偶には目を見て言って! ほらっ、はやく!

 我が家の朝は早くもなく遅くもなく。

 大体、7時位にベッドから抜け出す――何故か隣で寝ている弥生を起こさないように。

 

 念の為……寝室は別です。

 

 が、毎朝こうである。

 本人曰く「司が一人だと寂しいだろうから、仕方なく――そう仕方なく一緒に寝てあげてるのっ! あと、冬は寒いでしょ? 私、寒いの苦手でしょ? だから――そう、私は正しいっ! 正義っ!」とのこと。

 お前、夏も潜り込んで来るじゃないか…………取り合えずこちらを抱き枕替わりにするのを止めてほしい。あと、噛むな。

 しかも、朝にやや弱い我が妹は抜け出す時に起こすと……それはもう大変な事になる。 

 寝ぼけて他所様に言えないような世迷言をはいたり、幼児退行したりするのである。

 いやまぁ……それが可愛くないか、言われれば嘘になるけども。

 だけど正直言って、朝からそうなると非常に面倒くさいのだ。

 午前中が潰れかねないし。


 今朝は――成功。

 

 妹はまだ夢の中――「えへへ――もぉ、仕方ないなぁ、司は……私がいないと、そんな事も出来ないんだからぁ……」

 ……何やら、こちらも登場しているようだが――まぁ、よくあることなので気にしたら負け。

 さっさと、朝食の準備をしよう。まずは冷蔵庫の中身を確認しないとね。



「――それで、さっきから何をむくれているんだ、お前は? あ、そこのバター取ってくれ」

「……べっつにぃ~。ぜっんぜっん、何時も通りですけど? 昔から馬鹿だったけど、遂に目まで駄目になったんじゃないっ? ――はい。あ、そろそろなくなりそうだよ。後で買い物行く時、買おう」

「そっか――お、もうこんな時間だ。そろそろ、行かないと間に合わんぞ大学生。ほら、食べろ食べろ。俺はホットミルク飲むけど、お前は?」

「……むぅ~。司のくせに生意気、生意気、生意気っ! ホットミルクは飲む」

「はいはい」


 どうして我が妹が朝っぱらからこうかというと――要は牛乳がなかったからである。夏場はともかく、冬場はホットミルクが飲みたい。

 で、近くのコンビニへ散歩も兼ねて買いに行き、帰ってきたら、奴が起床しており――例によって不機嫌。

 玄関で仁王立ちしているのは止めぃ。何時から待ってたんだ?

 あと、こういう時、黒髪だと威圧感が増すと思うのですが、皆様、如何でしょう? ああ、そっか――そもそも仁王というより夜叉だしな。

 少しだけ蜂蜜を入れたミルクを鍋にかけ、温めながらつらつらと考えていると視線。ジト目で見るな。


「……変な事、考えてるでしょ?」

「ん? いや」

「ほら、言ってみなさいよ。どうせ、禄でもない事だろうけどっ。可愛い妹を冷たい部屋に一人残して、朝の散歩に行くような男が考える事だもんねっ」

「……お前、あの毛布と掛け布団を『これ、滅茶苦茶暖かいっ! 今冬、最大のヒット!!』と絶賛してだろうが」

「ちーがーうーのー。私の心が朝から冷たくなったの。まったく! そんなんだから……あんたの彼女になるような女の顔が見て――あぅ……」

「…………おい、今の自爆は俺の責任じゃないぞ」

「う、うっさいっ!」

「取り合えず――これ飲んだら、そろそろ準備をしろ。本当に間に合わなくなるからな」


 時刻は既に8時を過ぎている。

 このマンションから、弥生が通っている大学――都内でも指折り。基礎性能は凄まじいのだ、普段はポンコツだけど――まで約30分。

 そして、こいつも女である以上、それなりに時間がかかるのだ。

 ……だから、わざと起こさず、しかもメモまで残していったというのに、何が不満なのか。

 今、お前が飲んでいるホットミルクだって、俺が気をきかせて買いに行ったから――冬場はほとんど飲んで出かけるだろうが。ないと、拗ねるくせに。


「…………今日、サボる」

「駄目」

「何でよっ。偶には休んだっていいじゃないっ。私だって休みたい時だってあるのっ」

「……先週もそんな台詞を言って休んだろうが。しかも、その後で『後一回でも休めば出席日数足らなくなるみたい――てへ♪』とか言ってたのは……何処の誰だ?」

「う……そ、そんな小さな事を覚えているなんて――司、ちょっと、私に執着し過ぎじゃない? この変態っ!」

「……俺の携帯に自分の講義情報を勝手に登録しておいて言う台詞がそれか。ほら、片付けはしとくから、さっさと準備を――」

「ん」

「――何だよ、その手は」


 弥生が両手をこちらに突き出している。何かを要求している瞳。

 ……いや、意味は分かる。分かるが。

 何時でも甘い顔をすると思ったら大間違いだぞ?


「やらん」

「なら行かない。サボる」

「――取り合えず着替えてからにしろ」

「はーい――私が超絶美人だからって覗くなよ?」


 馬鹿な台詞に、手を軽く振って応える。

 朝から無駄に疲れた――取り合えずこの後は、朝食の後片付けをして、弥生を送り出して、洗濯をして、それを干して、今日の分の小説を書いて、買い物に行って、それで今晩は実家に顔を出して。

 土産、何を買うかなぁ。姉貴と甥っ子が来るみたいだからケーキが良いか――自分用に入れたホットミルクをゆっくりと飲みながら考える。

 

 うん。案外と忙しい。

 

 少なくとも、駄々をこねている妹の相手をしている暇は、そんなにないな。

 ……だから、見て見て、という視線をしても無駄だ。俺はこれからやる事がたくさんあるんだ。

 さて――テーブルの上を片付けないと。


「無視すーるーなぁぁ。あと、何で覗きに来ないのよ! 隣の部屋で私が生着替えをしてるのにっ!」

「……毎朝毎朝、よく飽きないな、お前も」

「へっ? 何が?」


 着替えた弥生――我が家の基本方針として、余程じゃない限りお洒落<暖かさ、なので冬場の服装は、少しもこもこしている。今日は、定番のセーター姿だ――がきょとんとしている。

 こ、こいつ、無意識なのか……ある意味、凄い。

 毎朝思うけど――こうやって着替えて、薄いとはいえ化粧をするといきなり化けすぎじゃない?

 慣れんなぁ……真正面に立っている姿を見て、視線を逸らし洗い物に戻る。


「――ねぇねぇ」

「何だよ」

「今日の私はどうでしょう?」

「…………何時も通りだな」

「ふ~ん」

「な、何だよ?」

「私はねー。今朝、起きたら隣にいる筈の誰かさんがいなくて寂しかった訳です。しかも部屋にもいなくてさ、ちょっとだけ泣きそうにもなった」

「…………」

「だから――ね?」


 弥生が近付いてきて、蛇口をひねり、水を止めた。

 そして、一気に距離をつめ、こちらの顔じっと見つめる。近い。

 表情に浮かぶのは――喜色。勿論、肉食獣が獲物を見つけた時の。


「偶には目を見て言って! ほらっ、はやく!」


 その後、講義の開始時間まで人質に取られた結果、抵抗空しく――時間ギリギリまで『似合ってる。弥生は本当に可愛い』と言い続けたのは言うまでもない。

 あ、勿論、抱きしめた状態で。

 

 ……なお、その日の小説はほとんど進まなかった事を報告しておく。

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