4.すっぽんぽん少女、再来

 ラーメンタイマーというものがある。念のために付け加えておくがそういう名前の計測機械があるわけではない。

 それは三分間ちょうどで終わる動画をさす。オレはそんな三分で終わる動画をスマホのアプリで再生し、インスタントの焼きそばのカップにお湯を注いだ。

 これだと、ラーメンじゃなく焼きそばタイマーである。……とかどうでもいい事を考えてしまうくらい、オレはその時、空虚だった。

 動画サイトの検索で「ラーメンタイマー」と打ち込んで、適当に開いた動画を再生しつつ、オレはそれをぼんやりとみていた。

 CGで作られたキャラクターが軽快な音楽に合わせてダンスしている動画だった。ところどころにツッコミどころのある動きが入り、動画には『草』が流れる。このダンシング動画がちょうど三分で終わるのだ。

 この『草』を打ち込んでいる奴というのは、本当に画面の向こうで笑っているんだろうか?

 オレは、その『大草原不可避』の動画を見つめ、クスリともせずに三分が経過するのを待っている。


「…………」


 くだらない。その動画の再生数はミリオンを超えている古参動画であった。オレはなぜこれがそんなに再生されているのか、面白がられているのかサッパリ理解できなかった。

 オレのように単純に『ラーメンタイマー』として視聴しているだけの奴もいるかもしれないので、面白がられて再生されているのかはひょっとすると違うのかもしれないが。


 動画が終わり、ちょうど三分。オレはお湯を注いだカップの置いてある台所へと移動しようした――。


「アンチさん!」

「おわっ!?」


 スマホの画面から目を外したオレに飛び込んできたのは、以前オレに異世界転生を行わせた全裸少女、自称女神のモコであった。


「アンチさん、やりましたよ! わたしのAWS動画にコメントがついたんですっ!!」

「……ああ、そう」

 翠の瞳をキラキラとさせて、白い前歯が見えるくらいに笑顔を見せるモコは相変わらずすっぽんぽんであった。

 オレはまさかまた会う事になるとは思っていなかったので最初慌てたが、こちらが驚き戸惑うより先に、モコがすでに大はしゃぎでぴょこぴょこ跳ねるので、逆にオレは落ち着き、冷めた。


「コメントってどんなんだよ。あんなクソな内容に付くのなんか、どうせ誹謗中傷だろ?」

「いいえっ。そんなの一つも来ませんでしたよ」


 オレが以前やった異世界転生は家に生まれ変わって、そこに居着いた家族を眺め、父親が病気で死ぬというもんだった。

 あんなのが評価されたとでもいうのか? やっぱりクソだろ、異世界転生モノ。


「今日はなんのようだ。まさかまた異世界転生やらせる気じゃないだろうな」

「はい! やりましょう、AWS!」

「やだよ、めんどくせえ。オレになんのメリットがあるっつーの」

「面白いじゃないですかー」

「面白いのはお前だけだろ!」


 はしゃぐモコのおでこに、びしりと人差指を突きさし、オレはグリグリとねじりこむ。モコは「あぅ」と小さく呻いてその大きな瞳をきつく閉ざした。


「そうだったんです。前回はわたし、AWSが初めてやるので、全部アンチさんに任せちゃったのは申し訳ありませんでした」

 ちょっと赤くなったおでこをさすりながら、モコはそう切り出した。


「だから、今回わたしはきちんと異世界転移の事を勉強して、自分なりに作ったものがあるんです! だから、アンチさんに異世界転移してほしいんですっ」

「……どうしても、そこから離れないのかよ。オレは、異世界転移モノが嫌いだって言ってるんだよ」

「でも、前回のAWSは、アンチさんの気転でとっても面白くなったんです。視聴者さんから頂いた感想も、面白かったって、言ってくれてます」


 ……面白かった? そんなバカな……。オレがぶっ潰してやろうと思っていた行動は裏目に出たというのか。

 ――待てよ――? そもそもあの異世界転移のシナリオは、オレが一から十まで主導で動いたためだ。

 オレは異世界アンチの精神のもと、初志貫徹で動いたつもりだ。だから、アレが評価されたのだとしたら、異世界転生モノでありながら、異世界転生モノの体を成していなかったためではないだろうか。

