3.初めての異世界転生・完

 家になって時間も過ぎ、夜になっていた。

 オレは家として住み着いた家族の様子を観察するばかりであったが、これが意外に飽きなかった。

 人のパラメータを見ながら、その人物のとる行動を観察するというのは、不思議なもので好奇心をくすぐる。

 たとえば、娘のパラメータの睡眠が随分と落ち込んでいるのを確認したが、その時、彼女は眠そうにしていた。だが同時に寂しいと感じているようで、眠いながら、母親といじらしく会話しているのを眺めていると、睡眠のゲージがどんどん限界に達しつつ、寂しさはゲージが回復していくようだった。

 そして、寂しさがある程度回復したら、娘はいよいよ床に就いたのだ。


「これが神の視点ってやつか」

 モコ達、カミサマが異世界に人間を転生させて楽しむAWSという遊戯の片りんを味わえた気分だった。

「やろうと思えば、ある程度その人にさせたいことを指示できますよ」

「なんだと? じゃあ何か? オレたち人間は神の思い通りに動かされているってことか?」

「そういう力を全部渡してますから、アンチさんはやろうと思えばできますよってことです。その力があっても、使わないカミサマはいっぱいいます。だって人間の数って多いんですもん」

 なるほど……気まぐれに人の様子を見ては、たまにちょいと手助けしてやるくらいというわけか。

 妙に納得した。

 確かに今オレは家になって、ただ一家族だけを眺めているが、カミサマからすれば世界中の人間を見ているんだろうから、いちいち細かに人の事に指示を出したりはしないってことか。


「たとえば、ホラ。このお父さん、ちょっと病気になりかけてます。これを癒してあげるというのはいかがですか?」

「……神のチカラで一発で、か? 味気ないな」

「味気ない! そうです、それです! やっぱり人間の視点って面白いですね! じゃあ、どうするんでしょうかっ!?」

「……なんだか、軽く見下されているようにも聞こえるが……。まぁいい。大体な、何の苦労もなく、ホイホイ物事がうまくいくって流れが気に入らないんだよ。チートでオレツエーの安っぽさはまず、それだ」

「オレツエー?」


 モコが間の抜けた声でオウム返しをするが、オレはそれを無視して、この父親の病気を快復させる手段を考える。

 何かしらのプロセスが大事だ。仮定があってこそ、結果は輝くのだ。

 オレは、チート能力を利用し、家から遠く離れた草原の一画に水場を見付けた。

 家からはそこそこ離れた処にあるし、辺りには野生動物もいる。中には獰猛な野獣もいるようだ。獣たちの水飲み場として存在しているであろう、その水たまりは周囲に色々な草が生えている。


「よし。これだ」

「どうするんです?」

「ここに、父親の病気を治すために必要な薬草を生えさせておく。それだけだ」

「え、それだけ? 父親に薬草を取りに行かせるような指示はしないんですか?」

「せん。それだと予定調和だろ。助かる手立てはある。だが、それに対する導線は用意しない。あの家族が気が付くかどうかを眺めろ」


 オレはチート能力で水たまりに薬草を生やさせた。

 いずれ、父親は病気を患うだろう。それに気が付いた時、どうやって治療するか。もしくは治療できずに死んでしまうか。

 このくらいでいいのだ。


「あの父親が助かるには、薬草の知識を持った人間と、あの薬草、そして、病気を判明できる医学知識も必要だろうな。さらには、あの水辺までたどり着くための情報、そして野獣に対する対処法も、か」

「凄く無理そうです!」

「そうだ、世の中は理不尽だ。うまくいくことのほうが少ない。まぁあの父親が病気に死ぬのは八割ってところじゃないか?」


 これで助かれば奇蹟だろう。もっとも、用意された奇蹟ではあるが。本来ならば薬草すらなかったのだから、助かる見込みは限りなくゼロだっただろう。

 手は出しても、それが上手くいかない時のストレス、物語の結末としての浮かばれなさ。

 これでこの物語も後味の悪い駄作になるだろう。


「なんだかおもしろくなりそうですっ! やっぱりアンチさんを選んでよかったです!」


 モコは無邪気にそう言う。

 人の人生を弄ぶようで倫理的には酷くもみえるだろうが、そもそも何もしなければ、父親はただ病気になって、のたれ死ぬだけだったのだから、まだオレのとった行動はマシなもんだろう。

