……嫌だったんだもんっ! 仕方ないでしょ!!

「姉貴……」

「何よ」

「いや……」

「なーに? 言いかけて止めるなんて失礼ね。私はあんたをそんな風に育てたつもりはないわよ?」

「だったら言うが……『大貧民』のルール理解してるか? いきなり2のペアを出してどうするんだ。ジョーカー以外なら最強カードなんだぞ?」

「分かってるわよ、そんな事。あ、誰も出さないわね? はい、それじゃ次ね、8含めた6枚で『革命』。続いて、3のペア。8切って、5のペアで。はい、上がり。私の勝ち!」


 ようやく仕事が落ち着いた週末、弥生が泊まらしてもらったお礼を兼ねて、姉貴の家に出向いてみれば、この有様である。

 いやまぁ、大貧民は楽しいけれども……これ程までの理不尽、中々、お目にかかれないだろう。汚い。相変わらず汚い。

 大人げないにも程がある。唯の教育にも悪影響だ。

 ほら見ろ、唯の表情――キラキラした目で、姉貴を見ている、だ、と?


「ママ、カッコいいー!」

「ふふん~♪」


 い、いかん……もう悪影響が出ている。

 ここは――ちらりと弥生を見る。よし、唯を真っ当な路へ戻さないと。

 姉貴? 無理無理。昔からまったく、変わってないし。

 

 『勝てば官軍。犬とも猫とも言え、勝つ事こそ全てなのよっ!!』


 ……取りあえず、戦国有数の名将に謝れ。

 まぁいい。ここらへんで積年の恨み――こほん。唯の為に弥生と協力しながら、姉貴を追い落とすこととしよう。

 まぁ問題は


「2のペア!」

「13のペアー。すうじと絵でしばりー」

「!?」

「8きりー。4であがりー。唯の勝ちー!」

「そ、そんな……そんな私が最下位なんて……」

 

 この愚妹、頭はいいのにこの手のゲームにからっきし弱いのだ。

 そう言えば、正月も唯に花札でぼこぼこにされていたような……。

 何だよ?


