第11話グレイ編 火炎纏う姫



◇◇


 赤く、広い部屋。 

 その中には2人の魔族がいた。

 1人は後ろ手に縛られ、転がされているフェテレーシア。

 もう1人は両手に炎を灯して待ち受けるグレイラディだ。


「さて突然じゃが、人間よ。貴様達には2つの選択肢がある」


 グレイラディは、歌うように語り始める。

 その姿は少女の幼さとは不釣り合いな、姫のような優雅さがある。


「1つは自由なき生。我に膝を折り、服従と共に我の首輪を受け入れよ。これはそこな少女が、貴様らの死を望まぬが故の、せめてもの温情である」


 少女はフェテレーシアを一瞥する。

 突然投げかけられた提案は、理不尽に満ちていた。

 ……何が温情だ。

 それは要するに、飼い殺しという事だろう。

 俺達はホープの神様に会うという夢のためにこの世界にやってきたのだ。

 こんな冗談みたいな提案に頷いたら、ホープの夢は絶対に叶えられない。


「それが聞けぬというのならば、大人しく我が民の安寧あんねいのために死ぬがいい」


 結局それか。

 コイツ、人の命をなんだと思ってやがる……!


「冗談言うな。そんな提案は呑めない。勝手に殺そうとしてんじゃねぇ!」


 怒りで髪が逆立ちそうだ。

 俺達が何をしたのか。

 ――俺達が何をするって言うのか。

 人間が絶対の悪だと断じるように、少女は語る。

 一体何があって、俺達に理不尽に当たるのか、そんなことは分からない。

 けれど、どんな理由があったって、何も知らないお前なんかに、ホープの夢を終わらせる権利なんてあるものか――!


「そうか。残念だったな。この者は貴様の厚意を跳ねけよったぞ!」

「待って! 止めて!」


 叫ぶフェテレーシアを無視し、グレイラディが右手を上げる。

 手に宿る輝きが、キンキンと高い音を発し始める。

 その光から、嫌なものを感じて、ホープを庇うように前に出る。

 右手に編み上げた術式に魔力を叩きつけ、前に突き出すのと。

 その紅光が放たれたのは同時だった。


 駆ける熱線は流星のごとく。

 光は軌道に煌めきを残し、一瞬で進路にあるものを焼き尽くすレーザーと化し。

 その輝きは、俺の手に握りつぶされていた。


「ほう? 防いだか。なかなかやるではないか、人間」

「煩い。さっさとフェテレーシアを解放しろ」

「そうだ。それに、ボク達は君の勝手な選択肢、どっちも選ぶ気はないよ」

「おや、あれは我なりの最大限の譲歩だったのだがな」


 解けきれなかった熱による火傷も気にならない。

 魔力が体を駆け巡った痛みすら気にならない。

 ホープを守らなければならないのと、沸騰しそうな怒りのせいで、そんなことは今は死ぬほどどうでもいい――――!


「そうか、どちらも選べぬというならば――――」


 少女から炎が噴出する。

 揺らめく火炎は闘気のように、あるいは彼女を飾り付けるドレスのように、グレイラディを中心に広がっていく。


「貴様らを這いつくばらせて、好きに扱うとするかのぅ!!」


 瞬間、熱風と暴風が衝突した。

 うねる炎と風がせめぎ合い、余波で部屋中のものが吹き飛ばされる。

 

