2.チート主人公爆誕。だが動かない
「それでは、早速――」
「待て待て待て待て」
モコが何やらポーズを決めて異世界転移の儀式のようなものを開始しようとしたので、オレは即止めに入った。
やるとは言ったが、何もわからないまま開始するわけにはいかない。オレは取説をしっかりと読んでから物事を開始するタイプなのだ。
「とりあえず、異世界転移するにあたって、いくつか条件を確認させろ」
「はい。なんでもお応えします!」
「じゃあ、一番気になるところなんだが、異世界転移したらもうこっちには戻ってこれないのか?」
「戻ってこれないほうがいいですか?」
「いや、さっきも言ったが、オレはこの世界で生きる事を誇りにしてるんだ。戻れないなら異世界転移はしないぞ」
大真面目な顔で言ってやった。これだけはどうしても譲れない。オレはこの世界を投げ捨てるような無責任な事をしたくない。それをしてしまう事は自分の人間性そのものを否定することになる。
いくらアンチのオレでも、自己否定はしない。寧ろ、自分は絶対に間違っていないと思うからこそ、他者をアンチできるのだ。
これがアンチのプライドだ。
「じゃあ、戻れるようにします」
「よし。オレが戻せと言ったらすぐ戻せよ」
「んー。分かりました! それなら、こうしましょう!」
モコがぱっと閃いたように明るい表情をして、大きく身体を開きつつ天を仰ぐようなポーズを取ると、彼女の額から上に向かって真っすぐに光の帯が伸びあがっていった。
それは部屋の天井を貫くも、破壊するようなことはなく、壁を通過して、はるか彼方の天空へとレーザービームのように上がっていった。
すると、急に辺りの風景がブラックコーヒーに垂らしたミルクのように、奇妙な空間と混ぜ合わさっていく。
たちまち、オレの自室は消え失せて、宇宙空間に浮かんでいた。周囲には大小さまざまな惑星が浮かんでいた。
「……マジで、カミサマなんだな」
「はい! これから舞台を用意しますね! その世界で、アンチさんは英雄になるんです!」
「英雄ねえ……。なんか能力とかくれるわけ?」
「はい。全部上げますー」
「……え? ぜんぶ?」
「いつでも戻れたほうがいいですよね? わたしも初めてAWSするので、勝手がわからないんです。とりあえずアンチさんにぜーんぶ力渡します」
「は? おい、そんないい加減な……」
オレの言葉を満足に聞かないまま、適当に選択したであろう惑星に、オレを放り込んだのである。そりゃあもう、満面の笑みで。
そんな顔を見て、まぁ気持ちは分からんでもないと、なぜだか悟ったように異世界に降り立つオレ。
彼女からすれば、ずっとやりたいと思っていたアナザー・ワールド・シミュレーションなんだろうから、ワクワクしてしまうのは当然かもしれない。
モコ自身は神様だと名乗っているけど、彼女の爛漫さは、見た目相当の少女のようだった。要するに、ずっとやってみたかったゲームを手にした瞬間であり、楽しみで仕方ないという気持ちは理解できるのだ。
……最も、オレはそのゲームを台無しにしてやるために異世界転移したわけではあるが。
風が心地よい緑豊かな草原に、光の玉として降り立ったオレ。自分の身体が人のカタチを成していない事にちょっとばかり驚いた。まるでホタルのように儚げな光だけでフワフワ浮いている感じ。
……と言えば詩的ではあるが、ぶっちゃけると、ゲームチックでシステム的にはマウスカーソルのようにも思えた。
「おい、なんだこれは。どうしたらいいんだ」
どこにいるか、モコの姿を確認はできないが、とりあえず、疑問な事は声に出して聞いてみる。
「まずはキャラクリエイトですよ、アンチさん!」
「キャラクリって……ゲームだな、完全に……」
「どういう主人公がいいのか分からなかったから、そこからアンチさんにお任せしようと思います。お好きな自分を造形してください。美少年も、美少女も自在に作れますよ」
大したもんだと呆れ気味ながらに感心はしていた。伊達にカミサマではないらしい。
オレはとりあえず、思考する。こんな造形で、身長はこのくらいで……と想像すると、光の玉だった自分がその思い描いた姿に変化していくのだ。メタモルフォーゼをする様は、ちょっとばかりキモチ悪かったが。
さて……、まず最初のポイントだ。
オレの大嫌いな異世界転移モノ。こんな物語を台無しにするには、どんな主人公が最適だろうか。
イケメン、美少女は絶対ダメ。かといって普通の自分自身もダメ。そのあたりはもう色んなネット小説で当然のように出回っているからだ。
だとしたら、むしろ人間ではないモノに……。そう考えて、それももうあると考え直す。
スライムに生まれ変わったり、クモになったりと、その辺も出尽くしている感があるのだ。
……!!
