『これだけ……? 間違っても、別に私は……いい、よ……?』

「…………あ、だま、痛い……」


 目が覚めると見慣れない天井。私が抱きしめている布団も知らない。

 隣を見ると――空。いる筈の人はいない。

 頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。浴衣は、着崩れていて大変な状態。


「つかさー?」


 声がかすれている。ちょっと痛い。

 布団が敷いてあった和室を出て、リビングへ。

 ――窓が開いていて、朝の冷気が入って来ていて、気持ちいい。

 冷蔵庫から、水のペットボトルを取り出して、飲む。


「ぷは~! 美味しっ」


 ようやく、意識が覚醒してきた。

 えーっと……確か、昨日は温泉に入って、夕飯食べて、部屋へ戻って、ワインとビールで乾杯を……うん。

 ソファーへ自分の身体をダイブさせ、クッションで顔を覆う。

 

 ……やらかした。クリスマスの時と同じレベルでやらかした。


 全部、覚えているわけじゃないけれど、断片的に覚えている内容だけでもヤバイ。

 ……うぅぅ……つ、司の顔をどう見れば……。

 水をもう一度飲む。

 大丈夫、大丈夫よ、弥生。貴女はやれば出来る子。

 司だって、かなりお酒飲んでたし、全部覚えているとは思わない。白をきってしまえば、それで問題は解決……の筈……多分。

 第一、二日酔いの可愛い可愛い妹を置いて、あの愚兄は何処へ行ったのかしら? もしかして、朝風呂? 私を置いて?

 

 ……朝から、面白くないっ!


 何よ。起こしてくれればいいのに。ふーんだ。いいもん。私も後で入るもん。 

 ――同時に心の中に不安が巻き上がる。

 もしかして、司に愛想を尽かされたのかも? 

 お酒で失敗するのは、これで、えーっと……もう、飲むの止めた方がいいかも……。

 でも、一緒に飲むと楽しいしとにかく嬉しい。何時も以上に甘えられるし……抱きしめても、怒られないし。


『ねぇ……キス、してほしい……』


 うぅぅぅ……! 

 ち、違うのっ! あ、あれは……そ、そう、気の迷いなのっ! 

 ほ、ほんとは普段から、その、もっと、してほしいけど……だ、だけど、お酒の力を借りて、言う事じゃなかったって言うか……。

 ソファーの上で悶える。

 

 ――そっと、自分の唇を指で触る。優しい唇へのキス。

 

 それに対して私は確かこう言った。

 思いっ切り不満気に。


『これだけ……? 間違っても、別に私は……いい、よ……?』


 クッションに八つ当たりをする。

 ち、違うっ! いや、違わなくはないけどっ、その……ああいうシチュエーションじゃなくて、もっと、ロマンチックな場面じゃないと駄目っ……!

 勿論、司はああいう人だから、私が酔っている時に、変な事はしない。

 だけど、もうそろそろいいんじゃないか、とも思うのだ。

 私だってもう子供じゃない。自分の置かれた立場は理解出来ている。

 この恋が、世の中の常識からすると、決して誰もが諸手を挙げてくれる恋じゃない事も。まぁ、そんなの今更だけど。

 でも、だけど……私はあの人と一緒に生きていきたい。生きていきたいのだっ。

 何だか悲しくなってきた。泣いちゃおうかな?

 ――扉が開く音がした。

 慌てて、クッションに顔を埋める。聞き慣れた足音


「なんだ、起きてたのか。おはよ。水、飲んだか?」

「……愚兄」

「ん?」

「どーして、一人で温泉に行ったの?」

「二日酔いの妹を起こす程、鬼じゃないからな」

「……起こしてくれて良かったのに。そこまで、残ってないし」

「昨日、あれだけ飲んでおいてまだそんな事言うか……中々、凄かったぞ? いや、本当に……」

「うぅぅ……あ、あれは違うんだからね? か、勘違いしないでよねっ!」

「はぁ? どれだよ?」


 クッションを盾にしながら、上目遣いに愚兄へ文句を――はぅ。

 浴衣姿で、髪が濡れている。えっと……携帯、携帯……。

 ふらふら、と和室へ戻り、自分の鞄をあさる。あ、あった!

 さ、写真を撮る……あれ? 

 もう一度、鞄の中を確認――な、ない。う、嘘でしょ!? も、もしかして、落とした?? そ、そんな……。

 血の気がひき、酔いが一気に冷める。

 

 ……何時まであった? 

 

 少なくとも、温泉から帰ってきた時にはあった筈。

 それから夕飯を食べて、部屋へ戻ってきて――。


「弥生? どうかしたか?」

「な、何でもないっ! か、髪濡れてるよ? 乾かした方がいいんじゃない?」

「ん? あ、ああ」


 怪訝そうな顔をしながら司が、洗面台へ向かう。

 ……マズイ。これは本当にマズイ。過去経験したことがない位にマズイ。

 あれを失くしたら、ここにわざわざ来た意味がない。 

 必死になって考える。箱ごとないということは、私がきっと持ち出したのだろう。じゃあ、それはいったい何時?


「あ……」


 思わず声が漏れる。

 いやいやいや……そんな馬鹿な。

 幾ら私の酒癖が褒められたものじゃないとしても、わざわざ持ち出すなんて、そんな事あるわけ……。


「弥生」

「!?」


 司の声に飛び上がる。

 振り返ると、何時もと変わらない――ううん、もっと優しい視線。

 うわぁ……自分の布団に、ばたり、と倒れこむ。顔を見ないようにしながら、尋ねる。


「……司」

「うん」

「……昨日、私、その……」

「自分で見た方が早いんじゃないか?」

「!」


 がばっ、と顔をあげた途端、目の前に見えたのは司が持っている小箱。

 両手で覆い、受け取る。うぅぅ……。

 

「なお、中身はまだはめていない模様」

「う、うっさいっ! ……もう、今日は何処にも行かないから」

「そっか。でも――嬉しかったよ。あと、な」


 打ちひしがれている私の上半身を立たせて、司が抱きしめてくる。

 ……何よ。どうせ、私はバカな女よ。同情なんか。


「――昨日の弥生はとんでもなく可愛かった。だから、ああいうのは、俺の前だけにしてくれよ?」


  

 取りあえず、何も言わずに抱き着きました!

 ……ほんと、ごめんね。お酒はやっぱりちょっと気を付けるようにする。

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