司の物は私の物。私の物は――

「あった、あった。此処よ!」

「へぇ、駅前にこんな喫茶店なんかあったんだな」

「最近、オープンしたみたいよ? だけど、すっっごくコーヒーもケーキも美味しいんだってっ!」

「ほ~。そりゃ楽しみだ」

「ふふん。遠慮なくこの可愛い妹に感謝するといいわ――って! 置いていくなっ!!」


 何時もの調子で寝言言っている愚妹を無視し、喫茶店へ入る。

 落ち着く内装――飾ってある小物もセンスがいい。

 この店好きになれるかもな。


「……ちょっと」

「うん? ありがとな。確かに感じが良い店だ」

「――えへ」


 不満気だった顔がすぐに緩む――こいつ、褒められたりするとすぐこうなるけど、大丈夫かな。詐欺とかに引っかかりそうで不安。

 店員さんに案内され、窓際の席へ。

 メニューを見る――どれも美味しそうだ。何にするかな。


「う~ん……どれも美味しそうだし……あ、紅茶も良いな……」

「決まったか?」

「少し待ってよっ!」

「どれとどれで悩んでるんだ?」

「えっとね……ケーキは、ショートケーキかチーズケーキ。飲み物は珈琲か紅茶、どっちにしよっかな、って――」

「何だそんな事か」

「む、何よ、その言い草はっ」


 何故かむくれる弥生。

 いや、だってなぁ……悩む必要がないと思うが。


「すいません。注文いいですか」

「ち、ちょっと、私、まだ決まって――」

「ケーキセット二つで、ショートケーキとチーズケーキ。珈琲と紅茶で」


 店員さんに注文を済ます。楽しみだ 

 ん? どうかしたか? 


「…………ねぇ」

「何だよ」

「…………司って、そういうの何処で覚えたの?」

「はぁ? 覚えたって何をだよ?」

「いや、だからぁ……もう、いい。――こういう所がズルいって何度言えば分かるのかしら……あ、でも、もしかしたらこういう風にしてくれるのは私限定の――」

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫! 何の問題もないわっ!」


 時折、情緒不安定にもなるんだよな……お兄ちゃんはちょっと心配です。

 これで、他人に接する時はぱっと見、出来る風な美人になるんだから……人間というのは凄い生き物だと思う。

 

 ――ケーキセットが運ばれてきた。おお。美味しそうだ。


 さて――二つのケーキ皿を弥生の方へ。  


「ほら、先に食べろ」

「いいの?」

「いいの? も何も……そんな顔した妹に『めっ!』と言う程、非道じゃないぞ、俺は。良い兄」

「あ、それはないわ。司は案外と意地悪で鬼畜です」

「……なら、このチーズケーキは俺が」

「お兄様は何時もお優しい方です」


 あっさりと前言を撤回して、ケーキを口に運ぶ――こいつ。

 まぁ、この笑顔を見たら何も言えないが。

 ――珈琲、美味しい。はぁ落ち着く。


「あ、私も珈琲飲みたい」

「はいはい」

「わーい。ミルクと砂糖入れていい?」

「好きにしろ。あんまし砂糖入れすぎるなよ? ……正月で太ったのは」

「えへ――死にたいのかな?」

「……何でもない」


 怖い笑みを浮かべながら、珈琲へミルクと砂糖(何時もより明らかに少ない)を入れる。

 我が愚妹は、案外と子供舌なのでブラックコーヒーが駄目なのだ。

 まったく――この紅茶もまた。凄いな、この店。

 ……何でこっちをジッと見てるだ?


「私も紅茶飲みたい!」

「待て、俺もケーキが食べたい」

「えー」

「……二個食べたら太」

「愚兄。乙女に対して禁句を重ねるなんて……覚悟はあるの?」

「誤差だろうが。お前はちょっと細すぎるんだよ」


 中身は残念だが、弥生はスタイルがいい。

 ただちょっと細すぎる。

 そもそも多少、体重が増えたところで俺は――


「……だって」

「何だよ?」

「……昔、司が細い方がいい、って」

「あ~……その、すまん」

「……何がよ」

「いや、だからな……俺はお前が……おい、その左手に持ってる物は何か正直に言ってみろ」

「え? 録音する為の携帯だけど?」


 何故、さも当然という表情なんだ……変な所で姉貴を真似てるんだよな。 

 不思議そうな顔をしている弥生を無視して、強引に話を戻す。


「取りあえず、どっちかケーキよこせ」

「何で?」

「いやそりゃお前、俺だって食べてみたいし」

「こうすれば良いじゃない」

「…………弥生さんや」

「どしたの??」

「それはその――所謂、あーん、というやつだと思うんだが……」

「うん。美味しいよ♪」


 い、いかん。こいつ、外出中だってのに、猫を被る気がない。

 ――食べるけれども。あ、やっぱり美味しい。


「美味しいな」

「でしょ? ふふん。今日、此処に来る事を提案した私を褒め称えるといいわ!」

「はいはい。弥生は良い子だなー」

「もっと!」

「弥生は良い店を見つけてくるなー」

「もっとっ!」

「弥生は――本当に可愛いな」

「はぅ……」


 くくく、変化球の後の直球。こういう基本に弱い事は知っているのだよ。

 ……俺もちょっと暑いけど。引き分けだな。

 さて、それじゃちゃんとケーキを――うん?


「なぁ」

「何よ」

「どうして、またやろうとしてるんだ?」

「だって、食べさせないといけないでしょ?」

「うん? いや、別に全部そうやって食べなきゃいけない訳じゃ……」

「ちゃんと食べさせるわよ?」

「……取りあえず、どっちを食べたいんだよ、お前は?」

「両方」


 いかん……会話が成立しない。

 落ち着く為に紅茶を一口。カップに戻すとすぐに弥生がそれを取り、口に運ぶ。


「あ、これも美味しいわね。だけど、ミルクとお砂糖入れたいっ」

「……砂糖は止めろ。飲むものがなくなる」

「仕方ないわねぇ。我儘な愚兄を持つと苦労するわ」

「もう何も言わんが、取りあえず……ここは家じゃないからな? そうやってすぐにこっちの物をだな――」

「ああ、そういう事か。問題ないわよ。だって」


 そして弥生はこっちを見て、あっさりと言った。



「司の物は私の物。私の物は――全部、司の物でしょ? 勿論、私も含めて」



 ……だから、ここは家じゃないからっ!

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