そこに座ってっ! はい、今日は何の日ですかっ?

「美咲、はい、これ」

「え? 何――ふわぁぁぁ」


 思わず感嘆が口から洩れる。

 渡されたのはお洒落な黒い小箱。

 開けなくても分かる。これ、絶対に美味しいやつだわ。

 自分用にはまず買わない。そもそも、選択肢に入らない。

 ……前に『本命』用として買ったのより数段上かも。

 この子、こういう事までそつがないのよね。流石だわ。


「や、弥生、本当に、い、いいの? どう考えても、三倍返し以上になってる気がするんだけど……」

「気にしないで。そこのチョコ、美味しいから美咲にも食べてほしかったの。ヴァレンタインとかホワイトデーとかに興味はないけど、いい機会だったから」


 ふわっと笑みを浮かべる。

 はぁ……ほんとっ、美人。目の保養になるわぁ。

 確かに私はチョコをあげたけど、まさか返してくれるとは……周囲の男共がちらちら、見ている。

 はっ! 羨ましいでしょぉ? こ・れ・がっ、学内では男はおろか、女ですらほぼ貰った事がない、弥生からのチョコよ!!

 今年のヴァレンタインデーも、当日まで忘れてたみたいだし、弥生はこの手の事にまるで興味がない。


『お兄さんにはあげないの?』

『甘やかすとすぐ調子にのるから』


 と、先月聞いてみたら素っ気ない態度だった。傍目から見ると凄く仲良しだから、てっきりあげるものかと思ってたわ……意外。

 まぁだけど、弥生だし。らしい、と言えばらしいわね。

 だから、ホワイトデーのお返しはまったく期待していなかった。むしろ、渡したことすら、今の今まで忘れていたくらい。

 はぁ、こういうところが、私との差なのかしら。

 最近なんか、ますます綺麗になって……これ以上、磨いてどうするのよ? もう最上限だと思うわよ?

 この前なんか、普通に歩いているだけで何人のスカウトに声をかけられたことか……。。

 司さんはある意味、凄いと思う。こんなに綺麗で、性格も良くて、センスまでいい女の子と一緒にいるのって、普通の男じゃ務まらないと思うもの。


「弥生」

「何?」

「ありがとう。大事に食べるわ」

「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいわ。後で感想を聞かせてね」



※※※



 先程から、後頭部に視線を感じる。

 気になって振り向くと、そこにいるのは、ソファーに座り、顔を背けている我が愚妹。

 ……『私じゃありません』アピールのつもりか。

 まぁ、それならそれで構わないが。

 さ、お仕事、お仕事です。今日中、これは書き上げておかないと……。

 キーを叩く音。後頭部には視線。何かをずる音。


「だーっ! 集中出来るかっ!! 何だよ? さっきからっ!?」

「はぁ? 私は何もしてないもの。自意識過剰なんじゃないの? はぁまったく、これだから、この愚兄は」

「いや、お前、それは流石に……」

「何よ? 文句でもあるの?」


 さっきまでソファーに座っていた筈の弥生は、クッションに座ってこちらを見上げている。床掃除はきちんとしてるけど、それでも汚くなるからやめぃ。

 ……あと、どうして、もう一個持っている?

 それにしても、だるまさんが転んだ、とは懐かしいな、おい。

 取りあえず、一連の行動で集中力が途切れた。珈琲でも入れて――おう?


「……弥生さんや」

「……何よぉ」

「……どうして、袖を掴んでいるんでしょうか?」

「……ん」


 そう言うと、持っていたクッションを自分の前に置く。

 あ~……ここから先の流れは何となく分かる。


「そこに座ってっ! はい、今日は何の日ですかっ?」

「今日は3月14日。水曜日。晴れ。あ、卵の特売がある日だな」

「……愚兄」

「うん?」

「……分かってて言ってるでしょ?」

「さぁなぁ。お前が何を言ってほしいのかはさっぱり分からない――って、噛むな、ひっかくなっ」

「可愛くないっ。可愛くないっ。可愛くないっ~!」


 ったく……もう少し後にしようと思ってたのに。

 軽く頭を撫で、立ち上がる。


「ちょっとそこで待ってろ」

「……ヤダ。私も行く」

「あ~別に外へ行くとかじゃないんだが……」

「関係ない。油断すると、最近の司はすぐ私を放り出すんだもの。この世に、こんな可愛い妹以上に優先すべき事柄なんてないのにっ! 世界共通の決まり事なのにっ!」


 困ったことにこれは素である。

 しかも、今日はちょっと拗ねも入ってるのでからかうのは自重。

 弥生を連れて、自分の部屋へ行く。

 こーら。ベッドに寝っ転がるんじゃありません。

 手を伸ばしても駄目。まだ、寝ません。一緒にも寝ません。まったく……弥生が拗ねて、布団に潜り込ん隙に――よし。


「ほら、起きろー」

「……ケチ。バカ。意地悪。薄情者。今日は、今日はホワイトデーなんだからね? 私に十倍返しする大事な日なんだからね?」

「世間一般よりも更に過酷とは……世の男子の涙腺を枯らす気か? ほれ、起きた起きた。そうしないと――お返しを渡せないからな」

「!」


 がばっ、と布団から頭を出しこちらを窺っている。

 わざと手で隠す。痛っ。そこ、蹴るな!


「う~!」

「何だ? いらないのか。なら、お返しは無し」

「いるっ!」


 ベッドの上で仁王立ちになり、此方を睥睨。

 やれやれ、お嬢様の仰せのままに。

 わざと畏まり、小箱を差し出す。中身は指輪に合わせたネックレスだ。


「お納めください」

「……違うでしょ」

「うん?」


 これ以上、どうしろと? 弥生が突然抱き着いてくる。

 そして、頭をこすりつけながら囁いた。



「――司が着けて。これからもずっと」



 ……無自覚な一撃は、時に凶器となることを、今年こそ学んでほしい。 

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