わかってる。けど、言葉にして欲しいんだもん。何度でも
「司……愛しい愛しい私の弟。何処にいるの? 今すぐ会いたいわ」
「来るなっ! 太平洋上で永遠に彷徨ってろっ!!」
「あらあら……うふふ……そんな事言って、恥ずかしがり屋さんなんだから♪」
「……姉貴、自分の歳を考え、うぐっ!」
強烈な肘打ちが、鳩尾に突きささる。物理は卑怯だろうがぁ……。
画面上では、サイコロが振られている。わざわざ新幹線カードか。
それでも、貧乏神が付けている姉貴のキャラは辛うじて俺のキャラに追いつけないようだ。舌打ち。こら、唯が真似したらどうするんだ。
姉貴が長考。何をそんなに……ああ、察し。
「…………」
「あーそうかそうか。姉貴は、愛娘に『自分』の貧乏神を押し付けるのかぁ、そうかぁ」
「だ、黙りなさいっ。この愚弟。あ、あんたがぶっとびで逃げるからでしょう!?」
「ルールです。なー唯もそう思うよなー」
「ママ?」
膝上にいる姪っ子が、汚れない澄んだ瞳を姉貴へと向ける。あ、目を逸らしやがった。
結局、姉貴のキャラは唯を目指さず、もう一人に貧乏神を押し付ける。
「ね、姉さんっ!? 可愛い妹を見捨てるの!!?」
「……弥生、私は教えた筈よ。勝負の世界は」
「「「ひじょー」」」
「こ、この姉兄達はぁぁぁ」
夏のお盆休み。俺達は実家に顔を出していた。
ちょくちょく帰って来ているので、有難みも何もないが……何となく、この時期はこうなるのだ。
姉貴達も同じ考えだったようで宴会の後、俺、弥生、姉貴、唯で、恒例のゲーム中。今回も義兄さんは既に撃沈。「……司君、唯に手を出したら、分かっているね?」とか言われたんだが、あれはいったい。
とりあえず余り気乗りはしないが、ゲーム期間は10年。
大晦日みたく99年だと、現実の人間関係にも支障をきたすから、そこだけは救いだ。義兄さんと弥生なんか、未だに恨んでるっぽいし。
現状は、そろそろ後半戦の8年目。
一位は唯。二位は俺。三位は姉貴。そして、ぶっりぎりで最下位なのは……。
「つ~か~さぁ~……どこにいるのぉぉ?」
「む、無駄だ、弥生。お前の手持ちカードでは、俺にこのターン、擦り付ける事は出来ない。諦めて、姉貴を追え」
「愚弟、あんた、姉を売る気?」
「売る。唯、こういう時は何て言うんだっけ?」
「えっと、えっと……かつことがすべて!」
「唯は偉いなぁ」
「えへへ~♪」
「…………」
唯の柔らかい髪を乱暴に撫でまわすと、くすぐったそうに笑う。幼児特有のミルクっぽい匂い。はぁ、癒される。
……弥生、そんなに俺と画面を睨んでも、サイコロの出目は1だからな。動かんぞ。
姉貴、ニヤニヤ笑って煽らないでくれ。後が怖い。
――ゲームは淡々と進んでいく。
残りは後一年。
唯の一位はもう動かないだろう。この天使を疑心暗鬼と人間不信の泥沼に落とす訳にはいかない。まだまだ、5年は早い。
対して、俺と姉貴の二位争いは激烈。手持ち現金と資産はほとんど差がない。
勝敗の鍵を握るのは……ちらり、と見てすぐ目を逸らす。唯は見ちゃ駄目。あれを見ると、毒を浴びるからな~。
姉貴に小声で話しかける。
「(……おい、姉貴。ち、ちょっと、やり過ぎたんじゃないか?)」
「(そ、そうかも……司)」
「(い、嫌だぞ。ああなったあいつが面倒なのは、よく、知ってるだろ? な、何を言われるか、分かったもんじゃない。今回は、姉貴が押し付けまくったんだから、責任をもてよ。多分、一晩で済む)」
「(こ、この愚弟……姉の魂が危ないかもしれないのよ!?)」
「(だいじょーぶ。だいじょーぶ。唯は預かるし)」
「(そういう問題じゃ――)」
「ママと司お兄ちゃん、こそこそ~。ゆいも、ゆいもぉ~」
膝上にいる、唯が顔を近づけてくる。姉貴と顔を見合わせ、苦笑。
この天使様には敵わな――殺気。
恐る恐る振り返ると、微笑を浮かべている我が妹。
「あー……や、弥生さん?」
「何かしら? ロリコン兄さん」
「い、いや、これは違くて、ですね」
「はやく、進めてくれないかしら、ロリコン兄さん」
「……ハイ」
怖っ。目が据わっている。画面を見る。
回ってくる回数を考えれば、今回の目的地が最後だろう。よりにもよって沖縄か。遠いな。進行形カードは無し。先行しているものの、その前方には弥生と貧乏神。
……逃げるか。
「愚兄」
「な、何でしょうか、弥生様」
「まさかとはおもうけど、にげるなんて事はしないわよね? ほら、目的地に到着出来れば、二位はかくていするわよ? 早く、いらっしゃい」
「ハハハ、モチロン」
サイコロを振る。1もしくは2!
――出たのは6。うぐっ。
一歩一歩死刑台へ向かうかの如く、キャラを進める。ひぃぃ、貧乏神の後ろ姿が見えるぅぅ。
「あら、うれしい。つかさはほんとうにわたしがすきね」
……こいつ、幾ら何でもさっきから少しおかしくないか?
前に置かれているコップを取り、少し飲む。
はい、酒です。今日はもう飲むなって――腕を引っ張られた。
「……そういうの、はずかしいから、めっ」
「やよいお姉ちゃん、お顔まっかー」
唯は無邪気に、はしゃいでいるが、こちらはそれどころではない。
暑いからって薄着過ぎるっ。む、胸元が……ぐいっと、弥生を押しやろうとすると、強い抵抗感。何でだよ。
姉貴の耳元で囁く。
「(あ、姉貴、一先ず今回はここで……)」
「(そ、そうね……あんたは、弥生を)」
「(……仕方)」
「おねえちゃんも、ゆいちゃんも、つかさからはなれてっ」
弥生がむくれた顔で、強引に割り込もうとしてきた。おっと、危ない。
唯を抱きかかえ姉貴へ託す。目配せし、唯の頭を撫でる。笑顔。聡い子だ。ほんと、天使。
振り返ると、ソファーの隅で拗ねて丸まっている酔っ払いの肩に手をやる。
「しゃー!」
「ってぇ! こら、この馬鹿猫!」
「……ばかじゃないもん。ねこでもないもん。はい! ここにすわってくださいっ!!」
「はいはい」
こういう時に抵抗はしない。生活の知恵だ。
座るとすぐに膝上に乗っかってきた。おい。
「♪」
「あー弥生さんや」
「だって」
「だって?」
「おねえちゃんとゆいちゃんばっかり、ずるいんだもん。つかさはわたしのなのにっ!」
「……はぁ。そんなの分かってるだろ?」
酔っぱらっている愚妹の頭を撫でながら、嘆息する。
明日が大変だぞ、これ。どうせ、後から話を聞いて、また凹んで……視線。
「わかってる。けど、言葉にして欲しいんだもん。何度でも」
「…………」
――この後、何と言ったかは秘密。
ただし翌朝、弥生の機嫌がとてもとても良かった事は報告しておく。
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