猫被り妹と愚兄の日常
七野りく
勝てば官軍。勝負の世界は非情なのっ!
その日、編集者との打ち合わせを終えて家に帰ると、妹が奇声を上げながらゲームをしていた。
京都に本社がある、某有名ゲームメーカーが出している名作レースゲーム。
そう、あれである。
うん、確かに面白いし、今はオンラインがあるから熱くなるのも理解しよう。
だけどなぁ……。
折角、綺麗な容姿をしてと言うのに……色々と台無しである。
寝起きなのか、ジャージ姿で髪もボサボサだし。
あれ?
「お前、講義はどうした?」
「んー? サボったー。午後から自主休講ー」
「おい……大学生。先週もその台詞を言ってなかったか?」
「そうだっけ? 大丈夫、大丈夫。出欠取ってないし。ノートは確保するから。前期の成績見せたでしょ? 私、優秀なの」
「ふ~ん……」
取り合えず、鞄を置いて――何だその目は?
無言でコントローラーを差し出すな。
そろそろ、夕飯を作る時間だというのに……まぁ――受け取るけど。
ソファーに座り、ゲームスタート。
……当然のように隣へ座る妹。こらっ、引っ付くな。
そういえば――
「おい、何時からやってんだ、これ」
「おやつ食べた後からー。ちょっ! もうっ!」
「やり過ぎだろうが。ほい、お先」
「ああ! ち、ちょっと可愛い妹を置いて行くんじゃないわよっ!」
「勝負の世界に手加減は不要……大晦日から正月にかけて毎年やってた99年間耐久勝負で学んだんだよ、俺は」
思い出しても泣きそうになる――トイレから帰ってきたら、北海道にいる筈が、何故か鹿児島。もしくは、ハワイとか……。
……その時の犯人は
「そう言えばほとんどお前だったな……うん、やっぱり手加減は出来ないわ。一周抜かしにしてくれる……恨みを晴らすのは今!」
「ち、ちょっと! 何年前の話――な、何でそんなに速いのよっ!? 最近、ゲームなんて全然してないくせにっ! してくれないくせにぃ!!」
「ははは、貴様程度、昔取った杵柄で十分。実家にあった初代を、姉貴と一緒に何千――否、何万回プレイしたと思っている」
「古っ! 古すぎるわよっ!! ……というか、あれ、まだ動くの?」
動きます。まだまだ現役。うちの姉貴に赤い甲羅は効きません。
まぁ、基本原理が一緒ならやってやれんことはない。
ゲーム性はそこまで変わってないし尚更。まして、何度かは触ってるし。
と言うか……そんなに上手くないな、こいつ。
普通は数時間やったらもう少しはまともになるが。
「きぃー待ちなさい! ほら、止まりなさいよ。3秒、5秒――まけて10秒でいいからっ!」
「誰が止まるか。それに普通は逆から言うんだよっ!」
「なら――これでどうだっ!」
「おわっ!」
突然、妹がこちらの膝上に乗っかってくる。
が、画面が見づらい。
「ふふ~ん。どう? 私の身体に密着しながら、まともにゲームなんて――何で、出来てるのよっ! むーかーつーくー」
「いきなり、振り向くな! 画面が見えん――なぁ」
「な、何よ?」
「……ちょっと汗臭」
「ふんっ!」
「痛っ! 暴力は反則だろうがっ」
「可憐な乙女に向かってなんて暴言を……これは、後でお説教よっ!」
何を今更――とは言えない。
だって、本気で殴ってくるし。怒らすと中々面倒なのだこいつは。
まぁ……取り合えず、とっとと勝ってしまおうか。
「ねーねー」
「何だよ?」
「……ほんとに汗臭い?」
「ん? まぁそこまで気にする程じゃ――」
「お風呂」
「はい?」
「お風呂入る! 今すぐ! ……一緒に入る?」
「お前っ、何を言って――」
「隙あり!!」
一瞬、動揺したこちらに対して、妹が使ったアイテムがヒット。
クラッシュしている間に抜き去られる。
「あら? あらあら? どうしたの? ま・さ・か、私と一緒にお風呂へ入れると思って、期待しちゃったのかしら?」
「ほぉ、そういう事をするのか。いいだろう……後で、一緒に入ろう?、と言われても入ってやらんからなっ」
「なっ……」
「油断大敵」
「あーあー。ず、ズルいわよっ! 卑怯、鬼畜、変態」
「知らんなぁ。負け犬の遠吠えは聞くに堪えん」
「むーむー。分かった……なら、こうする」
突然、膝の上から降り、俺の後方へ。
何を?
突然、後ろから抱きしめられ、肩には顔が。
「!?」
「おやおや、動揺が見えるわね? 私に抱きしめられて嬉しいのかしら?」
「あ、暑苦しいんだよ」
「ふ~ん……そういう事を言う奴にはこうだっ!」
「!?」
頭に何か柔らかいモノが押し付けられ――こんなの集中できるかっ!
心理状態が思いっきり影響し、本来ならば問題ない箇所でミスを連発。
その間に迫りくる妹――まずい。こんな形で負けたら、どんだけ増長するか分かったもんじゃない。
何しろ小学校低学年時代の出来事(確かオセロ。初めて負けた)を未だに蒸し返す位なのだ。
……仕方なし。
「なぁ――弥生」
「何よ。今更、泣き言なんか聞かない――」
「――好きだ」
「!?」
効果は絶大だ! 明らかに動揺している。
……諸刃なのは否定しない。当分、思い出す度に精神を削られることだろう。
が、今は目先の勝利こそ大事。
後は野となれ山となれ。明日の事は、明日の自分に託そう、うん。
――おや?
弥生の様子がおかしい。顔を真っ赤にして押し黙ったかと思ったら、こちらを抱きしめている腕の力がさっきより強くなり――瞬間、こちらの耳朶を言葉が襲った。
「――私も――愛してる」
「!?」
効果は甚大だ!
自分でも分かる程、心臓の音が高鳴る。
そして更に追い打ち。
「――お風呂、後で一緒に入ろうね?」
「ぐっ」
不覚にも悶えてしまう。
その隙に――抜かれ、敗北。
し、しまった……な、何たる失態……。
恐る恐る振り向くと、真っ赤な顔をしながら、勝ち誇っている妹の姿。
「き、汚いぞ! 反則だろうがっ!!」
「つ、司に言われたくないっ! な、な、何が……よ!! そういうのは安売りちゃ駄目だ、って中学生の時、私にお説教したのは誰だー!!」
「ぐっ……ま、まぁいい。ほら、離せよ。そろそろ、夕飯の準備を――」
「やだ」
「やだってお前なぁ……」
「敗者は勝者の言う事を聞くのです。勝てば官軍。勝負の世界は非常なのっ!」
こちらを抱きしめたまま、そんな事を言ってくる。
……まったく、うちの暴君は何時もこうだ。まぁ、そこが可愛いんだけど。
「分かった、分かった。だけど無理難題は言うなよ。出来る事にしろ」
「出来るわよ――えっとね……」
「何だよ? とっとと言え」
何故か、この期に及んで言いよどんでいる。
そして、意を決したのかこう言い放った。
「――後で一緒にお風呂入ろう?」
その後、どうしたかはご想像にお任せするとして――これは俺、西木司と、妹の西木弥生の何でもない日常の話だ。
ああ……念のため言っておくと――俺達は兄妹だけれども、血は繋がっていないのでそこら辺、勘案してくれればありがたい。
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