何をお願いしたのか知りたい? あのね……

「さて――行くか」

「うん――行こっ」


 現在時刻は12月31日午後11時30分。

 そろそろ近くの神社へ行かないと。まぁこの時間にいっても混んでるのは間違いないけれど。

 自分の恰好を確認――見栄えではなく暖かさ重視。多少、もこもこしているのは御愛嬌。寒いのは苦手だし。

 さて……


「弥生」

「んー何? あ、気付いた?? ふふーん、良いでしょこのコート。気に入ってるんだ。惚れ直し――」

「脱げ」

「へっ?」

「そんな薄いコートでこの寒い中、耐えきれると思うなっ! 諦めてダウンコートにしとけ」

「ええ~! だって、あれ可愛くないんだもん」

「我儘言うな。正月なのに風邪ひいて、みんなが楽しくやってる中、一人寂しく寝込みたいなら止めはせんが」

「ぐっ……」


 まったく、この寒空にそんな装備で外へ出ようとは……どうして、変な所で猫を被りたがるのか。

 こちらは完全装備。

 ダウンコートは勿論、毛糸の帽子とセーターまで用意しており、隙は無い。


「じー」

「何だ? とっとと着替えろよ。早く行かないと行列が伸びるだけだぞ」

「べっつにぃー。誰が作ったか知らないけどその帽子とマフラーは最高ね。可愛い。ただ――首元のマフラーが違うんじゃないかしらん、って思っただけ」

「ぐっ……」


 あ、あれを人前でしていけと?

 さ、流石にそれは……知り合いに会うかもしれないのだし。

 弥生がこれ見よがしに、右腕をふらふらさせる――薬指にはシンプルな指輪。


「あーあ。私は誰かさんが『――付けとけ』って言うから、仕方なく、そう! 仕方なくしてるのになー。誰かさんは、こういう時にマフラーを使ってくれないんだー。ふーん」

「…………」


 ちょっとうざいので伝家の宝刀を使おう。

 そっと、クリスマス時の動画を見せる。


「!? き、き、汚いわよっ!! こ、この愚兄――」

『つかさ、すきー、だいすきー』

「ていっ!!!」

「危なっ! 何をするんだね、愚妹よ」

「ぐぐぐ……い、妹の酔った姿を動画に撮ってるなんて、へ、変態!」

「何とでも言うが良い。これが勝者の余裕よ」

「……ねぇ、本当にしてくれないの?」


 ふざけてる時にいきなりしゅんとするな。

 ……そんな目をしても駄目だ。

 指輪をしてくれてるの正直嬉しいし、ちょっとほっとしてる自分がいるのも事実だが、それとこれは話が別だ。

 俺にも世間体というものがあってだな――



※※※



「父さん、母さん、俺は無力です……。それと、姉貴、こういうのをレクチャーするのは止めてくれと何度言えば……」

「何、ぶつぶつ言ってるのよ?」


 怪訝そうな表情になりながらも、さっきからはっきりと上機嫌な我が妹。

 言い聞かせた通り、当初の『何処のモデルさんですか?』モードから、見ていて暖かい恰好になっている。もこもこは正義。

 それにその……これはこれで可愛いのだ。本人には言わんが。

 問題は――首元のマフラーである。


「暖かいでしょ? 帽子と――マフラー。ふふ、司にバレないように作るの大変だったんだからね。感謝するよーに」

「いやまぁ、暖かいのは事実だし、感謝もしてるが……」

「何かご不満でも?」

「二人で一つマフラーを使う必要」

「あるわね。これは冬場必須教養の一つよ? そんな事も知らずに今まで過ごしてきたなんて……」

「えええ……」


 そう、今の状況は……話した通りです。

 嬉しくない訳ではない。

 決してないが……これを平然とやってのける妹に戦慄する。こいつ、猫被りたがる癖に案外とこういう時は大胆なんだよな。基準が未だに分からん。


「そして――これが必須教養その二よっ!」

「……弥生さんや」

「何かしら?」

「どうして、こちらのポケットに手を入れておいでで?」

「ん!」

「や、やらんぞっ! ここまで譲歩したんだ。さ、流石にそこまでは――」

「ん!!」


 その視線には強い意志――退くつもり、がない、だ、と?

 ちらっと周囲を見る。

 ……知り合いはいなそうだ。

 しばし、葛藤の後、手をポケットに入れる。


「む――手袋が邪魔ね。はいはい、取って、取って――これで良し」

「……何が良しだ。何が」

「あれぇ~? 頬が紅くなってる人がいる~? あれあれ~? もしかしくて、嬉しくなっちゃったのかしらん?」

「……ノーコメント」

「ふふふ。司の手はさー、昔から暖かいね」

「そうか?」

「うん! ……握ってるとね、落ち着くー」

「……そうか」


 まぁそういう事なら仕方ない。仕方ないのだ。

 ……こらっ。ポケットの中で、指を絡めようとするなっ!

 そうこうしている内に、時刻はそろそろ――


「お、明けたな」

「明けたね」

「まぁ――今年もよろしく」

「まぁ、って何よっ! うん、今年もよろしく。精々、私に貢ぐと良い事が――」

「ないな。今年は三年になるんだし、そろそろ就活だろ? 俺は経験してないから何とも言えんが」

「そうねー」


 あんまり、響いてないようだ――こいつなら何処でも引く手数多だろうから、心配してないけどさ。

 取り合えず今はお参りだ。

 早めに出てきた甲斐もあり、順番が丁度良く回ってきた。

 二礼二拍手一礼、してと。


「…………」

「…………」


 静かに祈る。

 家族がみんな健康でありますように。

 本が売れますように。

 それと――隣のこいつが笑顔でありますように。

 これで良し。

 実家でも違う神社へ行くけれど、一年の始まりはやっぱりこうしとかないと。


「甘酒でも飲んで帰るか」

「うん! あ、何をお願いしたの? 随分と真面目な顔だったけど」

「そういうのは人に言わないもんだろうが」

「そう? あ、私が何をお願いしたのか知りたい? あのね……お母さんと姉さんとお父さんが健康でありますように。世界が平和でありますように。私がもっと可愛く美しくなりますように。司がもっと私に対して優しくなりますように」

「……僅か5円で余りにも過剰な要求じゃないか、それは。あと、せめて父さんを先に言ってやれ、しかも誰かが足りないし。俺は十二分に優しいです」

「と、被告は述べており」

「誰が被告だ」


 ったく――おっと。

 いきなり、マフラーを引っ張られる。

 耳元に囁き声。



「――それと、司とずっと一緒にいれますように」



 ……世の中には反則な言葉が存在すると思う。

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