天啓とも言えるアイディアが閃いた。
生物でないものにすればいいんだ。そう、つまり、オレが取るべき姿かたちは……!!
オレの光り輝く身体がグニョリと変形を繰り返す――。
そして、光が閃光となり、閃光が粒子となって散った時、その場にオレが爆誕した。
「え、ええー! アンチさん、その姿は……!」
「どうだ。これで物語が進められるのか? 見ものだな、カミサマよ」
草原に突如閃光と共に現れたのは、ぱっとしない掘っ立て小屋だった。
そう、オレは掘っ立て小屋に変化したのだ。これなら、冒険もしない。人とのコミュニケーションも取れない。物語が進むか? 否! 主人公が掘っ立て小屋では話もクソもないだろう。
「すごぉい! すごいですっ!! わたし、こんなの全然思いつきませんでした!」
「……は? いや、オレはこのAWSとか言うふざけた話をだな……」
どこからか見ているのかモコの声は脳内に響く様に聞こえ、オレも声を出しているようにしゃべるが、実際は脳内でモコと会話のやり取りをしている。まぁテレパス的なやつだ。
オレはこのくだらない異世界転移をメタクソにしてやるために、台無しの一歩を歩みだしてやったつもりだった。
すっかり、暗い顔をするであろうモコの言葉を期待していたのに、リアクションは凄いを連呼する感嘆の声だった。
「いや、あのな、オレはこの世界においてただの小屋だぞ。何も動きようがないだろ」
「大丈夫です! わたしが世界を作って、アンチさんがそこに居たなら、もうそれだけで物語は始まるんですっ! ほらっ」
テンションの高い、楽しそうな声が響く中、モコは何やら方角を示した。オレが意識を向けると、草原の向こうから遊牧民のような恰好の家族がこちらに歩いてくる。
父親、母親、そして娘のようだ。それに加えて、犬のような動物が跳ねるようにして付いてきている。あれはペットか何かだろうか。毛むくじゃらの四つ足歩行する耳の長い犬のような生き物だった。
家族はオレ、つまり、掘っ立て小屋を見付けると、何やら会話をし始めた。
だが、何を言っているのかは分からない。
「なんだ、言葉が通じないのか?」
「ハイ。通じないですね。でも、アンチさんには、全能力を与えてますから、会話しようと思えばできるようになりますよ。なんでもし放題です」
「……チート使い放題主人公が、小屋スタートってだけでもう、この物語は躓いてるんじゃないのか」
「そんなことありませんよ。だって、このやって来た家族を見てください。彼らは、突然現れた光を追ってやってきたら、そこには見たことがない家がたってたんですよ。もうそれだけでお話は始まるじゃないですか!」
なるほど、この家族は遊牧の旅をしている最中、突然上空から落ちてきた光を見付け、その場までやってきた結果、小屋を見付けたということか。
この光が家じゃなく、人のカタチを成していたら、さも地上に降り立った救世主とかそういう具合に話も進んだだろう。
でも、オレは家だ。モコは自分のチートを使えば、会話だって自在にできるようになるというが、オレはそれをしない。
だって、会話をしてしまったら、物語が転がりだしてしまうじゃないか。オレは、異世界転生モノを廃れさせるために異世界転生をしたんだから、面白くなるようにしてはならんのだ。
「あれ、会話しないんですか?」
「せん。無視だ」
「家がしゃべったら変ですもんね」
「そういうわけじゃ……あ?」
不思議そうに小屋を見ていた家族が、玄関口の戸を開いたのだ。
どうやら、こいつら、中に入ってくるつもりのようだ。父親を先頭に、母親がゆっくりと窺うように入ろうとする。だが、興味津々の子供がはしゃぐようにして、親の脇をすり抜け小屋の中に入った。
相変わらず何をしゃべっているのか分からないが、家族の表情や動きで、大体の想像がつく。
急に飛び込んだ娘に、両親は慌てて注意をしているようだ。どうやら、両親のほうはまだ警戒しているようだが、子供とペットのケモノは面白そうに小屋の中を物色し始めている。
自分で設定した姿の掘っ立て小屋だが、内装は適当に考えたので、オレ自身、自分の姿を家族同様にまじまじと観察した。
おんぼろの外見ではあるが、屋根はしっかりしていて、雨風はしのげるだろうし、放浪の旅をしているこの家族にとっては十分な家屋だろう。
もっとも、家具なんかはさっぱり置いてない。ここで長く生活するには用意しなくてはならないものが多数あるはずだ。適当に夜露を凌いだら、この家族は次の目的地に向かって出立するだろう。
