えーっと……彼氏じゃなくて旦那様、かな?
「ごめん――もう一度言ってくれる?」
「だから、今晩の飲み会、私も参加してもいいかな?」
学内にある屋上カフェテリヤでお茶中に投げかけられた言葉は 私の思考を簡単に停止させた。
目の前に座り、紅茶を飲んでいる黒髪美人な我が友人――西木弥生の顔をまじまじと見つめる。
……相変わらず綺麗ね、ほんと。これだけで絵になるってなんなのかしら。
性格もすっごく良いし、とにかく落ち着いてる。同い年とは思えない。
成績は誰しもが知っている特待生。
一度、見せてもらった成績表はオール特優。あれを見た時は流石に笑ってしまったものだ。
身体も細いし、スタイルも――自分のと比べたら駄目。心がへし折れてしまう。
このように弥生は、隙無しな字義通りの才女である。少女漫画の完全無欠ヒロインみたいね……。
だけど――珍しい。
「勿論いいけど――どうしたの? 何時もは滅多に来ないのに」
「そうかな? 結構、参加してると思うけど」
「あのねぇ……精々半年に一回、しかも1時間位で、お酒も呑まずにすぐ帰るのは、結構、とは言わないのよ」
「だって、お酒強くないし。別に何もないけど――今晩は予定なくて、講義も最後まであるから、行こうかなって」
「……まぁいいわ。みんな喜ぶわね。貴女が参加するって聞いたら。何とかしてお近づきになりたいって思ってる人、男女問わず多いから」
「私よりも美咲目当てだと思うけどなぁ」
弥生が困ったように笑う。
まったく、この子は自分が周囲からどう見えているのか分かってないのだ。
去年の入学式で、新入生代表として挨拶をして以来、うちの大学内で不動の人気№1。最初見た時は、何処のモデル? と思ったものだ。
その後、ミスコンに出ていないのに特別賞を勝手に贈呈されたり、マスコミが取材に来たり、何処ぞの御曹司が求婚したり……色々あったけどその悉くを拒否してるんだからある意味凄い。
一度、本人に尋ねたら「え? だって興味ないから」。これがまた嫌味に聞こえないのだ。
何せ、本心からそう思っているのがはっきりと分かる。どんな相手も、彼女から目を見られて説かれたら納得してしまうだろう。
まぁだけど……一応注意はしておかないと。何かあったら、それこそ学内の関係各所から後日、散々な目にあわされるだろうし。
「いい? 毎度毎回言ってるけど、弥生は自分の魅力にいい加減気が付かないと! 貴女とお酒を飲みたいな、って思ってたから、参加してくれるのはとっても嬉しいけど」
弥生の目をじっと見つめる。
うぅ……この子、どうしてこんなに綺麗なんだろう。それでいて、言葉遣いや雰囲気に冷たさはなく、可愛らしさまで持ってるなんて……反則過ぎない!?
すぐにでも抱きしめてたくなる気持ちを抑え、続ける。
「今日の飲み会には、貴女を狙ってる男女がたくさん来るんだからね? 油断してると知らない人にお持ち帰りされかねないから注意してよ?」
「美咲は何時も大袈裟ね。それに――遅くならないよう帰るから大丈夫よ」
「え……? 今日も、すぐ帰るの?」
「そのつもり。9時位には帰っておきたいな。そうじゃないと――ううん、何でもないわ」
「ねぇ、弥生」
「何?」
「……今日は最後まで飲まない?」
「う~ん……ちょっとそれは……」
「お願い! 貴女、来てもすぐ帰っちゃうし、普段は飲みに誘っても来てくれないし――中々、こういう機会ないじゃない? 二次会までいろ、とは言わないからっ」
「えっと……少し待ってて」
そう言うと弥生は椅子から立ち上がり、欄干の傍で電話をかけ始めた。
……誰にかけてるのかしら?
学内の人間ではないと思うけど――まさか、時折、噂になる彼氏?
