iiiii ANTI !!!!!

花井有人

1.裸の女の子は柔らかいスベスベマン……ジュウガニ

 明かりの消えた自室にて、ベッドの中でスマホをいじるのが毎晩の日課だった。

 スマホで何をしているかって、それは……。

 ――ネット小説を読んでいるのだ。


 昨今、ネット小説から人気が出た作品が、アニメ化やコミック化もする時代。

 ラノベの種類はそりゃもう大量に出版されているし様々な作品に出会える――。


 ――と、おもーじゃん?


「ちッ、まァーたこの手のストーリーかよ」


 オレは露骨な悪態をついてスマホの画面に表示されているランキング上位のネット小説を見て表情に皴を作る。

 見ているのはランキング第三位の作品で、異世界転移した少年がチート能力で無双できるにもかかわらず、なぜかまったりスローライフをするという話だ。

 この手のストーリーは、大体骨組みはどれも同じで、かぶっている皮がちょっと違うだけの量産型小説とオレは銘打っている。

 その第三位小説から離れ、次は第二位の小説――。


 こちらは多数の少年少女が異世界転生した結果、それぞれ有用なスキルを貰う中、主人公だけはハズレ能力を引いてしまうが、それで成り上がっていくというものだった。


「これも見たことある……つか、第三位のとぶっちゃけ変わらねーじゃねぇか」


 そして、第一位の小説に――は、手を出さない。

 第一位の小説のやつは最近アニメ化したので、そっちで見てしまったからだ。

 それは平々凡々のサラリーマンが異世界に行くわけだが、その異世界は文明レベルが低くて、現代人の知識がその世界にとっては天才のようにもてはやされて――というものである。


 これが今のネット小説ランキング上位の作品だった。


「なんなのこいつら、リアルじゃ活躍できないから、活躍できる異世界でなら悦に入るぜってことかよ。ダセェ……」

 オレはその三作品に白い目を向け、ブラウザアプリを切り替えると、某巨大掲示板にスレを立てる。


『今のネット小説ランキングwwwww』


 これだ。これで火種ができる。あとは煽って煽って信者様が釣れるのを待つ。

 最初の火種だけ投下しておけば、あとは勝手に他の奴が炎上させてくれる。

 後ほど、そのスレッドを見て、バカみてーに熱くなってる口論を見て楽しむのがオレの趣味だ。


 歪んだ性格をしていると思うだろう。自分でもそう思う。

 だが、何かを否定するというのは存外気持ちがいいのだ。だから、オレは否定するためにその作品を信者や作者以上に読み込むし、明確にどこがクソなのかを論理立てて説明もできる。

 そして信者をぐうの音もでないほど叩き潰すと、なんだかやりきった感があるのだ。一度それで作者本人が釣れた時は本当に笑えた。

 その結果、作者の作風がグラグラ揺れて、人気作であったにもかかわらず、最終回がメタクソになってしまった。アニメ化までした作品だったのに、あまりにひどい最終回が話題にもなり、オレの立てたスレがまとめ記事に採用されてたりしたときはお祭り状態だった。


 そう、オレは所謂アンチだ。

 あの作品は酷いものだぞ、具体的に教えてやらないと、という使命感に日夜燃えているのだ。


 なぜそんな不毛な事をするのか?

 理由などない。気が付いた時にはそれが日課になっていたからだ。強いて言うなら、それだけ不毛な事をさせてしまうような作品ばかりが目に付くのが悪いのではないか。

 異世界転生や異世界転移、そう言うのがブームであるというのは分かる。分かるが、一度流行ったらそれに前に倣えをするように量産型が増えまくるのが、突っ込みどころを増加させているのだ。


 ともかく、そういうわけで、オレは夜な夜な、ネット小説を読み漁ってはアンチしまくるという趣味に耽っていたのである。

 オレはスマホをいじりながら、白み始める空を見ることなく、いつの間にかそのまま布団の中で寝落ちしてしまったのだった――。


 ――翌朝の事。

 昼過ぎまでたっぷりと寝ているいつものように、気だるさと心地よさにまどろんでいた。布団が非常に心地よく、ここから動きたくないって呪いにかけられてるような状況で、オレは寝返りを打った。