 風を放ったのはホープだ

 強烈な魔力行使に顔を歪めながら、それでもどうにか苛烈な炎に拮抗している。


「挨拶代わりにはなったかな?」

「ほう? なかなか律儀ではないか! だが我を相手に余裕を見せるというのは、それはそれで無礼ではあるぞ!」


 彼女の足元から部屋中に、基盤のような文様が走り出す。

 床を、壁を、天井を駆け巡るそれは、瞬く間に部屋中を隈なく埋め尽くしていく。


「ならば、その無礼をツケをここで払うがいい! 開演だ! 燃え盛れ、大炎界!!」


 その声で、世界が爆ぜた。

 告げる少女に反応し、部屋中が炎上する。

 それによって出現する、俺達を取り囲む炎の蛇。

 次の瞬間、それらは獲物おれたちを食い殺さんと殺到し、


「っとぉ――――!?」

「こっちだ!!」


 ホープの手を掴み、一番小さい蛇に向けて突進する。

 左手に込めた事象破却ディスマントル・エアに魔力を叩き込み、炎の頭を握りつぶすように手繰り寄せ、そのまま前へと転がり出る。


「ほう、四方を囲んだとて、一点崩せば道は開けるという事か」


 攻撃の不発を、余裕綽々しゃくしゃくといった様子で見ているグレイラディ。


「ならば、貴様が直接燃えよ!」


 少女の瞳が妖しく輝く。 

 それによって、足元が鼓動したように揺らめく


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!?」


 熱い、痛い……!!

 肌が焼けて、あまりの熱に目を開けていられない。


「ルイ!!」


 ホープとフェテレーシアの声にも構っていられない。

 全身に針を突き刺されるような痛みが、少しずつ体に染み入っていく気がする。

 その苦痛から一瞬でも早く逃れたくて、どうにか術式を練り上げた。


「うぅぅ――――あぁぁァァァ!!」


 炎が弾ける。

 あれほど猛っていた炎が、空気に溶けるように霧散する。

 高温の責め苦から解放され、灼熱の酸素を肺に取り込む。

 死ぬほど苦しいが、それでも目に不屈の意志を込めて、敵の瞳を睨み返した。


「ほう、面妖な。敵なる人間は喉を潰せば役に立たなくなると聞いていたが?」

「はっ! こちとら7年間、こればっかやってきたんだ。今更詠唱なんて必要ねぇよ!」


 そう、詠唱などいらない。 

 詠唱というのは魔術を操る自らに働きかけるための物だ。

 法則を操り自らの望む事象を作り出す魔術。

 その魔術を制御する自分を御するために、魔術師は詠唱を行うのだ。


 自らを高揚させ、魔術の効果を高める者もいる。

 魔術の制御を誤らないよう、工程を詠唱にする者もいる。

 詠唱の用途は魔術師によって違うが、原則的に制御が難しいほど詠唱は長くなる傾向にある。

 

 その点、俺の強化と破却の魔術は共にどちらもさほど難しいものではない。

 加えて、この2つは7年間毎日のように練習してきたのだ。

 詠唱をするまでもなく、この魔術ちからは俺の体に刻み付けてある。


「図に乗るなよ、人間!」


 繰り返される座標攻撃。

 俺を追って、都合5つの火の檻が展開される。


「ぐっ――! ガァ――ふっ!?」


 獲物おれを捕らえ損ねるたびに、爆裂する業火の檻。

 余波にあおられながら、どうにか直撃を避ける。

 吹き付ける熱波、体を叩く衝撃で、見る見るうちに体勢が崩されていく。


「ほれ、これで仕舞じゃ」


 少女の言葉と共に展開される、幾条もの赤い弾幕。

 風を切る炎は、俺を取り囲むように弧を描きながら迫りくる。


 ――躱し、きれない……!

