第21話「ハナヨメ」 ―花咲千夏編―

「はぁ、疲れた」

ダンボールを抱えて、自動車を使わずに往復きっかり1時間。

俺は書類や予備の備品を学校の届け、合同行事が行われているお嬢様学校に戻っている所だった。

ついでに休憩もしていいと言われていたが、今はやや正午を過ぎている。

お昼休憩にするのも、ちょうどいいだろう。

そう思った俺は、コンビニに立ち寄ろうとしたのだが……。

「――ん~む、困ったなぁ。このままでは遅れてしまうなぁ」

コンビニの駐車場で、何やらぶつぶつとぼやいている男の姿がある。

見た所、30代後半という年齢だろうという品格。

肩幅がやけに広いけど、何か武道でもやっていたのだろうか。

出来れば関わりたくないというのが本音だが、誰もが困ってる様子をスルーしている。

目が合った瞬間、これは声を掛けられてしまうだろう。

「――なぁキミ、ちょっといいかね?」

肩を掴まれた。逃げようとしても、なかなか外れそうにない握力。

この人怖い!滅茶苦茶怖い!笑ってるけど、目が笑ってないってば!

「え、えと、なんでしょう?」

こうなったら仕方ない。俺はもうこのまま、セメントで固められるんだな。

「何でキミ、絶望したような顔をしてるんだ?」

「いえ……それでいったい、何を悩んでいるんですか?」

俺は内心泣きながら、それを聞いてみた。

「実はな――」

聞いて見た所、ただのエンジントラブルのようだ。

だけど急な用事があるから、すぐに移動をしなければならないという事らしい。

「行き先は分かってるんですか?」

「あぁ。ここから近いのだが、娘のドレスも届けなければいけないんだ」

「娘さん、結婚でもするんですか?」

「ん、いやいや、娘はまだ16だ。もし変な虫が付いていよう物なら、私が直々に面倒を見るだけだ」

「へ、へぇ~……」

この父親の娘さんをもらおうとする人は、相当な命知らずか喧嘩したい馬鹿だろう。

「目的地が分かってるなら、タクシー呼びますけど?使いますか?」

「おぉ、タクシーの連絡先を知っているのか?」

「昔お世話になった知人がいるので、ちょっと電話掛けてきますね!」

俺はその人から離れ、知人の連絡先に電話を掛けてみる。

その変をドライブと称してうろうろしている人だから、きっと電話にも捕まるだろう。

「――あ、もしもし……はい、あのですね?……」

やがて通話が終了し、さっきの人の所の位置まで戻る。

「どうだったかね?」

「大丈夫そうですよ。数分で着くそうですよ」

「ありがとう!本当にありがとう!」

「いやいいですよ。あ、ちょっと俺、妹に電話入れときますね」

「あ、あぁ」

俺はまた少し離れて、次は妹に電話を掛ける。

コール数の少ないまま、すぐに遥は出たようだ。

『もしもしお兄ちゃん、なによ』

「いきなり挨拶だな。俺、少し人助けしてるから到着遅れるかも」

『え?人助けって、何かしたんじゃないでしょうね?』

「遥、お前は実の兄を何だと思ってるんだよ。とりあえず、それ程遠くじゃないみたいだから、案内したらすぐにそっちに合流するよ」

『はーい。あ、お兄ちゃんさ。昔の事どれくらい覚えてる?』

ん?いきなりの話題転換だな。

二階堂にも同じ事を聞かれたばかりだけど、流行ってるのかなこの質問。

「いや、虫穴だらけでなぁ。昔、星陵かどこかの舞踏会に参加した事ぐらいしか印象には残ってないかなぁ。それがどうかしたのか?」

『ううん!なんでもない!それじゃあね!』

「あ、おい!遥?いきなり――切りやがった」

何やら慌てた様子で電話を切られたが、何かトラブルに巻き込まれたりしてないだろうな。

それかトラブルを巻き起こしてないか、という心配だな。

「キミ、ちょっといいかね?」

「はい、どうかしましたか?」

「いやちょっと気になったのだが、キミの名前は?」

何だろうか?何かを確かめるような言い方をしている様子。

ここは普通に答えた方が良いだろうか?

でも見知らぬ人に名前を名乗る訳にはいかないしなぁ……けど見た目ほど悪い人ではなさそうだけど……何でだ?