 ごろり、ぷに。


 なんだか妙な感触が手に当たった。

 暖かく、弾力性があり、すべすべとした感触。


 すう、すう。


「……ぁ?」


 そのふにふにしたものが穏やかに上下して、耳元に小さく聞こえる寝息――。

 オレは目を開け、それを確認した。


「は?」


 それはまさに、ラノベのような、ネット小説のような、チンケでチープでバカバカしくて、ありえないご都合主義的な――状況だった。


 オレの寝ているベッド、布団の中に、全裸の女の子が安らかに眠りこけていたのである。

 ――オレが触れていたのは、その少女のお腹あたりでそのまま上に移動させれば、アレが、下に移動させればナニが触れるだろう……。

 ……ってそうじゃねえ。

 なんだこれは、夢か。そう言えば、この手の出だしから始まるラノベも色々見たぞ。これは所謂、ラブコメとかハーレム物とかでよくある描写だ。

 オレは夢かどうかを確かめるため、その寝ている少女を観察することにした。


 隣で寝ている少女の寝顔はまさに天使と言える美少女っぷりだった。

 まずパッと見て特別な印象を抱かせたのは、彼女の髪だ。白髪はくはつだったのだ。白髪とは言っても、老人のような白髪しらがとは違う。不思議な瑞々しさと透明感のある艶立ち。しっとりと濡れているかのような滑らかさもある。

 その顔立ちを見れば、彼女が老婆ではない事がすぐに分かるし、ふっくらとした頬は少し赤みがさしている。女性……というか可憐な少女の部類に入るかんばせであった。

 熟睡でもしているのか、オレが彼女のお腹を触っていてもまるで起きない。

 その体つきから見ても、たぶん、小学生……、もしくはギリギリ中学生? くらいの年齢だろうか。


「……夢じゃねえな、コレ」


 夢かどうかを確かめるベタな方法に、自分の頬をつねるというのがあるが、そのベタベタな行為を嫌ったオレは、眠りこけている全裸少女の身体を好き勝手に触りまくった結果、間違いなく、リアルであると指先で思い知ったのであった。

 そこで、まず心配したのが、警察沙汰になるのではないかという不安だ。

 事情はさっぱり分からないが、隣で全裸の女の子が寝ていて、まぁその、色々触ってしまったのは事実なので、捕まっても弁明できない。

 ……とは言え、ここはオレの家だから、この女の子が勝手に入り込んできたのであれば、不法侵入だし、全裸だったんだから公然猥褻罪で罪に問えるだろう。


「……おい」

 とりあえず、声をかけてみた。

 しかし少女はすうすうと寝息を立て、気持ちよさそうに寝ている。


 仕方ないので、オレはベッドから起き上がり、部屋からでると、台所に行き冷蔵庫から氷を持ってきた。

 そして、完全に熟睡中のその女の子のヘソに氷を置いてやった。


「ひゃっこい!?」


 白髪の少女は流石に跳ね起き、慌てた様子で寝ぼけ気味の頭を振り状況を確認しているようだった。


「なんだお前は。訴えるぞ」


 とりあえず、開口一番にそう言ってやる。


「あっ、あー! 寝てました! すみませんっ」


 だが、オレの言葉を聞いているのかいないのか、白髪の少女がぺこりと行儀よくお辞儀して謝罪した。


「出てけ」

「わたし、模糊もこと申します」

「出てけ」

「朝お訪ねたんですが、全く起きてくれなかったので、わたしも一緒になって寝ちゃましたー」

「出てけー」

「氷。なんで、コーリ?」


 全裸の美少女は己の肌を恥ずかしげもなくさらしながら、ベッドに転がり布団に染みを作り始めている氷をつまみあげて不思議そうに観察していた。

 ……対してオレは、段々イライラしてきてしまった。

 この女にではない。この状況に、だ。


 朝起きたら、ベッドに裸の美少女が寝てました?

