――今夜はずっとこのままだからね?

「ただいまー」


 何時もの癖で挨拶――だけど、返答は無し。部屋の中も真っ暗。

 そうなのだ。今晩、司は作家仲間との新年会で留守。

 ま、まぁ別にいなくても寂しくなんかないし?

 ……嘘です。

 一人の部屋は何か冷たいしちょっと苦手。

 その事を誰よりもよく知っているからか


『一緒に来るか? 悪い人はいないけど』


 と、心配顔で誘われたのだけど『大丈夫。一人で楽しく過ごすからっ!』と固辞した。

 だって、そう言わないとあいつ私を優先しちゃうし。ほ、ほら、あ、あ、愛されてるし? も、もう~仕方ないなぁ。

 人付き合いは大事だとも思うから、こういう機会位は送り出してあげないとね。

 ――どうせこれからもずっと一緒にいる訳だし、今晩の、しかも数時間いない位は譲歩するのが、イイ女ってものよ。

 夕方6時からスタートと言っていたから、9時には帰って来るだろう。司はあんまり外でお酒を飲まないし。

 さて、それじゃご飯を食べて――司が用意してくれている。えへ――お風呂を沸かして待っておこうかな。 

 ふふ、それで、それで『寒かったでしょ? お風呂沸いてるよ? あ、一緒に入る?』とか言っちゃったり――えへへ。

 よし! それじゃ、仕方なく、そう仕方ないから準備して待ってよっと。



※※※



 時刻は既に11時――まだ帰って来ない……。

 携帯を何度も確認するけど、連絡無し。どうしたんだろ? 何時もは遅くなる時、必ず事前連絡があるのに。

 もう! 折角のお風呂が冷めちゃうでしょ!! 私はもう寝るばかりなのに――お気に入りの猫耳フード付寝間着に着替えて、ソファーに横たわる。

 何時もなら、司とゲームしたり、テレビ見たり、今日あった事を話したり、時々、その……いちゃいちゃしたり――とにかく、二人で過ごしているのに。

 うぅ……寂しいよぉ……。


 ――その時、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。そして、慣れ親しんだ『ただいまー』という声。


 跳ね起き、いそいそとすぐ玄関に……駄目っ! ここは帰って来ても怒ってるふりをしないといけないところな筈……!

 私は怒ってるんだからねっ――でも、声を聞けただけど嬉し――危ないっ! 気を抜くとすぐ顔が緩んじゃう。

 部屋の扉が開き、司が入ってきた――む?

 

「ただいま――まだ起きてたのか? 寝てて良かったのに。はぁ……疲れた……おい? いきなり、どうした――そ、そんなに臭いか? 煙草を吸う人はいなかったけど――」

「…………ねぇ、今日の飲み会って、女の人もいたの?」

「あれ、言ってなかったっけ? 今晩のは、結構大きな飲み会だったんだよ。新年の挨拶も兼ねてたからな。女性作家の方も多かったな」

「き・い・て・な・いっ!! どうして、そういう重要な事を言わないのっ!?」

「それって重要か?」

「当たり前でしょぉぉぉぉ……」

「いや、だけどなぁ」


 今一、納得していないわね、この愚兄……。

 いい? 貴方には私がいるのっ! こんなに可愛い妹がいるのに、他所の女に目移りするなんて……そんなんだから、景気が良くならないし、私の体重が少しずつ増えてってるのよっ! 

 このお正月でまた、少し増え――とにかく。これは有罪。何を言おうともそう簡単には許して――


「お前より綺麗な女の子はいなかったし」

「……今、なんて?」

「お前の方が綺麗だったし、可愛かった」

「……え、えっと、酔ってる?」

「ぎゅー」

「へっ? え? ええ~!?」


 司が満面の笑みを浮かべながら、突然私を抱きしめてくる――えへ、えへへ、えへへ♪ 嬉しい……じゃないっ! 珍しく少し酔ってるらしい。

 それに……この匂いは……。

 胸を押して、離れる……別に、ちょっと惜しい、なんて思ってない。思ってないったらない。


「弥生?」

「……お風呂」

「?」

「お風呂入って――今すぐにっ!! あんたの髪とか服から、香水の匂いが――他の女の匂いがするのっ。それ……嫌い」

「……マジでか? ……弥生は俺が嫌いなのか」


 司はしゅんとなり、お風呂場へ――単語しか聞き取れてないのかしら?

 シャワーの音がしたので、服や下着をまとめて洗濯機へ叩き込む。コートは――取りあえずビニール袋。明日、クリーニングに出そっと。

 さて――それじゃあいつが出てきたら――。



※※※



 シャワーを浴び、風呂から出ると、頭はすっきりとしていた。

 ……珍しく、少し酔ってたか。

 

『嫌い』


 思わずよろめく程のダメージ。い、いや、分かってる。あれはあくまでも香水の匂いが嫌いなのであって、俺の事を嫌いになった訳ではない。

 大丈夫。大丈夫だ。

 何故か準備されていた寝間着に着替え、寝室へ。弥生は――いない、か……。


「……そんな所で突っ立てないでよ。邪魔」

「お、おう」


 背後から、怒っている声。思わず挙動不審になってしまう。

 こちらの気も知らないで弥生はベッドにさっさと入っていく――えーっと、そこは……こちらを見上げ、自分の横のスペースを叩き、命令。


「ここに来て」

「いや、あのな……流石にそれは……」

「来て」

「だからな……」

「来い」

「……アイ」


 選択権が用意されていなかった。

 仕方なくベッドに入り、寝そべると弥生はこちらに近付き――痛っ! 甘噛みじゃなくて、本気で噛み付くなっ!! 


「私は怒ってるんだぞ、がおー」

「すまん」

「寂しかったんだぞ、がおー」

「申し訳ない」

「浮気する男は死刑、がおー」

「してないです」

「……今日の事は許さない。罰として」


 噛むのを止めた弥生が此方にぎゅっと抱き着いてくる。

 そして甘い声で囁いた。



「――今夜はずっとこのままだからね?」


 

 死んだ。流石に死んだ。

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