……ねぇ、もっと好きになってくれた?
「つかさお兄ちゃん!」
「おっと――唯、駆けたら危ないぞ。折角、可愛くしてるんだから、な?」
「うん! ゆい、可愛い?」
「ああ、何時も可愛いけど、今日はもっと可愛いな」
「えへへ~♪」
新年なので弥生と一緒に実家へ帰り、挨拶をした後、姉貴から突然『1時間後、玄関前で待っておくように。あ、弥生はこっちへ』との命令。
そして――現在90分が経過。時間が適当なのは相変わらずらしい。義兄さんもさぞ苦労しているだろう。
そう思っていたところ、突撃して来たのは着物姿の唯だった。花柄がとても似合っている。
髪もセット済み――流石は姉貴。素人のレベルじゃない。
「唯、ママはどうした?」
「ママはねー『正月早々、やりとげたわっ! ……唯、私に構わず、さぁ、行くのよっ!』って! パパも『司君となら良いよ』って! ゆい、まだ神社に行ってないのー。おみくじ引きたい!」
「……なるほど」
体よく押し付けられたか。
まったく――まぁ、可愛いから仕方ない。
「そっかそっか。じゃあ一緒に――」
「待ちなさい」
「行こうか?」
「うん!」
「無視するなっ! まーちーなーさーいー!」
「ったく、正月早々、何をそうカリカリして――」
「わぁ~」
唯が目をキラキラさせながら感嘆している横でこちらはというと……不覚にも言葉を失った。
……これはヤバイ。
久方ぶりに見たから破壊力が凄まじく、精神防御が全く効かない。簡単に浸食される。
取り合えず言いたい事は――姉貴、良い仕事をしたのは分かった。
賛辞も惜しまないし、後でお酌もするし、ゲームも付き合おう――でも、ドヤ顔だけ見せて部屋へ引っ込むのは止めてくれ。後で絶対、酒の肴にするつもりだろ?
「どうしたの? 唯ちゃん、とっても可愛いわ。私も一緒に行っていいかな?」
「うんっ! やよいお姉ちゃんも綺麗♪」
「ありがと――ふふ、私、綺麗なんだってさ?」
「……そうか」
「む――何でこっちを見ないのよ? ほら! ちゃんと目を見て感想。着物を着る機会なんて滅多にないんだからねっ」
そうなのである。
今の弥生は着物姿。髪もきちんとセットしている。
結果――何時もはそこまで感じない色気を漂わせ、その何と言うか……。
此方が押し黙っていると不安そうな声。
「……もしかして、似合ってなかった、かな……?」
「む~つかさお兄ちゃんダメー」
「いや、そのすまん――似合ってる、本当だ。嘘じゃない」
慌てて謝罪する。
弥生に落ち度はない。問題があるのはこっちの心臓である。
……落ち着け。大丈夫だ。まだ、バレては
「あ」
「……な、何だ?」
「ふ~ん……そっか、そっか。そういう事か~」
「……だ、だから何だよ?」
「べっつにぃ~。へぇ~そう~そうなんだぁ~」
ぐぐ……目の前のニヤニヤ顔を引っぱたきたくなったものの、鋼鉄の意思で抑え込む。
ここで争うのは不利が過ぎる。
とっとと、歩き出してしまおう――おい、袖を掴むな……あれ、唯?
「つかさお兄ちゃん、やよいお姉ちゃんをほめてあげてー。ママが『男の子は女の子を褒めるのがお仕事なのよ。それが出来ない男は駄目駄目ねっ!』って言ってた!」
「――だ、そうよ?」
「…………似合ってる」
「それはさっき聞きましたー」
「いやほら、唯が聞いてるし」
「ゆいがいたら駄目ー?」
「そんなことないわよ――ね、司お兄ちゃん?」
……正月早々の袋小路である。
姉貴! さっきからちらちら様子を窺っているんじゃないっ!!
……何?
『とっとと諦めろ。勝ち目は絶無。無条件降伏せよ。そして私に笑いを提供するのが弟の仕事』? 馬鹿なっ!!
元旦という、この神聖な日から、人としての尊厳を奪われる訳には――唯の純真な視線と、弥生のニヤニヤした視線……その中にあるのは微かな不安。
……仕方ない。これはやむにやまれぬ事。決して屈した訳じゃない。
「――綺麗だ」
「!」
何とか一言だけを絞り出す。これ以上は無理。
そこっ!
何が『ちっ……ヘタレめ』だ!!
あんた、どう考えても確信犯だろうがっ!?
着物だって柄が少ない、清楚な雰囲気になる俺好みなのを着させておいて――
「――司」
「あ、ああ」
「――ありがと。嬉しい」
弥生が少し目を潤ませながら、小さな声で呟いた。
気持ちを落ち着かせる為か、右手薬指の指輪を左手で触っている。
それを興味津々な目で見つめる唯。
「やよいお姉ちゃん、指輪してるー。綺麗ー。あれ? でもこの前はしてなかったよね?」
「え? あ、うん。これはね――サンタさんがクリスマスプレゼントにくれたんだよ。いいでしょ?」
「うんっ! ゆいも次は指輪を頼む!」
……すみません、義兄さん。
唯がいきなり凄いのを要求してきたらご相談下さい。
姉貴? ああ、それはいいです。勝手に悩んでくれ。
「――よし、そろそろ行くか。唯、危ないから手を繋ごうな」
「うん! やよいお姉ちゃんもー」
「はい。ふふ、こうするとまるで親子――待って、今の無し。無しだから」
「……おい、自爆だからな? 今年も自爆好きは変わらず、と」
「う、うっさいっ!」
「あ――ゆい、わすれ物! まっててー」
そう言うと、唯は玄関へ飛び込んで行った。
――ちらりと隣に立っている弥生を見て、すぐ目を逸らす。
駄目だわ、これ。慣れない。
「……愚兄」
「な、何だよ?」
「一つだけ聞いておきたいんだけど、さ」
「うん?」
「…………」
聞き直すと、何故か弥生は沈黙――そして、こちらに近付いてきて本当に小さな声で囁いた。
「……ねぇ、もっと好きになってくれた?」
――答えは言うまでもないと思う。
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