……今度は本気になるかもしれないからな? 文句、言うなよ?
あっという間に8月となった。
世間は夏休み、お盆休みという言葉が溢れているが、基本的に暦は関係ない稼業の身。お盆休みだろうと、容赦なく〆切りはやってくる。
……パソコンの手を止め、振り返る。
「どうした? 昼はもう食べた――さて、もう10000字」
「ち、ちょっと、可愛い妹を無視するなんて……憲法違反よ?」
「……それじゃ、あえて聞くが」
「うん。聞いて聞いて♪」
「……その恰好は何だ」
「え? 水着だけど。えへへ、今年のはちょっと自信あるんだ~見たい?」
「寒そう」
「またまた~♪ 素直になんなさいよ」
「いや、寒そう」
後ろを振り返ると、Tシャツこそ着ているものの、麦藁帽子を被り、水着姿の愚妹が立っていた。手には大きな浮き輪まで持っている。こいつ、わざわざ膨らましたのか。
酷暑の為、普段はあまり冷房を使用しない、我が家も今夏はフル稼働している昨今、室内はそれなりに過ごしやすい気温になっている。このままだと風邪をひくだろう。
作業を再開すべく、背を向けると拗ねた声。
「む~! 愚兄、こっち見なさいよ!」
「朝、言ったろうが。〆切りが本気でヤバイんだよっ! 夕方になったら構ってやるから、それまでゲームでもしてろっ!」
「……は~い」
扉が開く音がして、出て行った。良かった。
―—いやいやいやいやいや、無理無理無理無理無理!!!!
あの愚妹……自分のスタイルの良さを忘れてんじゃないのか!?
あんなのを無防備に見せられたら、切羽詰まってる今の精神状態じゃ、危うい。何がどうこうとは言わないけれど、危うい。
プロとして、売文でおあしを頂いている以上、〆切りを破るなんて行為は許されない。今は鬼になり作業に集中しなければ……。
またしても、扉が開く音。無視。
「司ー」
「…………」
「ねーねー。こっち向いてよぉ」
「…………」
弾むような足取りで近付いてくる音。
耐えろ、俺。ここで流されたら、全ての計画が狂う。
……実は、まだ〆切りのデッドラインは先なのだが、こうでも言わないと夏休みに入り、しかも約束通りオールSを成し遂げた我が妹の猛攻を凌げないのだ。
勿論、約束通り何処にでも連れて行くつもりではいる。
とにかくその前に仕事を片付け――頭を抱きかかえる温かい手。後頭部には……駄目だ。意識するな。死ぬぞ、俺。
「……司」
「や、弥生、落ち着け。終わったら、ちゃんと見るから。そ、そうだ。後で一緒に買い物、行こう。今日はお前の好きな物を」
「司がいい」
「!」
「……こっち向いて……」
くっ。な、何か今日はやたらと攻撃力が高いぞ。
夏か? 夏だからか?
意を決して振り向くと。
「……おい」
「やーい♪ 引っかかったぁ。何々? もしかして、私が水着で抱き着いたと思った訳? 馬ー鹿。そんな事する筈ないでしょ」
「……話はそれだけか。ほら、とっとと出てけ」
「え? やだ」
「何でだよ!」
「水着」
「うん?」
「ちゃんと見て。自信あるから」
「待った」
「うん?」
「……それ、今じゃなきゃ駄目か?」
「駄目」
「何故」
「……今、見てほしいから」
「…………」
目を閉じ、深く息を吐く。是非も無し。
ちゃんと服を着ている、弥生へ頷く。
「分かった。ちょっとだけな」
「最初からそう言えばいいのに。私の水着を嘗め回すように見たいって♪」
「……どちらかと言うと中身に興味が」
「し、死ねっ! ななな何を言ってるのよっ!? ま、まだお外、明るいんだからねっ!」
「ええ……そういう問題か……?」
随分と長い付き合いだけれども、未だにこいつの恥ずかしがるポイントが掴めそうで掴めない。
むしろ、さっきの行動の方がエロイと思うんだが。
「で、ほら、見せてみろよ」
「あ、うん。えっとね――んしょ」
「ば、おま、な、何を!?」
「? 下に着てるから――じゃーん♪ どう?」
「…………」
―———はっ! 意識が飛んでいた。
所謂、ワンピース水着というやつなんだろう。余り露出は激しくないものの、十分、スタイルがいいのが丸わかりだ。
「でねー背中はこんな感じ。どうどう?」
「……いいんじゃないですかね」
「む、何よ、その反応。……似合って、ない?」
「似合ってる! すげー似合ってる! むしろ、理性を保つのが大変――はっ!」
思わず本音が漏れた。
恐る恐る表情を見ると――弥生は顔を赤らめながら、何故かガッツポーズをしている。
「……勝った! 遂に勝った!! あの、朴念仁魔人から一勝をもぎ取ったわっ! 長かった。ここまでほんとに長かったわ」
「あー弥生さんや」
「ち、ちょっと、視姦しないでよ、この変態っ!」
「うぇぇぇ」
訳が分からん。
取りあえず、何かしらこいつの中で勝負事になっていたらしい。
……負けっぱなしは癪に障るな。
「さ、満足したし、夕方になったら呼びに――つ、司?」
「……誘ったのはお前だだろ?」
「え、あ……わっ」
軽く押すと、弥生がベッドに倒れた。
動揺した表情。視線を彷徨わせていたものの……そっと、目を閉じた。
こちらも、ベッドに、そして――。
「ひゃっ!」
「う~ん……お前、夏休みに入ってからアイス食べ過ぎなんじゅないか? お腹周りにほーら、肉が」
「~~~! し、死ねっ! 今すぐ、死んで私の気を静めなさいっ!!」
「はは、やなこった。まぁだけど――」
「ひぅ」
抱きしめながら立ち上がらせ、耳元で囁く。
「……今度は本気になるかもしれないからな? 文句、言うなよ?」
「なななな……う~ば、馬鹿ぁぁぁぁl!!」
顔を赤らめ、弥生が部屋から逃走。
――本日の結果。判定勝利。
なお、原稿は問題なく遅れた模様。……俺だって頑張ったんだよ。
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