 エロゲかよ……。クソみてーなコテコテの掴みから導入開始しやがって、何度も見たぞそのシチュエーション。ついにオレのリアルにまで及んできたというのか。


「モコとか言ったか。苗字か、それ。名前か」

「模糊は、名前です。苗字はありません。モコです」

「ああそう。白髪なのは何? 病気?」

「病気になったことはありません。わたし、カミサマですし」

「はぁぁぁぁあ……デタ、でたよコレ。デタデター」


 一気に脱力して、オレは半ば投げやりに屈みこんでしまう。

 あれだ。神サマだか悪魔だかが来て、はちゃめちゃ騒動になるアレのパターンだ。美少女設定でうまい事媚びているところも『全くもう』って感じだ。

 呆れた。呆れてしまった。完全にフィクションだ。それも陳腐なベタベタのやつだ。進研〇ミのテンプレのように使い古されたアレだ。

 なんで勉強やっただけで、部活も恋も大成功だよ、クソ。……ああ、話が脱線した。ついアンチ癖が出てしまう……。


「出てけ」

「ぶ、ぶしつけで恐縮ですけど、どうかお願いを聞いてくださいっ」

「……何なの」

「異世界転生、してください」

「あはははは」

「えへへへ」


「「はははは」」


「しねーよ、ボケ」

「な、なんでですかぁー」

 ばっさりと一刀両断してやったオレに、モコは大きなエメラルドのような瞳を揺らせる。

 正直なところ、日本人離れした顔立ちの幼い少女が潤んだ瞳で、こちらに懇願するような貌を向けるのがグっとこないわけでもない。

 しかも、全裸。胸のサイズも乳頭の色も、下半身の発育具合もつぶさに観察できてしまう無防備っぷり……。

 不思議なもので、こうまでおっぴろげられて、本人に恥じらいがないとこちらもエロい目で見なくなってしまう。女に興味がないわけじゃないが、今は少女の裸以上に状況に対するイラだちのほうが上だったという事だろう。


「オレは、異世界転移とか、そういうのが何よりキラいなんだよ。他当たれ。つか、なんでオレだよ。それこそ、こんなクソみてーな社会から逃げ出したいってヤツんとこ行けよ」

「あなたを選んだ理由は、今日が誕生日だからです」

「あ? ああ……そうか、今日オレの誕生日か。でも、他にもいるだろ。今日が誕生日のやつ」

「えへへ。実はですねー、占いで出たんですよー。今日誕生日を迎える、いまだに他者から一度も誕生日を祝われた事のない人間。血液型はB型で、日本人の男性が好ましいって」


 ――占い――。一気に緩くなった。もっとこう、選ばれるべき確固たる条件を提示されるものじゃないのか、異世界転生モノってのは。まぁ無作為にってはあるが……。

 今まで一度も誕生を祝われた事のない人間。

 ああ、なるほど、確かにそんな奴、日本じゃそういない。

 ……まさにオレくらいじゃないか。生まれてから一度だって、誰からも誕生を祝われた事のない人間なんてのは。

 生まれたその時、たいていの人間は生まれてきておめでとうと、祝われるものだろうから――。


 ――まあいい。要するにコレは手の込んだオレに対するディスり行為なんだろう。


「この世界に生まれて、誰からも祝福されないなんてお辛いでしょう? だから、別の世界に転生することで素敵な人生を歩みなおしませんか?」

「……大きなお世話なんだよなあ」

 色々と複雑な家庭事情のオレに対して、こうもズケズケ言ってくる少女は生まれて初めて出会った。というか、オレとまともに会話しようなんて人間はまず、いない。


「オレは、このクソみてーな世の中で生きるために、生まれたんだよ。誰からも祝福されてなかろうが、オレの唯一のプライドなんだ。この世で生き抜くのがな。だから、他当たれ」

「すごいハードです! いきなりハードモードから始めるプレイヤーも多いと言いますが、そういう方はマゾなんでしょうか?」

「お前……マイペースな奴だな……。マゾじゃなく、状況がキビしいからこそ、クリアした時に快感を感じるんだろうが」

「やっぱりマゾじゃないですかー」

「マゾじゃねえっ」

「じゃあ、早速異世界転移しましょうねー」

「……ねー。じゃねえっ!! しないって言ってるだろぉぉ?」


 流石にオレもガマンならず、モコの頭部にアイアンクローをしつつ、ギリギリ力を込めてやる。


「おねがいしますっ。わたしもAWSやってみたいんです~!」

「AWSってなんだよ……」

「アナザー・ワールド・シミュレーション。カミサマで流行ってる異世界転移クリエイションです」

 モコがじたじたと細っこい手と足を振り回しながらオレのアイアンクローから逃れるためにもがく。

 アナザー・ワールド・シミュレーション……。

 つまり、カミサマの中で流行っている異世界転移ゲームのジャンルみたいなものか?