 息は乱れ、姿勢は今にも転びそう。

 凶弾の群れを処理するには手が足りなすぎる。

 直撃は免れず、一撃一撃が人体など容易く吹き飛ばすであろう炎の群れ。


swift風を払う!!」


 それらは、突如発生した風の壁によって一掃された。

 風に流され、背後の壁へと飛んでいく炎弾。

 壁など容易く破壊しそうな威力の火の群れは、着弾する度にべたりと張り付くように消えていく。


「流石に真正面から撃ち合うのは厳しいけど、要は当たらなきゃいいんだろ?」


 不敵に笑うホープを、ネコを思わせる目が睨む。

 俺から標的を移したのか。

 獲物を射抜く視線は、俺に対するものとは違い、容赦の色というものは一切感じられなかった。


「そうであったな。もとより優先すべきは貴様であったわ」


 ごう、と音を立てて炎が渦を巻く。

 吹き荒れる熱風に、燃え盛る紅が膨れ上がる。

 それは真実、この部屋この空間全ての敵意を視覚化したものだった。


「――――!?」


 それを前にして、ホープの顔から笑みが消える。

 肉食獣の唸りのように音を上げるべにの蛇群。

 爆ぜる風が灼熱を運ぶ。

 肌を焼く熱に顔を背けたくなるが、それでも目の前の脅威から視線を切れば、たちまち死ぬと理屈抜きに理解できた。


「そういえば、バシアスに一杯食わせていたのも貴様だったな。別に遊ぶつもりはないのじゃ。無駄な時間を掛ける事もあるまい。その小僧は邪魔でこそあれ、脅威ではないのじゃ。であればまずは貴様を無力化し、小僧の処理をしてそれで終いよ」


 グレイラディの見立ては完全に的中していた。

 俺は少女にとって脅威たりえない。

 強化と破却以外の魔術が使えないわけではないが、炎の守りを突破する程の出力を用意できないからだ。


 故に、グレイラディはまずホープを切り崩せばよい。

 ホープの魔術はグレイラディの魔術を突破できない。

 どうしてあんな出力を用意できるのかは知らないが、威力の面で言えば少女はホープを圧倒している。

 

 じきにグレイラディに軍配が上がる勝負だ。

 であれば少女は、焦らず確実にホープを追いつめるだけでいい。

 後に残った俺など、グレイラディなら数秒かからず詰めるだろう。


 であれば、猶更ホープを失うわけにはいかない。

 体に走る痛みを無視し、足に力を叩き込んで床を蹴る。

 だが


「邪魔じゃ! そこで見ておれ!」


 苛立ちを含んだグレイラディの声が響く。

 瞬間、上下左右から炎の杭が俺へとめがけて殺到した。

 躱しきれない杭をどうにか破却し、ギリギリのところで床を転がり回避する。


「貴様は後だと言ったはずじゃ。大人しく自分の番を待つがよい」


 こちらに向き直る事すらせず、グレイラディは言う。

 ……俺は片手間に払う事が出来る虫でしかないとでも言うように。


「さて、下らん邪魔が入ったな。では制圧を開始するとしよう。なに、我の炎は火力が不足していてな。運が良ければ死ぬことはあるまいよ!」


 グレイラディが高らかに両手を上げ、それに従うように炎の帯が雨の如く降り注ぐ。

 脚に肉体強化を掛け、どうにか猛攻を躱すホープ。

 反撃に転じる余裕すらない。

 何が死ぬことはあるまい、だ。

 あんなもの食らって、ホープが無事でいられるとは思えない。


 繰り出されるほむら達。

 それを、ギリギリのところでホープは避け続ける。

 けれど、いつまで持つか。

 熱による皮膚へのダメージと間断なく強いられる魔力行使、そして常に動き続けなければならない肉体的疲労によって、ホープの動きは見る見るうちに鈍っている。


 急がなければ……!

 じきにホープも詰めに持っていかれる。

 その前に、どうにか現状を打破しようと、火傷を覚悟でグレイラディに殴り掛かろうとし、


「ルイ!」


 その選択を、少女の声で思いとどまった。

 声のした方に顔を向ける。

 そこには寝かされたままのフェテレーシアがいた。


「フェテレーシア! すまん! 今助ける!」


 少女に駆け寄って縄を解く。

 既にホープを追う事に夢中になっているのか、グレイラディはフェテレーシアを開放する俺に目もくれない。


「あ、ありがとう。いや、俺達の方こそ巻き込んですまない。すまないけど、今は一大事だ。どうか、手を貸してほしい」


 彼女の力は絶大だ。

 グレイラディの炎は確かに強力だが、バシアスの炎に比べると迫力不足だった。

 なら、バシアスの炎すら正面から打ち破るフェテレーシアが加われば、戦況は一気にこちらに傾くはずだ。

 だが、


「無理だよ……私の魔法はあいつには通じない……私じゃグレイラディには絶対に叶わないんだ……」


 そんな俺の考えを、少女は心底悔しそうに否定した。

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