あとさ……私、これから襲われちゃうの?
「ほら――早くするならしなさいよ」
「……いや、そんな事言われてすぐする馬鹿はいないだろ」
「と、言いながらしたいんでしょ? ほらっ! 男なら早くしなさいっ!」
「それじゃ、遠慮なく――」
「隙あり! ……ちょっと、何でしてないのよ? 愚弟の分際で逆らうなんて、はぁ……私は何処で育て方を誤ったのかしら」
「――と、言いながら」
何やら頭の悪い事を呟きつつ、画面上では全力ストレートがアウトコースへ――が、読んでいる。
奇襲を前提にややコースが甘くなった所を流し打ち+同時に盗塁。
中々、綺麗に決まったな。
「ああ! ち、ちょっと、汚いわよっ!! 何、エンドランしてるのよっ!」
「いや、そりゃするだろ。俺がどれだけ姉貴の精神攻撃に曝されてきたと思ってるんだよ……弥生相手ならいざ知らず、今更効かないって。ほい、一点先制っと」
「きー。この愚弟、久方ぶりなのに可愛くないわねっ!」
現在、時刻は夜10時。
参拝から帰って来た後、家族みんなで新年会をし――酒に余り強くない父さんとそれに付き添った母さん、そしてやはり酒に弱い義兄さんは早々就寝。
さっきまで起きていた唯も今は布団に入ってぐっすりだ。
昼間、あれだけはしゃいでたからなぁ……弥生に対して、花札で完勝してたのには戦慄が走ったが。
で――ウワバミだらけな母方の祖母、その血を濃く受け継いだらしい、姉貴とそんなに弱くない俺は現在、絶賛某野球ゲーム中。
お――失投か。遠慮なく。
打球はレフトスタンドに叩きこまれホームラン。おしおし、初回に3点先制は幸先が良いな。
「ふふ……ふふふ……な、中々やるようになったわね。だけど、勝負はこれからよっ!」
「はいはい」
5歳年上の姉貴からかつては散々、好き勝手やられたのだ。
その対処方法は習得している。
そして案外と打たれ弱いから、早めに叩いてしまえば途中に投げ出す筈。
――注意すべきは搦め手からくる精神攻撃だけだ。
「そういえば――」
「何だよ?」
「弥生の和服はどうだった?」
「……別に」
「む、可愛くなかったっていうの? あんたの好みどストライクだったでしょ?」
「…………別に」
「あら? あらら? 顔が赤くなってるわよ?? あれぇ~どうしたのかしらねぇ? それに――」
「と、言いつつ盗塁だろ? 甘い甘い」
「むむむ……や、やるわね。昔だったら、動揺の余り雑になってくるのに……」
内心は既に余裕無し。
――が、ここで負ける事は、更なる悲劇を誘発する。
何せ、この人、こっちをからかう事を無上の喜びとしてるし。
多分、負けたら――『去年、あった嬉し恥ずかしエピソードを私に提供しなさいっ! 勝てば官軍っ! 勝負の世界は非常なのよっ!!』――である。
しかも、厄介な事に弥生と滅茶苦茶、仲が良い――つまりある事ない事、吹き込まれないかねない。
そう――これには人としての尊厳がかかっているのだっ!
「司」
「あ、投手替えるから」
「随分、早い継投ですこと――じゃなくてね、素朴な疑問をするわ」
「うん?」
「――何で、さっきから弥生は貴方の膝を枕にして寝てるのかしら?」
「……さぁ? ちょっと、酔ってたし眠くなったんだろ」
「ふ~ん、そう」
「何――」
「それを嫌がらず、成すがままにさせたって訳ね、あんたは」
「ぐっ……あ、しまっ」
「コースがあまーい!」
一瞬の動揺で、変化球が甘く入ったところを叩かれる。二塁打。
……落ち着け。
まだ、こちらは勝っている。そして、回は7回。後アウト9つだ。
点数差は3点。凌ぎきれる。
「あらあら、動揺が激しいんじゃない? それと――さっき、こっそりと髪を撫でてわよね? それはそれは優しく」
「なっ!?」
「またまた、あまーい!!」
「っっ!」
こ、この女……き、汚過ぎるだろっ!
相変わらず勝つ為に手段を選ばないのかっ……ん? なら、こっちも――
「なぁ姉貴」
「何かしら? 弥生が大好きで大好きで仕方ない愚弟」
「……最近、義兄さんとはどうなんだよ? 仲良くしてるのか?」
「勿論よ。私はあの人を愛してるし。あの人も私を愛してくれてる。そろそろ二人目も欲しいしね」
「…………そっか」
そうだった……この手の話は効かない人だった。
むしろ、こちらに精神的ダメージ大。
「あんたはどうなのよ?」
「どうとは?」
「決まってるじゃない。私の可愛い妹で、あんたが好きで好きで仕方ないその子の事よ。そう言えば、朝も言ってたわよね『――綺麗だ』って」
「……黙秘権を行使する」
「そ。でも――弥生が右手薬指につけてる指輪は誰からの物なのかしらねぇ? あ、あんた知ってる? ねぇ、愚弟?」
た、耐えろ、耐えるんだ……!
――何とか、リードしたまま9回に辿り着いた。
アウトを後3つ取れば、正月早々、玩具にされる事なく、平穏な日々を――
「……真面目な話。あんた、どう思ってるの? 言っとくけど、弥生を不幸にしたら殺すわよ?」
「不幸せにするつもりはねーよ」
「ふーん。その割には私が指摘すると否定するわよね? あ、もしかしたらそんなに――」
「好きだよ。こいつがいないと生きていけない位には」
「へぇ……昔よりは言うようになったじゃない? まぁだけど――」
「まだ何かあるのかよ?」
姉貴がニヤニヤ顔を浮かべている。
画面上では、驚異的な粘りでファウルを連発している。くっ、鬱陶しい。
――その直後、爆弾が投下された。
「ねぇ、司――私達の妹って、結構演技が上手いと思わない?」
「はぁ? 何で、今、その話を――――おい、まさか」
恐る恐る、膝の上で寝ている筈の弥生を見る――横顔しか見えないが、髪から覗いている耳は真っ赤。
「あら? 四球ね。儲けたわ」
「ちょっ、ちょっと待て……ど、何処から起きて……ま、まさかっ!?」
「ほらほら、早く投げなさいよっ! いいとこでしょ!!」
「ぐっ……こ、この悪魔め……」
唐突に理解。
これ……全部罠だわ。
――その後、動揺の余り、四球を連発、最後は逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれ、大逆転負けを喫した。
こ、こんなの反則だろうがっ!
「ほほほ、これが私の実力っ! 姉より優れた愚弟なんか存在しないのよっ!」
「ぐぎぎ……」
「さーてと、私も寝るわ。ああ――恥ずかしがってる弥生が可愛くて可愛くて仕方ないからって襲わないようにね?」
「襲うかっ!」
「ふはは、さらばだ、司君っ!」
姉貴は上機嫌で二階へ上がっていった。
――残されたのは、俺と
「これが狸寝入り……いや、猫寝入りか……」
「……う、うっさいっ! あとさ――私、これから襲われちゃうの?」
……そんな期待に満ちた目をしても、襲いませんっ!
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