確かにいる方が自然だけど、誰も見た事ないから信憑性は薄い。本人からそういう話を聞いたこともないし。
いけない、と思いながら聞き耳を立てる。
「――うん、今日は最後までいようかなって。でも、寂しいから帰って来てほしいって言うなら――ふ~ん……そんな事言うんだ……いいわよっ。私も楽しんでくるから! じゃあね!」
ほんと珍しい事に、あの弥生が少し怒りながら電話を切った。
この子でも怒ることがあるんだ――ちょっと感動。
何時もは、笑顔だし、常に明るくて、落ち着いている子なのに。
……ん? 待って、今の会話相手って。
「ごめん、今日は最後まで――美咲?」
「え、あ、う、うん。それは良かったわ……」
「どうしたの? 何か変よ?」
「……ごめんっ、弥生! 今の電話少し聴こえちゃったんだけど……話してたのは、その、彼氏?」
「えっ――――」
そう尋ねた瞬間、弥生の顔が見る見るうちに赤くなる。
ああ、これはやっぱり――
「ち、違うわっ! 誤解しないで。今のは愚――うちの兄よ。一緒に住んでて、今日は向こうも帰りが遅いみたいだから、その話をしてたの」
「お、お兄さんと一緒に住んでるのっ!?」
「そうだけど? 何か変かな?」
「いやその……」
意外だ――弥生にお兄さんがいるなんて。
一年生のオリエンテーションで仲良くなって以降、学内では一緒にいることが多かったけど、何と言うかそういう感じはしなかったけど。
むしろ、お姉さんがいるように思ってた。
しかも、一緒に住んでるなんて。私にも兄はいるけど、一緒に住もうなんて考えもしなかったし。
「仲良いんだね」
「ふぇっ! そ、そ、そんなことないけど……ふ、普通よ。極々普通の兄と妹!」
な、何、この可愛い生き物っ!
……こ、これは狙ってる連中に見せる訳にはいかないわ。死人が出かねない。
顔を赤らめていた弥生が取り繕うように続ける。
「改めて――今日は最後まで参加するから。二次会はちょっと無理だけど――」
「気にしないで。嬉しいわ。ああ! 早く夜にならないかしら」
「大袈裟ね。よろしく」
※※※
飲み会の席であった詳細は省略する。
まぁとっても楽しい飲み会だった。
――誰が弥生の周囲に座るかの事前暗闘あり、交代交代で話しかける暗黙の協定もあったけど、私は最後の最後まで隣を死守出来たしね(関係者各位の文句は「なら、無理と断る」の一言で黙らせた)。
ただまぁ……
「つかさーつかさー、つかれたーおんぶー」
「……馬鹿、飲みすぎだ。まったく、はしゃぎ過ぎにも程がある。すみません、ご迷惑をかけたみたいで」
「い、いえ……さっきまで全然平気だったみたいで安心してたんですけど……」
「あ~……なるほど。取り合えず、もう大丈夫です。帰れますか?」
「は、はい。大丈夫です。私はこの後で二次会組に合流しますから――」
「むーみさきとばっかりはなしてないでーわたしをみなさいー」
「…………明日、お説教な。今日は本当に有難うございました。このお礼は後日必ず。ほら、行くぞ」
「えへへーあったかいー」
一次会が終わり、皆と一旦分かれた私は弥生を駅まで送ろうとしたのだが――改札で待っていたお兄さん(司さん。優しそうな人だ)を見た途端にこれである。
……それまで普通に会話してたんだけど、実は凄く酔ってたらしい。多分、帰れそうにないから、連絡しておいたのだろう。
全然、気付かなかった。飲ませ過ぎたわ……反省。
酔って甘え続ける弥生を司さんはおんぶし、一礼をくれて帰っていた。
……弥生って司さんの前だとあんな風になるのね。まるで甘えてる猫みたい。
だけど、うーん……あれってお兄さんじゃなくて……
「えーっと……彼氏じゃなくて旦那様、かな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます