当然――本命だよ? 本命中の本命だから!

「司、見て見て」

「何だよ」

「このチョコレート可愛い! これがいい? ちょっと心惹かれるよね?」

「あー」

「去年はちょっと変わったやつだったから、正統派かなって。私としては、やっぱり和菓子屋さんが便乗するのは難しいと思うんだよね。あれはあれで美味しかったけど」

「その」

「それとも……あえて、チャレンジしてみる? ほら、これとか。酒蔵が作ったチョコだって」

「……弥生さんや」

「うん」

「どうして、俺は……その、ヴァレンタインのチョコレート特集が組まれている雑誌を延々と見せられているのでしょうか……?」


 まだまだ寒い2月の初旬、原稿も書き終わり、炬燵に入ってまったりと読書に勤しんでいたところ、大学から帰ってきた我が妹が、当然のように隣に入ってきた。

 ……結局、実家から帰って来てから今冬はこれが習慣化。何度か止めさそうとしたもののその都度、涙目になるものだから妥協。反則だ、あんなの。

 人が積んでいた本をどかし、読書中の本上に雑誌を置くという暴挙。許すまじ。

 そして、その雑誌に書かれていたのは……。


「だって、司にも今年食べたいお菓子ってあるかなって」

「いやまぁ確かにそれはそうだが……だけどだなぁ」


 何か違うと思う。

 確かにかの日は、製菓メーカーの陰謀云々、言われる日本中で呪詛の言葉が吐かれる日でもあるけれど、貰ったら貰ったでそういうのをかなぐり捨てる日でもある。

 が、それはあくまでも当日にドキドキしながら貰ってのものであって……事前に相談されるものではないような。


「何よ? 何が不満なの?」

「いや、別にそんなんじゃない。気にするな」

「ふ~ん……ああ、そういうこと。ふふふ、当日まで秘密にしておいたほうが良かった?」

「ノーコメント」

「だって、それこそ今更じゃない。何年前から渡してると思ってるのよ」

「どうだったかなぁ。学生時代はこれでもそこそこ貰ってたから覚えてない、って! 内側つねるなっ。本気で痛いって!」

「……過去の栄光を引きずっているなんて情けないわよ、愚兄」


 だからといってすぐ暴力に訴えるのは駄目です。

 だいたい、忘れる筈……あ、この思考は駄目だ。絶対顔に出てしまう。平常心を保たねば。

 隣でむくれている我が愚妹はこういう所だけは、勘が良い。バレれば、今後延々とからかわれるのは必定。ただでさえ、そういうネタを日々提供し続けているのだ。これ以上は。


「あーあ。折角、選ばせてあげようと思ったのになー。酷い事言われたから、嫌になっちゃったなー。しかも、私は何時から渡してるのかちゃんと覚えてるのに……司は覚えてくれてないしー」


 チラチラ、こっちを見るなっ!

 そんな顔をしても無駄だ。自分から告白はせん! 今回はそう決めた。妥協も譲歩も決して――


「……ねぇ、本当に忘れちゃったの?」

「ぐっ」

「私は覚えてるよ? 初めてチョコを渡した時のこと。後、中学2年生の時に初めて司に」

「分かった。分かったから……覚えてるよ。忘れる訳ないだろうが」

「――えへ」


 弥生が寄りかかってくる。

 はぁ……どうして、こう弱いのか。

 理由は分かってる。皆まで言うまい。


「それで、何にする? 司の希望のにするから。そしたら、一緒に買いに行こっ」

「……ある意味で新しくはあるな」

「でしょ?」

「褒めてはいないからな」

「えー。だって、どうせなら二人が納得したのを選んだ方がいいかなって。私も食べるし。なので、今年から採用してみた!」

「分からなくはない。分からなくはないが……店員さんからすれば、変な客だろうな」

「そんなことないわよ。きっと私達を見たら――今のなし」

「ほぉ」


 何年、一緒にいると思ってるんだ?

 お前がそういう反応する時は大概、恥ずかしい妄想をした時だ。

 ……問題は、こっちにも被害が及ぶことだが。


「まぁそうだな」

「そうなのよ」

「仲が良すぎる兄妹に見えてひかれるだろうからな」

「ていっ」

「いたっ。何だよ」

「……分かってて言ってるでしょ?」

「さぁ、何の事かな?」

「こ、この愚兄っ!」

「まぁ――」


 弥生の肩を軽く抱き寄せ、囁く。


「彼氏彼女にも見えるかもな」

「っ……バカ。最初からそう言いなさいよ」


 あっという間に上機嫌。

 分かりやすい。まぁそういうとこも可愛いけれど。

 その後も延々と自分に贈られるチョコを選ぶ、という中々興味深い時間を過ごすこととなった。

 その間、弥生はずっと甘えモード。曰く『一人で選ぶのも楽しいよ。だけど、司と一緒の方が私は好き』。……抱きしめそうになったとも。理性が勝ったが。

 結局、選び終わった頃には、そろそろ夕食の支度をしないといけない時間になっていた。弥生が帰ってきたのが午後2時過ぎだったから……いや、冷静に考えるまい。こんな事が姉貴にバレたら、悲劇(向こうにとっては喜劇)だ。

 まぁ、とにかく準備をしないと――ん?


「弥生」

「うん」

「何故に、袖を掴んでるんだ?」

「あーえっと……大事な話をしてないかなって」

「大事な話?」

「いや、伝わっていると思うんだけど、ね。やっぱり、こういうのって、言葉にしないと駄目かなって」

「うん?」

「その、ね」


 弥生が身体を寄せてきて囁いた。



「当然――本命だからね? 本命中の本命だから!」



 ――抱きしめたのは仕方ない。不可抗力かと思う。

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