 ――そんな免罪符のような言葉を心に打ち付けて、オレとモコは家族の行く末を眺める事にしたのである。


 とはいえ、そのままずっとのんびり見ていたのではダラダラ長丁場になる。

 そこでチート能力で、時間の流れを早めることにした。

 家族の成長を見守りつつ、一か月を数分で体感できるような流れにしておく。


 目まぐるしく日が昇っては暮れて、と高速フィルム映像のような光景を見ながら、家族の動きを見ていくと、父親のステータスが徐々に悪くなっていくのを確認できた。

 父親の調子が悪そうなのを母と娘が心配そうにしつつ、母親は時折家から出て、どこかの町にでも行ったのか薬を貰って来た。

 だが、それでは回復しない。

 ――これは、ダメだな。助かる見込みはほぼない。


 そう思ったある日の話だ。母親が町から薬を貰って帰って来た日に、医者が付いてきた。

 医者は若い男性で、聡明そうな顔つきをしていた。

 父親の容態を見て、今ある薬では助からないと診断したようだ。


「あっ、ついに病気の事が分かり始めましたね」

「ああ、医者を連れてきたはいいが、だが薬草に関してはサッパリだな」


 それから、また数日が経過すると、もういよいよ父親は動けないほどになっていた。

 父親が動けない事から母親と娘が、やりくりし、働く。

 母親は毎日町まで遠出して、働きながら、薬を貰ってくる。

 娘は家で父親の看病をしながら、どうにか助けられないかと独学で本を読み漁っていた。

 それから、一匹、ペットの犬のような動物が、寄り添うように娘と共に過ごしていた。

 また数日後、医者が父親の容体を確認しに来たが、かぶりを振っていた。それに悲しむ母親。娘も暗い顔をしていたが、毎日読んでいた本を医者に見せ、何やら必死に訴えているようだった。