「(ねぇ、どーして、さっき私を援護しなかったのよっ!」

「(自分の手札と、お前の腕を勘案した結果だ)」

「(きー! 愚兄のくせに、生意気ー!!」

「(趣旨を思い出せ。どっちかが勝てばいい……お前は勝てないだろうが)」

「(……司が可愛くない)」

「(はいはい)」

「(返事は一回!)」


「そこ、二人で勝手にイチャイチャしない。するなら事前に申請しなさい。さ、次を――そうね、ただやるだけじゃつまらないわ。何か賭けるわよ」

「姉貴、そういうのは」

「お金を賭けるわけないじゃない。ちょっとした事よ。例えば、唯が勝ったら、司、今度、遊園地へ連れて行きなさい」

「いいのっ!」

「あれ、それ位? ねぇ、いいんじゃない?」


 この愚妹っ! 姉貴がそんな程度で済ます筈ないだろうがっ。

 どうせろくでもない事を、『黙ってなさい。それとも最初から1対3がいいの?』。

 ……選択肢は無し、か。ならば、せめて自分の身を守ろう。

 弥生、強く生きろよ……。



※※※



「はい、あがりね。私の覇権は永久よっ!」

「ママ、つよいー。唯もあがりー」

「……あがりだ」

「そんな、そんな……」


 姉貴が踏ん反り返り、唯ははしゃいでいる。

 隣の弥生は意気消沈。これで5連敗。

 不思議なことだが、一度落ちる(今回は、カードを差し出していないにも関わらず)と這い上がるのは中々過酷なのだ。


「次は何を要求しようかしら?」

「ね、姉さん。姉さんは私が可愛くないのっ!?」

「可愛いわよ、当たり前じゃない。弥生は私の自慢の妹よ」

「姉さん……わ、私も姉さんのこと尊敬して」

「だーけーど、これとそれとは別ね。さて、愚弟」

「……何だよ」

「罰ゲームは何がいいと思う?」

「……好きにすればいい」

「だってさ、弥生?」

「な、何!? 今度は何をされるのっ!? されちゃうのっ!!?」

「そうねぇ次は――今年のヴァレンタインのお話でもしてもらおうかしら? 勿論、話せる範囲で構わないわよ? 私は寛大でしょう?」


 無心だ。無心になるのだ。

 とうに羞恥心の限界は超えた。これ以上は……生死に関わる。

 それに比べて動揺しながらも素直に話している弥生は、顔を真っ赤にしつつ、何処となく嬉し気だ。

 話を聞いている側の姉貴と唯は、言わずもがな。何がそんなに楽しいのか。

 ……あれ、考えてみるとこれって1対3なんじゃね? ジト目で姉貴を睨む。


『最初からこれを狙って――謀ったな!?』

『気付くのが遅いのよ』

 

 くっ! この悪魔め……。

 おい、お前もどうしてそんなにぺちゃくちゃと


「そ、それで、司が花束を用意してくれてて――えへ、えへへ」

「へぇ、愚弟にしてはやるじゃない」

「つかさお兄ちゃん、カッコいいー」


 ……どうやら、ここに味方はいないようだ。そろそろ時間も遅い。次がラストだろうし、最後は勝って終わらすしかないっ!

 その為には


「唯」

「なーに?」

「お兄ちゃんが勝ったら、唯を遊園地へ連れて行ってあげよう」

「ほんとっ!」

「本当だ。唯が勝っても遊園地へ連れてってあげるよ」

「やった! 唯、がんばるー!」

「……ちょっと、何、言ってるのよ?」


 弥生が不機嫌な声を出すが無視。自分の精神衛生を優先する。

 花束の話は許容しよう。

 が、当日の話は駄目だ。絶対に。

 故に、次のゲームは必勝が求められている。

 

 ――ゲームスタート。

 

 手札は良し。勝ち目はある。

 最強カードである2がないものの、1のペアとジョーカーもあるし、何とかなるだろう。

 幾ら何でも2を三枚持ってはいまい。

 慎重にカード出していく。


「愚弟、やけに真剣ね? 無理しなくていいのよ? 諦めれば楽になるわ。と言うか諦めて、とっととまだ話してないエピソードを話しなさい」

「……断る。これは尊厳の問題だっ! 俺は勝って、唯を遊園地へ連れて行くっ」

「そう。なら仕方ないわね。残念だわ」


 何だ? 姉貴のこの余裕は? まさか何か切り札を?

 ……いや、はったりだ。

 このまま押し通るっ!


「1のトリプルだ。ないな、それじゃ場を」

「待って」

「!?」

「あらあら」

「やよいお姉ちゃん、すごーいっ」


 2のトリプルを弥生が出し場を流す。

 こちらの手札は2枚。

 ――そこから先はずっとペアしか出て来なかったのは言うまでもない。


「天下は私の物よっ!!」

「ぐぐぐっ……」

「それじゃ、弥生」

「……何?」

「唯を連れて遊園地へ行ってくれないかしら? 荷物持ちも必要ね。愚弟」

「……分かった、分かったよっ!」

「分かればよろしい。さて、私は唯を寝かせてくるわ。襲うんじゃないわよ?」

「襲うかっ」

「馬鹿ね。あんたに言ってないわよ」


 はぁ? 何を言ってるんだか。

 姉貴が二階へ上がってゆく。

 姿が見えなくなった瞬間、肩に重み。


「……司のバカ」

「何でだよ」

「……バカ」

「なぁ、さっき何で妨害をしたんだ?」

「……だって」

「うん」

「……嫌だったんだもんっ! 仕方ないでしょ!!」


 似たような事を数か月前にもやった気がする。

 はぁ、まったく。

 頭を軽く抱きしめる。



「前より、独占欲が酷くなってないか?」

「……自覚はしてる。ねぇ」

「うん」

「こんな私も――好きになって」


 ……姉貴、見てるんだろう? 録音はさせないからな?

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