——今、私は司不足。即刻、充電が必要なの!
夏がきた。しかも、酷暑。
年々、暑くなってる気がするのはきっと気のせいじゃない。
この手の話では、茹でガエルの例えがよく使われるけれど、少しずつじゃなくて一気に上がって手遅れになるんじゃなかろうか……怖い世界になったものだ。
お前もそう思うだろ?
「……一日中に、冷房が入った快適な部屋に引き籠っている男の言う台詞じゃないわね。今、あんたは日本――いえ、世界中で、今夏の酷暑と対峙しつつも、毎朝、悲壮な決意で出勤、通学している人達全員を敵に回したわ。その人達の怒り、憎しみを背負い……考査開けの私が愚兄、あんたを!」
「ほ~れ、ほ~れ。スマッシュ」
「っ!」
「よくぞ、拾った。だが、もう一度、スマッシュ」
「同じ手は」
「——と、見せかけて、ドロップ」
「~~~っ」
スマッシュを警戒し自陣奥にいた弥生のキャラが、ネットまでダッシュするも間に合う筈もなく……『ゲームセット』のアイコンが踊る。うむ。悪は倒れた。
「これで、俺の五連勝だな。そろそろ、止めるぞ~。夕飯作れねば。つーか、さっきから暑いんだよっ! 引っ付くなっ」
「う~! ……勝ち逃げは許されないわよ」
「修練が足りないピンク色の姫に言われてもなぁ」
「う~~~!!」
「フハハハっ! 正義は勝つのだっ」
「誰が正義よ!」
負け犬が遠吠えしている。が、無視。
いや~今日は執筆も進んだし、良き日だ。後で、某有名ホラー映画もやるし、楽しみ。
冷蔵庫と棚を開けて、物色。
んーまぁ暑いし、今日は予定通りさっぱりと――背中が暑ぃ。
「あー……弥生さんや。どうして、また引っ付かれているのでしょうか?」
「……夕飯後に、もう一回勝負」
「長くなるから、夕飯後は基本禁止にしよう、ってこの前、約束したよな?」
「……知らないもん」
「駄目」
「って言ったら、今日はずっとこのままだから」
「……暑くね?」
「勝利には犠牲が必要なのよ」
「……それと、Tシャツですんのは、その、ってぇ! 的確に蹴ってくんなっ」
「変態変態変態! エロいの禁止っ!!」
「えええ……」
顔を赤らめながら、足裏にローキックを放ってくる我が愚昧。
……しかも、そう言いつつも離れようとしないのは何故? いや、ほんと暑いんだが。
引きずりながら、冷蔵庫から切っておいた野菜を取り出す。棚からは素麺。夏は、これだよな、やっぱり。
「……素麺。私、冷やし中華の方が好き」
「あれは美味いけど、中々、大変なんだぞ? 卵焼きやら、炒りじゃこやら。お兄ちゃんは、火を出来る限り使いたくありません」
「根性ないわね」
「なら、お前作るか?」
「は~疲れたな~。大学の考査って、何であんなに長いのかしら。あ、それと、オールSだったら、約束。覚えてるわよね? 『夏休み、何処にでも連れていってやる』っていうやつ」
「……結局、作らないんだな。確かに温泉から帰ってきた後そうは言ったが……オールSだぞ?」
戦慄が走る。
中学、高校と異なり、大学の課題にはレポートがかなりある。
その為、どんなに試験対策をしようとも、全教科で好成績を修める事は難しいし、ましてS——90点以上。しかも当然、相対評価――を取るとなると、かなり至難な筈……取れるもんなのか、それって。
ここ最近、忘れがちだったが、こいつ勉強は出来るのだ。いや、本当に。
あ~なるほど。それで試験前から、鬼のように勉強していたのか。
疑問が氷解。すっきり。
素麺を茹でてる間に冷水を準備。
「弥生、暑い。大皿取るから、離れろ」
「さ・い・せ・ん!」
「分かった、分かった。食べ終わった後でな」
「分かればよろしい――んしょ、はい」
「……ありがとう」
後ろから大皿が指しだされた。器用に片手で出したようだ。
……いやだから、暑いんですが、それは。
茹で上がった素麺を冷水でしめ、大皿へ。
お盆に。切っておいた野菜と、二人分のつゆを用意。
愚妹が引っ付いたまま、テーブルに向かう。
「ほれ、出来たぞー。座れ」
「はーい」
「……弥生よ」
「何よ」
「どうして、隣?」
「いいでしょ、別に。駄目なの?」
「そういう訳じゃないが」
何時もの席ではなく、こちらの隣に腰かける、我が妹。何か変だな。
まぁいいか。取りあえず、夕飯を食べよう。
「いただきます」「……いただきます」と言って、黙々と食べ始める。
——無言。な、何だ、このプレッシャーは。普段なら、あーだこーだと言い合いながら、食べるのに。何故、一言も話さず、食べる?