「……む」

 オレはその光景を見て、時の流れを通常に戻した。


「あっ、もしかして……薬草のことを?」

「そのようだな……」


 娘は独学で得た知識から、薬草の存在までたどり着けたようだった。医者の男性にそれを指し示すと、医者は頷く様に返していた。

 それで娘は決意したように、家から飛び出していった。


「薬草の場所、分かったんでしょうか……」

「どうだろうな。そう簡単にはいかないだろう」

 オレの予想は的中した。娘は父親の病気を癒すための薬草の存在まではたどり着けたものの、その薬草がどこに群生しているのかは分からないようだった。

 日が暮れるまで探し回っては落胆して帰宅する。そしてまた翌朝、家から飛び出して、薬草を捜すという日々になった。

 娘のステータスを確認したところ、かなり薬草学のスキルが上がっていたし、サバイバルスキルも上昇していた。

 対して、父親はもう限界間近だった。

 もって後、七日――。


 そんな七日目の日、娘とペットは共に薬草捜しに出て、ついにあの水場を見付たのである。


「あっ、すごいすごい! 見つけましたよ!! アンチさんっ!」

「……」


 モコが一際高く声を響かせるが、オレは押し黙ったまま、その結末を見届ける。

 ここまでは良い。だが、まだ欠けているものがある。


 薬草を見付けた娘はそれを採取して、水場から離れようとした、が――。

 そこには獰猛な野獣がやってくる水場でもある。無防備な娘に対して、牙をむいた肉食獣が襲い掛かった。

 野獣に対する防衛力――、それが決定的に欠けていたのだ。


 娘はここで獣の牙で致命傷を負う――と思われた。

 が、ペットが野獣に対して立ち向かったのだ。

 娘はそのおかげで野獣から逃げる事が出来た。


 しかし……ペットはその身代わりとなり、野獣の餌食になってしまった。


「……ああ……」


 モコは悲痛な声を漏らした。オレはまだ何も言葉を零せずに、それを見ていた。

 娘はペットによって救われた命と共に薬草を家まで持ち帰った――。


「間に合いそうですか!?」


 モコは夢中になってその様子を見ていた。

 医者が薬草を受け取ると、すぐさまそれを薬にして、父親に処方した。

 オレは父親のステータスを開き、確認する――。


 手遅れ――。


 開かれたゲージが示していたのは、もう処方するには遅かったという無情なパラメータだった。


「間に合いません、でしたか……」


 そうだ。間に合わない。

 世の中うまくいかないものなんだ。ご都合主義の、刹那的な快感だけの、ハッピーエンドなんて薄っぺらい――。

 異世界転移の物語なんて、リアルの苦しみから逃れるための心地いい物語――。

 そんなもの否定アンチしてやる。


 娘の努力も、ペットの命も儚く、その結末は報われなかった。

 父親は、その日、亡くなったのだ。



 ◇◆◇◆◇



「よし、戻せ」

「あ、はい。ではアンチさんの元の状態に戻します」


 オレは一つの物語が終わり、モコに異世界転生を元に戻すよう指示した。

 グニョリと意識と風景がゆがみ、あっという間に見慣れた自分の部屋に戻って来た。不思議な事に、時刻もまったく過ぎておらず、モコと出会ったあの朝だった。


「アンチさんのおかげで、初めてのAWSができましたっ! 早速これをユーチューブに公開しますねっ!」

「ああ、しろしろ。そんで炎上しろ」

「しませんよぉ、とっても面白かったじゃないですか!」


 モコはそう言ってニッコリと笑んだ。

 オレだって炎上するとは思っていない。寧ろ、誰からも注目されず、チリにも等しい扱いで終わるだけだろう。カミサマ世界のユーチューブが、オレの知るユーチューブと似たものなら。

 初投稿で注目される作品なんざ、滅多にない。たいていは無数の動画に埋もれる定めよ。再生数2とかで絶望しろ。


「どこか面白いんだよ。クソだったよ、クソクソ」

「ふふっ、アンチさん。それじゃあどうして、最後に『指示』を出したんですか? 指示はしないんじゃなかったんです?」

「ハチャメチャにしてやろうと思っただけだ」


 モコはオレのむくれる顔を見て、やはりクスクス笑った。

 結局のところ、父親とペットは死んだ。

 死んだが、お別れしたわけではない。

 死んだあと、ゴーストとなって、あの家で仲良く暮らし始めた。まぁ、あのオレが転生した家を『お化け屋敷』に設定してやったのだ。

 奇妙な形ではあるが、父親とペットは透明の身体を得て、これまでよりもより自由に毎日をフワフワ楽しく生活している。

 もちろん、そのゴーストの父親とペットは家族にも見えている。会話もできるし一緒に食事もできる。ゴーストなのに、空腹に悩まされるという設定は逆に苦労も多いかもしれないが?


 それから、あの医者の男と、娘が結婚するに至った。

 オレたちはそのまま数年と時間スピードを高速にして、家族の生活を見て過ごした。

 医者だった男があの幽霊屋敷で開業し、幽霊相手の医者として、異色の物語となった。

 娘は医者との間に子供を作り、幸せに暮らしたし、ただの掘っ立て小屋だった『オレ』はどんどん増築されて立派な豪邸にまでなった。

 幽霊病院として名を馳せた一家の物語は、これ以上オレにとって見ていられないものだった。


 ――実にラノベ臭かったからだ。


 バカバカしい、滑稽な、そんな結末と設定。

 こんなもの、流行ってたまるか。


 オレはモコがその笑顔を輝かせ、何度もお礼を言うたびに、『失敗しろ』と呪うばかりだ。

 モコが大きくお辞儀して、カミサマ世界に帰る。

 オレは、もう一度寝なおそうとしてベッドに入るのだが、そこに転がっていた溶けかけた氷を尻で踏みつぶして、完全に目が覚めたのだった。


 スマホを覗いて昨日オレが立てた掲示板は、華麗にスルーされていた。


「全然書き込まれてねえ……。ちきしょう」

 書き込み数たった数件。

 最後の書き込みのテキストを見て、オレはスマホをポイっと布団に投げ捨てた。


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 6: アンチさん@モコ 20XX/X/X(X) 7:20:36.48 ID:KaM1SamA

 世界があって人がいれば、それだけで素敵ですよね!


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