をするにしても金は必要だ。
オレは町のメインストリートを歩きつつ、手ごろな店を探す。見付けたのは酒場だ。
オレはそこに入ると、店の様子を確認した。
現在はまだ日も高いのだが、まばらに客が入っていて、テーブルで酒を飲んだり、メシを喰ったりしている人間がいる。
店主とウェイトレスの女性が元気よく働いていた。
オレが入って来たのを見付けたウェイトレスが、「いらっしゃいー」と挨拶して、他の客のほうにジョッキを持っていく。
オレはそのまま、店主のほうに向かってカウンターの席に腰かけた。
「いらっしゃい。何にする?」
「すまん。無一文なんだ。今日、一日雇ってくれないか」
「なんだ、変わった格好してるし旅人か? どこの国のもんだ?」
「ニッポン」
「知らねえなァ。音楽はできるか? 唄は?」
オレは首を振った。流しの吟遊詩人とでも思われたのだろうか。異国の話を歌にのせて語るだけで立派な商売になる時代だ。オレの世界の事を弾き語りでもしてやれば、面白おかしいネタにはできるかもしれないが、いかんせんオレは音楽系統は苦手分野である。
「掃除でも皿洗いでも……。あと、ちょっとした商売のアイディアを提供はできるぜ」
「アイディアだぁ? 面白いこと言うじゃねえか。とりあえず、今ちょっと人出不足だったんだ。洗い物をやってくれや。客が落ち着くまででいいからよ」
「よし来た」
主人はオレをカウンター内に通すと、簡単に道具の場所を説明してから、ウィストレスが回収してくる客の皿を洗うためにシンクの前に立たせた。
オレは居酒屋のバイトよろしくひたすらその時間、皿洗いにいそしんだ。時折、客の相手をしてくれと言われて、注文を取りに行かされたりもしたが、おおむね、こちらの世界の飲食店のバイトでもできる程度の技術でどうにでもなった。
ひとしきりのピークが過ぎ、客足が落ち着いた時、ウェイトレスがオレに声をかけてきた。
「おつかれさま! 私、イリア。助かったよ、色々手伝ってもらって」
「オレは、アンチ。こっちこそ、金がなくて参っていたんだ。快く使ってくれて助かった」
イリアと名乗ったウィストレスは大人びた雰囲気の女性だった。
容易く知らないオレを店で働かせてしまうなどおかしいと思うだろうか? 答えは否だ。
現代社会は異常なまでに警戒をする世の中になり、何をするにも身分証明や履歴書だのと必要になるが、この時代は大らかなものだ。それだけ人と人とのつながりを大事にしていたとも言える。基本的に人は信頼しあう時代なのだ。
「おう、お疲れ。とりあえず、これでも食えや」
主人がどでかい皿に盛ったパスタを出してくれた。働いて腹を空かせていたオレは好意に甘えてそれを平らげた。
「で、さっき言ってた面白い話を聞かせろよ」
主人が酒を片手にオレの前に腰かけて、話題を振って来た。
オレは膨れた腹を満足満足とさすりつつ、隣に腰かけてきたイリアも交えて商売のちょっとしたアイディアを提案してみせる。
「『ポイントカード』って知ってるか?」
「ポイントカード?」
「その店を利用するたびに、ポイントがたまって行って、一定数溜まると特別な商品がプレゼントされたりするんだよ」
「ただでやるってのか?」
主人はオレの提案に眉をひそめた。商売なのに、プレゼントをするということに合点がいかないらしい。
「そんなに大層なものをプレゼントにしなくていいんだよ。例えばこの店だったら、十回来たら、酒を一杯無料。とかでな」
「十回来たかどうかなんてどうやったら分かるの?」
「だからカードを作るんだよ。ちょっとそこの紙とペン、借りるぞ」
オレはウェイトレスからオーダーをメモするために使用している紙とペンを借り、その紙に簡単な升目を描く。
升目の数は十個。そこにスタンプでも押してしまえば簡単だが、これでも立派なポイントカードだ。
「こんな感じのカードをデザインして、店特製のスタンプを一度来るたびに一つ押してやるんだよ。十個のマスが全部溜まれば、酒一杯くらい無料でやっても十分ウマいだろ。十回もこの店に来てくれてんだぜ」
「なるほど、確かにそれなら客がウチを目当てに通いだすかもしれないな」
「マスター、それならちゃんと新しい子、雇ってよ。私だけじゃもう無理無理」
イリアがくたびれたような言葉を吐きながら、カラカラと笑う。主人もそうだなと言って酒をぐびりとやって、面白そうに笑んだ。
「なるほど、確かに面白いアイディアだった。よし、今日の分の給料やるよ。なんだったら、お前さん、このままウチで働いてもいいんだぞ」
「……そうだな……。行く当てもないし、しばらく厄介になろうかな?」
「アンチって、旅人なんでしょ? あんたの国の事、聞かせてよ」
「話してもいいけど、信じてもらえるかどうか……」
オレは苦笑してイリアに口のはじを吊り上げて見せた。イリアはそれで猶更に興味をもったようで、オレの肩に手を添えて、「聞きたい聞きたい」とすり寄って来た。
――ほれ見ろ、上々の滑り出しだ。
……大体このくらいのものでいいんだよ。ささいな知識で、この世界の人間にとっては『面白いアイディア』になる。そうして、徐々に信頼が積み上げられて、オレは異世界で名声を得る――。
大体こんな感じが、基本の基本、異世界転移モノのセオリーだ。
こうして、オレは異世界転移の第一歩を堅実に歩みだしたのである。
結局、主人の提案を受け、オレは暫くこの店に住み込みで働くことになった。店の二階は生活スペースになっていて、オレの部屋を簡単にだが用意してもらった。固いベッドではあるが、休むには十分なものだった。
その晩、オレはそのベッドでごろんと横たわっていると、モコがふわりと舞い降りるようにして出現し、オレのベッドに腰を下ろした。
「どうだ。特に何もしなくても、持ちうる知識で人の心がつかめただろ」
「すごいですっ!! やっぱりアンチさんはすごいですっ」
――凄いものか。オレの世界じゃポイントカードなんぞあって当たり前だし、それを知っているからと褒めたたえられるわけじゃない。
自分よりも下の者に対して、優位性を示しただけで、自分が成長し、人から抜きんでたわけではない。
それでちやほやされているのを見て、何が面白いのだ。――と、アンチ癖が脳内で語られる。
「面白いですねっ! アンチさんっ! わたし、わたしついに、AWSがはじめられたんですね!!」
「……だから、面白いのはお前だけだっつーの」
オレは悪態をつく様にして見せたものの、本当にうれしそうに、楽しそうにする彼女の姿に、その声は消え失せてしまうほどに細々としたものとなった。
(……ちっ、異世界転移モノなんぞクソ喰らえだ。絶対に廃れさせてやる……)
「アンチさん、ありがとうございますっ」
ぼふっ。
――と、ベッドに横たわるオレにモコが抱きついてきた。彼女の白髪が柔らかくオレの顔にかかってくすぐったかった。
だから、オレはそれを振り払う様な気持ちで、ごろりと体を横に向けた。
「きゃあ。あはははっ」
すると、抱きついているモコも一緒にオレと横に転がってしまう。それが面白かったのか不明だが、テンションが上がっているモコは楽しそうにはしゃぐのだ。
……まるで、修学旅行の夜の学生のようだった。
オレとモコの嚙み合っていない異世界転移冒険記は、まだまだ始まったばかりである――。
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