「わたし、友達の神様がユーチューバーしてるんですけど」

「うん、……うん?」

「それで、プレイ動画見たんです、AWSってジャンル、初めてみたんですけど、すっごい面白くってー!」


 ベッドの上で身振り手振り大げさに、キラキラと表情を輝かせるモコは、自称神様を名乗るワリに、異様に身近な単語で俗物なことを語る。


「まて、カミサマユーチューバーなの?」

「はい。カミサマ界のユーチューブです。いろんなカミサマが、面白い事やってます。わたしもそれでやってみたくなったんです」

「……ああ、そう……」


 なんかもうまともに相手をするのもバカバカしくなってきた。常識が揺らぐ。いや、カミサマ相手に人間の常識を当てはめても仕方ないのかもしれないが。


「わたし、初めてやるんですよ。AWS。だから、最初はへたくそかもしれないですけど、異世界転移の主人公やってくれませんか?」

「……あー。つまり……。カミサマの中で流行っている遊びとして、異世界転移を人間に行わせて冒険させるってこと?」

「はい。異世界転移した人間が、わたし達が作った箱庭異世界を冒険して、いろんな物語を描くんです! わたしの好きなユーチューバーさんのAWSは、悪魔になって、世界征服しようとするんですけど、勇者の女の子にベタ惚れしちゃってエッチな悪戯ばかりするんですよー。おもしろいでしょー」

「……下らねえ」

「くだらなくないです! 人間とカミサマが協力して、一つの物語を作って、それを他の人に公開して多くの人を愉しませているんですよ! 素敵じゃないですかっ」


 モコはぷう、と頬を膨らませ、初めて憤慨したような表情を見せた。

 この反応をオレは良く知っている。自分の好きなジャンルの小説をバカにされて顔を真っ赤にする信者サマと同じだ。

 モコはそのAWSという異世界転移遊びに、今夢中になったところなんだろう。それを鼻からバカにされ、流石にムカっと来たってところだろうか。


 モコの言うAWSというその神の遊戯は、つまり、こう置き換える事もできるのではないか。

 これはつまり、オレがいつも見ているネット小説サイトの神様版なのだ。

 多くの人が毎日、いろんな小説を投稿して、読者に読んでもらおうとワクワクしながら、自分の生み出した人物や世界観、物語を見せつける。

 それに共感した読者は、それをフォローしたり、感想書いたりと、コミュニケーションを取りながら、エンターテイメントとして楽しむのである。


 ……まあ、このモコというカミサマは、友達が書いた小説が面白かったから、自分も書いてみたくなったという新米投稿者のようなものだろう。

 無邪気なその様子から、本当に単純に、AWSを愉しもうと考えているのに違いない。

 世の中、そう甘くはないというのに。


 ……そこでオレは思いついた。

 この抜けているカミサマの生み出すAWSなる物語をアンチしてやろうと。

 流行りに乗っかり、それに対して前に倣えをするようなヤツが嫌いなオレは、のぼせ上った神様少女の無垢なる心をポッキリ折ってやろうと考えたのだ。


「あのうっ、AWSやりましょう? きっと楽しいですから! わたし、初めてだから変になっちゃうかもしれないですけど!」

「……ああ、いいよ。付き合ってやるよ」

「わぁっ! ホントですか!! ありがとうございます!!」

 そう言うと、ベッドの上ではしゃいでいたモコが、オレのほうに飛びついて抱きしめてきた。

 ぷにぷにとした柔らかい肌に、子供らしい体温の高さをダイレクトに密着させてくるので、オレは流石に少し硬くなって表情をギコチなくする。ヒクヒクと口の端が吊り上がっていたことだろう。だって、外から見たら明らかに不純異性交遊真っ最中に見えてしまうだろうから。


「あの、そう言えば、お名前、なんとお呼びすればいいですか?」

「……ああ、そうだな。……『アンチ』で」

「分かりました、アンチさん! それでは、共に素敵な異世界転移物語を作りましょう!」


 白髪をキラキラと輝かせ、モコはまぶしい笑顔でオレの手を取った。

 とんだ誕生日プレゼントだ、と思った。

 そして同時に、これがオレの『生まれて初めての誕生日プレゼント』なのだ、とも――。

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