「えっと、どうしてですか?」

「いや、少し気になってね。それにお礼もしたいから、キミの名前を覚えるのは当然だろう?」

「確かに……。俺は清水彼方です。これで良いですか?」

「……っ……一緒に来てくれたまえ」

ガシッと肩を掴まれた瞬間、タクシーがちょうど到着した。

俺は身動きが出来ず、その人と一緒にタクシーへ乗せられる。

そしてその人が言った行き先は、俺が帰ろうとしていた星陵学院だった――。


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「よし!良かったね!」

通話が終わった瞬間、グッと親指を立てて言ってきた。

「どういう意味で言ってるの?ハルちゃん……」

「私も聞いてたけど、安心した内容だったよ」

瑠璃ちゃんまでもが、意味有り気にこちらを見て笑みを浮かべている。

「二人とも、何を考えてるの?」

「少しだけ覚えてるって言ってたよね、お兄さん」

「うん。兄貴にしては、上出来!良かったね、ちーちゃん♪」

「ん?へ?え、どういう事?」

「つまりはね?アタシが昔の事を覚えてるのかと聞いた訳で、それで結果が実の妹からしてみれば記憶力が悪い兄の尻拭いかぁって思ってたのだけど、良い意味で裏切られてる状態となってアタシはとてもハッピーな気分♪」

「遥ちゃん、それじゃ伝わってないと思うよ……」

ハルちゃんの言う事を、分かったように突っ込みを入れる瑠璃ちゃん。

私だけ置いてけぼりにされている気分で、ちょっと悔しい。

「まぁまぁ瑠璃ちゃん、細かい事は気にしない気にしない♪ちーちゃん、兄貴は馬鹿でちょっとスケベだし基本塩対応だけど、あれで結構頼れる人だから頑張ってね♪」

「え?ちょっと、ハルちゃん!?私、別にお兄さんとお付き合いしたい訳じゃ……」

「誰もお付き合いなんて言ってないよ、千夏ちゃん♪」

――うぅ……瑠璃ちゃんが笑顔でそう言う。

この笑顔は優しくない笑顔だよぉ~。

したり顔でハルちゃんもこっち見てるし、この二人はなかなかのコンビだぁ~。

「――(手強いよぉ……)」

『千夏~、お~い』

そんな事を思っていたら、校門の方からタクシーがこちらへ走ってくる。

中庭まで入ってくる人は、私は一人しか知らない。

「――何してるんですか?お父様」

「あ、ご無沙汰してます」

『あぁ、瑠璃くんだね。いつも千夏と仲良くしてくれてありがとう――ん?』

そう言いながら、ハルちゃんへと視線を動かした。

「あ~、懐かしい人に会えたなぁこれは……あはは」

『おぉ~、清水の娘さんだね。いやぁ、挨拶が遅れてすまない。娘が世話になって』

「アタシは別にさっき再会したばかりですよ。それよりお父さんとは連絡取れてます?」

『いやぁ相変わらず忙しいみたいでな。連絡は取れても、一ヶ月に一回あるかないかだよ。全く、私より多忙ではないかな』

「遥~、助けてくれぇ~」

「あれ?兄貴!?何でちーちゃんのお父さんと一緒に?」

タクシーの中から、目を回しながら這いずって出てくる彼。

――だめ、まだ心の準備が出来ていない。

『あぁ、さっき会ってな。困ってた所を助けてもらったんだよ。そしてこれを千夏に届けたかったのでな。さぁ、これを……』

そう言って、父が私に渡したのは一つの紙袋。

その紙袋には、私にとって思い出深い物が入っていた。

「お父様、これは」

『小さい頃から気になっていたからね。特別に今の千夏のサイズに寸法した物を持ってきた。これで今回の舞踏会に出るといい。彼と出るのだろう?』

「あ、あの……まだ声を掛けてなくて……」

『ははは。そんなに堅苦しくならなくても良いのだぞ?さっき彼にも再認識させて置いたからな』

「「「再認識???」」」

私、瑠璃ちゃん、ハルちゃんの3人が、同時に同じ言葉を繰り返す。

それを聞いた途端、満面の笑みを浮かべて父は言ったのだった。

『――千夏と彼は、許婚だよ?』

「「「ええええええええええええええええっっ!!!!???」」」

またまた3人同時に叫んでしまった。

だけど私は一つの演技を見逃さなかった。

「――ってハルちゃんは驚くよりも知ってたよね!?」

「あ、バレた?でも再認識させたって事は、兄貴は思い出したんだよね?」

「…………あぁ」

頭を掻きながら、彼はそう小さく呟く。

そうなのか……私と彼は『許婚』だったのか。

小さい頃に許婚がいるとは聞いた事があったけれど、父からの直接の発言は揺るがない。

私はこの人の花嫁になるのだと、想像して恥ずかしがってしまう。

穴があったら入りたい気分だ。

だけど少し気になったのは、彼の様子が少しおかしいという事だった――。

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