ごめんね。ありがと。嬉しい――

「司、司、これこれ、見て、見て!」

「んー? へぇ、また凝ってるな」

「でしょ? うわぁ……どうやって作ってるんだろ。ね、ね、これにしよっ」

「来て早々、決定するのかよ。一応、全部見た方がいいんじゃ――あ、今のやっぱりなしな。うん、それにしよう」

「おやぁ? そっか、そっか。可愛い妹とのデートをもっと長く楽しみたい、と。ふ~ん。もう、仕方ないなぁ。それならそうと早く言えばいいのに」

「……ほら、行くぞ」

「あ、逃げた―。もう、照れ屋なんだから」


 本日は、二月十三日。ヴァレンタインデー前日。

 そして、私と司がいるのは駅前のデパートに設けられたヴァレンタインデー特設会場。甘いチョコの匂いが充満している。

 先日、話した通り今年は一緒に買いに来たのだ。

 デートです。誰が何と言おうが、これはデート。


「えへ、えへへ、えへへへ♪」

「……おい、猫が剥げかけてるぞ?」

「そ、そんにゃことにゃいわよっ!」

「……いや、まぁ、もういいわ。取りあえず何処から見るんだ? それにしても凄い人だな」

「む~」


 司が呆れた表情で私を見る。

 だって嬉しいでしょっ! 浮かれるのも仕方ないじゃない。お正月から今まで、こういうのって中々なかったんだから。

 そういうところを汲み取りなさいよねぇ。そんなんだから、愚兄なのよっ!

 

「あー弥生さんや」

「何よ?」

「ん」

「おやおやぁ? なーに、その手は?」

「……お前、分かってて言ってるな?」

「えー、私、分かんないー」

「ならいい」

「待って! ――はい」

「おやおやぁ? 何だ、その手は?」

「てぃ」

「痛っ」


 司の手を軽く叩く。そのまま、ぎゅっと、手を繋ぐ。

 まったくもう……困った愚兄なんだから。

 あ、繋ぎ方が違う――よし、これで完璧ね。えへへ。


「な、なぁ、ちょっと、その、恥ずかしいんだが……」

「何よ、司だってしようと思ってたんでしょ?」

「いやまぁ、それはそうなんだが……繋ぎ方が……」

「だって、はぐれたら困るでしょ? だから、これは仕方ないのっ。あ、手を組んだ方がいい?」

「……行くぞ」


 逃げた。

 何時もズルい台詞を言う癖に、案外とこういうの恥ずかしがるのよね。

 今も、耳が赤くなってるし。ふふ、子供っぽくって、ちょっと可愛い。

 私が上機嫌になっていると、隣の司が立ち止まった。困った表情。

 目の前の売り場に並んでいるのはほとんどが女性だ。

 あ、そういう事ね。だけど、あえて聞いちゃう。

 だって、反応を見るのが楽しいし。


「どうしたの?」

「な、なぁ、弥生」

「うん」

「俺がここにいる意味」 

「私が嬉しいし、照れてる司を見るのがとっっても楽しい。あと、私が今日一日ずっと上機嫌になる」 

「……うぅ」


 顔を赤らめながら、手をぎゅっと握ってくる。

 あ~もうっ! 普段は大人びてるのに、こういうところは昔から変わらない。

 そんな司だから私は――駄目だ。今は、この優位を捨てちゃ絶対駄目。私まで照れちゃうし。

 平然を装いつつ、司に告げる。


「さ、行きましょ? 大丈夫よ、お姉ちゃんが一緒だから、ね?」

「……この愚妹ぃ」

「はいはい」


 た、楽しい……! 楽し過ぎる。

 何かしら、この感じ。新しい世界が開けそうになるわね……。 


「そ、それで、もう目星はつけてるんだろ?」

「え? つけてる筈ないでしょ」

「な、何でだよ!?」

「当たり前でしょう。だって、今年のコンセプトは『司に選んでもらう』だもの。私が決めたら駄目じゃない。あ、勿論、アドバイスはするけどね」

「馬鹿なっ――お前、もしかして端からこれを狙って……」

「てへ♪」

「ぐっ……ふ、不覚……」

「とか、言いながら逃げようとしないの。そういう子にはこうです」


 握っていた手を放して、司の片腕に自分の手を絡ませる。

 うん、握るのもいいけどこういうのもいいなぁ。幸せな気分。

 さっきよりも顔を赤らめているのを見ると、余計に嬉しくなってくる。


「や、弥生、流石に、こ、これは」

「別にいいでしょ? 大丈夫、仲良しな兄妹でもこれ位するわよ」

「……何か、お前、今日ちょっと姉貴っぽい、痛っ」

「デート最中に他の女の人の話はしちゃ駄目って、習ったでしょー。まったく、これかだから愚兄は。ほら、邪魔だし、さっさと行くわよ」

「……どなどなどーな、どーなー……」


 何よ? 可愛い可愛い妹と一緒なんだから、嬉しそうにしてよね。

 頭を司の腕にくっつける。

 ……えへ、えへ、えへへ♪

 

 この後、結局、殆ど全ての店を見て、あーでもない、こーでもない、と二人で言い合い(と言うよう、司の案をずっと私が駄目出しをした。ずっとこうしてたかったし)ながら、チョコを選び終えたのだった。流石にちょっと疲れたわ。

 目の前の愚兄もそうなようで、行きつけの喫茶店に入って、椅子に座った瞬間、テーブルに半身を投げ出したまま、動かない。


「司、疲れた?」

「……来年は絶っ対にしないからな」

「何よ。もう来年の話? 気が早いわね。あ、ちょっと私、お化粧直してくるね」


 返答はなく、片腕をひらひら。

 う~ん、連れ回しすぎちゃったかなぁ……反省。

 ――戻ってくると



「え?」

「一日早いけど。偶にはこっちから渡しても良いだろ」

「あ、え、えっと、あの、その……これって、その……?」

「察しろ」

「あぅ……司ぁ」

「うん」


 私は渡された綺麗な薔薇の花束を軽く抱きしめて、小さく、だけど心からの想いを告げた。 


 

「今日は連れ回してごめんね。ありがと。嬉しい――大好きよ」

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