オレは暫し、その家族たちの様子を観察することにした。
父親が安全な事を確認したらしく、落ち着いた様子で荷物を下ろし始めた。
どうやら、家具が何もなかったのが裏目に出たようで、ここを利用している人物はいないらしいと踏んだのだろう。
持っていた荷物を広げだして、小屋に設置していく。
すると、たちまち、簡素ながら寝床と囲炉裏が出来あがった。旅慣れしているためだろうか。大したもんで、テキパキと作業は進められ、何もなかった掘っ立て小屋に、温かい火が灯った。
「アンチさん、アンチさん。この住人の情報を見てみましょうよ」
テレパスで会話してきたモコの声に、オレは能力を使用してみせる。頭にこうしたいとおぼろげに空想するだけで、まるで開発中のゲームに出現するデバッグコマンドのようなテキスト欄が表示された。
オレは今、家そのものでありながら、自分の家の内装を俯瞰で見ているような感覚を持ち、家に住み着いた家族の情報を読み取ることができるのだった。
「こりゃ、マジで文字通り『チート』だな」
やって来た父親のステータスを確認すると、簡略化されたいくつかのバーが表示される。
睡眠欲や、空腹、衛生面や精神面の様子がパッと見て分かるのが便利ではあったが、まったくもってゲームチックだった。
「なんか、マジでシミュレーションゲームみたいだな」
「アンチさんが空想した理解しやすいモノが投影されますから、アンチさんにとって、ゲームの画面というのが、もっとも認識しやすかったという表れではないでしょうか」
「はー? それっぽい設定だな」
モコの解説に若干のアンチ癖をにじませつつ皮肉交じりに鼻で笑う。
とは言え、これで住人の様子が事細かに把握できる。それも直感的に。
この父親は現在空腹度がかなり落ちている。つまり腹ペコなんだろう。それを回復させるために、急ごしらえの囲炉裏で何か料理でもするらしい。
母親と娘のステータスを覗いてみると、父親同様に腹を空かせているようだった。
「お腹が減ったので、ごはんを食べるんですね。あ、お母さんが料理をし始めましたよ。お母さんの料理スキルに経験値がたまって行ってます」
モコの声に母親のステータスを確認すると、なるほど、料理のスキルに経験値がゆっくりと溜まって行っている。これがいっぱいに溜まるとレベルアップ……みたいなもんだろうか。
「ヒトはこうしてゆっくりですけど、自分のなかの能力を磨いていくんです。見てて面白いでしょう? アンチさんもスキルが色々とあるんですよ。ご自分の能力は好きに設定できるようにしているので、好みに弄っておいて結構ですよ」
「いや、オレ、今ヒトじゃないし。家だし」
「いつでも家からヒトの姿に変身できますよ。なんでもできるように設定してますから。ヒトじゃなくて、怪獣や幽霊なんかにもなれますし」
「……なんでもやり放題ってのは……ほんと、度が過ぎると一気に気持ちが冷めてくるよな」
「あっ、そうなんですか……。すみません……。初めてで、わたし……アンチさんに何でも可能にしちゃいました……。ど、どうしましょうか」
「……要は使わなきゃいいんだろ。そうだよ、何も使わなきゃいいんだ。ただただ平凡に流れていくだけの毎日。これは退屈だろ。なんのための異世界転移だっつーの的な」
「たいくつ、ですか? わたし、いま、凄く面白いですよ」
顔は見えないが、その声だけでも素直な楽しさが滲んでいるのが伝わってくるようなモコの声に、オレは正直どう返していいやら参った。
オレは異世界転移なんざ下らねえと主張したいのに、モコにとっては何をやっても面白いようなのだ。
……そりゃそうだ。
誰だって、最初は面白い……。オレだって、初めての時ははしゃいだ。こんなに面白い作品があるんだって……。でもそれもヒットした物に続けと、幾度となく見せつけられてきたら……。いくらカレーが大好物でも朝から晩までカレーで、それを一か月、一年と続けろって言われたらウンザリするだろう。そういう、アレだ。
モコだって、すぐに目が覚める。
それを思い知らせてやるんだ。流行りは盲目だという事を――。
「アンチさん、わたし、たのしい!」
そんな彼女の声が、オレという小屋の土台を揺るがすように思えて、オレはわざとその声が聞こえないふりをするのだった。
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