……思い当たる節は無し。さっきの、やり取りも日常茶飯事だしなぁ。
「ごちそうさまでした。あ、私、先にシャワー浴びちゃうね」
弥生が食べ終わり、食器を片付け始める。
馬鹿な……基本属性に、食いしん坊を持つこの愚妹が、俺よりも早く食べ終わった、だ、と?
もしや夏バテ――ではないか。がっつり素麺自体は減ってるし。
戸惑いつつも弥生は浴室へ。程なくシャワーの音が聞こえてきた。
なんだ、暑かっただけか。
――出て来る前に食べ終え、食器等々を片付け終わる。時間を確認。おーそろそろ、ホラー映画始まるな。
浮き浮きしながら、テレビをつける。やっぱり、夏はこの手のを視ないと!
扉が開き、ドライヤーと櫛を持った弥生が出て来た。
無言のまま、隣に座ると、そのまま渡してくる。
「ん」
「えー。今、始まったばかりなんだが……」
「んー!」
「……ったく」
受け取ると、さも当然と言った様子で椅子に座りテレビを消した。おい。
文句を言おうとすると、視線。
「後で膝枕も」
「あーはいはい。乾いたらな」
立ち上がり、後ろから髪を乾かしてやる。子供の頃からだし、慣れたものだ。
余程、気持ち良いのか鼻唄が聞こえて来た。妙にハイクオリティ。
この間も無言。珍しい……いや、ほんと何かあったのか?
——乾かし終わると、上目遣い。
「次、膝枕ー」
「……弥生、その、体調でも悪いのか?」
「気付いたのね……あのね、悪いの。とっても、とっても悪いの。だから今すぐ、膝枕が必要なの」
「どういう理屈なんだよ」
「いーから、はーやーくー」
「はぁ」
仕方なしにソファーへ移動させてやり、膝枕。
さーて、テレビを……今度は何だよ?
「手」
「?」
「撫で撫でして」
「いや、ほんとどうした?」
「……だって」
「だって?」
「……司が、あんな意地悪言うから、考査対策で最近、こういうのあんまりなかったし。なので――今、私は司不足。即刻が充電が必要なの! じゃないと」
「じゃないと?」
「…………言葉には出来ない位、えっろい事をしちゃうかもしれない」
「よし、分かった。気が済むまで撫でてやろう」
「うー! そこは、泣いて喜ぶところでしょう!? こんな可愛い妹が――ひゃぅ」
軽く頭にキスをする。シャンプーのいい香り。
そのまま、撫でようとすると恨めし気な目。
「……バカ。不意打ちは反則だし、こういう時はそうじゃなくて――」
「ここだったかな?」
「……バカ」
何処にし直したかは秘密だ。
――なおその後の再戦でも、きっちり勝った事と、途中からホラーを視た弥生が朝までこっちに引っ付いていた事を併せて報告しておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます