そんなのなくても――毎日言うよ。

 正月三が日も過ぎ、日常が戻ってきた。

 ――と、言っても自営業だし年末から正月も変わらず書いてはいたけど。

 実家では、姉貴や唯の妨害が激しく、中々思うようにはいかなかっただけだ。

 帰る時も大変だった。

 唯が中々解放してくれなかったし……義兄さんの目がちょっと怖かった。姉貴にケアをお願いしといて正解だったかもしれない。

 まぁ、そんなこんなで自宅へ戻ってきたのだが……


「なぁ」

「なーに? あ、まだお餅あったよね? 私、お汁粉が食べたいっ!」

「それは後で作ってやる」

「えー。今ー今がいいー」

「……ったく」


 炬燵から抜け出し、台所へ――ん?


「弥生さんや」

「んー?」

「……どうして後をついて来るのかな?」

「え?」

「え?」


 きょとんとしている。意味が分かっていないのようだ。

 ……あれ? 何か間違った指摘をしたかな?

 ま、まぁいいや。取りあえず、さっさと作ってしまおう。

 お餅を出して、実家から貰ってきた餡子は鍋へ。


「何個だ?」

「えっとね、2個! あ、私が焼いとくよ。司はー?」

「2個で」

「はいはい」


 何が楽しいのか、非常に上機嫌である。

 トースターでお餅を焼くのがそんなに楽しいか??

 確かに、膨れるのを見てると和むけど……。

 ――餡子を温め、準備完了。

 小匙を使ってちょっとだけ味見。うん、良い味。


「あ、ずるいー。私も私もっ!」

「はいはい。スプーンか何かを――」

「それでいいでしょ?」


 そう言うと弥生はこちらから小匙を奪い取り、味見。

 ……いやまぁ今更か。

 普段は結構、照れてやらないんだけどな。


「うん、美味しい。お母さんの味がする」

「……それ、作ったの俺だぞ?」

「ていっ!」

「痛っ。間違えたからって殴るなっ」


 まったく! 乱暴な妹だ――うん?

 あ~……。


「取りあえず、腕を放してくれるか? ほら、餡子を入れたお椀が熱いから危ないだろ?」

「え?」

「え?」


 またしてもきょとんとしている。今回はちょっと不満気。

 ……何か怒らすような事したっけかな?

 いや、でも怒ってるようには見えない。

 むしろ、帰って来てからずっと機嫌は良いみたいだが……。

 仕方ないので、腕を弥生に掴まれたまま移動し、お餅を回収。


「えへへ~美味しそうだね~」

「そうだな。やっぱり、この時期は食べたくなるな」

「うんっ! さ、食べよ、食べよっ」


 擬音として表現するならば、ウキウキ、ルンルン、とっていたところ。

 逆にここまで上機嫌だと何か怖い……酒は飲ませてないし、酔ってる可能性はないしなぁ……。

 ちょっと悩みつつ、炬燵へ戻る。

 さて……


「なぁ」

「んー?」

「流石に食べ辛いだろ? 今は、そっちに入れよ」

「え?」

「え?」


 いやいや……さも当然のように俺の隣へ入るな。

 嬉しい、嬉しくない、で言ったら嬉しいに決まってるけど、狭いんだよっ!

 それ以外の理由はない。

 だから、いきなり不機嫌になるな。


「……ふ~ん。司は、私が隣にいるの嫌なんだ」

「誰もそんな事言ってないだろうが。ただ、広さを考えろ」

「……だって」

「何だよ?」

「……向こうじゃ、姉さんと義兄さんと唯ちゃん、お母さんとお父さんまで司にべったりでさ……全然、こうする機会なかったんだもんっ。あれで、姉さんも司に甘いし……唯ちゃんは凄く懐いてるし……。そもそも、この炬燵を買う時はこういう事をする為にわざと小さいのを選んで――」

「後半なんて言った?」

「何でもないわよっ! だけど、ここから出て行け、は却下しますっ! 文句ないわよねっ」


 ……そんなに構わなかったかなぁ。

 姉貴の汚い罠により、とてもとても恥ずかしい台詞を聞かれた点だけでもう十二分じゃないだろうか……う、駄目だ。未だに思い出すと赤面するのが分かる。

 落ち着け。唯一幸運だったのは、流石の姉貴も録音まではしていなかった――


『好きだよ。こいつがいないと生きていけない位には』

「ていっ!」

「あ、あ、ああー! 返してっ! 私の宝物の一つなんだからねっ!!」

「な、な――ま、まさか、お前、あの時の会話、全部録音してたのかっ!?」

「むしろ、何で録音してない、って思ってたの? 姉さんのことだから、きっと色々聞き出してくれると思ってたし。それに――司のそういう台詞は何時でも、何度でも聞きたいし。もう、携帯にもデータ入れたっ!」


 ……こ、こいつ、ちょっと俺の事を好き過ぎやしないか?

 似たようなものだから何も言えないけれど。

 だがっ、これは余りにも危険過ぎる。主に此方の精神衛生上よろしくない。

 ここは心を鬼にしてデータを――


「言っとくけど、消してもバックアップはあるからね? 姉さんのとこにも」

「…………よし、真面目に話し合おうか」

「大丈夫だよ。悪用は――ほんの少ししかしないから」

「するのかよっ!」

「――えへ」


 ぐっ、可愛――違う。落ち着け。

 ここでの敗北は、今年一年の命運を左右するだろう。

 毎回、あれを聞かされたら――負けられぬ戦いがここにあるっ!


「なぁ弥生」

「やだっ!」

「――俺達の間に必要かそれ?」

「必要!」

「ふ~ん、そっか」

「な、何よ?」

「いやなに――思ったより信頼されてないんだなって……」

「そ、そんな事ない! 私は司の事――はっ! ふふ……そう、何度も騙されるもんですかっ。甘いのよ、愚兄!」


 ちっ……多少は学習してるか。

 ならば――諸刃の剣だけど仕方ない。そう、これは仕方ない事。

 視線を合わせる。


「……消さないからね? 何を言っても無駄――」

「そんなのなくても――毎日言うよ。こうやって」

「……ふぇ?」


 隙をつき、軽く抱きしめ囁いた。

 


「好きだよ。弥生がいないと生きていけない位には」


 

 ――2対1で判定勝利、だと思う。

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