トリックオアトリート。お菓子をくれないと、いたずらちゃうわよ? ……くれてもするけど。あと、私と、デート――しませんか?
「ねね、弥生。この写真見てくれない?」
「何? どうしたの、美咲」
学内を移動しつつ、私はそう言って友人である西木弥生にこの前、遊園地で撮った写真を見せた。
「―—ああ、ハロウィンのイベント? 随分早くやってるのね」
少し近付いて覗き込んできた弥生からは、爽やかないい香りがした。ハーブ系。香水かな?
思わず、心臓が高鳴ってしまう。前髪を軽くかきあげるその姿——はぁ、ほんと、この子って絵になるのよね。
弥生が怪訝そうな声を発した。
「美咲? どうかしたの?」
「! あ、うん、ごめん。ち、ちょっと、ぼーっとしちゃって。さっきの講義、凄く眠かったから。あは、あはは」
「大丈夫? 季節の変わり目だから、体調には気をつけないとね。彼氏さんも心配するわよ」
「か、彼氏ですって!? ……弥生、私にそんな夢の存在がいると思う?」
「? この人は違うの?」
細く白い指が、私の携帯の画面を指差す。
そこには確かに、私と並んで男が写っている。写ってはいるが……がくり、と肩が落ちる。
「…………こいつは、私の生意気な弟よ」
「―—美咲」
「?」
弥生が、立ち止まり私の顔を見た。
何時も真面目な子だけど、今日は何時にもまして真剣だ。
「弟さん―—じゃなくてもいいんだけど、家族でハロウィンイベントをしてる遊園地に行くのって、普通なのかしら?」
「んーどうだろう? うちは、家族全員こういうイベント大好きだから、昔から自然と行ってたけど。ハロウィン自体が、ここ十年? も経ってないかな? とにかく、流行り始めたのはここ最近な気がするし。ただ、家族らしい人達もかなりいたけど」
「へぇ、そうなの。ごめんなさい、あまり自分の人生の中で遭遇したことがなくて。美咲は仮装しても可愛いわね」
「あ、ありがと」
「本当のことよ」
さらりと私を褒め、弥生が再び歩き出した。
はぁぁ……この子、どうしてこんなに綺麗で、凛としてるんだろ。
それでいて冷たくないんだから、もう最強よね!
―—というわけで、聞き耳立ててた男子共。弥生はハロウィンデートにまっったく興味ないみたいよ。残念だったわね。
どうしても誘いたい、って言うなら……あの優しそうなお兄さんを超えてみせることねっ! 多分、無理だから!
「美咲、行くわよ」
「あ、うん!」
※※※
文筆業とは孤独である。
ある程度、編集さんとの二人三脚とはいえ、少なくとも初稿を書くのは自分。
かつ世の会社員のようにある程度、一日の流れが決まっているわけでもない。〆切日が決まった後は、その日までに黙々と書き続けるのみ。
幸い筆は早い方だ。今まで、一度しか〆切(※デッドラインではない。繰り返す、デッドラインではない)を破ったことはない。
……あの時は、ほんと胃が痛かった。今の編集さんである、桃ノ木かをりさん―—通称桃さんは「大丈夫ですよ。それより、お身体の方は大丈夫ですか?」と労わってくれたものの、良心が痛んだ。
何より心配をかけてしまい、かつ無駄なプレッシャーがかかったに違いないのだ。何せ、若くして栄転した前任者が未だ事あるごとに現状を聞いてくると―—おや? 携帯にメールが。
……確認しベッドへ放り投げる。
おのれ、この忙しい時に、美人な奥さんとの遊園地ハロウィンデート写真を送り付けてくるとはいい度胸だ。
……決めた。年末の鍋パーティははぶろう、うん。桃さんは呼ぶけど。
決意を固めパソコンへ向き直ると、ドアが突然開いた。
「トリックオアトリート!」
「…………さて、続き続き」
「トリックオアトリート!!」
無視して作業を進めようとすると、黒猫に回り込まれてしまった。ノリノリだけれど、多少は恥ずかしいのか頬がほんのりと赤い。
黒い猫耳と尻尾がぴこぴこと動いている。ほぉ、よく出来てるもんだな。だけど、スカート短いし、胸元を開き過ぎな気が。
思わず現実逃避しつつ、無言で机の引き出しを開けお徳用一口チョコをつまみ、取り出す。
「トリックオア―—」
「ほら、あ~ん」
「あむ…………美味しい。ちょっと、ノリが悪いわよ、愚兄っ! そんなじゃ世間の流行から乗り遅れるんだからねっ!!」
「いきなりどうした。お前、去年まで凄く冷淡だったろうが?」
「ふ……それは去年まで。今年は、うちでも全面的に採用よ」
「却下」
「何でよっ!?」
「何で、って」
一見黒猫風の仮装? をしている弥生をしげしげと眺めていると、もじもじとし始めた。
それでも、眺めていると―—やがて、羞恥心の限界を超えたのだろう、少しずつドアの方へ下がっていき、自分の身体を隠すようにして顔だけを出した。
「……あの、司さん?」
「うん」
「……目つきが、その……えろいんですが」
「だってその服えろいし」
「し、死ねっ! この馬鹿愚兄っっ!!」
大きな音を立ててドアが閉まる。理不尽。
……しまった。撮影しそびれた。眼福だったのに。
思いっ切り伸びをし、頭を掻く。まぁ―—何時もの弥生は勿論良いが、あれはあれで良いモノだ。
かちゃり、と音。振り向く間もなく、後ろから抱きしめられる。
「弥生?」
「―—振りむくの禁止」
「さいですか」
「改めて」
「うん?」
「ふーりーむーくーなぁぁ」
「ぐぇ」
見ようとすると、首を絞められた。こ、この乱暴妹めっ!
耳元で囁くような甘い声。
「トリックオアトリート。お菓子をくれないと、いたずらちゃうわよ? ……くれてもするけど。あと、私と、デート――しませんか?」
無理だから。これ断るのとか。攻撃力高過ぎるし。そもそも、防御無視だし。
え? 俺も仮装すんの??
それは流石に「私が選んであげるね♪」「……はい」。
―—こうして、ハロウィン遊園地デートが決定したのだった。〆切、今回は間に合わせたよっ!
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