なるほど――これは罰は必要なようだな

「……やだ」

「駄目です」

「やー!!」

「我が儘言わない。はぁ……手のかかる愚妹だな……」

「う~……」


 呆れた表情の司が私の手を引く。

 全体重をかけて抵抗。いーやー!

 暫くのせめぎ合いの末――。


「え? どどど、どうしたの? 司? おーい?」


 ソファーに腰かけていた私に愚兄が倒れかかってくる。

 反射的に抱きしめ――向こうから抱きしめられ、強制的に立たされた。な!


「良し」

「良し、じゃないわよ! う~酷い。不意打ちだわ。洞窟の生き埋めよ。空が」

「――落ちてきたみたい、とは言わせん。と言うか、古いな」

「てぃ」

「痛っ! こ、こらっ。ふくらはぎの裏を蹴るな」

「……ふんっ」


 あの名作に文句をつけるなんて、まったくこの愚兄は。今度、再教育しないと駄目ね。あ、帰ったら一緒に見よっと。


「ほら、行くぞー。そろそろ、本当にチェックアウトの時間がヤバイ」

「はーい」


 スリッパからスニーカーに履き替え、部屋の中を確認。うん、大丈夫みたい。

 大きな荷物は既に司が持ってくれている。なので、私は自分のバックだけ。

 ……別に嬉しく何か――なくもないけど。わ、私の教育の成果ね!


「OK。忘れ物なーし」

「はいよ」

 

 廊下に出て並んで歩く。何となく無言。

 ……手、繋ぎたいな。繋いでくれないかな。

 わざと、右手をぷらぷらさせる。ほら、可愛い妹の手ですよー。


「土産、どうする?」

「あーうん。どうしよっか?」


 ちーがーうー。それも大事だけど、今は違うでしょ!

 最優先事項は、私の右手を救援することであって、それ以外は後で――……。


「ん? どした?」

「……知らない。司ってさ」

「あん?」

「そういうところ、ちょっとズルイよね」

「はぁ? どういう意味だよ。むしろ……その、これは褒め称えられて然るべき」

「顔真っ赤」

「むぐっ……」

「まったくもう、そんなに妹の手を握りたいなら、言えばいいのに~」


 嬉しい。無言で優しく手を繋いでくれた。

 でも、ちょっとだけ不安。司は優し過ぎるから……あの女編集者の顔がちらついて仕方ない。

 ――自分の鞄を確認。

 大丈夫。なくなってない。ちゃんとある。

 今朝の騒動後、有耶無耶になってまだ渡せていないのだ。もうバレてるし、さっさと渡せば良かったんだろうけど……いや、駄目! 

 こういうのは雰囲気が大事って、この前読んだ雑誌にも書いてあったし。

 わ、私が貰った時は、その……凄く、ロマンティックだったから……。


「……おい、猫剥げかけてるぞ?」

「!」

「と言うか、もう人前で猫被らなくてもいいんじゃ?」

「はぁ、分かってない。ほんとっ、分かってないわね、愚兄!」

「何だよ」

「私は別に猫を被っているわけじゃないの。むしろ、あっちが素なの。で、今は」「今は?」

「……何でもない」

「ああ、なるほど」


 む、この愚兄。何、勝手に得心してるのよっ!

 どうせ、合ってないんだから――。


「今のお前は、可愛い妹兼……であると」

「………てぃ」

「おっと。ははは。甘い、甘いのだよ弥生君。その程度の蹴りがそう何度も当たる筈が、痛ってぇ! お、おま、肘は止めろ、肘は。かわせないだろうが」

「馬鹿ね。かわせないからやってるのよ」

「ひ、酷っ。……ったく」


 ふん! 可愛くない愚兄ね。

 昇降ボタンを押して、エレベーターを待つ。

 周囲を確認。もしかしてこれはチャンスかも? 

 いやでも待って。待つのよ、弥生。

 こんな所で渡して本当にいいの? 貴女、後悔しない? 生涯で初めて渡す指輪なんだよ?

 第一、何て言って渡すかもう決めたの?


『……はい。何処行く時もつけてて。特に、あの編集さんとの打ち合わせの時はぜっったいにっ!』


 ……駄目。まるで、私が嫉妬しているみたい。

 べ、別に嫉妬なんかしてないし? ち、ちょっと、気になってるだけだし?


『左手がみすぼったらしいから。はい、これ。少しは恰好がつくでしょ。私に感謝しなさい!』


 ……何様!? 私、何様なの!!?

 司はあの時、スッとカッコよくはめてくれたのよ? それなのに、私は上から目線って。イ、イタイ子になっちゃう。それで、きっと嫌われて……ぐすっ。


「お、おい。弥生、どうかしたか?」

「つ、司ぁ、嫌いにならないでぇぇ……イイ子にするからぁぁ」」

「は、はぁ? いったい何だよ、急に……おい、お前、朝から酒飲んだな?」

「! の、飲んでませんっ! 本当です。本当の本当です。い、嫌だなぁ、お兄ちゃん。私がそんな悪い子じゃないのは知ってるでしょ?」

「ほぉ……あれか? お前は、昨日、あれだけの醜態を晒したにも関わらず、反省すらも出来ないと……」

「の、飲んでないもんっ! お水だけだもんっ!」

「と?」

「焼酎をちょっとだけ……はっ! き、汚いっ! 反則。今の反則でしょ!」


 だ、だって机の上に少しだけ残った瓶があったから……つい。

 深々と頭を下げる。


「……ごめんなさい。弥生は悪い子でした」

「もうしないか?」

「今朝、そう誓いました」

「……で、その後に飲んだんだろ?」

「てへ♪」

「なるほど。これは――罰が必要なようだな」

「! あ、あんまり痛いのは」

「阿呆。誰がそんな事するか」


 そう言うと、司は私のバックを奪い去り、何かを探す。

 な、何をする……はっ! も、もしかして、私が今回の旅行中に撮りためた、司写真(厳選)を消去するつもり!?

 そ、それだけは……そ、それだけはゆ、許し――……。


「おーサイズぴったしだな。どうやって測ったんだ?」

「……司が寝てる時」

「そっか。ありがとさん。お、来たぞ」


 さっさと、エレベーターに乗り込む司。呆気に取られる私。

 ……う~~~!!!

 もうっ! そうやって、すぐ私のうじうじを何処かにやっちゃんだからっ!

 司なんて……司なんて……えへへ。

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