 だから、前回のAWSはうまくいってしまったのだ。それではダメだ。

 異世界転移モノのセオリーを押さえた作品の上で、これはダメだと否定しなくては、異世界アンチにはならない。

 つまり、コテコテの異世界転生モノの中で、評価されないようにすればいいのだ。

 見た人間を、ツマンネと言わせれば勝ちだ。そして、そいつが異世界モノはオワコンだと感じ取り、廃れさせるような流れを作らなくてはならない。


「お前、本当にAWSの勉強したんだろうな」

「はいっ、伊達にAWSファンじゃないですよ♪ いろんなAWSを見て、自分の中でやってみたいって思っていたものができました。前回は練習のつもりでしたけど、今回からはわたしの描くAWSを見せたいんです」

 全裸少女が、仁王立ちで胸を張る。正直胸とは言ってもなだらかな丘という程度のものだが。


「……ところで、お前、前から気になっていたんだが、なぜ全裸なんだ」

 オレはモコの裸体をまじまじと眺め、改めて突っ込んでみる。正直なところ、こうもあけっぴろげだと、まったく興奮しない。寧ろ寒そう、とか思えてならない。


「服を着るのは人間だけです。人間が毒の入った果実を食べてから、服を着ないと恥ずかしい、と考える病気にかかってしまったので」

「え、あ、アダムとイヴのあれ?」

「アレです」

「病気なのか? 羞恥心って」

「不治の病ですねー」


 なんだか腑に落ちない価値観を示されたようだった。だが、つまり、モコは人の姿をとってはいるものの、恥じらいとかそういうのはないと理解した。

 試しに、彼女の股間をじっくりと観察させてもらったが、モコは早くAWSしたい気持ちばかりが強いらしく、ワクワクした表情のまま、オレの視線を真っ向から受け止めた。


「うーむ。ありがたみとかもまるで感じない」

「何がですかー。早くAWSしましょう!」


 まぁ銭湯や温泉で小さな女の子が入ってきても特になんも思わないと同じか。そこにあまりにも自然にいると、そういう目で見なくなるというか。……え、おかしい? 興奮する人間もいる? 知らんよ、そういうペドな輩のことは。


「よし、ならお前が考えたAWS、やってやる」

「はーい! それじゃあまずは、ハンドアウトの説明です」

「は、ハンドアウト?」

「アンチさんがこれから異世界転移する事前説明です。いきなり、世界に放り出されて何をすればいいか分からなくならないように、簡単な設定を教えておきます」

 なるほど。要はオレのキャラとしての役割を定義付けるようなもんだろうか。


「アンチさんは、これから行く異世界では、ただのアンチさんです。特別な力はなんにもありません。ありのままのアンチさんで転移します」

「チート系はなしか」

「はい、前回チートをしすぎると興ざめするとおっしゃっていたので、今回はまったくなしにしました。あっ、でもご安心ください。帰りたくなった時は、帰りたいと言ってくれればすぐにここに戻しますから」

「OK」


 なるほど、今回は自分そのままで転移するタイプか。と、なると色々なパターンの物語が浮かぶ。

 現代人が転移しても戦闘技術はいまいちだから、大体生産系や知的分野で貢献して活躍するってやつだ。

 あの手の物語の陳腐なところは、リアル世界じゃごく普通なボクちゃんでも、異世界なら大活躍できるピョン! みたいな安い満足感を得るためのストーリーラインだ。要するに承認欲求を満たしたいヤツが喜ぶような話作りがされている。


