西木弥生は、西木司がずっとずっと大好きなんだからね?

「ただいま」


 返事は無し。なるほど。あくまでも、そういう『私は大学へ行きました!』を貫く気か。

 顔合わせを終え、駅まで二人を送った後、自分の家に帰宅。

 携帯を確認すると、時刻は午後3時。お昼前からたったのを考えると、案外と長かったのかもしれない。

 喫茶店で、軽食は食べたけれど、少しお腹が減った。今日の夕食は早めにしようかな。

 そんな事を考えていると、後ろの玄関が開いた。ほぉ。


「ただいまー。あれ、愚兄じゃない? 今、帰って来たの? 奇遇ね。私も、午後の講義が休講で」

「あー弥生さんや」

「何?」

「言いたい事は色々あるが、まず聞こうか。……その恰好はなんぞ?」

「これ? イメチェンよ。イメチェン。ほら、私ってば眼鏡姿も似合うし? 帽子被っても凄く可愛いし?」

「ほぉ……」

「愚兄、そこは『可愛いよ』でしょ! もうっ!! 何時まで経っても学ばないんだからっ!!!」


 何だかんだ、長いことお前と一緒にいるけれど、伊達眼鏡をかけてる貴女を初めてみたんですが、それは……。

 帽子はよく被るけど、そこまでつばが大きいのは持ってなかったよな?

 ジト目で見ていると、さっさと靴を脱ぎ、部屋へ入っていく。

 そうか……あくまでも、あの場にはいなかった、と、いうことか。

 仕方なく、こちらも靴を脱ぎ、後を追う。

 手を洗い、リビングへ行くと弥生が台所で珈琲を入れている。

 ……いや、お前、普段は滅多に自分では入れないよな? その行動は何なんですかね??

 戸惑っていると、テーブルの上にマグカップが置かれた。


「飲むでしょ?」

「あ、ああ」

「どうしたの? ほら、座りなさいよ」


 怪訝そうな顔を浮かべる我が妹。

 ……おかしい。

 てっきり、帰って来た途端、暴れるかと思っていたのだが。

 恐る恐る椅子へ座る。

 すると、弥生は珍しく隣ではなく前の椅子に座った。 


「で、新しい担当さんはどうだったの?」

「……いや、お前見てたよな?」

「はぁ? 見てる筈ないでしょ。私は真面目に大学へ行ってたんだから」

「そうか」

「ほら、とっとと話しなさいよ。どういう人だったの? 名前は? 年齢は? 可愛かった?」

「……名前は桃さんだ。歳はお前より少し上。今年24歳だってさ。まぁ可愛らしかったな」

「へぇ……愚兄、ちょっとこっちに来て」

「はぁ?」

「い・い・か・ら!」


 なら、最初から隣に座ればいい――って何処へ行くのだ?

 弥生は、椅子から立ち上がると、ソファーへ移動。

 隣へ腰かけようと……何だよ?


「正座」

「はぁ?」

「せ・い・ざっ!」


 あ、この顔と口調はマズイな。

 案外、怒ってらっしゃっる……って、ちょっと待てっ!

 何処に俺が怒られる要素があるのだっ!?

 ……いやまぁ、正座するけれども。


「どーして『桃さん』なの? 桃なんて苗字の人なわけ?」

「あー桃野木っていう苗字なんだけどな、呼びにくいからって」

「へぇ~ふ~ん。そうなんだぁ。初対面の男の人に、自分の愛称を呼んでもうよう要求するんだぁ。へぇ~」

「いや、お前……流石にそれはうがった見方過ぎるだぞ? 彼女はそんな子じゃ」「愚兄、私は発言を許してないわよ? 何よっ! ちょっと、綺麗で、真面目そうで、染めてる髪が似合ってる子だからって、かばったりしちゃってっ!! どうせ、『ぐへへ……可愛い子だぜ。どうやって誑かしてやろうか』とか考えて――はっ」

「…………」


 生暖かい視線で愚妹を見る。

 語るに落ちたとはこの事だな。どうして、基本スペックは凄まじいのに、所どころで、そう、ポンコツなんだか。

 じっと見ていると、見る見るうちに頬が紅潮。

 そして、ソファーに横倒しになり、クッションに顔を埋めた。羞恥心の限界を超えたらしい。やれやれ。


「あー大学を休むような事じゃないと思うぞ?」

「……だって」

「何だよ」

「……不安だったんだもん」

「不安って。何もなかったろうが。真面目にお仕事をしただけです」

「…………司はさ」

「ん?」

「私の事を『可愛い』『綺麗』『世界で一番好きだ』『一生、弥生様の奴隷になります。ならしてくださいっ!』って毎日言うけど」

「待て……今、さらっと凄まじい嘘が混じった気がするんだが?」

「些細な事よ」

「……そうか」


 クッションを抱えながら、ぼそぼそと話す割には内容が酷い。

 立ち上がり、ソファーへ座る。


「……誰が、正座を止めていいって言ったのかしら」

「弥生」

「……何よ」

「あのな、あの子とは何もない。俺は作家で、あの子は担当。それだけだ」

「……だって、だって」

「うん」

「…………可愛かったし。茶色の髪も、似合ってたし。私は、一度も染めた事がないから、司がああいう子が良いなら敵わないし」

「はぁ……」


 何を言ってるんだろうか、この愚妹は。

 どうしたらそういう思考になる。

 どう考えても、俺の好みなんて、長い黒髪で、細めで、時折拗ねるけど、基本的には可愛くて――いかん。この思考は駄目だ。バレたら……な、何だよ? その目は。


「愚兄」

「……買い物へ行って来る。軽くしか食べてないからお腹が減った。今日は何にする?」

「私もお腹減った! えっと、パスタが……違うでしょ? さ、何を考えてか言いなさいよ。ほら、早くっ!」

「……桃さんは可愛いらしい」

「有罪!!!」

「痛っ。蹴るなっ! ……と言うか、お前、スカートでそんな事したら、痛っ、痛いってっ!」

「えろは昼間禁止!」


 はぁ、まったく。この妹は……。

 ソファーから立ち上がる。

 さて――袖を引っ張られる。どうした? そんな不安そうな顔をしてまぁ。


「……司」

「うん?」

「……私も髪を染めた方がいいですか?」

「駄目です」

「……本当に?」

「駄目です。何を馬鹿な事を言うかと思えば……綺麗な黒髪を染めるなんて、お兄ちゃんは許しません」

「――えへ」


 ぱーっと、表情が明るくなる我が妹。

 何と言うか、お前も分かりやすいなぁ。いや、それを見て嬉しくなる俺も大概だけどさ。


「へぇ~ふ~ん。そうなんだぁ。司は、私の黒髪が好きなんだぁ。妹の髪フェチなんて、この変態っ」

「はいはい。ほら、行くぞ」

「はーい。あ、言っとくけど」


 手を引き、立たせてやる。

 すると、弥生は此方に抱き着いて来て言った。



「西木弥生は、西木司がずっとずっと大好きなんだからね? 髪色とか体形とか関係なく」



 ――知ってるよ。

 取りあえず、その言葉そっくりそのまま返すし、これから何度でも言うからさ。

 今後は、打ち合わせを覗きに来ないように! 

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