まぁ――『何れ』は、な。

「うわぁ! 素敵!」

「へぇ、思ったより広いな」

「見て見て。海が見えるよ! 後で散歩しよっ! ねっ? ねっ?」

「はいはい」

「む、何よ? あんまり楽しそうじゃない!」


 隣にいる愚兄を睨みつける。

 可愛い可愛い妹と一緒なんだからもっと嬉しそうにしなさいよね!

 背中を殴ろうと手をかざすと、左手薬指の指輪が、キラリ、と光った。

 

 ――えへ。えへへ。えへへ~♪

 

 さっきフロントの人に言われた事を思い出して、顔がにやけてしまう。

 そ、そんなぁ。『綺麗な奥様ですね』なんてぇ。

 まだ、違うんですよ? もう、そろそろ、そうなりますけどっ! 

 でもでも、そうなんだぁ。私と司って、そう見えるんだぁ。

 へぇ~。ふ~ん。で――この件に関してそちらの見解は、と旅館の部屋へ向かう途中で尋ねたら、しばしの沈黙。

 その後――ぼそり、と言った台詞が脳内に再生される。 


『まぁ――『何れ』は、な』

『……ふ、ふ~ん『何れ』、ね。その後、私とどうするの?』

『ぐっ……ほ、ほら、もう着くぞ』


 ……これって、プロポーズ? もう、実質的なプロポーズよね!? 

 その場で飛び上がらず、平静を装った自分を褒めたい。多分、家で言われてたら、そのまま襲ってたと思うし。

 それにしても司が、そんな風に言ってくれるなんて――まぁでも、さっと指輪をくれたりするし、プレゼントはくれるし、す、好きだって言ってくれるし。

 とにかく、今の私はここ最近ない位に上機嫌ですっ!


「ど、どうした? さっきから、表情が忙しいが……」

「何でもな~い。ねぇ、司」

「うん? 夕飯前に温泉行くか? 何か、色々あるみたいだし、楽しみ」

「――旅行の間は、旦那様、って呼ぶ?」

「!?」

「それとも、あなた、がいい?」

「!!?」


 何時になく動揺する司。

 こ、これ面白いわ……! 普段はどちらかと言うと、私が動揺させられてるから、ちょっと新鮮。

 うふふ~♪ 

 何時ものお返しなんだから。私の気持ちが――へっ?

 いきなり司に抱きしめられる。に、にゃにをっ!? 


「――弥生、好きだ。愛してる」

「~~~~っ!」


 き、汚いっ! は、反則でしょ!?

 普段はほとんど出さないような、そんな、そんな……優しい声言われたら……。 ――ちょっと? 何、笑ってるのよ?


「いやぁ、すまんすまん。相変わらず、ちょろ――こほん。可愛いな、とな」

「……噛むわよ?」

「おっと、そいつはごめんだから。こうだ」

「う~~~!」


 更に強く抱きしめられる。

 ……ズルい。私の気持ちなんてずっと昔から知ってるくせに!

 頭を強く胸にこすりつける。猫がよくするマーキングみたいだ。私がするのは司相手だけど。


「で、どうする? 温泉行くか?」

「……温泉に入れて、浴衣姿にした私をどうする気なの? まだ、外は明るいんだけど?」

「えろ愚妹。今回の旅行でそーいうことはしません」

「……本当に?」

「しません」

「……ほんとのほんと?」

「しません」

「……ちぇー。別にいいもんっ。なら私が」

「襲われたら通報します」

「何でよっ! そこは感涙にむせぶとこでしょ!」

「はいはい。よし、それじゃ行くか」


 ぱっと、司が離れる。あ……。

 思わず、手を伸ばしてしまう。し、しまった!


「おやおや~? どうしたのかなぁ? ああ、なるほど、なるほど。俺も鬼じゃない。皆までは言うまいよ」

「うううううっ! ち、違うんだからねっ? い、今のは、その……そ、そうっ! ち、ちょっと、ゴミが目に入っただけで」

「ほぉ? ゴミねぇ」

「そ、そうよっ」

「そうか。俺はてっきり――」


 すっと、近付いてきて耳元で囁かれる。


「まだ、抱きしめてほしかった、のかと」

「そそそ、そんな事……」

「そか。俺はもう一度抱きしめても良かったけどな」

「なっ!?」


 こ、この男はぁぁ……。

 はぁ……どうして、こんなのを好きになっちゃったんだろ?

 世の中には、私を可愛いって言ってくれて、好きって言ってくれて、抱きしめてくれて、何だかんだ優しくしてくれて、指輪もくれる男の人だって――あ、あれ? ……いけない。この問いかけはいけない。どう、考えても墓穴を掘るだけだわ。 そんな私を他所に、司はてきぱきとお風呂の準備をしていく。


「あれ? どうした? 一緒に行かないのか?」

「……行くわよ」

「ああ、因みにこの温泉だけどな、さっきフロントで聞いたら混浴」

「え!? 嘘? 雑誌には混浴はないって書いて――あ」

「はないからな」

「…………何よ」

「いや、何も」

「言いなさいよ。言いたいことがあるんでしょう?」

「では遠慮なく――あれか? そんなに欲求――」

「死ねっ!!!!!」


 最後まで言わせず襲い掛かる。

 殺す。この愚兄は殺すっ。取りあえず殺してから、後の事は考える!

 何よっ! むしろ、えろいのはあんたの――あぅ。


「今日はまた、忙しいなぁ。ほら、今度こそ行くぞー」

「……愚兄、この件は忘れないから」

「俺は忘れる。だから、チャラだな」

「日本語がオカシイとは思わないわけ?」

「気にしたら負けだと思ってるだけだ。ほれ」


 そう苦笑しながら、手を伸ばしてくる。

 む~そうやって、誤魔化すんだから……手は握るけど。


「ね」

「んー?」

「先に出ても私が出るまで待っててね?」

「あいよ。ああ、お前が先に出たら先戻ってていいぞ」

「む、何でよっ! 可愛くないっ!」

「何でって」


 髪をゆっくりと撫でられる。

 そして、さも当然のように司は私へこう言った。


「――湯上りで浴衣姿のお前は可愛すぎるからな。少し間がほしいだけだよ」


 そ、そうやって、無意識に狙い撃ちするのを禁止っ!

 でも、了解。先でも後でも、待ってるからね♪ えへへ。

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