 ――いいだろう。あえてそこに乗っかってやろう。道化を演じてやるさ。そしてベタベタの異世界転移モノを展開したうえで、見た人間に異世界転生なんぞオワコンだと言わしめてやる。


「ではっ、いざAWSへ――!!」


 モコのちょっと赤くなったおでこから、前回同様、光がぱぁっと広がって天空に伸びていく。

 すると空間があっというまにグチャグチャになって、気が付くと、オレは着の身着のまま、見知らぬ世界に降り立った。

 周囲を見回すと、街道が伸びていて、そこを一台の荷馬車がゆっくりしたペースで歩んでいた。


「……もう始まってるのか。どうしたらいいんだ。ハンドアウトと言っても、具体的な行動指示はなかったぞ」


 とは言え、すぐ傍に「さあ話しかけに行け」と言わんばかりの鈍行さで進む荷馬車がいる以上、まずはそいつにアクセスしろということだろうか。

 オレは、与えられていない架空の台本に従うつもりで、その荷馬車の前に進み出た。


「おい、ちょっと訊ねたいんだが」

「う、うう……げ、ゲホッ」


 御者のおっさんに話しかけ、ストーリーを進めていこうと思った矢先、そのおっさんは青ざめた顔で苦しんでいるようだった。

 おいおい、急展開だな――。何か患っているとかか?


 オレが前に出たことで馬は歩みを止めたので、苦しそうにしている御者の傍まで行き、様子を診てやる。とは言え、医学知識なんぞオレは持ってないが。


「おい、大丈夫かよ」

 おっさんは、息苦しそうにぜえぜえ言いながら脂汗を浮かべてこちらに手を伸ばす。

「く、苦しい……」

「そりゃ見りゃ分かる。なんで苦しい? 病気か」

「呼吸の……仕方が分からない……」


 …………。


「鼻からゆっくり、空気を吸い込んで、口から吐き出せ」

 オレはまるで機械のように感情のこもらない声でそう言ってやると、おっさんは「スゥー、ハァー」と呼吸をした。それでみるみる顔色は回復し、そして感激したように大げさにこちらを見てくる。


「すごい! 呼吸の仕方を知っているなんてあなたは天才か!」


「もどせ」


 オレはおっさんの感激の言葉を三白眼で見て、モコに冷たく言い放った。

 すると、たちまちおっさんは消え失せ、また自分の家に戻って来た。目の前にはきょとんした不思議そうな顔をしているモコがいた。


「早いですね? どうしました?」

 オレは首をかしげるモコの頭をアイアインクローでギリギリ締め付けて言う。言ってやる。

「度が過ぎるゥ!!」

「えぇぇっ? ど、どうしてですかあっ?」

「お前、オレのこと、むしろバカにしてるだろ。バカにしすぎてるだろ」

「し、してませんよっ」


 血走った目を向けられ、流石にモコは冷や汗を垂らして、ひきつった笑みを浮かべた。だが、本当に分かっていないのか、モコは今のAWSの露骨な壊れっぷりを理解していない。


「呼吸の仕方も知らない人間が生きていけるのかッ!? 破たんしてるだろッ!!」

「で、でも、アンチさんでもできる当たり前のことって呼吸かなーと……」

「どんだけ何もできないんだよ、オレはァァァッ!」


 これでは、リアルでは当たり前の知識でも異世界では、もてはやされるという設定ありきのクソさを伝える以前に、色々ヒドい!


「お前、ホントにAWS好きなのォ!?」

「だいすきですっ」

「クッソ莫迦!」


 なぜか得意げにドヤ顔で言うモコに、オレは崩れ落ちた。

 こいつには色々足らないものが多すぎる……。こいつのAWSを利用して異世界転生モノをアンチする以前に、そもそもの基盤作りを叩きこまないとまともにアンチすらさせてくれないのだ。

 オレは可憐で無垢な全裸の少女を調教することを誓うのだった。


 ――そう描写すると、一気に官能小説っぽくなるな、と他人事のように思いながら――。

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